親から子へ・・・8 takaci様


「あの〜大沢先輩?」



「志穂でいいわよ、真治」



「じゃあ、志穂さん、今日は確か買い物に付き合うんですよね?」



「そうよ」



「でもってなぜ高速に乗ってるんです?どこまで行くつもりですか?」



「遠くはないわよ。高速乗ってすぐの所よ。うちの近所じゃまともな店が無いからね。だからちょっと羽を伸ばす感じかな」



「はあ…」



真治は力無くそう答えながら、窓から流れる景色をぼーっと眺めていた。







なぜ今こうなったかというと、時は昨日にさかのぼる。



「おーい東村真治!」



中庭で亜美とあやのの3人で昼食をとっている時、突然呼ばれた。



目を向けると、またもや眩い服装に身を包んだ志穂がこちらに笑顔で向かって来ていた。



「大沢先輩?なんですか?」



やや驚きながら尋ねる真治。



「明日の休みだけど、何か予定ある?」



「明日っすか?バイトも休みだし、今の所これと言っては…」



実はこの休みを利用してあやのをデートに誘えれば…と密かに狙っていたのだが、まだ規定事項にはなっていないので予定は空いていることになる。



「じゃあ明日、あたしの買い物に付き合ってよ。いいでしょ?」



「ええっ!?俺が大沢先輩と!?」



「何か問題ある?」



「いえ、問題は特に無いですが…」



「じゃあ決まりね。明日朝駅前で待ち合わせね。遅れないでよ。あたし時間にルーズな男は嫌いだからね。じゃ!」



志穂は言う事だけ一方的に伝えると、颯爽と去っていった。



真治とあやのはポカンとした表情を浮かべており、亜美はややムスッとしていた。







そして時間はつい先刻、



真治はバイクを駅の駐輪場に駐めてロータリーで待っていると、外国製スポーツカーが真治に横付けした。



左ドアのパワーウィンドウが降りて、



「お待たせ。さあ乗って」



なんと志穂だった。



「大沢先輩、車の免許持ってたんですか?」



「少し前に取ったのよ。さあ行きましょ!」



元気いっぱいの志穂に押されるような形で、真治は右側のドアを開けて助手席に乗り込んだ。



スポーツカーは低い音を響かせながらスムーズに発進した。



そしてこの駅前の影で、バイクに跨って様子を伺う人影があった。



真治たちに気付かないように後をおうようにして電気的な音を鳴しながらそのオートバイもゆっくりと発進した。







そして時間は今に戻る。



「志穂さんって車の運転上手いですね。免許取ったって言ってもここ何か月でしょ?左ハンドルの車をここまでスムーズに走らせるなんてセンスあるんですね」



「車の運転自体はもう完全に慣れてるわ。限定A持ってるしね」



「限定A?」



「サーキットライセンスよ。16歳で貰えるの。入門カテゴリーの4輪レースやスポーツ走行ならこのライセンスでOKなのよ」



「へえ。じゃあ車の運転経験はあるんですね」



「パパがレースやってるのよ。それであたしも入門フォーミュラのレースには何度も出てるし、スポーツ走行枠でパパが持ってるポルシェのカップカーを走らせた事もあるわ。だからあたし

