memory 最終話 - takaci 様


つかさを亡き者にしようと企んだ3人組[Perfect Crime]が逮捕されてから約3ヶ月が過ぎた。





3人組逮捕直後はメディアも大きく騒いだ。


・犯人には警察関係者及び官公庁の人間が含まれている。


・5年前に死んだと思われていた少女が生きていた。


・同じ頃行方不明になっていたもうひとりの少女は海外に人身売買されたが、幸運にも帰国した。


・このふたりは外村ファミリーに関わっており、しかも死んだと思われていた少女には子供が居て父親は真中淳平。


メディアが飛びつかないわけが無かった。





外村たちは対応に混乱を極めた。


ただ、この状況でタダでは転ばないのが「外村ヒロシ」という男。


幸い外村サイドにはマイナス要素が少なかったこと。


さらに美鈴が帰ってきた喜びもパワー増大に繋がる。


そのパワーを仕事に切り替え、大きなオフィスに移転し人員も増強。僅か3ヶ月の間に外村ファミリーは大幅な勢力拡大に成功した。





「ふう、これで少しは落ち着けるようになったな・・・」


大きなオフィスの一角にある社長室で、外村は僅かな寛ぎのひと時を過ごしている。


「でも改めて兄貴の仕事を見たけど、本当に凄いね。こんな立派な場所でこれだけの人員を回してるなんて・・・」


美鈴は帰国後からずっと、兄とともに行動することがほとんどだ。


当然だが、美鈴に対する取材攻勢も大きかった。


だが外村本人が身を挺して妹を守ったことで、美鈴が苦痛と感じるような取材はほとんど無い。


この事実もあり、美鈴の兄に対する目を「頭は少しいいが女好きのダメ男」から「一人前の仕事が出来る大人の男」に見方を変えさせるほどだった。


「俺だけの力じゃないさ。俺を支えてくれる大勢の人たちが居るおかげだよ。大草や北大路、真中、東城、有能なマネージャーたち、たくさんの人が集まって出来たことさ」


「でもそれをまとめてるのは兄貴だろ?それは兄貴の力だよ」


「嬉しいねえ。美鈴の口からそんな言葉が聞ける日が来るとは思わなかったよ」


外村の顔がほころぶ。


めったに見せない真の笑顔だ。


「好みは別として、あたしは良いものは素直に認める。兄貴はホント立派に・・・なったと思う・・・」


涙で言葉が詰まる。





5年にも及ぶ拘束生活、


既に亡くなっていた両親、


美鈴の心は、そんな状況に耐えられるほど回復してはいない。


現在は兄に守られるような形で、外村プロの簡単な仕事を手伝う日々を送っている。





「焦らなくていいって。今はゆっくり自分のペースで、日本の生活に馴染んでいけばいいんだ。何も無理する必要は無い」


外村は妹の肩を優しく叩きながらそう話す。


「うん、ありがとう。でもちょこっと心配なことがあるかな?」


「心配?何を心配するんだよ?」


「だってこのままだとずっと独身のままになりそうで・・・だって兄貴はあたしの結婚なんて簡単には許さないでしょ?」


「け・・・結婚なんて簡単に認められるかあ!そもそも世の中の男は野獣ばっかなんだ!俺の眼鏡に敵った男でも現れない限り美鈴は渡さん!」


突然慌て出し、口調も荒くなる。


そんな兄を見て、逆に美鈴は困ったような笑顔を見せた。


「そんなんだから兄貴はシスコンって言われるんだよ!あたしの心配より自分の心配したら?」


「俺は今んトコ女には困ってねえからそんな気は無いよ。それより美鈴を守るのが最優先だ!死んだ親父たちもそう言い残したし、もし美鈴を真中みたいな男に渡しちまったら俺は親父たちに顔向けできねえよ!!」


「真中先輩かあ・・・まあアレはアレでいいと思うけどね。一応ケジメは付けたことになるんだろうし、東城先輩も幸せそうだもんね」


「あのケースは所詮結果論さ。傍目から見れば真中はふたりの女を不幸にしてるし、真中自身も負い目を背負っちまってる。決していい状態とは言えねえな。たまたま特殊な条件が重なったからそうなってるだけだよ。やつらはこれから大変だぜ」


「それでも目は輝いてたよ。真中先輩も、東城先輩も、西野さんも・・・明るい未来が見えているような目をしてた・・・」


「美鈴、お前・・・変わったな。以前のお前なら今の3人の関係は認めなかったはずだけどな・・・」


外村は妹の言葉に素直に驚く。


「まあ、それだけあたしも大人になったってことかな。ほとんどの大人には純愛論は通じないよ。愛の形は人それぞれ。幸せならそれでいい・・・んじゃないかな?」


「まあ・・・そうだろうな・・・」


外村は高層ビルのオフィスの窓から澄み切って晴れ渡る空を見つめる。





(真中・・・東城・・・西野・・・ガンバレよ。応援してるからな!)





































