親から子へ・・・10 takaci様
ドドドドドド…
真司のバイクは東京のとある住宅街で止まった。
「東京都泉坂市泉坂…ここでいいな…」
ナビが示している現在位置を確認した。
エンジンを止めると、周りが静寂に包まれた。
都内とは言え、静かな住宅街だ。
(ここでいいんだよな…)
真司は目の前の2階建ての一戸建を見上げた。
(でも表札は『西野』だなあ…)
ふと疑問に思っていると、
ガチャン…
玄関の扉が開いた。
「真司くんおはよう。朝早くにゴメンね」
あや乃が笑顔で出て来た。
「おはようあや乃ちゃん、おばあちゃんの家って聞いてたけど表札が違うからここでいいのかなって思ったよ」
「ここお母さんの実家なんだ」
「あ、なるほどね」
「お父さんの実家もこの近くのマンションだったんだけど、最近になってウチの近くに引っ越したんだ。そのマンションは今はお父さんのこっちの仕事の拠点として使ってるんだよ」
「ふーん…」
「あたしオートバイこんな間近で見るの初めてだけど、なんか凄いね」
「後ろのシートでも壮快感あるよ。はいこれ」
真司はあや乃にヘルメットを差し出した。
ぎこちない手つきで顎紐を締めるあや乃。
エンジンをかけ、バイクに跨る真司。
後ろのシートにあや乃が怖々と座る。
「しっかり掴まっててよ」
真司はそう声をかけると、ゆっくりとバイクを発進させた。
朝からはるばる東京でふたりデートであれば真司の心は舞い上がっていただろうが、今日はデートではない。
真司らはバイクを駅前の駐輪場に止め、歩きで街に出た。
「東京は電車やバスがたくさん走ってるから、公共交通機関使ったほうがいいよ」
とあや乃が言ったので、今日はこの方法であちこち回る予定だ。
「で、何か分かったことある?」
あや乃は昨日の夕方から祖母の家に来て、自分なりにいろいろ調べていた。
調べていたことはもちろん、
「おばあちゃんにそれとなく聞いてみたけど、お母さんの友達であたしに似た人は記憶にないって言ってた。あと高校の卒業アルバム見せてもらったけど、そんな人は写ってなかった」
そう言いながらあや乃は鞄から一枚の写真を取り出した。
「この、あたしそっくりの人の手掛かりはまだなにも…」
父親の机に中にあった、あや乃の心を不安にさせている自らに瓜二つの人物の写真がそこにあった。
真司はいま初めてその姿を目の当たりにした。
「ホントそっくりだね…」
そんな在り来たりの言葉しか出ないほど、写真の人物とあや乃は酷似していた。
真司は驚きながら、あや乃から写真を拝借した。
自ら手に取り、写真とあや乃本人を目を凝らして見比べてみる。
「うーん、顔立ちも髪型もそっくりだね…けど…」
「けど、なに?」
「俺の見た感じの印象だけど、この写真の人のほうが大人っぽい気がする」
「そうかな?」
「うん。あや乃ちゃんがもう何年かしたらこんな感じになるんじゃないかなあ」
「それ、今はあまり嬉しくないかな…」
あや乃は自分と写真の人物に少しでも違いを見つけたいと思っているので、この真司の指摘はあまり喜べることではなかった。
「そっか、で、これからどこ行くの?」
「お母さんの学校に手掛かりがあればそこに行こうと思ってたけど、なさそうだからお母さんを若い頃から知ってるお店に行くつもり」
「お父さんの線は調べないの?」
「あたしの見た感じだと、この人はお母さんもよく知ってる人に違いない。だからお母さんの線を調べれば辿り着けると思うんだ。それにお父さんがお母さんの知らない人の写真をひっそ
りとしまってるってなんか嫌だし」
「なるほどね…」
そんな会話をしながら、ふたりは商店街の一角にある小さな洋菓子店に足を向けた。
「鶴屋?」
「うん」
あや乃は笑顔で頷き、店の扉を開けた。
「いらっしゃい。お、ひょっとしてあや乃ちゃん?」
