親から子へ・・・3 takaci様
世間一般的には、学生という身分は時間を持て余しているように思われている。
ただ中には社会人より自由時間が少ない学生もいる。
毎日の授業にサークル活動、さらにバイトまで加わると、意外と時間が無くなる
真司も普段はサークル活動とバイトに明け暮れている。
学園のツーリング部に所属しており、いまは学園主催のレースに向けてそれなりに忙しい。
さらにオートバイのランニングコストの捻出のためにバイトは欠かせない。
真司の日常はそれなりに時間に追われた生活を送っていた。
そして今日はたまにある休みで、近所のスーパー向かって歩いていた。
「たまに家に居るとこうやってお遣いとかに頼まれるんだよなあ。あーあだるいなあ。こんなことなら学校行けばよかったなあ。先輩達はこれからレースの準備で死ぬほど忙しくなるんだよなあ。俺にも手伝えることあるよなあ・・・」
不満顔でぶつぶつ呟きながら寂れた住宅街を歩く。
(このあたりを歩くのは久しぶりだな。小学校の通学路だったっけ・・・)
近所の勝手知ったる道でも、生活環境や移動手段が変わると意外とその道を通らなくなる。
いま真司が歩いている道も、そんな道のひとつだった。
(けどこの辺は何も変わってないよなあ。寂れた住宅街で新しい家も見かけない・・・)
「ん?」
目の前の風景に微かな違和感を感じた。
(前と少し違う・・・)
歩きながら違和感の原因を探る。
しばらく歩くと、甘い香りが漂ってきた。
(なんだこのいい匂いは・・・)
甘い芳香は次第に強くなり、匂いに釣られて横を向く。
「あ、こんなところに・・・」
真司の横には、真新しいレンガ調の外壁を持つ小さな洋菓子店があった。
(そっか、ここにこんなのが出来てたんだ・・・)
違和感の原因に気付き、思わず足を止めた。
(・・・なんて読むんだ?)
外壁にさりげなく、さほど目立たない感じの看板らしきものを捕らえたが、アルファベットの羅列にしか見えない。
(間違いなく英語じゃないな。どうやっても読めん・・・)
このとき、真司の頭に親の言葉が浮かんだ。
(そういや、『甘いものを適当に買って来い』だったっけ・・・)
目的地のスーパーはもう少し先にあり、目の前には雰囲気の良さそうな洋菓子店とおぼしき店がある。
(・・・まあいいや、せっかくだから入ってみよう)
一瞬考えた後に、真司は小さな店の扉を開けた。
チリンチリンチリン・・・
扉に付いたベルがかわいい音を鳴らす。
店の中は、暖かみのある光に包まれていた。
甘い芳香もグンと強くなる。
落ち着いた色調の店内で、どこかアットホームな空気感に満ちていた。
「いらっしゃいませ〜」
女性の声が届く。
ふと目をやると、ショーケース越しにエプロン姿の美女が柔らかな笑顔を真司に向けていた。
(店長・・・なのかな。でもそれにしちゃずいぶん若く見える。バイトのお姉さんなのかな・・・)
真司の目はその柔らかな笑顔に引き込まれていた。
「どんなものをお探しかな?」
「あいや、えーっと・・・」
しばらく固まっていたことに気付き、思わず頬が赤くなる真司だった。
「あのー実は・・・」
そして親の大雑把な要望と自分がこの店に足を踏み入れた理由を告げた。
すると女性は楽しそうな笑みを浮かべながら、
「そっかーそんなわけなんだ。じゃあオススメはね・・・」
美女の店員はショーケースの中ではなく、店の隅の陳列棚にある焼き菓子を勧めてきた
話によるとこの店イチオシの商品で、ほかの品物よりお買い得との事、
確かに手書きのプライスボードを見ると、他の品物に比べてお買い得と思える数字を示していた。
「う〜ん、でもちょっと・・・」
それでも真司にはスーパーで売っている菓子類より割高に感じ、それを伝えた。
(でも個人商店だし手間もかかってるし、スーパーと比べるほうが間違ってるな。気を悪くしたかな・・・)
言った直後にそう思ったがもう遅い。
だが美女店員は楽しそうな笑みを一切崩さなかった。
「確かにそういう人も多いよ。でもね・・・」
そしてお菓子に関する豆知識を語り始めた。