遠く離れた田舎町。


街のメインストリートから少し入ったところにぽつんとある大衆食堂。


既に時計は午後1時を回り、店内も少し落ち着いた様子だ。





ガラッ・・・


そこに3人の常連客が入ってきた。





「いらっしゃ〜い。あ、今日は遅いね〜」


若い女性店員が客に声をかける。


「あれ、歩美ちゃん?」


「珍しいね〜。ここ手伝ってるのって久々じゃない?」


「歩美ちゃんが手伝いって事は、厨房にはおばさんか。って事は・・・」


3人の客はやや残念そうな表情を浮かべる。





そこに・・・





「いらっしゃ〜い」





厨房から若い美女が出てきた。














「「「理沙ちゃん!!!」」」















やや沈んでいた3人の客は、一気に明るい表情へと変わった。





























「おまたせ〜〜。日替わりランチ3つね」


歩美が3人の客の前にそれぞれ膳を並べる。


「ああ、よかったあ。理沙ちゃんのランチが食べられるんだあ・・・」


客の一人はとても嬉しそうな表情で目の前の料理を見つめている。


「理沙ちゃんが厨房で歩美ちゃんが接客って事は、おばさんが東京?」


別の客が歩美に訪ねる。


「うん。淳也と一緒に父親んトコに行ってる。淳也は向こうに完全に懐いてるし、おばさんも父親のこと気にいってるからね」


そう話す歩美の目はやや不満そうだ。


「う〜〜〜ん、世間の一般論じゃあ理沙ちゃんのことは語れんよなあ。あまりに特殊だからなあ・・・」


そう話す客の手にはこの店に置かれているやや古い雑誌を手にしている。





その雑誌には・・・





この店で行われた理沙と雑誌編集長の取材記事が載せられていた。

























編集長(以下、編)「では、今後あなたは西野つかさではなく、上岡理沙として生きていくと?」


理沙「はい。なんか行政も最初はいい加減で、今までのまま(5年前に亡くなった上岡理沙さんの戸籍)でいいんじゃないかと言われたんですけど、でもきちんとした手続きはとりました」


編「というと?」


理沙「まず西野つかさの戸籍を復活させて、そこから上岡家に[養女]という形をとって、そのあと名前をつかさから理沙に改名しました。ものすごく大変だったんですけど、何とかなりました」


編「なぜそのような面倒な手続きをされたんです?(名字も名前も)変わらないなら、そのままの戸籍でよかったのでは?」


理沙「それも考えました。(戸籍上は)2歳若くなりますからね(笑)。でも、あたしの代わりに亡くなった理沙さんのことを思うと、それは出来ません」


編「なるほど。では彼女(亡くなった上岡理沙さん)の遺骨は戻されたんですか?」


理沙「はい。こちらの上岡家のお墓の中に収められました。あたしもいずれはそのお墓に入るでしょうね。いつか天国に逝ったら彼女に謝らなくちゃいけませんね」


編「上岡家からお嫁に行くことは考えてないのですか?」


理沙「今のところは考えてません。息子の父親がちゃんと分かって、その人も認知してくれました。今はそれだけで十分です」


編「(父親は)真中淳平監督ですね」


理沙「はい。彼が・・・淳平くんが息子の父親です。でも親権は私です」


編「とても幸せそうな表情をされてますね。でも遭えてこの質問をさせて頂きます。あなたは真中監督の妻になることを望まれていないんですか?」


理沙「全くそう望んでいないと言ったら、それは嘘になります。今は良くても、時が経てばあたしは淳平くんと結婚したいと望むかもしれません。でも現状ではそれは好ましくないという結論に至ったんです」


編「その結論に至る経緯をお聞かせ頂けないでしょうか?」


理沙「あたしは西野つかさとしてこの世に生を受け、18年間育ってきました。でも5年前の事件で記憶を失い、偶然に偶然が重なって、上岡理沙としてこの地で第2の人生を歩むことになりました」


