親から子へ・・・7 takaci様
ピリリリリ・・・
ヘルメット内臓のイヤホンから電話の着信を告げる電子音が鳴る。
(ん?)
メーター横に備えてある携帯のサブディスプレイには『亜美』の文字。
その亜美は真司の後ろにいる。
真司はミラーで亜美の姿を確認しつつ、携帯をコントロールするボタンを押した。
「なんだよ?」
[ねえ、これからあや乃ちゃんの家に行こうよ?]
「は?」
真司には亜美の意図が全く掴めない。
[あや乃ちゃんの家ってケーキ屋さんなんでしょ?]
「ああ、それがどうした?」
[あんた、あたしのと勝負忘れてないよね?]
「あ、そんなのあったな・・・」
真司はすっかり忘れていた。
先日のレースで順位が下だったほうが一回メシを奢るという約束を亜美と交わしていた。
亜美は優勝、真司はリタイアなので真司が奢ることになる。
[いま甘いものが食べたい気分だから、お昼ご飯じゃなくてケーキで勘弁してあげる]
「へいへい」
[じゃ、そのケーキ屋さんまで案内してよね]
「分かったよ。じゃあ付いて来いよ」
真司はマイクにそう告げて、通話を切った。
アクセルを握る右手を軽く捻る。
2台のオートバイが夕方の街道を疾走して行った。
2台のオートバイが真新しい洋菓子店の店先に止まり、ライダーがヘルメットを脱ぐ。
「へえ、こんな所にお菓子屋さんが出来てたんだあ」
亜美の第一声。
チリンチリンチリン・・・
「いらっしゃいませ〜。あら、あなたはあや乃の・・・」
あや乃の母、つかさは真司の顔を覚えていたようだ。
「お邪魔します」
軽く一礼する真司。
「ねえねえお姉さん、この店イチオシのケーキどれですか?支払いはコイツだから」
笑顔で真司を指差す亜美。
「亜美、一目では信じられないだろうが、この人はあや乃ちゃんのおかあさんだ」
「えーっ!?全然見えない!年の離れたお姉さんって思ったあ!」
今度は派手に驚いた。
「ふふっありがと!で、今日はデートの帰り?彼氏が彼女にプレゼントって感じなのかな?」
つかさがそう尋ねると、
「やっだー!こいつはただのバイク仲間であたしの下僕ですよお!」
さらにオーバーアクションを見せ、得意の鞄攻撃を真司目掛けて放った。
バコッ!
「痛えなこの野郎!それに下僕ってなんだよ勝手に決めんな!」
「うっさいわねえ、敗者がとやかく文句言うんじゃないわよ」
「それとこれとは話が別だ!」
「ふふっ、仲良さそうだね」
ケンカするふたりを見て微笑を浮かべるつかさ。
「あ、やっぱり。真司くんと亜美ちゃんだ」
ふたりの声を聞きつけたあや乃が店に降りてきた。
「よっあや乃ちゃん」
「こんにちはー。ケーキ買いに来たよー」
「ありがとう。あ、亜美ちゃんこの前のレース優勝おめでとう」
「ありがとっ!」
満面の笑みを浮かべる亜美。
「真司くん、結果は残念だったと思うけど、凄く頑張ってたと思うよ。亜美ちゃんの前を走ってる姿はかっこよかったよ」
「あ、ありがとう。そう言われるとなんか照れるな・・・」
こちらはやや緊張した笑みを浮かべる真司。
「ウチのケーキでよければ、亜美ちゃんは優勝、真司くんは残念賞で持ってっていいよ」
「いやいや今日はコイツにケーキ奢ってもらうことになってるから!気持ちだけでいいよあや乃ちゃん!」
笑顔でそう答えながら再び鞄でどつく亜美。
バコッ!