その内容は少し知識のある人間が偉ぶって雑学をひけらかすものとは全く異なり、分かりやすい言葉で要点をまとめたもので菓子の知識が全く無い真司にも理解できるもので、なおかつ現在目の前にある焼き菓子の良さをさり気なくアピールするものだった。
それを聞いた真司は、
(確かにこのお姉さんの言うとおりだ。スーパーの菓子なんかよりこっちのほうが良く感じる。でも待てよこのお姉さんの外見と話にうまく騙されているだけかもしれん。いやでもそれだとしてもこんなお姉さんが熱心に勧めてくれるものをいま買わない理由がどこにあるんだ・・・)
美女店員を前にした真司が陥落寸前の状態に陥っているとき、
「ねえおかあさ〜ん尚哉知らない?あたしのパソコンが変になっちゃんたんだ・・・」
ここで別の声が飛び込んできた。
「尚哉なら友達と出かけてるわよ」
「え〜っ?どうしよう・・・ってあれ?真司くん?」
「えっ?」
呼びかけられて振り向くと、
「あや乃ちゃん?」
呼びかけられて振り向くと、そこにはあや乃のあどけない表情がショーケースの奥からこちらに目を向けていた。
「何でここに?」
当然のごとく驚く真司。
「だってここ、あたしの家だもん」
「ええっ?ここがあや乃ちゃんの?それにさっきお母さんって・・・ええっ!?」
あや乃の言葉に驚き、そしてさらに美女店員に改めて目を向けてさらに驚く。
「なぁに?どうかした?」
逆にこちらは余裕の笑みを浮かべる美女店員。
「いえ、てっきり近所から来てるバイトのお姉さんかと・・・でもあや乃さんのお母さん?マジですか?メッチャ若く見えるんですけど・・・」
「あはは〜!きみお世辞上手いねえ。でもうれしいよ、ありがと!ところできみってあや乃が話してたゼミのお友達?確かオートバイに乗ってる・・・」
「あ、はい。東村真司です。よろしくお願いします」
「あや乃の母です。この子人付き合いがあまり得意じゃないの。だからあたしからも、あや乃のことよろしくお願いします」
あや乃の母は丁寧に頭を下げた。
「いや、こっちこそよろしくお願いします」
釣られて頭を下げる真司。
いきなりの事で慌てまくる真司だったが、そこにあや乃が少し切羽詰った口調で話しかけてきた。
「あ、真司くんってパソコン分かる?」
「えっパソコン?うーんひと通り設置してネット繋ぐくらいなら出来るけど・・・」
「そう?ならあたしの部屋のパソコン見てもらえないかな?ネット中継観たいんだけどなんか急に調子が悪くなっちゃって・・・」
あや乃はとても困っているような表情を見せた。
こんな表情を見せられたら、大概の男は断れない。
「え、俺がいまから?あや乃ちゃんの部屋の?」
「ダメ?」
「い、いやあ・・・俺で分かることなら・・・全然構わないよ!」
「ホント!?ありがとう!」
ぱっと咲いたかのような笑顔を見せるあや乃だった。
「ふう・・・」
わが娘と友人の男の子の話し声が家の奥に消えていくのを、あや乃の母は嬉しそうな笑顔を浮かべながら聞いていた。
チリンチリンチリン・・・
「いらっしゃいませ・・・あれ?久しぶり〜」
「よっつかさちゃん、相変わらずかわいいね!」
「もう、40過ぎのおばさんにかわいいなんて言葉普通使わないよ!なんかすごく軽い言葉に感じるなあ」
「いやいや、つかさちゃんなら芸能界じゃ20台後半でも通じるかもな。それくらいの雰囲気あるよ」
「もう!相変わらず口だけは上手いんだから・・・ところで今日はなんでこんな所まで?」
「たまたま近くまで来たもんだからな。尚哉居るかい?」
「友達と出かけてるわよ。今はバスケに夢中みたい」
「仕事のことはなんか言ってたか?」
「芸能界には少しは興味はあるみただけど、あまり乗り気じゃ無さそうね」
「そうか・・・尚哉はいい素材だと思うんだけどなあ・・・親父はなんて言ってる?」
「あの人もあたしと同じよ。本人にやる気があれば止めないって。でも芸能界にはあまり進んで欲しくないって感じね」
「まあ真中も芸能界の裏側をよく知ってるからな。息子に自分と同じような苦しみをさせるのは避けたいってトコなんだろうな」
