親から子へ・・・5 takaci様



『スタート15分前、参加全16台がダミーグリッド上に整列しました。第7回跳栄大学3時間耐久ロードレース、まもなくスタートです!』



3時間耐久ロードレース。



跳栄学園大学部の学園祭と時を同じくして行われるこのイベントはひとつの名物になっている。



ちなみに高等部の学園祭はやや離れた時期に行われる。



祭が好きな学園である。



レースはひとチーム3人のライダーで構成され、広大な学園の外周道路の一部を封鎖して行われる。



参加チームは大学のサークルやゼミで作られているが、この学園の生徒であれば中等部や高等部の生徒でもライダーになれる。



有名なチームは高等部から速いライダーをスカウトしており、中でもツーリング部RPというチームは3人とも中等部の生徒で構成されている。



またこのレースは電動対エンジンの戦いでもある。



学園の通学オートバイの9割は電動だが、レース参加車両になると5割まで落ち込む。



学園主催といえどレースとなるとそれなりに資金が掛かるので、懐に余裕のあるエンジン乗りの参加者が多い。



そんなエンジン乗りに対し、電動乗りは対抗意識を募らせている。



主催者は電動とエンジンがほぼ同じようなタイムで走れるようなルールを設定しており、そのような背景から毎年白熱した熱いバトルが繰り広げられ、生徒たちの人気も高い。



ちなみに過去6回、電動とエンジンは3勝3敗のイーブンである。






『さあ、ここでグリッドの紹介をします。まずはポールポジション、今大会注目度ナンバーワンであり予選でも驚異的なタイムを叩き出しました。ゼッケン3、チーム機械科B、スターティングライダーは小河亜美選手!!』



アナウンスの紹介とともに黄色い歓声が広がった。



「さすがと言うか、亜美ちゃんの人気は凄いな。もともとかわいくて女子にも人気が高い。しかも予選でポール。今年は完全にうちはヒールだな」



「けどウチはゼッケン1。ディフェンディングチャンプで他から追われる身だからな。たとえ悪役になっても勝ちに行く。ツーリング部エースチームだからな」


「そんなチームで走れるなんて最高ですね。毎朝走ってるから分かるけど、亜美は決して勝負強くはない。レース展開を上手く運べば、ウチのバイクなら勝てます」



「頼もしい新人だな。頼りにしてるぞ東村!」



「はい!」



チームの先輩とともに真司は自信の言葉を口にした。



真司、亜美、啓太は今年初めて3時間耐久に参加する。真司はツーリング部Aチーム。亜美は機械科Bチームというそれぞれ優勝候補のチームから誘いが掛かった。



ツーリング部と機械科は毎年優勝争いをしており、このレースで幾多の名勝負を繰り返していた。



真司は去年優勝したゼッケン1を付けたバイクで第2ライダーの大役を司ることになった。



予選は大学部の先輩エースライダーが出したタイムで2位。だが決勝は3時間。優勝は十分に狙える位置である。



「よっ、真司」



「おう、啓太か」



「なんか緊張してきたぜ。なんせ初めてのレースだからな。けどお前はあんまり緊張してる感じないな」



啓太はやや強張った笑みを浮かべている。



「そりゃ俺も緊張してるさ。でも先輩たち頼りにしてるし、バイクの出来もいいからな。俺は自分の走りをするだけさ。第2ライダーだし」



「それを言ったら俺は第3ライダーだぞ。ちきしょうマジびびりが入ってきた。先輩からは一台でもエンジン喰え(エンジンバイクより上位でゴールする)って言われてるけど、そんな余裕ないぜ」



