[memory]18 - takaci  様



足が震える。


身体が震える。


とてつもない恐怖。


嫌でも湧き上がるおぞましい光景


つかさに人生最大の屈辱を与えた男たちが、不気味で勝ち誇った笑みを浮かべて大切な思い出の場所に侵入している。


全く予想だにしていなかった侵略者を目の前にして、つかさはとてつもない脅威を感じていた。





「光栄だね。どうやら俺たちの事を思い出してくれてるようだ」


「そりゃそうだよ。あれだけ熱くヤリまくったんだからさ!記憶が無くても身体は覚えてるよ。何ならまた今からヤル?」


へらへらと笑いながらつかさを見下ろす男たち。





だがこの言葉を受けたことにより、つかさはやや落ち着きを取り戻し、


「・・・ふ・・・ざ・・・け・・・ないでよ・・・」


ゆっくりと、静かに怒りがこみ上げてきた。





この5年間、つかさは上岡理沙としてそれなりに幸せを感じていた。


だが、この男たちの手によって人生を大きく狂わされたことには違いない。


強い絶望も味わった。


数多くの苦しみを乗り越えてきた。


そして何より、大切な物を奪い取られた。


両親・・・


恋人・・・


そして何より、西野つかさという全ての存在・・・





もう2度と戻らないものばかり。


過ぎ去った時間は決して取り戻せない。





つかさにとって数多くの大切なものが、


この男たちの薄ら笑いと汚い欲望の手によって、


木っ端微塵に壊された。





今のつかさはただの心優しい、元気な少女ではない。


数多くの苦難を乗り越え、ひとりの大人の女性に成長している。


それに何より、絶対に守らなければならない存在もある。


大人しく、ただ怯えるだけではない。





「よくもまあ・・・あたしの前に姿を現したわね。あんたたちは、絶対に許さない!」


すっと立ち上がり、厳しい視線で男たちを睨みつける。





それとは対照的に、男たちはにやけたままだ。


「長戸、つかさちゃん俺たちを許さないってさ。かわいいねえ」


「ふ、ふざけないでよ!!」


「へえ、じゃあ聞くけど、俺たちを許さないっつっても、具体的にどうするんだ?」


「うっ・・・そ、それは・・・」


長戸の指摘を受けたつかさは返答にぐっと詰る。


「公式では西野つかさという人物は5年前に死んでいる。今更出てきて『俺たちがやった』って言っても警察が信じると思うか?」


「うっ・・・」


「それとも、上岡理沙として警察に告発する気か?それはそれでおかしい事になるぜ。いくら姿はそっくりでも全く別人でつながりは無いんだからな」


「うう・・・で、でも・・・」


「つかさちゃん、君はもうこの世に居ない存在なんだよ。死人が何を言っても無駄だって」





(あたしは・・・死人・・・)


上杉の言葉がつかさの心にグサッと突き刺さる。





つかさの表情の変化を見た長戸の口元がわずかに緩んだ。


警察がつかさを捜している事に本人は気付いていないだろうと、長戸は踏んでいた。


もし気付いているなら、つかさは警察に駆け込んでいたに違いない。


理沙の母がつかさを気遣い、警察に居場所を知らせなかったこと。


つかさに迫る脅威の存在に気付かなかったこと。


泉坂を訪れたつかさが気落ちしてここ数日は上岡の家に連絡を入れなかったこと


つかさが携帯を持っていなかったこと。


これら全ての事が、長戸らにとって都合よく働いていた。


そしてつかさに『お前は死んでいる人間』と言ってショックを与える。


何もかも長戸の計画通りだった。





「でも・・・でもあたしは!あんたたちを絶対に・・・」


「もう、無駄な事は止めるんだな」


「そうそう、僕たちが楽にしてあげるよ。もうこの先何も考えなくっていいようにさ!」


「な・・・」


上杉の言葉を受け、つかさは改めて二人を睨みつける。





(うっ!!!)