「てめえいい加減にしろ!」
「男は細かいことをとやかく言わないの!だからあんな卑怯な走りしか出来ないのよ!」
「あれも戦いのうちだ!クリーンな走りばかりがレースじゃねえんだよ!そもそもあのタイヤ交換自体が大きなハンデじゃねえか!」
「うっさいわねえ!あれこそ戦略よ!」
真司と亜美の口ゲンカをやや困った表情で見守るあや乃。
その奥で、つかさは鳴った店の電話を取っていた。
「はいもしもし・・・あ、いつもお世話になっております・・・はい・・・はい・・・え?カードですか?・・・はい少々お待ちください・・・」
つかさは電話を保留にしてパタパタと足を鳴らして店の奥へ消えていった。
そしてしばらく後、小さなメモリーカードを手にして戻ってきた。
「お待たせしました。はい確かにここにあります。でもこれって確かコピーして・・・はい・・・はい・・・えっ?そうなんですか・・・」
つかさのやや緊張した話し声が3人の耳にも伝わってきた。
自然と口げんかを止め、つかさに目を向ける。
「はい・・・はい・・・分かりました・・・はい・・・」
つかさは困った表情のまま、受話器を置いた。
「どうしたのお母さん?」
あや乃が声をかけた。
「お父さんのマネージャーさんからなんだけど、今日の発表会に使う予定だったデータが壊れちゃったらしいの。基のデータは今ここにあるんだけど・・・」
困った表情のまま、そのメモリーカードを見せる。
「データなんですよね?だったらメールで送ればいいんじゃないんですか?」
亜美はそう進言した。
だがつかさの表情は晴れない。
「このデータってとても大切なもので、何重にもロックされてるからメールで送れないの。だからこのカードを直接届けるか、専門家の人に大至急来てもらって何とかして送るか・・・」
「その発表会ってどこでやるんですか?いつ?」
「今日の7時半から。東京よ」
(ってことは・・・)
真司は尋ねた後、美祢の壁に掛かっている洒落た時計に目を向けた。
しばらく考えた後、
「俺、今から行きますよ。ここから今から飛ばせば十分に間に合います」
「えっ?」
驚くつかさ。
「ここから東京まで約200キロ。あと3時間半。大丈夫、行けます!」
自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
「でも・・・」
「大丈夫です。俺はバイク便のバイトやってるんです。ちゃんと届けます!」
急遽起こった事態に、真司たちは素早く対応した。
真司はつかさからメモリーカードを受け取り、素早くバイクに跨った。
ヘルメットを被り、ナビゲーションに目的地のデータを入力した。
「到着予定時刻7時5分。余裕ですよ」
そして亜美もバイクに跨っていた。
「おい、調子こいて飛ばすんじゃないよ!」
釘を指す亜美。
「なんでお前まで付いて来るんだよ?」
「あんただけじゃ信用できないからよ!それにこの前みたいにゴールまで辿り着けなかったら無駄になっちゃうじゃないの!」
「だったらお前も遅れるなよ!高速飛ばすからしっかり付いて来いよ!」
「ふたりとも気をつけてね。あたしから向こうには連絡しておくから、くれぐれも無茶しないでね」
つかさは終始心配そうな表情のまま、2台のオートバイを見送った。
2台のオートバイは高速道路を法廷速度以上のスピードで疾走していった。
それでも都内に入るとぐんと交通量が増えて思うようにペースが上がらない。
ふたりが目的地のホテルのエントランスに入った時刻は7時15分、発表会開始の15分前だった。
エントランスにはメガネをかけた男が立っており、2台のバイクを見つけると大きく手を振った。