「そんなにビビんなよ。たくさんの女子ファンが見てんだろ?しゃっきりしろよ」



「その目があるからさ。なんせかっこ悪い走りだけは出来ねえ。予選では失敗したから決勝ではいいトコ見せないとダメなんだよ」



「そういやお前はそういうスタンスのチームだったな・・・」



啓太のエントリーは祭り同好会Bチームで予選13番手だった。



ちなみにAとBの2チームエントリーが多く、AチームがエンジンバイクでBチームが電動バイクを使っている。



だから真司はAなのでエンジン、亜美と啓太はBなので電動である。



真司は啓太に激励の言葉をかけると、ポールポジションのバイクに跨る亜美のもとに足を運んだ。



「よっ、ポールスタートどんな気持ちだ?」



昨日の予選で亜美がポールを奪ったのは真司にとって驚きであり悔しさもあったが、祝いの言葉は伝えておいた。



そのときの亜美はとても嬉しそうな笑顔ではしゃいでいた。



そして今は、



「へっへ〜、凄く楽しみだよ。もうガンガン飛ばすからね!」



ヘルメット越しではあるが、亜美は満面スマイルを輝かせている。



「なんだよお前、全く緊張してないみたいだな」



半ば呆れる真司。



「少し緊張してるよ。でもそれより楽しさのほうが全然大きいかな。こんな全力で飛ばせる機械滅多にないんだから。もうガンガン行くからね!」



「ほどほどにしとけよ。レースは3時間だ。飛ばし過ぎると後半辛いぜ。まあそうなったらウチが抜いて行くけどな」



「ふっふ〜ん、ウチだって秘密兵器あるもんね〜。負けないよっ!」



「秘密兵器?なんだよそれ?」



「敵チームには教えてあげないっ!まあじっくり見てなさい。きっと驚くだろうからねっ!」



怪訝な顔を浮かべる真司に対し、亜美は余裕満面の笑みを見せた。



「へいへい、じゃあ頑張んなよ」



真司はそう言い残して亜美の側から立ち去った。






『スタート3分前です』



そろそろスターティングライダー以外の人間はピットに戻らなければならない。



真司もコースから離れて自チームのピットに足を向けた。



「あなたが東村真司くん?」



「えっ、あ」



思わずドキッとした。



どこかで見たことのある美女が自分と同じ目線の高さで見つめており、しかも目のやり場に困りそうな派手で露出度の高いコスチュームをまとっていた。



「大沢先輩ですか?」



「そうよ」



「こんな所でそんな格好で何してんすか?」



「見ての通り、レースクイーンよ」



「レースクイーン?大学部の学園祭に高等部の生徒会の人間が?」



「大学の女子じゃ華が足りないってことで呼ばれたのよ。ま、あたしもこーゆーの嫌いじゃないしね」



志穂は得意げな顔を浮かべて派手なコスチュームを見事に着こなしていた。



女子では背の高い部類に入る志穂だがそれでも真司よりは低く、でも真司と目線の高さが同じなのは高いヒールを履いていたからだとしばらくしてから気付いた。



「ところできみ、啓太の友達だよね」



「ええ、そうですよ」



「意外と速いのね。ゼッケン1のバイクを任されて、予選は先輩のタイムは抜けなかったけど遜色ないタイムを出した。高等部の生徒で第2ライダーを務めるのは立派だと思うわ」



「そりゃどうも。けどそれ言ったら亜美のほうが上ですよ。あいつはエースライダーでポールですからね」



「あたし、女子には関心ないのよ。速い男に興味あるのよね・・・」



志穂は含みのある笑みを浮かべて真司の身体に顔を近づけた。



「えっ?」



「ふふっ、照れちゃってかわいいね。期待してるわよ。頑張ってね」



見事なウィンクを真司に向けると、志穂は颯爽と去っていった。



「ちえっ、なんだよ・・・」



真司はレースの緊張感とは別の胸の高鳴りを感じていた。






『さあ、フォーメーションラップから全車戻りグリッドに付きました。さあ、赤ランプが点灯し・・・今消えた!3時間耐久ロードレース、今スタートです!!」



轟音とともに16台のオートバイがホームストレートを駆け抜けていく。



真司は全身鳥肌を立てながら、スタートの様子をピットから窺っていた。



「スタートは・・・くそ、亜美のやつ決めやがったな・・・」



亜美が鮮やかなホールショット(スタート直後の1コーナーを先頭で進入すること)を決めていた。



そしてジリジリと後続との差を広げていく。



『スタートから10分が経過しました。トップは相変わらずゼッケン3の機械科B。小河選手快調に飛ばし既に後続と3秒の差を築いています。2番手はゼッケン1のツーリング部A、3番手ゼッケン2機械科A、4番手ゼッケン7岡田ゼミAと続きます。2位から7位までは接近戦を繰り広げています!!』