「おはようございます。お久し振りです」
「久しぶり。ちょっと見ない間に大きく綺麗になったなあ!」
機嫌よく話す男前の料理人の姿がそこにあった。
あや乃は真司にこの料理人を紹介した。
世界にその名を轟かす天才一流パティシエ、日暮龍一。
日本とフランスを行き来しており、本場フランスでも日暮の名は通っている。
そしてあや乃の母、つかさの師匠でもあった。
「ちょうどあや乃ちゃんと同じくらいの頃に、つかさはウチに来たんだよ。メキメキ上達して、2年ちょっとでフランスに菓子留学に行った。俺から見てもつかさはいいパティシエになったな
あ」
「へえ。やっぱあのお母さん凄いんですね」
真司が感心していると、
「日暮さんはお母さんのことをよく知ってるんですよね?」
あや乃が何か含みのある表情でそう切り出した。
「ああ、フランス修行時代からはよく知ってる。高校卒業してすぐにフランス行ったからな。大したもんだったよ」
「じゃああの、この人のこと知りませんか?たぶんお母さんの友達だと思うんですけど…」
あや乃は例の写真を日暮に差し出した。
「どれどれ?うーん…あや乃ちゃんによく似てるなあ…」
「そうなんです。あまりにあたしに似てるから気になって…日暮さんはご存じないですか?」
「うーん…どっかで見たことあるぞ…確かつかさと坊主、あや乃ちゃんの親父さんの友達で見たことあるような気がするぞ…」
「お父さんとお母さんの友達ですか…」
「ああ。俺も一回か二回くらいしか見てないからよく覚えてないけど、確かあや乃ちゃんの親父さんの同級生だったと思うぞ…それ以上は分からん。その頃の俺はフランスにいた時間の
ほうが長いから、つかさや親父さんの知り合いはよく知らないんだ。役に立てなくて悪いな」
そう言いながら日暮はあや乃に写真を返した。
「そうですか…」
あや乃は複雑な表情を浮かべていた。
そしてふたりは鶴屋をあとにした。
「分かったことは、その人はあや乃ちゃんのお父さんとお母さんの友達ってことだけか」
「あと、お父さんの同級生かもしれない…」
あや乃は少し気落ちしているように見える。
(あや乃ちゃん、写真の人がお父さんと近い関係だと分かって落ち込んでるな。何とか励まさないとな)
(でもさっきの日暮さんだっけ、写真の人があや乃ちゃんそっくりなのに驚いた感じがあまりなかったな。普通なら一目見て驚くと思うのに…)
(なんか引っ掛かるな…)
真司もあや乃も思考を巡らすのに気を取られてて、周りの状況が見えてなかった。
ドンッ。
あや乃の肩が通行人とすれ違い様にぶつかった。
「いてててて!なにすんだコラァ!」
突然男が肩を押さえて騒ぎ、怒りを見せる。
「す、すいません!」
慌てて頭を下げるあや乃。
だが男は、さらに怒る。
「おいおいねーちゃん、すいませんで済めば警察要らねえんだよ!どーやってオトシマエつけんだあ!?」
「ひっ!?」
引きつるあや乃。
「おいオッさん!下らない因縁付けんなよ!」
そこに真司が割って入った。
「んだよ!坊主は引っ込んでろ!てめえには要はねえんだよ!」
「オッさん!いい歳して下手なナンパすんなよ!この子ビビらせて何したいんだよ!」
真司はキッと睨みあげて一歩も引かない。
「真司くん…」
あや乃は真司の背後にぴったり寄り添い震えている。
「大丈夫。あや乃ちゃんは俺が必ず守るから」
真司は小声で背中のあや乃にそう告げた。
そして改めて因縁を付けてきた男を睨み付ける。
(デカい男だな。まともにやり合ったら部が悪そうだ。何とか隙を見つけて逃げるのが良さそうだ)
緊張と恐怖で心臓が口から飛び出しそうなほどになっているが、あや乃に急遽襲いかかった脅威には敢然と立ち向かうしかない。
背中のあや乃の体温を感じながら、真司はこの状況の打開策を考えていた。
すると、
ドカッ!
