親から子へ・・・11 takaci様



シャアアアアア…



噴水の音のみが耳に届く。



真司も、あや乃も、そして目の前に立つ男もなにも言葉を発せず沈黙に包まれる。



やがてしばらくしてから、さらに男がやってきた。



「社長、これ以上は目に障ります、どうかサングラスを…」



秘書らしき男のようだ。



「…そうだな」



その男の言う通り、男は再びサングラスを身に着けた。



「実は数年前から目を悪くしてね。日中はこのような姿をさせて貰っている。どうか非礼を許して頂きたい」



「あ、いえ…」



「君達が外村氏の言っていた学生さんたちだね。一目見て分かったよ」



男は柔和な笑顔を見せた。



「ある人のことを調べているそうだね。その人の写真を持っていると聞いているが、私にも見せて頂けないだろうか?」



「あ、はい」



あや乃は写真を差し出した。



「ふむ、なるほど。どうやら間違いないようだね」



写真を一目見ると、納得したように頷いてからあや乃に返した。



「では、案内させて頂こう。私の口から話すより、自分の目で直接見たほうが理解出来るだろう。付いてきたまえ」



男がそう言うと、秘書も



「どうぞこちらへ…」



と、最敬礼で手を招いた。



真司とあや乃はただ戸惑いながら、導かれるままに足を進めた。







その先は超高級外車の後部座席だった。



とても座り心地のよいシートに身体を沈めると、気分がよくなると同時に戸惑い感も強くなる。



(この人、並の金持ちじゃないな…)



真司がそう感じていると、助手席に身を置いていた男が自己紹介とのことで名刺を渡してきた。



「天地さん…でよろしいでしょうか?」



「構わないよ」



天地はあや乃に余裕の笑みを見せた。



「あなたも社長ですか。しかもこんな大会社の…」



真司は驚きが重なって感覚が鈍くなっているような気がしていた。



天地も外村と同じく名刺の肩書きは「代表取締役」だったが、その会社は日本人なら8割の人間は知っているような大企業だった。



「外村は高校の同級生だ。あまり親しくはなかったが、その写真の女性を通じて少し接点があったんだ。今も少しだが仕事で付き合いがある間柄だ。外村は頭が切れる男でね。いろい

ろと世話になっている」



天地は少し昔話を語った。



そうこうしているうちに、車が目的地に辿り着いた。



とても立派な建物の天地の会社が所有する美術館だった。



外観も見事だが、中に展示されている美術品もいろいろと多彩で、素人目でも高価で貴重そうな物ばかりに見える。



「父が骨董やアンティークが趣味でいろいろと集めたものだ。趣味が高じてこのようなものを建ててしまった。普段は来場者もほとんどないんだ」



そのとおりで、休日にもかかわらず他の人影はほとんど見受けられない。



「あの…ここになにがあるんですか?」



真司がそう尋ねると、







「ここだ」



天地の足が止まった。



「え?これって…」



天地の先には、あの女性の写真があり、それと一緒に







『東城綾資料館』







というプレートが掲げられていた。



「ここは…」



「私の同級生で天才小説家だった綾さん…東城綾さんの資料を集めてある。綾さんの素晴らしさをひとりでも多くの人に伝えるための場所だよ」



「この写真の方は、東城綾さんとおっしゃるんですか」



「ああ、東城綾さんだ」



「…」



真司は壁に掲げられた年表と、写真の数々に目を向けた。



(東城綾…この人も泉坂出身なんだ。あや乃ちゃんのお母さんと同じ…)



高校時代の写真が目が止まる。



「あれ?この写真に写っている人…真中監督じゃないですか?あとさっきの外村って社長…それと…この人って確か映画評論家の女の人…そう言えばこの人も外村だったような…」



「ああ。私と綾さん、外村、真中は皆同級生だ。外村の妹は映研で一緒だった」



「そ、そうなんですか」



新たな真実に驚く。



「東城さん…18歳で小説家になったんですね。凄い…」



あや乃は綾の処女作を見て、こちらも驚いていた。



真司はさらに年表を進めていく。



「どんどん本を出して行ってる…ん?真中淳平氏と結婚!25歳で!?」



「えっ!?」



この言葉にあや乃も反応し、真司の側に身を寄せる。



「そんな…お父さん…」



ガラスケースに納められた、真中淳平と東城綾の結婚写真に釘付けになった。



「その後、名前を真中綾として何冊か本を出してる…」



「でも…病気で亡くなったんだ…結婚から1年半後…27歳で…」



「そう。綾さんは若くして亡くなった。もし今も健在なら、素晴らしい数々の作品を生み出す小説家として歴史に名を刻んだろう。あまりにも惜しい人を亡くしてしまった。



天地はとても悲しげな表情を見せた。



「綾さんは私が本気で愛した女性だ。もっとも綾さんは真中を愛していたので私の愛が届くことはなかったが。綾さんが亡くなったときは私も本当に落ち込んだ。だがこうして綾さんの素

晴らしさを伝えることが遺された私の使命だと思ってね、こうしていろいろ展示しているんだ。東城家の協力も頂いて、貴重な品も幾つかある」



「真司くん、これ…」



あや乃がガラスケースに目を落としていた。



「なに…えっ、これって…」



そこには、あや乃の部屋にあった真っ白の本があった。



「それは綾さんが中学時代に生まれて初めて書いた小説を製本したものだ。世界に3冊しかない。綾さん本人と東城家、それに夫の真中がそれぞれ持っている。その本は東城家所有