長戸、上杉のふたりとも口元は緩んでいたが、獣の目をしている。


獲物を目の前にして、ぎらぎらと輝いている。


だがその輝きの質は5年前とは違う。


あの時は、どす黒い欲望がつかさの身体を求めていた。


今は、もっと暗く薄汚い欲望が垣間見られる。





(こ・・・こいつら・・・あたしの・・・命を狙ってる・・・)


直感が生命の危機を察知する。


無意識に足が後ろへと下がっていく。





「へへっ、やっぱりつかさちゃんはカンがいいねえ」


「戸籍上は死人とはいえ、俺たちの秘密を知ってる奴は生かしておけん。悪いがここで死んでもらう」


ふたりの男はつかさに向けて一歩足を踏み出す。





(逃げなきゃ!!)


考えるより先に身体が反応した。


男たちに背を向け、狭い廊下を駆け出して行く。





だが男たちの迫る足音は聞こえない。


(何で追ってこないの? でもとにかく外に出なきゃ!)


そう思ったとき、





(あっ!?)


死角からいきなり肩を掴まれ、





ドッ!


「うっ・・・」


脇腹に強い衝撃を感じた。





息が止まり、身体が動かない。


抵抗出来ずに、肩を掴まれた男に身体を押さえつけられてしまった。





「森友、ナイス!」


「さあ、これで年貢の納め時だな」


勝ち誇った男たちの声が届く。





(もうひとり・・・居たなんて・・・)


(そういえば・・・こいつも・・・あたしを襲った・・・ひとり・・・)


(もう・・・なんで気付かなかったんだろ・・・)


苦しさと悔しさで表情が歪むつかさの瞳には、


自信を押さえつけている森友の勝ち誇った笑みが写っていた。





危機信号はどんどん大きくなっていく。


森友に押さえつけられ、身体はほとんど動かない。


口も塞がれているので声が出せず、助けを呼ぶ事も出来ない。


さらに長戸と上杉がゆっくりと迫ってくる。





「んーーー!!!  んーーー!!!」


つかさは必死になってもがく。


だがか弱い女の力では、男でも力の強い森友は振りほどけない。


そして・・・





ヒュッ!!





(痛っ!!)


胸元に痛みが走る。


左胸のシャツがスパッと切れており、鮮血がじんわりと染み出していた。


「いい加減観念して大人しくするんだな・・・」


そう話す長戸の右手には、バタフライナイフの刃が不気味な輝きを放っていた。





自然と身体が震え出す。


恐怖に慄く瞳から涙が溢れ出す。


(あたし・・・このままじゃ殺される・・・)


(誰か・・・誰か助けて!!)





「怖いか? そりゃあ怖いだろうな・・・ でも安心しろ、もうすぐ終わる・・・」


長戸はつかさの身体にナイフを突きつけた。


「ここを刺せばすぐに楽になれる。なあに、苦しいのは一瞬さ」


殺意に満ちたどす黒い瞳で睨みつける長戸。


上杉、森友も同じ瞳の輝きを放っている。


そして、3人揃って薄ら笑いを浮かべている。





つかさはもがく事も出来なかった。


圧倒的な恐怖に負け、身体はピクリとも動かない。





(何で・・・なんであたしがこんな目に遭わなきゃならないの?)





(両親を奪われ、酷い屈辱を受けて、何もかも奪われて・・・)





(やっとの事でそこから立ち直って、みんなの優しさの中で楽しく生きてたのに・・・)





上岡家の両親


親友の学、歩美


店に来てくれる常連客たち


そして我が子、淳也


『上岡理沙』を支えてくれた多くの人たちの顔が浮かぶ。










「せめて記憶を取り戻さなければ、ここで死なずに済んだかもな。まあ、運命だと思って諦めてくれ」


冷酷で感情のこもっていない長戸の声。










(やだ・・・やだよお・・・まだ死にたくない・・・)


止まらない震え。


涙はどんどん溢れ出してくる。










「ちょっともったいない気もするが・・・さらばだ、西野つかさ!」




















(お願い!! 誰か助けて!!!)




