場内アナウンスがレース状況を伝えつつ場を盛り上げる。



レース状況は場内アナウンスとホームストレートに設置された大型ビジョン(借り物)に映し出され、大学の報道部が20台以上のカメラを駆使して実況中継されている。



その映像は学園内のテレビやパソコンで見ることが出来、さらに参加チームのピットに設置されたモニターでも確認出来る。



またピット内にはもうひとつのモニターがあり、こちらには参加車両の毎周ごとのラップタイムや前の車両との差、レースの経過時間などが映し出されるタイミングモニターとなっている。



このタイミングモニターの運営は大学の情報処理部が行っている。



監督などのチーム首脳陣は中継映像とタイミングモニターのタイム推移でレース状況を読みながら、作戦を組立てる。



耐久レースはライダーだけでなく、チーム全員で戦うレースである。



「亜美のやつ、ちょっと飛ばしすぎじゃないか?」



真司の心に様々な不安が駆け巡る。



「確かにちょっと速すぎる感じだなエンジン勢の後ろで自分のペースで走れないことを嫌っての作戦みたいだが、にしても飛ばしすぎだな」



チーム首脳陣の先輩も首をかしげている。



電動とエンジンは1周のラップタイムこそほぼ均等になるように調整がされているが、その速さはかなり異なる。



ツイスティなコーナー区間を2本の直線で繋いだコースレイアウトを持ち、電動バイクはコーナー立ち上がり加速の良さを活かして連続コーナー区間でアドバンテージを持つ。



逆にエンジンバイクはコーナーワークでは電動バイクに一歩譲るが、2本の直線では電動バイクを大きく突き放し、追い抜きがラクでバトルに強い。


1周のタイムは単独で走れば速く走れても、前にエンジンバイクが居るとペースを乱されやすく接近戦に弱いのが電動バイクの泣き所である。



「ゼッケン3は電動のウィークポイントを出さないための先行逃げ切り作戦なのかもな。でもこのペースは絶対に最後まで続かない。前のペースに惑わされず、ウチは自分のペースをキープだ。3番は無視して後ろの2番、機械科Aをマークだ」



チーム監督の先輩はそう判断し、冷静な表情で指示を出した。






レースはそろそろ30分になる。



この辺りが1回目のピットストップタイミングになる。



燃料搭載量(電動バイクはバッテリー容量)があらかじめ決められており、連続では30分ほどしか走れないようになっている。



「東村、落ち着いて行けよ」



先輩のメカニックがヘルメットを身に付けて出撃体勢の真司の肩をぽんと叩く。



真司が神妙に頷くと、ゼッケン1のバイクがピットに向かって進んできた。



ピットで止まったバイクを受け取り跨ると同時に給油がなされる。



燃料補給とライダー交代の所要時間は10秒ほどだ。



バイクを託された真司はコースへと駆け出した。






(落ち着け、落ち着け・・・)



コースに出た直後は緊張で身体が怖がっていたが、1周も走れば身体の緊張は小さくなった。



[OK東村、いいペースだ。そのまま27秒台キープだ。前との差は6.8。後ろの7番とは2.1。現在ポジション2、ポジション2]



チームのメンバーが無線でレースの状況を常に伝えてくれている。



(このペースなら無理することはない。丁寧に走ろう)



真司は指示に従いながら慎重なライディングを続ける。



だが走行開始から10分ほど経過した頃、一気に状況を変える指示が飛んできた。



[東村、ペースアップだ。マップ5に変更。マップ5に変更。26秒台で前の3番を追いかけろ。でも出来る限りタイヤに無理はかけるな。ペースアップだ]



「マップ5で26秒ペース?マジですか?」



思わず耳を疑った真司。



マップとはエンジン制御プログラムのことであり、このバイクには5段階のマップが組み込まれて走行中にライダーが任意で変更出来る。



マップ1が省燃費モードでマップ5が予選用のハイパワーモードだ。



レースではマップ3をメインで使用して状況によって2から4を切り替える予定だったが、このようなレース序盤でマップ5を使う指示が出るとは、異常事態か指示ミスとしか思えない。