それに気付いた真司は男に前にバイクを止める。
「東村くんだね、データの入ったカードは?」
真司は背負っているバッグからメモリーカードが入った小さな箱を差し出した。
「いやーありがとう!!本当にありがとう!!」
男は何度も礼を述べると、足早にホテルの中に消えていった。
入れ替わりに、ふたりのもとへ美女がやってきた。
真司と亜美はヘルメットを脱ぐ。
「ふたりともお疲れ様。真中先輩のお嬢さんの友達なんだって?さあどうぞ来て頂戴。せっかくだからパーティーに参加して。お腹空いてるでしょ。お料理もいっぱいあるわよ」
美女が手を招くと同時にボーイが来て、真司たちのバイクを丁重に預かった。
「オートバイはホテルマンに任せればいいわ。荷物はクロークに預けなさい」
初めて高級ホテルに訪れて戸惑うふたりに美女は的確な指示を出して案内した。
(なんか高級ホテルって凄いな。俺みたいな奴にも礼儀正しいし、バイクや荷物もメッチャ丁寧に扱ってくれて、この床の絨毯なんかウチよりずっとフカフカだ。こんな所に土足で上がって
いいのかな・・・)
高級ホテルの雰囲気に圧倒される真司。
「あの、あなたは一体・・・」
ここで真司はようやく美女に尋ねる心の余裕が出てきた。
その時、
「あーっ!」
後ろの亜美が大きな声をあげた。
「なんだよいきなり?」
「この人、映画評論家の外村美鈴さんよ!あたし雑誌で見たことある!」
「映画評論家?」
そう言われても真司は目の前で微笑む美女のことは知らなかった。
「結構有名な人よ。もう歯に衣着せぬ批評でどんな有名監督の大ヒット映画でもめったに褒めないっていう超辛口評論家だよ」
「ふふっそうだね。あたしの場合は好き勝手に批評してるからね。辛口評論で関係者から嫌われても旦那が居るから食べるには困らないし。まあ今はあたしのスタイルが好まれてるみ
たいでこうして評論家としての仕事に恵まれてるんだけどね」
「あ、結婚されてるんですか?」
「うん。旦那は漫画家よ。旦那の仕事に影響出ないようにあたしは旧姓で仕事やってるんだけどね」
「あ、あと、さっきあや乃ちゃんのお父さん、真中監督のことを先輩って・・・」
「うん。高校の1年先輩なんだ。学生時代は一緒に映画撮ったりしたよ。先輩の奥さんとも一緒にね」
「へ〜え」
亜美はいろいろ興味深そうに美鈴から聞きだした。
(あや乃ちゃんのお父さんの周りは若くて綺麗な女の人ばっかだなあ。お母さんもそうだし、外村さんだって綺麗な人だ。1年後輩ってことはそれなりの年齢なんだろうけど、全然そうは
見えないや。ホント若い人ばっかだなあ・・・)
真司がそんなことを考えているうちに、パーティー会場に案内されていた。
(うわ、なんか凄いな・・・)
会場には多くの人が居て、ほとんどが正装を身に纏っていた。
さらに半数くらいは外国人のように見受けられ、日本語以外の言葉が飛び交っている。
真司には場違いのような感覚を覚えた。
どうやら亜美も同じようで、さらにその様子に気付いた美鈴が気を利かせて二人を会場の隅へと誘導した。
「ふたりとも、こんなパーティーに出るの初めて?」
「「は、はい」」
「まあ最初は戸惑うけど、すぐに慣れるわ」
「でも、なんか凄いですね。日本なのに外人ばっかで、なんか日本じゃない気がしますよ」
真司がそう述べると美鈴はくすっと笑い、
「そうね。でもそれだけ真中監督がワールドワイドな存在ってことだろうね。あたしが知ってる学生時代の優柔不断な真中先輩とはもう別人よね」
昔の思い出を笑顔で語った。
「・・・・・・・」
(ん?)