左ハンドルのほうが乗り慣れてるのよ」



「そう言えば、この車もポルシェじゃないですか?」



「25年前くらいの車よ。ビンテージと言うにはちょっと新しいかな。旧いポルシェよ。でもオートマだし乗りやすくて速いからあたしは好きよ」



「ポルシェのなんてモデルなんですか?」



「911のタイプ996ターボ。エンジン、シャーシ全てに少し手が加えてあるわ。500馬力弱といった所ね」



「ご…500馬力っすか…」



素直に驚く真治。



「ねえ真治、あなたのバイクってどれ位出るの?」



「スピードですか?」



「そ」



「普段は峠メインなんで170前後ってとこですかね」



「高速は?」



「あまり乗らないですけど、一度だけ250オーバー出した事あります。けど現実としては交通量が少なくてクリアな状態で220クルーズって所ですね」



「やっぱバイクだとそんなもんよね。あなたは確かエンジン乗りだったわね。電動だと高速は辛いんだよね?」



「そうっすね。啓太が電動乗りですけど、高速じゃ200が限界って言ってましたね」



「そっか。じゃあオービスも通った事だし、道も空いてるし、五月蠅いハエをおっぱらうか!」



「ハエ?」



真治が聞き返すと同時に、加速Gで身体がシートバックに押し付けられる。



志穂は胸元にかけていたサングラスを身に着け、アクセルペダルを踏む右足に軽く力を入れていた。



「真治、速い高速クルーズには何が必要か分かる?」



「えーっと、パワーのあるエンジンですよね?」



「もちろんそうだけど、それだけじゃダメ。高速域でも安定した足周りと、いつどんな状況でも目一杯踏めてスピードを殺せるブレーキが必要よ」



「なるほど…」



「この車は確かに旧いけど、250キロオーバーでもレーンチェンジ出来る足とボディを持ってるし、ポルシェのブレーキは世界一よ。だからこれくらい平気だから安心しててよ」