のものだ」



「あたしも、これと同じものを持っているんです。お父さんとお母さんからの誕生日プレゼントでした。誰が書いたものなのか全然知らなかったんだけど…この東城さんって方が作者だっ

たんですね…」



「そうか今は君が…たぶん綾さんのものが渡ったんだろう。真中はこの度その作品の映画化に向けて動き出したとも聞いている」



「天地さんは、東城さんのことをよくご存じなんですよね…」



「ああ、今でもいろいろと調べている」



「お父さんと…東城さんの間に…お子さんはいましたか?」



「…私の知る限りではいない。だが綾さんの晩年は療養のため真中と一緒にアメリカで一年ほど過ごしている。他界されたのもアメリカだ。その頃のことは私もよく知らない。ただ、既に

身体を弱くされていた綾さんに出産するほどの体力があったとは思えない」



「そう…ですか…」



「あや乃さん…だったね。キミが今、何を思い悩んでいるのか、私にも想像が付く。私にとっても考えられないことだ。有り得ない。だが、キミは綾さんによく似ている。いや、生き写しと言

っても過言ではないだろう。東城家の方々がキミを見たらさぞ驚くに違いない。キミは…」



「天地さん、もう結構です…」



あや乃はか弱く震えた声で、天地の言葉を遮った。



「あや乃ちゃん…」



真司もそれ以上の言葉が出なかった。







日が西に傾き空がオレンジ色に染まり始める。



真司とあや乃は、海の側にある教会に足を運んでいた。



丘にある外人墓地に一本の木が立っている。



その木陰に、磨かれた正方形の石碑が静かに座っている。



『Aya Manaka』



細い文字で石碑にそう刻まれていた。



ふたりは髪を潮風に揺らしながら、しばらくじっと佇んでいた。



やがてあや乃がしゃがみ込み、花束を石碑の前にそっと置いた。



真司はなにも言えず、しばらくあや乃の小さな背中に目を落とすのみだった。



「…あや乃ちゃん…なんで天地さんにこの場所を聞いたの?」



少しでも重い空気の流れを変えようと、何とか言葉を探して発した。



「…」



あや乃の返答はない。



「あや乃ちゃん、考え過ぎだよ。そもそも綾って名前の人が、自分の娘にあや乃なんて名前付けないよ。有り得ないって」



「…親が子に自分と同じ漢字を付けるのは普通だよ。それにもし自分の死期が近いと分かっていて産んだ子なら、そんな思いはずっと強くなると思う」



(うっ…)



か弱くも鋭いあや乃の指摘を受けた真司は返す言葉を失った。



「それに、あの年表の日付が正しいなら、あたしはお父さんが東城さんと結婚している間に生まれていることになる。結婚してから半年後にあたしは生まれてる…」



(やっぱそうなるのか…)



実は真司も年表の日付を見て嫌な予感がしていた。



真中淳平と東城綾 の結婚生活中にあや乃は生まれていた。



「あたし…なにも知らなかった。今のお母さんとは再婚だったなんて…お母さんがあたしの本当のお母さんじゃなかったなんて…」



「ちょっと待ってよ!まだそうと決まった訳じゃないよ!」



「じゃあお母さんはひとりであたしを産んだってこと?そんなのって…それに、もしそうだとしたら…あたしの本当のお父さんは誰なの…」



あや乃は声も肩も震えていた。



「あや乃ちゃん…」



真司もかける言葉が見つからなかった。







海風と波の音のみが耳に届き、それが暗い空気をより助長する。







ジャリ…







そこに足音らしきノイズが現れた。







真司はノイズの発生源に目を向けた。







「真中監督?」



「えっ?」



あや乃も真司の言葉に反応し振り返る。



あや乃の父、真中淳平が花束を手に立っていた。



「お父さん…どうして…」



絶句するあや乃。



真司も言葉が出ない。







スッと空気が動いた。







真司の目の前で、淳平があや乃を抱き締めた。







(…)







事態が飲み込めず、頭が真っ白になる真司。







「…めて…放して!」



しばらくはじっとしていたあや乃だったが、淳平の腕の中で抗い、身体を放す。



「あや…の…」



「あたしは真中あや乃よ!東城綾じゃない!」



涙を溢れさせ、キッと淳平を睨み付ける。



「お母さんとは再婚だったなんて思いもしなかった…ううん、それはいいよ。でも…あたしのお母さんは誰なの?あたしのお父さんは誰なの?ねえ、あたしは何なの?なんで隠してたの

?」



「それは…」



淳平は唇を噛み、顔を背けた。







「なんで否定しないの?なんでなにも言ってくれないの…大嫌い…お父さんもお母さんも大嫌い!!」



あや乃は泣き叫びながら駆け出した。



「ちょっ…あや乃ちゃん!?」



真司も後を追おうとする。



が、淳平は渋い表情のまま立ち尽くしていた。



真司はその姿が目に停まり、



「なんで追わないんだよ!あんた親だろ!」



思わず強い口調で本音をぶつけた。







そしてあや乃の後を追ったが、教会の入口でちょうどやって来たタクシーを掴まえてあや乃は行ってしまった。



(あや乃ちゃん…)



真司はタクシーの姿を目で追いながら、自分の無力さをヒシヒシと感じていた。



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