壇上の司会者らしき人物がスピーチを始めた。
だが真司には何を言ってるのか分からない。
英語だった。
「なんだこのパーティーは?」
真司が驚いていると、
「今日は真中監督の新作製作発表のワールドプレミアなの。進行は全て英語よ」
「日本での発表会がオール英語なんて、この業界はそれが普通なんですか?」
「全くとは言わないけど、普通は無いわね。なぜ真中監督が英語で発表にしたのかは分からないわ」
亜美の問いかけに冷静に答える美鈴。
真司は司会者の流暢な英語を聞きながら、場違い感がどんどん強まっていく。
やがて会場が暗転した。
スピーカーから女性の声が聞こえる。
ただ司会者の流暢さは無く、片言の英語を淡々と語っているように感じた。
でも真司にとってはこのような片言のほうがなぜかホッとする。
言葉の意味は分からないが、どこか親しみのあるこの片言の声に耳を傾けていると、
「そんな・・・先輩?まさかこんなのが・・・」
暗闇でよく分からないが、隣に立つ美鈴がとても驚いているように見受けられた。
ドンッ!!
突然スピーカーから響きのある重低音が出て、いつの間にか下りていた巨大なスクリーンに迫力ある映像が踊る。
「・・・」
真司は口を半開きの状態で映像に釘付けになった。
どんな内容なのかはよく分からない。
外国人らしき俳優の姿があったが、誰なのか全くわからない。
おまけに台詞は当然のごとく英語でおまけに日本語字幕無しという徹底ぶり。
スタッフ紹介も英語なので、何がなんだか本当に分からない。
でも、映像と音楽からとてつもない魅力を感じ、それに完全に引き込まれていた。
約10分ほどだろうか、予告編のムービーが終了した。
それと同時に会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
真司、亜美も釣られて拍手する。
ふたりとも内容はよく分からないが、とても大きな期待を抱かせる予告編だと感じていた。
そして会場は再び光を取り戻し、フリーな立食パーティーの時間になった。
始めは緊張していた真司と亜美だが、時が進むにつれて緊張がほぐれてテーブルに並ぶ数々の料理に手を伸ばす。
長距離をバイクで飛ばしてきたこともあり、ふたりとも腹を空かせていたので笑顔でフォークを進めていた。
「ちょっとなによあの演出は!あんなのを残してたなんて予想もしなかったわよ。驚いちゃったじゃない!」
美鈴の弾んだ声が届いた。
(ん?)
真司が顔を向けると、男性と楽しそうに談笑する美鈴の姿を捉えた。
「ちょっとちょっと、いま外村さんと話している人、あの人が真中監督よ。あや乃ちゃんのおとうさん」
亜美が耳打ちした。
「えっ?」
驚く真司。
(なんか、普通の人だな。さっきの映像を撮った人だろ?もっとごつい人だとばかり思ってたけど・・・)
そう思ってる真司に向かって、美鈴とともにやってきた。
映画監督、真中淳平。
「ありがとう、きみ達があや乃の友達なんだね。大事なデータを運んでくれて助かったよ。あと、あや乃のことをよろしく頼むよ」
淳平は柔和な笑顔をふたりに向けた。
「あ、いえいえそんな!あたしたちがお役に立てて嬉しいです。あ、あたし小河亜美って言います」
笑顔で答える亜美。
「俺、東村真司です」
どう答えていいか分からないので、とりあえず名前のみ伝えた真司。
「小河さんと東村くんだね。覚えておくよ」
「あ、あの・・・俺たちが運んだデータって一体なんだったんですか?」
真司は素直な疑問を口にした。
つかさからは『大事なデータ』と聞いていたが、それがどんな内容なのかは全く知らなかった。
「ああ、会場が暗いときに女性の声が流れただろ。あの音声だよ」
「えっ、あれなんですか?」
予想もしなかった回答だった。
「あのデータがあったから、今日の発表会の構想が決まったんだよ。データが壊れたときは本当に困ったよ。本当にありがとう、助かったよ」
「あ、いえ・・・」
予想もしなかった。
片言の英語のどこか温かみがある声。
あの声がそこまで大事なものだとは思わなかった。
(どんな人なんだろう・・・)
まずそう思い、尋ねてみようとも思ったが、隣に立つ美鈴が複雑な笑みを浮かべているのが目に入り、なぜか口が動かなかった。
ただ、頭の中であの片言の英語の言葉をただひたすら繰り返している真司だった。
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