理沙「この地で私は多くの人に支えられました。上岡家の両親、友達、この町の温かい人たち・・・この5年の日々は、あたしにとってとても大切な日々です」


編「西野つかさの18年より、上岡理沙の5年のほうが重要ということですか?」


理沙「と言うより、向こう(東京の泉坂)では西野つかさは5年前に亡くなって、もうその(西野つかさの)痕跡はほとんど無いんです。淳平くんもその周りも、西野つかさは5年前に亡くなり、その事実を基に今の淳平くんが居る。そこに今さら[西野つかさは生きていました]って言われても、本音は困るだけだと思います」


編「要するに、時は元に戻らないと?」


理沙「そうです。あたしだけじゃなく、全ての人は時の流れに逆らえません」


編「確かにそれ(時の流れに逆らえない)は事実だと思います。でも、西野つかさという人物が居なくなる事はあなたにとって辛くはないんですか?」


理沙「確かに、少し辛いです。でも西野つかさが居たという記憶は向こうの人たちは覚えてくれています。生きているという記録が無くなっても、記憶は残っているんです。あたしも、淳平くんも、東城さんも、外村くん達も・・・西野つかさの記憶はあるんです」


編「真中監督、東城先生、外村社長と面識があったんですよね。彼らはあなたの選択をどう思われたんですか?」


理沙「最初は反対されました。向こうのみんなは[西野つかさとして戻って来い。みんな喜んで迎えるから]って言ってくれました。特に東城さんはあたしと淳平くんが結婚すべきだと言ってくれたんです。でも、さっきも言ったように、時は戻らないんです」


編「真中監督と東城先生の再婚約をもっとも積極的に薦めたのはあなただとお伺いしてますが?」


理沙「この5年間、東城さんは淳平くんをずっと支えて、彼の夢を叶える大きな原動力になっています。淳平くんにとっても、東城さんの存在は不可欠です。互いが必要として、愛し合うふたりが結婚するのは当然じゃないでしょうか」


編「失礼なようですが、そうなると息子さんの認知はあのおふたりの仲の障害になるのでは?」


理沙「そうですね、その点では矛盾してますね。でも母親としては、息子にちゃんと父親が居るという事実は良い事だと思うんです。だから認知だけはして欲しかった」


編「その矛盾が、今後の不安要素になるのではないでしょうか?息子さんも成長すればいずれ疑問を抱くのでは?」


理沙「それは十分に考えられます。でも、全く不安を抱かずに生きている人なんてほとんど居ないんじゃないですか?全ての人が多かれ少なかれ将来に不安を抱いて生きている。大事なのは、困難な状況に直面した時にきちんと対応して切り抜けることじゃないですか?」


編「度々失礼な質問になりますが、困難な状況の一例として真中監督と東城先生の仲をあなたが裂くということも考えられるのでは?」


理沙「あ、それは十分にありえますよ。あのふたりにはとっくにそう宣言してますから!」


編「ええっ!?」


理沙「あのふたりがまた婚約した時に、あたしお祝い行ったんですよ。そのとき東城さんに[隙を見せたら淳平くん奪っちゃうからね!]って言っておきました!」


編「そ、そのとき東城さんはなんて(言ってました)?」


理沙「ふたりとも最初は驚いてましたけど、東城さんには[簡単には渡さないから!]って笑顔で言われちゃいました。あと淳平くんや外村くんからは[西野らしいや]って言われましたね。今になって思えば、その言葉があったから今のあたしの考えがより確固たるものになったんだと思います」


編「今のあなたのお顔を見てると、本当に幸せそうで未来に希望を抱いているように見えます」


理沙「この先人生まだ長いですから。不安もあればその分希望もあります。前向きに生きることが大事だとあたしは思います」


編「では当面のあなたの目標というか、希望は何ですか?」


理沙「息子が東京に居る父親に馴染んで適応していってくれる事、あとそれが真中くんと東城さんの結婚生活の大きな妨げにならない事ですかね。あたしはこの町で今までどおり、上岡理沙としてのんびり生きていければいいなあと思ってるだけです。今は自分より、息子の幸せが第一ですから」


編「今日のあなたからは、良くも悪くも希望に満ちたお話が聞けました。どうもありがとうございました」


理沙「ありがとうございました」










編集長後日談
「その後各方面の取材の結果、彼女の言葉は確固たる真実だという確証を得ました。ただそれは、[全ての人は誰もが不安を抱え、時の流れに逆らえずに生きている]という事実と、[困難があっても前向きに生きる]というあまりに基本的な事実を教えられただけでした」


「今後、彼女に訪れる困難がどのような頻度で且つどのような大きさで訪れるのかは全く分かりません。しかも真中、東城両氏の結婚日時が決まっている状況でこのようなことはとても言い辛いのですが、私が[再婚!真中淳平・上岡理沙」という記事を書く可能性が全く無いとは言い切れないように感じました」