「そうね」
「そういや尚哉の姉ってどうなんだ?確かあや乃ちゃんだっけな。俺まだ会ったことないけど、もう高校生くらいだろ?」
「あや乃は芸能界なんて全く興味無しね。意外とマイペースだけど内気で優しい子だもん。競争激しい芸能界なんて絶対に無理だと思うな」
「そっかー・・・」
あや乃の母、つかさが来客した知人らしき人物と子供たちの話題に華を咲かせていたとき、
あや乃は、
「やった〜すご〜い!真司くんありがとう!!」
「いやいやこれくらいなら・・・でも簡単に解決できることでよかったよ」
ネット回線の復旧に喜びの花を咲かせていた。
真司がパソコンの具合を見たとき、ディスプレイ上では回線が完全に繋がっていなかった。
そこで接続ケーブルを見てみたら、パソコン本体から抜け落ちていた。
どうやら奥まで刺さってなかったようで、きちんと刺し直したら回線は復旧した。
真司としては何とか面目を保てたのでほっと胸をなでおろしたところ。
部屋に招かれた直後からかなりテンパってしまって余裕もなかったが、その心も落ち着きを取り戻しあや乃の部屋の様子を窺えるまでになった。
(女の子の部屋って入るの初めてなんだよな。なんか想像と少し違う感じだな)
部屋にはファンシーな飾りやぬいぐるみなどは一切なく、どこか落ち着いた様子を見せている。
「あれ、どうかした?」
「あ、いや・・・予想よりだいぶ落ち着いてるっつーか、大人っぽい部屋だよね。もっとぬいぐるみとかあるイメージあったからさ」
「まだこっちに来たばかりだからね。前は小さな部屋だったからほとんど置けなかったんだ。でもこれからいろいろ揃えてくつもり」
「それに、この本の数すごいね」
部屋の壁一面の半分くらいの大きさをもつ立派な本棚が鎮座している。
「うん、本好きなんだ」
「へえ・・・あれ、なにこれ?」
真司は蔵書の中に、ひとつの変わった本が目に留まった。
丁寧な表装を持つハードカバーで、ケースにきちんと収められている。
ただ、真っ白である。
表にも裏にも背表紙にもタイトルや作者名らしきものは一切ない。
「あ、これね、あたしの大切な本なんだ」
あや乃はそう言って、綺麗な指を純白の本に差し出した。
「はい」
そして真司に差し出す。
「いいの?」
触れるだけでも躊躇いそうなほど、その本は白くて綺麗だった。
あや乃が笑顔で頷くのを確認した真司は、そっと手に取った。
そしてパラパラとページをめくる。
本の中にも題名や作者名の記載はなかった。
でも文章はきちんと書かれていて、さっと読んだ感じではファンタジーのような感じだった。
「この本、いったい何?」
真司にとって素直な疑問が沸く。
中身はきちんとした本みたいだが、タイトル及び著者名、出版社のクレジットが無いという本を目にするのは初めてであり、普通に違和感を感じる。
あや乃はそんな真司の表情を楽しそうに見つめながら、
「それ、あたしが10歳の誕生日に両親から貰ったプレゼントなんだ。世界に3冊くらいしかない本で、あたしのためにお父さんとお母さんが作ってくれた本なんだ」
とても幸せそうな笑顔で語った。
「へえ、あや乃ちゃんのために作った本ねえ」
「あたし何度も読んだんだけど、とっても壮大なお話で大好き。石の巨人が出てくるんだけどその登場の場面なんか、読むたびにワクワクしちゃうんだ」
「へ〜え、とってもいい本なんだね。で、これの作者ってどんな人なの?お父さん?それともお母さん?」
「ん〜、実は教えてもらってないんだ」
「えっ、知らないの?」
「うん。ただお父さんもお母さんもよく知ってる人で、あたしのとても大切な人だってことは教えてくれたよ。なんかとても遠い所に住んでるって聞いたような・・・」
「ふーん・・・」
真司はあや乃の話を聞きながら、純白の本から質量以上の重みを感じていた。
(あや乃ちゃんは、両親にとても大切に思われているんだなあ・・・)
素直にそう感じていた。
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