もうひとりの男が表れ、目の前の大男の後頭部を殴り付けた。
「なにやってんだよおめーは!その子ビビらせてどーすんだよ!話がこじれるだろーが!」
「で、でもよお、このヤローは邪魔じゃねーか?」
「別に男が一緒でも構わねーよ。こっちはやましい話を持ち掛けるわけじゃねーんだ!」
大男を一蹴すると、真司らに笑みを向けた。
「驚かせて悪かったな。悪気はねーんだ、すまない。実は後ろのお嬢ちゃんに俺たちの話を聞いて欲しいんだよ。少し時間いいかな?」
「話?」
真司は警戒を緩めない。
大男も後から現れたこの男も一見ではまともそうに見えない怪しい親父ふたり組みである。
だが男はあくまで低姿勢で、
「ホント話を聞いてもらうだけでいいんだ。強要はしないし、もちろん危害なんて絶対に加えない。安全は保障する。お茶飲むついででいいんだ。どうかな?」
と言いながら笑顔を見せた。
真司にはそれでも十分に怪しく、とてもそんな話を聞く気にはなれなかった。
男に対する拒否の言葉を頭で巡らせる。
だが、
「分かりました」
なんと後ろのあや乃が許諾してしまった。
「あや乃ちゃん?」
さすがに驚く真司。
でも後ろのあや乃は、
「大丈夫だよ、このおじさんたちは悪い人には見えないし、それに真司くんもいてくれるでしょ」
と、柔らかい笑顔を見せた。
男たちもあや乃の笑顔で上機嫌になり、態度を緩めて真司たちを案内した。
真司はずっと警戒を緩めなかった。
が、案内された場所に足を踏み入れた時にはだいぶ緩んでいた。
(なんか、凄くまともだな…)
オフィスビルのワンフロアを使った整頓され落ち着いた雰囲気の事務所だった。
事務所の壁やパーテーションには控え目に幾つかのポスターが貼ってあった。
有名なチャリティー番組。
有名アーティストの新作アルバム。
現在全国の映画館で公開中の人気映画などだった。
「さ、どうぞここに掛けてくれ。おーいお客さんにコーヒー頼む、ふたつな」
男に事務所の一角にある落ち着いた応接セットに案内された。
真司とあや乃が並んで座ると、程なくして女性がコーヒーを運んできた。
対面に男が座った。最初に因縁を付けてきた大男は姿を見せていない。
「さて、俺はこういうもんだ」
男はふたりに名刺を差し出した。
『株式会社ネッツエージェンシー
代表取締役
外村ヒロシ』
「えっ、社長?」
真司は名刺の肩書きを見て驚いた。
「ああ。芸能プロダクションつーヤクザな仕事をしている。あまりまともには見られねえな」
「ってことは、貼ってあったあのポスターは…」
「全部ウチのタレントだ。まあここまで来るのにいろいろ苦労したさ」
この外村の言葉で真司はさらに驚いた。
数々のポスターのタレントはテレビでよく見る有名芸能人ばかりだった。
これで真司の外村を見る目が一気に変わった。
「あのひょっとして、芸能プロダクションの社長が声をかけたってことは…ひょっとしてスカウト?この子を?」
「分かりやすく言えばそうなるな。個人的になかなか良さそうな子だと思ってな。まあすぐにデビューってわけにはいかんが、その気があるならいろいろレッスンとかの手筈はこっちで整
える。これが資料だ」
パンフレットを差し出した。
真司はあや乃と一緒にパンフレットを開いた。
そこには会社の概要、レッスンのシステム、サポート体勢、所属タレントに現在デビューに向けて準備中の人物までも載っていた。
「分からないこと、気になる事があればどんどん訊いてくれ」
外村はどんと構えている。
「あれ、尚哉?」
パンフレットに目を通していたあや乃がふと声をあげた。