志穂はサングラス越しにウィンクする余裕を見せながら、高速を250キロでクルーズしていった。








そして着いた先は、



「横浜ですか…」



海風を受けながら、半ば呆れる真治。



「高速飛ばせば近いもんでしょ?」



「まあ確かに…時間はそれほどかかってないですけどね…」



にしても「ちょこっと羽を伸ばす」という感覚の場所ではない。



「さあ行きましょ。天気もいいことだし、ショッピング日和になりそうね!」



志穂はサングラスを畳んで胸元に引っ掛けると、真治の腕を取って歩き出した。



「ちょ、ちょっと…」



真治は慌てて頬を紅くしながら、志穂に引っ張られていった。







志穂は横浜のメインストリートではなく、やや外れの辺りに繰り出した。



目当ての店は、



「へえ、駐留軍人向けの店ですか」



真治には未体験のたたずまいを持つ店を前にして、素直に感心した。



「この街はこーゆー店が結構あって、面白いものがいっぱいあるのよ」



志穂の言う通り、日本の一般的な店では置いてないものばかりである。



服などは日本のセンスとは全く異なるものが並んでいて、素人目で見てもカッコいい。



「あたしこーゆーの好きなのよ」



そう言って志穂が手にするものは単体で見ればかなり奇抜なもので、一般的な女子なら躊躇するのではと感じるものだった。



でも志穂が着ると、とても様になる。



志穂にそう伝えたら、



「ありがと♪ホントはふつーの店で売ってるかわいいのとか着たいんだけどさ、あたし身体大きいから似合わないのよね。だからこーゆー路線に走るしかないのよね」



と、やや照れながら胸の内を語った。



志穂は日本人女子としては背が高く出るところはちゃんと出ているので、一般女子向けの服は着こせないそうだ。



でも一般女子が着れないアメリカ人向けの服を見事に着こなす。



「志穂さんは今の志穂さんのスタイルでいいと思いますよ、俺は」



「ありがと!じゃお礼にお昼奢ってあげるね♪」



「え?いいですよそんな…それくらいは俺自分で出しますよ。高速台もガス台も志穂さん出してるんだから…」



「いいっていいって!今日はあたしに付き合ってもらってるんだからこれくらい当然よ♪ それに男なら女の子の申し出は素直に受け入れた方がカッコいいと思うわよ」



と、志穂がまた見事なウィンクを放ちながら言ったので、真治は志穂の甘言を受け入れた。







そして案内されたレストランはこれまたアメリカンな雰囲気の店だった。



「この店のランチがボリュームあって美味しいのよ」



その通りで男の真治から見てもかなりの量だった。



これで味が並だったら残しそうな感じだったが、これまた確かに美味だったので何とか平らげた。



そして昼食後もショッピング。



志穂のスタイルで感心したのは。買った物でもかさばりそうな物は全て郵送にしたことだ。



「荷物抱えて買い物なんて嫌だし、車にもあまり載らないしね」



手にあるものは、持っていてもかさばらない小さな物ばかり。



荷物持ちの役割を押し付けられる覚悟をしていた真治には意外なことであり、快適だった。



午後もあちこち見て回り、いろいろ買い物を済ませてからオープンカフェに腰を下ろした。



「さすがにちょっと疲れたわね」



「はは、俺もちょっと…」



「真治ってコーヒー飲める?」



「ええ」



「じゃあここのブレンドコーヒーで決まりね。美味しいんだから」



志穂はウェイトレスに注文すると、お冷やに口を付けた。



「ねえ真治、あなたって好きな子いるんだって?」



「な、なんですか急に?」



慌ててこちらもお冷やに口を付ける。



「啓太から聞いたのよ。なんか身の丈に合わないすごいかわいい子を狙ってるってね」



「身の丈に合わないって啓太の奴…まあ確かにそうかもしれないけど、惚れちゃったんだからしょうがないですよ」



不満を口にしつつも開き直った。



「どんな子なのよ?」



「新学期に転入してきた子で、まあ帰国子女ですよ。大人しくてかわいくて…でもマイペースでちょっと掴めないところもあって、細かい性格まではまだ分からないですね」



「転入してきた帰国子女って、真中あや乃ちゃんだっけ、映画監督真中淳平の娘の」



「そうですその子です。志穂さんも知ってるんですか?」



「一応ね。親が有名人だし。でもあの子ってかわいいけどあまり喋らないから友達少ないはずよ。人気もそんなにないはずだし。だから狙い目かもね」



「そうなんですか?」



真治の顔が輝いた。



「でもさあ、一緒にいて正直退屈じゃない?あまり喋らない子がいると場の空気を保つのに苦労するのよ。そーゆー経験ない?」



「そう言われれば…」



思い返してみると、あやのとふたりきりになった経験はあまりない。



大概は亜美が一緒にいて、その亜美がよく喋っている。



「あたしから見れば、真治は亜美ちゃんとお似合いっていうか、付き合ってるようにも見えるわよ。いつも一緒にいるしね。そこんとこはどうなのよ?」



「そりゃ誤解です。あいつはただのバイク仲間ですよ」



真治は思わず笑ってしまった。



その様子を見た志穂は、



「じゃああの小さくてかわいくて男子に人気の高い亜美ちゃんは、特に意識してないのね、真治は」



「そうですよ、俺がいま気になってるのは…やっぱあや乃ちゃんですね」



「そう…」



志穂はやや安堵した表情を見せて、運ばれてきたコーヒーを口にした。



(大沢先輩どうしたんだ?なんで俺と亜美の関係なんか聞いてくるんだ?)



真治はよく分からない表情を浮かべて、志穂に習いコーヒーを口にする。








「おいこら真治!」



「ん?」



突然横から呼ばれて顔を向けたら思わずコーヒーを吹き出しそうになった。



なんと亜美が疲れ切った表情で自分を睨んで立っていた。



「おま…なんでこんな所にいるんだよ?」



「あんたを監視するために決まってるでしょ!美人の先輩に誘われて変な気起こさないようにね!」



「変な気ってなんだよ?」



「変な気は変な気よ!あんた先輩に誘われただけで浮かれてるでしょ!」



「そんな事ねえよ!それよりそんな理由でここにいるお前のほうがおかしいぞ!」



真治と亜美が言い合いをしていると、



「真治、彼女がここにいる理由は理解出来るわよ」



志穂が割って入ってきた。



「はあ?」



訳の分からない真治。



「それより亜美ちゃん、あなたよく付いて来れたわね。高速で振り切ったつもりだったのに」



志穂は亜美に挑戦的な視線を向ける。



「大沢先輩、あたしに気付いてたんですか?」



「そうよ。デートの邪魔になりそうだったから振り切ったのよ」



「で…デートなんて言わないで下さい!こいつ浮かれて調子付くじゃないですか!」



亜美は顔を赤くして猛然と抗議する。



だが志穂は至って落ち着いた表情で、スッと立ち上がった。



「亜美ちゃん、あたしが真治を誘った理由は至ってシンプル。あたしは真治が好きだからよ」



「ええっ!?」



派手に驚く亜美。



「なっ…」



こちらは驚きで言葉が出ない真治。



「で亜美ちゃんはどうなの?あたしに振り切られてからどうやってここまで辿り着けたのかは分からないけど、とても苦労したはずよ。あなたをそこまで動かした理由は何?」



志穂に詰め寄られる。



167センチの志穂に154センチの亜美は完全に見下ろされる形になる。



亜美は顔を赤くして真治にチラチラと目線を向けつつしばらく黙っていたが、






「あ…あたしも真治が好きなんです!」







強い意思が込められた視線でキッと志穂に向けてそう言い放った。




(な、なんだってんだ一体…)



事の渦中の真治は自体を飲み込めないまま、睨み合い続ける女子たちを見ていた。



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