だが指示ミスではなかった。



「マップ5だ。繰り返す、マップ5。前の3番を追いかけろ」



無線の先輩の声もどこか緊張しているように感じた。



(3番は亜美のチーム。さっきは飛ばし過ぎだって言ってたけど、追いかけろってことは・・・)



(何かが起きたんだ・・・)



真司はそう判断した。



「了解」



短く答えて、指示通りマップを切り替えて追撃モードに入った。






マップ切り替えの恩恵は大きく、加速と直線の伸びは見違えるほどに素晴らしくなった。



だがラップタイムはそれだけで簡単に削れるものではなく、真司は全神経を集中させたライディングを強いられる。



それでも前を走るゼッケン3に追いつくことは出来ず、現在の差を保つのが精一杯だった。



約30分の走行が終わりピットストップでライダー交代しバイクから降りた時は、かなり疲労困憊していた。



「東村いい走りだった。とにかくこれ以上離さなければいい」



ヘルメットを脱いだ真司に先輩がスポーツドリンクを差し出す。



それを受け取り一口付けると、



「何が起きたんですか?突然のペースアップにマップ5なんて・・・3番は無視じゃなかったんですか?」



「どうやら3番は短時間でタイヤを換える作戦のようなんだ」



「タイヤ交換?」



緊迫感を漂わせる先輩の顔を、真司は我が耳を疑うような顔で聞き返した。







このレースで使われているタイヤは全車共通で、レース中のタイヤ交換も原則としては自由である。



ただタイヤ交換の際は圧搾空気や電動などのパワーアシスト付工具の使用は禁止されていて、さらには危険防止のためタイヤが路面から離れた状態での給油及びバッテリー交換も禁止(タイヤ交換と補給作業の同時進行が出来ない)。



このようなルールがあるのでタイヤ交換は1分30秒以上のタイムロスになり、それをコース上で取り戻せるほど速く走れないのでこのレースでは「タイヤは換えない」が定石になっている。



「3番がタイヤ換えるならこのオーバーペースは分かります。けどそれにウチが付き合う理由はなんですか?」



真司がそう尋ねると、



「これを見てみろ」



監督が1枚の写真を差し出した。



「広報部が撮ったもので3番のリアホイール周りだ。ホイールの真ん中をよく見てみろ」



目を凝らすと、本来ならホイールを止めているセンターのボルトとナットがある場所に得体の知れない部品が写っている。



「なんすかこのゴツい部品?」



「それでホイールシャフトを止めている。専用の治具をはめればシャフトがすっぽり外れるって仕組みらしい」



「マジですか?」



「ああ。今年の機械科Bの秘密兵器らしい。これでタイヤ交換が20秒だそうだ」



「20秒ってことは・・・」



「単純に半分で割っても前半に10秒以上のマージンを与えてはダメなんだ。今の差が7秒。いつタイヤを換えるか分からんが、交換前で10秒以内に捕らえていないとまずいんだ」



監督の先輩は硬い表情を見せている。



「それでペースアップですか・・・」



真司も状況を飲み込んだ。



(亜美が言ってた秘密兵器ってこれだったんだ。ちくしょう・・・)



苦虫を噛み締めたような顔を浮かべる。



「でもレースは何が起こるか分からない。厳しい戦いだけど頑張ってくれ。こっちでも対応策を練ってみる」



「はい」



監督の励ましの言葉にそう答えたものの、真司の心には焦燥感が広がっていった。






機械科Bのタイヤ交換作戦の噂は参加チーム全てのピットに伝わったようで、全体的にレースのペースが上がっていた。



浮き足立って慌てるチームもあれば、そのような作戦は有り得ないと信じてペースを守るチームもある。



ただ、他の全チームが機械科Bのピットの状況には目線を光らせていた。






そして時間は丁度レースの半分に差しかかった頃、ピット全体が一気に騒がしくなった。



「機械科Bがピットにタイヤを用意した!」



その声を聞きつけた全員が、機械科Bのピットに注目した。



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