「どうしたの?」
真司が声をかけると、
「これ、あたしの弟が載ってる」
と、顔写真を指差した。
「えっ、弟?」
真司は驚き、その美男子の写真に目を凝らした。
「真中尚哉…へえ。でもなんでこれに?」
真司は外村に顔を向けた。
その外村も驚いたようで、
「えっ弟なの?尚哉が?」
あや乃に尋ねた。
「はい」
「ってことはお嬢ちゃん、真中あや乃ちゃんかい?真中監督の娘の?」
「はいそうです。お父さん…父をご存じなんですか?」
外村はしばらく固まっていた。
すると、
「…くくく…ハハハハハッ!そうか君があや乃ちゃんか!そうかそうか!」
突然笑いだし、上機嫌になった。
そこから話を聞くと、あや乃の弟、尚哉はつい最近外村の会社からの芸能界デビューを決めてレッスンに入ったとの事だった。
もちろん両親の了解も得ており、当然のごとく面識もある。
さらに話を聞くと、外村と先ほどの大男の小宮山は父の真中とは同級生であり、高校3年間は映研の活動を一緒にしていたとの事だった。
「お袋さんのつかさちゃんともその時に知り合ったし、映画も撮ったよ。今も美人だが、学生時代のつかさちゃんはかわいかったぜ」
外村はそう誇らしげに語った。
「外村さんは、お父さんの高校時代をよく知ってるんですよね?」
あや乃が尋ねた。
「ああ、3年間同じクラスだったからな」
「じゃああの…この人のことご存じですか」
例の写真を差し出した。
「あたし、今日はその人のことを調べるために東京に来たんです。お父さんの同級生らしいことまでは分かったんですがそれ以上はまだ…何かご存じであれば教えて下さい」
真摯な顔を外村に向けた。
外村は写真を見て何か懐かしむような笑顔を見せていたが、あや乃の表情を見ると微妙な表情に変わった。
「あや乃ちゃん、キミはこの写真の子のことを聞いてないのかい、親から」
「はい…」
「そうか。じゃちょっと待っててくれ」
そう言って外村は席を立った。
「あや乃ちゃん、あの外村さんって人、この写真の人を知ってるっぽいね」
「うん、あたしもそう思う。でもなんか少し怖くなってきた…」
あや乃の表情は堅かった。
しばらくしてから外村が戻ってきた。
「待たせたな。いま連絡しておいた。この時間にここに行ってくれ」
そして時間の記された一枚の地図を差し出した。
「あの、連絡って誰ですか?」
真司が尋ねた。
「この写真の女を世界で一番…いや二番目によく知ってる男だ。俺の同級生さ」
「えっ?」
「俺もこの女のことはもちろん知ってるがどうせなら詳しい奴に聞くのが一番だろ。安心しろ、俺と違ってまともな紳士さ」
そしてふたりは外村のオフィスを後にして、地図に示された公園へと足を運んだ。
地下鉄で3駅ほどの場所で、途中で昼食をとってから向かう。
その間、真司は写真のことに触れることはなく、またあや乃も話題にしなかった。
明らかに事実に近付いているが、同時に得体の知れない緊張も広がっていた。
ふたりとも少し緊張した面持ちで噴水前のベンチに腰掛けていた。
(そろそろだな…)
腕時計で約束の時間が近付いているのを確認したとき、影が差し込んだ。
ふと見上げると、ふたりの前にスーツ姿でサングラスを身に着けた男が立っていた。
(ん?)
真司に緊張が走る。
男がスッとサングラスを外した。
真司もあや乃も少し驚く。
その男は、とても驚いた表情を見せていた。
「そんな…アヤさん…」
男はそう発してしばらく立ち尽くしていた。
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