「5年前の事件をきっかけにこの3人の運命の歯車は大きく狂いました。時間が経ち過ぎたこともあり、この狂いが元に戻ることもありえないでしょう。」


「ただ、何かのきっかけで歯車が接近することもまれにありえるでしょう。そんな状況になった際、大きな波風が立たないことを私は切に祈りたいと思います」





記事はそう締めくくられていた。










「理沙ちゃん、すげえよなあ・・・」


「西野つかさに戻る選択も魅力だったに違いない。でも理沙ちゃんは、俺たちとの日々を選んでくれたんだ・・・」


「今の理沙ちゃんは強いよなあ。修羅場を潜り抜けた人間として、大人の女性として、母親として・・・」


3人の客はそれぞれ理沙に最高の褒め言葉を送っている。


「あたしも嬉しかった。同級生じゃなくなっちゃったけど、理沙はあたしたちのそばに居てくれる。あたしも学もそれが本当に・・・嬉しいな・・・」


歩美はやや涙を浮かべながら、厨房を見つめていた。






























「おとうさ〜〜ん、お昼だよお〜〜〜」


「ああ、今行く〜」


理沙に呼ばれた父は農機具をその場に置き、店に入って来た。


「そういや、お母さんから連絡あったか?」


「午前中にあったよ。今日は東城さんの部屋で淳也と一緒にのんびり過ごすそうよ」


「綾ママかあ、淳也いいよなあ・・・」


ややでれっとした顔をする父。


それを見逃さない娘ではなかった。


「お父さん!いま東城さんの胸のこと考えてたでしょ!!」


理沙はやや怒りの表情を見せる。


「そ、それはその・・・仕方ないじゃないか。わしと同じようにほとんどの男はおっぱい星人で、しかもあんな美女でおしとやかで・・・さらに淳也が言ってた[ふかふかの綾ママ]という言葉が印象強くてな・・・」


「あたしにもふかふかの巨乳時代があったんだからね!」


「それは妊娠中だろ。あの期間限定の巨乳と、普段の巨乳は違うんだよ。まあ理沙には分からんと思うが・・・」


「はいそうです分かりません!!だから分からない人にあたしの食事は出せられません!!」


と言いながら父の前から賄いの昼食を取り上げる。


「そ、そんな・・・謝るから昼飯は・・・」


そう言いながら娘に向かい深々と頭を下げる父。





理沙はしばらく悩んでいたが、


「せっかく作った食事を無駄にしたら、神様に罰が当たるからねっ!」


そう笑顔で言いながら父の前に一旦取り上げた賄いを差し出した。


「あ、ありがとう!!理沙の昼飯は1日の大きな活力になるんだよぉ〜〜!!」


歓喜の言葉を発しながら父は箸を運ぶ。





「「「ぷっ・・・あはははは!!!!!」」」


そんな父の姿を店内に居た常連客が笑っていた。















そんな中、理沙は一旦店の外に出た。


(淳平くん、これからいろいろあるとは思うけど、うまくやっていこうね!!)


(あと淳也のこと、今日みたいにたまにはお願いね。淳也にはちゃんと父親をして欲しいんだ)


(東城さんも、淳也が完全に懐いたみたいだから大丈夫だとは思うけどお幸せにね。けど油断したら突っついちゃうからねっ!!!)


澄み切った晴れやかな表情で遠く離れた東京方角の秋の空を見つめていた。






























同時刻、東京。


高級マンションの部屋の一室で淳也は静かに寝息を立てていた。


ゆったりとした大きなソファに綾が腰掛け、淳也は綾の胸の中で眠っている。


「綾ママ〜〜〜ふかふか〜〜〜」


寝言を言いながら、淳也は綾の豊満な胸を小さな力で掴む。


その様子を理沙の母と綾はとても幸せそうな表情で見つめていた。


「淳也、しっかり綾さんに懐いちゃったねえ・・・」


「あたしが子供を生める可能性はほとんどない。だからこんな気分が味わえる日が来るとは思ってなかった・・・」


そう話す綾はやや感慨深げだ。





(子供を抱くって、こんな幸せな気分になれるんだね)



(この子は淳平の子。あたしと淳平が結婚したら、あたしも無関係ではいられない。たとえ親権が無くても)



(あたし、絶対にうまくやって見せるから。この子の笑顔を壊さないためにも、淳平を放さないのも・・・)



そう願う綾の左手薬指には、先日淳平から再度送られたエンゲージリングが輝いていた。