親から子へ・・・1 takaci様
私立跳栄学園。
山地を切り開いて建設されたこの学園は広大な面積を誇り、その敷地内には中学、高校、大学がある。
全校生徒数千人を抱えるこの学園は、開放的で明るい空気に包まれていた。
朝の登校時間、
ヒューーーーン・・・・・・
電気的な音を響かせながら、黒のオートバイに跨り黄色のジャケットを身に付けた姿が駐輪場に入ってきた。
ウォンウォンウォン!!
その後ろから元気な排気音を響かせながら、濃紺のオートバイと同じく濃紺のジャケットを身に付けた姿が入ってくる。
2台は揃って駐輪場に車体を停めてスタンドを立てて濃紺のオートバイがエンジンを切ると、駐輪場は一気に静かになった。
登校してきた生徒達の元気な声が飛び込んでくる。
「ぷう!」
黄色のジャケットを身に纏ったライダーは鮮やかなヘルメットを脱ぐと、ショートヘアで整った顔立ちの美少女が姿を現した。
「へへー、今日はいい感じで走れたなあ。この子も調子良かったし♪」
愛機の燃料タンクをぽんぽんと笑顔で叩く。
「ふう、いつもどおりあの直線で抜くつもりだったけど、今日はうまく逃げられたな」
濃紺のジャケットを着たライダーもブルーメタリックのヘルメットを脱ぐと、こちらはやや幼い顔立ちをした少年だった。
「毎日あそこで真司にやられっぱなしじゃあたしも面白くないもんねっ。ブルジョアのエンジンバイクには負けないよっ!」
「それはバイクの差じゃねえ。亜美は自分のバイクを振り回し過ぎなんだよ。あの峠(やま)じゃモーターのほうが有利さ」
「なによそれ〜。ひょっとして負け惜しみ?」
「言ってろ、このジャジャ馬娘」
真司と呼ばれる少年は、自分のブルーメタリックのヘルメットで亜美と呼んだ美少女の頭をこつんと叩いた。
東村真司はこの跳栄学園の高等部に通う2年生の男子生徒である。
そして小河亜美もまた、同じ2年生の女子生徒である。
自宅が比較的近くにあるこのふたりは、毎朝それぞれのオートバイで峠道を駆け抜けてくるという通学スタイルをとっていた。
2台揃ってコーナーを攻めながら通うのが日課になっていた。
ヒューーーーン・・・
そんなふたりのすぐ隣に、赤いオートバイが電気的な音を響かせながらゆっくりと停まった。
「おっす、啓太」
「啓ちゃんおはよう」
真司と亜美は赤いオートバイに跨る、黒のジャケットを着た人物に笑顔で呼びかける。
「おはようおふたりさん、相変わらず毎朝元気だな」
赤いオートバイのライダーは赤のヘルメットの中は、整った顔立ちをした美少年だった。
このふたりと同じくバイク通学をする西岡啓太もまた、真司と亜美と同じようにこの学園の高等部2年生である。
そしてこの3人は、同じゼミの仲間だった。
ではここで、現在の時代背景と跳栄学園の説明をしよう。
20世紀から21世紀初頭にかけてエネルギーの中心は石油であり、まだ現在もその威力は根強い。
だが2020年代初頭に革新的な新世代バッテリーが開発され、この国における自動車やオートバイの動力は内燃機関から電動に急速に変わりつつあった。
新生代バッテリーが生まれて約10年経った現在では、オートバイの7割が環境に優しくコストも安い電動式になっている。
亜美と啓太は電動のオートバイを愛車にしていた。
この学園のオートバイ通学者のうち、9割が電動オートバイである。
それに対し真司の愛車は昔ながらの内燃機関のエンジンで動いており、その燃料はアルコールを使っている。
いまや少数派となったエンジンオートバイだが、電動では得られない出力特性と、そして何よりも魅力的なサウンドを持っている。
エンジン式は電動式と比べて割高であり、マニア向けの嗜好品となっていた。
学生でありながらエンジン式を愛車としている真司は世間的に見ればそれなりの富裕層に属しており、一部のオートバイ通学者からは羨望の眼差しを受けていた。
そもそもこの跳栄学園は、私立と言うこともありどちらかといえば生活が豊かな生徒が多数を占めていた。
田舎の大きな山地を丸ごと切り開いて建てたこの学園は広大な面積を占めているが、公共交通機関のインフラはお世辞にも整っているとはいえない。
中等部や高等部の生徒向けに学園自らが運営する路線バスもあるが、生徒が免許さえ持っていればオートバイや自動車での通学を容認している。
学園自体の校則も緩く、一般常識の範囲内であれば制服も無く髪型やアクセサリー類も全て容認なので学生たちは各々が好きな姿で学園生活を楽しんでいた。
そしてさらに自由な雰囲気を助長しているのが、高等部からの学園独自の履修方式である。
まず、クラスが無い。
そしてそもそも学年という区切りも形骸化している。
生徒達は学部の在籍年数ごとに設けられた『ゼミ』に所属し、それがいわゆるクラスの役割をしている。
ゼミは週に数回しかなく、生徒達は主観性を生かして各々が好きな授業を履修することになっている。
そして3年間のうちに必要な単位を取得してしまえば、その時点で卒業が確定する。
要領のいい生徒は3年1学期の時点でゼミ以外の単位を全て修得してしまい、後は自由な時間を過ごす権利を得られる。
また逆にほとんど授業に出ずに、5〜6年かかって卒業する生徒も少なくない。
分かりやすく言えば、高校の時点で一般的な大学と同じ履修方式を採用している。
それがこの学園の大きな特徴だった。
さらに一部の生徒達の通学手段であるオートバイもまた、大きな進化をしていた。
20年前のオートバイは転倒する事故が多発しており、高校生のオートバイ通学を認めている学校自体がほとんど無かった。
だが現在のオートバイは優れたコンピュータによる車体制御の恩恵を受けて、転倒事故そのものが一気に減少していた。
そのような背景があり、真司や啓太や亜美のようなオートバイ通学をする高校生はそれほど特殊ではない時代になっていた。
真司、啓太、亜美の3人は革ジャケットにGパンというラフなスタイルでキャンパスを歩く。
「小河先輩、おはようございます」
すれ違い様に女子の下級生たちが亜美に向かって笑顔で挨拶をしていく。
「おはよっ!」
こちらも笑顔で応える亜美。
「亜美っちは相変わらず女子に人気あるなあ?」
啓太は含みのある笑顔を亜美に向けた。
「へへっ、まあねっ!」
表情を崩す亜美。
「それはちょっと違う。正確には『女子にしか人気が無い』だな。見た目に騙されて数々の男共が言い寄ってきたがこいつの男勝りの性格を知ると強い引き潮のように男共の心が揃いも揃って引いていくというお決まりの・・・」
バコッ!!