(いやあああああああああああああ!!!!!!!!!!)










思わず硬く目を閉じ、苦痛に備える。





























バン!!










ダダダダダ!!!










「うわっ!?」


「そこまでだ!!」


「ちきしょう!!放せえ!!」










だが、苦痛は来なかった。


代わりに複数の足音と男の怒鳴り声が耳に届く。


そして、ずっと押さえつけられていた圧迫感も無くなった。


(???)


恐る恐る目を開けると、長戸ら3人の男は複数の男たちに取り押さえられていた。


「おい君、大丈夫か!?」


スーツ姿の強面の男がつかさに呼びかける。


「あ・・・は・・・はい・・・とくには・・・」


混乱した頭でとりあえず答えるつかさ。


「君が西野つかさだな?」


「あ・・・はい。 あの、あなたたちは?」


「警察だ。もう大丈夫だ。安心してくれ」


「け、警察?」





警察はつかさの捜索をずっと行っていたが、ここに来ていたのは美鈴の報告を受けて派遣された者だった。


『警察関係者が5年前の凶悪事件にかかわっている』


その事実を知った時、警察は関係者である上杉の捜索を開始した。


上杉は『私用ってしばらく休む』と告げており、連絡も取れない状況だった事が警察の危機感をさらに強めた。


そしてこの地域に上杉が来ている事を掴み、周辺の捜索を必死になって行っていたのだが、





「この周辺に事件にかかわっている人物が居るのを偶然発見して職務質問したら、君が育った家がこの近くにあるって聞いて、我々は上杉の捜索がメインだったからそこまで情報が回ってなかったんで慌てて探したよ。まさに間一髪だった。危険な目にあわせてすまなかった」


強面の警官はつかさに上着を着せ、大きく頭を下げた。


「あ、いえ・・・ あの、ところで、偶然見つけた人っていったい・・・」


「ああ、危険だから外で待ってろと言ってあるんだが・・・」





「おいこら待て!!  まだ入っちゃいかん!!」


「うるせえ!! つかさが酷い目にあってるかもしれないってのに黙ってられっかよお!!」





「えっ!?」


つかさは一瞬、我が耳を疑った。


懐かしい声。


ずっと聞きたかった、心ときめく声だ。





(ううん、間違いない、あの声は!)


つかさは慌てて立ち上がり、声のした庭のほうへと向かった。





そして庭で、





「淳平くん!?」


五年ぶりに再会した恋人は、ふたりの警官に押さえつけられ倒れていた。


「つ、つかさ、大丈夫か!? 怪我してない!?」


「大丈夫、かすり傷程度だから・・・でも淳平くんが何でここに?」


「なんとなくつかさがここに来るような気がしてさ。でも6年ぶりで良く覚えてなかったからちょっと迷っちゃってさ・・・ごめん」





「もう・・・バカ!」


つかさは瞳を涙で潤ませながら、淳平に怒りをあらわす。


「あっ、ほ、ホントゴメン!! 俺がしっかりと覚えてればつかさを危険に晒すことは・・・」


「そうじゃなくってえ、せっかくの感動の再会が、そんな格好じゃムードぶち壊しじゃない!!」


「えっ・・・」


つかさの言うとおり、押さえつけられている淳平の今の姿はあまりにも情けない。





「あ、あのお、そろそろどいてもらえませんか?もういいでしょ?」


淳平は警官にそう頼むが、


「ダメだ!」


あっさりと一蹴されてしまった。


「そ、そんなあ〜〜〜〜」


情けない声を出す淳平。





「ぷっ・・・あははは・・・」


その姿を見たつかさが突然笑い出す。


「つ、つかさ?」


「だって、淳平くんってそういうところ、全然変わってないんだねえ。そう考えたらなんかおかしくなっちゃって・・・」


つかさはケラケラと笑い続ける。





(はあ、5年ぶりの再会が、こんな形になるなんてなあ・・・)


感動とは全くかけ離れた展開に、淳平は警官に取り押さえられたまま大きくうなだれてしまった。



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