膨れっ面になった亜美が調子よく喋る真司の後頭部目掛けて鞄による強烈な一撃を与えた。
「いででで・・・く、首が〜〜!!」
「なによお、なんか文句あんの?」
「お前はいつも手が早いんだよっ!ちったあ大人しくしろよ!」
「そう言う真司だっていっつも一言多いのよ!」
「まあまあおふたりさん、その辺にしとけよ」
喧嘩腰になるふたりを、啓太はやや呆れたような苦笑いを浮かべて仲裁する。
このような光景はこのふたりにとって、日常のようなものだ。
「ちっ、あーなんかとってもやる気が無くなってきた。朝イチからダルいゼミだし、なんかすげーブルー・・・」
真司がしかめっ面でそう口にすると、
「そんなお前に朗報。とっておきの情報があるぞ」
啓太は真司の肩に腕をかけて、白い歯を見せた。
「なんだよ?」
「今日からうちのゼミに編入生が来るらしい。女だ」
「へえ」
「啓ちゃんってそういう情報は目敏いよね。どこから仕入れてくるの?」
「男たるもの、常に女性の動向には気を配るものだよ」
亜美のそんな指摘をさらっと受け流す啓太は、爽やかなフェイスもあって女子からの引き合いはとても多い。
「まあお前らしいが、新しい女子か・・・」
真司の目の色も少し輝く。
「しかもなかなかの美人らしい。おまけに有名人の娘だそうだ」
「有名人って誰だよ?」
「それはまだ分からん。けどいろんな人脈もありそうだから、仲良くなっておいたほうが良さそうだ」
「啓ちゃん、そんなにガールフレンド増やしてどうするの?今でももう十分じゃないの?」
亜美は冷ややかな視線を啓太にぶつけた。
「亜美っちよ、あの子たちは仲の良い知り合いだよ。まあガールフレンドとも言えなくも無いが少し違うというか・・・まあこの微妙なニュアンスは男独特のものだから女の子には理解出来ないかなあ?」
「ふ〜〜ん・・・」
さらに皮肉交じりの色を強める亜美。
「スマンが俺にも前の言うニュアンスとやらは分からんな・・・」
真司は啓太を呆れ顔で見ていた。
(でも、新しい女子か・・・)
その心の中では思うところはさほど大きくはないが、朝から気になる事項になっていた。
1時間目。
始業のチャイムはもう鳴っていた。
小さな教室である。
ゼミは1クラス15人前後で構成されている。
机も各々に1脚ずつあるのではなく、長い折り畳み机がコの字を描いて並び、生徒はパイプ椅子に腰掛けている。
並ぶ顔はいつもどおりで、新しい顔は居ない。
(菅原と一緒に来るのかな?編入生・・・)
真司はそう思っていた。
菅原とは真司が所属するゼミの講師の名だ。
他のゼミ仲間たちも編入生のことを口にしているように聞こえる。
ガチャン・・・
教室入り口の扉が音を立てる。
「おっ、今日は全員揃ってるな」
講師の菅原が入り口にある出欠簿を確認して、元気な声をあげた。
その後ろから、もうひとつの人影が静かに入ってくる。
ザワッ・・・
教室が小さなざわめきに包まれる。
「ヒュー♪」
真司の隣に座る啓太が驚きの口笛を鳴らした。
インパクトが強かった。
「あーみんな静かに。今日からウチのゼミに加わる新しい仲間だ。みんな仲良くするようにな」
菅原がそう告げると、編入生の少女はセミロングの黒髪を少しなびかせて背を向け、ホワイトボードに自分の名前を綺麗かつ丁寧な字で示した。
そして改めて振り返り、
「真中あや乃です。よろしくお願いします」
これまた丁寧に頭を下げた。
とても自然かつ清楚でおしとやかな第一印象だった。
(た、たぶんみんなそう思ってるんだろうけど、この子・・・)
(・・・メッチャ可愛いじゃん!!!)
ひと目で心を奪われた真司であった。
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