[memory]16 - takaci 様
(こ・・・こんなにつかさに似てるなんて・・・いや似てるなんてもんじゃない。そっくりだ!)
(世の中には自分とそっくりな人間が3人はいるって聞いたことあるけど・・・でもこんな偶然が起こるなんて・・・)
そんな事を考える淳平の視線の先には、中学時代の上岡理沙の写真があった。
淳平は昨夜からほとんど休まずに走り続け、翌日の昼過ぎには上岡家が営む食堂に着いた。
ぱっと見は年季の入った大衆食堂で、パティシエを目指していたつかさのイメージとは似つかない。
(でも、この先につかさが居るんだ。そう思うと・・・)
鼓動が高鳴っていくのが分かる。
そして意を決して扉に向かおうとしたとき、中からスーツ姿の二人の男が出てきた。
(あれ?こいつらって・・・)
目つきは身のこなしで、淳平は一目で警官だと気付いた。
ふたりの警官は怪訝な顔で淳平を一瞥すると、駐車場に止めてあった車に乗りこみ狭い坂道を下っていった。
(何かあったのかな?それともつかさの事件で・・・)
「あれぇ?あなたは・・・」
(えっ・・・)
声に反応して振り向くと、エプロン姿の年輩の女性が淳平を見つめている。
(あっこの人は確か、あの男の子と一緒に居た・・・)
人の顔を覚えるのが苦手な淳平だが、淳也と一緒に居たこの女性の顔は覚えていた。
「あ・・・す、すいません。俺、真中って言いまして・・・」
「ああ、やっぱりあの真中監督かい!いやあこんなところでお会いできるなんてびっくりですよお! 多分覚えてらっしゃらないとは思うけど、私あなたと一度お会いしてるんです」
「あ、いえ覚えています。東京の公園で迷子の男の子と一緒に居た・・・」
「あらまあ覚えてくださったなんて、嬉しいですわあ!」
淳平のファンである理沙の母はどんどん上機嫌になっていく。
そんな母に対し、淳平は本題を切り出した。
「あの・・・上岡理沙さんは居ますか?」
「理沙?」
「はい。俺がここに来たのは、理沙さんとこの前会った男の子に用があって・・・」
そう伝えると、それまで笑顔だった理沙の母の表情が曇り始めた。
「そうですか。淳也はもうすぐ保育園から帰ってきますけど、理沙はここにはおりません」
「あ・・・そ、そうですか・・・」
「それに、あなたが会いたいのは・・・理沙じゃなくって、西野つかささんではないですか?」
「えっ?なんでそれを・・・」
「警察の方からいろいろ聞いてますからなんとなく・・・立ち話もなんですので、どうぞお入りください」
そう言われた淳平は驚きの表情のまま招き入れられた。
和室に通された淳平は机を挟んで理沙の両親と向かい合わせに座り、部屋の隅には理沙の親友の歩美と学も居た。
そしてまず見せられたのが、現在手に持っている上岡理沙の少女時代の写真を収めたアルバムだった。
「だいぶ驚かれたみたいですね」
「これは・・・似てるなんてもんじゃない、そっくりですよ。あ、俺も1枚だけもってきたんで見てください」
そう言って淳平は胸ポケットから1枚の写真を取り出し、机の上に置いた。
幸せに包まれ満面の笑みを浮かべた淳平とつかさの楽しそうな表情が見て取れる写真。
「5年前の春に撮ったものです。つかさのパリ留学前にデートして・・・この時はあんな事件が起こるなんて思ってもみなかったです」
この写真とは対照的に、淳平の表情はあの悲しい出来事を思い出したことで歪んでいる。
「な、なんだよこれ!?」
「ほんと理沙そっくり・・・あ、あたし信じられない・・・」
学と歩美は写真を見て揃って驚きの声をあげる。
その一方で理沙の両親はさほど驚いていない。
「この子、こんな笑顔をするんですね。 私もこの子の笑顔は沢山見てきたけど、こんなに幸せそうな顔は見せてくれなかった・・・記憶を忘れたままじゃ、本当の笑顔は出来なかったんだねえ・・・」
もの悲しげな表情で理沙の母は写真を見つめる。
「記憶って・・・あの、話して頂けませんか? この5年間、ここで何があったのか・・・」
淳平がそう言うと理沙の両親は静かに頷き、父の口がゆっくりと語りだした。
「あれは5年前の春過ぎ・・・季節外れの嵐の夜でした・・・」
その日の夕方、地元に住む小さな男の子が行方不明になった。
そして嵐の中、地元の消防団と男たちが集まって山中の捜索が行われた。
捜索の末、男の子は山小屋で寝ているところを無事発見、保護された。
無事見つかってほっとする男たちだったが、そこに轟音と共に彼らを皆驚かせる光景が飛び込んできた。
ガガアアアアアァァァン!!!!!
ビシィィィィィィィィッ!!!!!
「うおおおおおおおっ!?」
「滝に雷が落ちたああ!!!」
この山にある大きな滝に雷が落ち、滝そのものがビカビカと光っている。
ここからは滝の一部しか見えないが、それでも強烈な光は目がくらむほどだ。
「すげえ・・・こんな事があるんだなあ・・・」
「まるで滝神様が怒ってるみたいだな・・・」
この滝には『神が住んでいる』と言われており、近くに神を祭る社もある。
男たちはこの珍しい自然現象に心を奪われた。
そして二手に分かれ、男の子と共に下山する組と滝の捜索に行く組に分けられた。
このとき、理沙の父が滝の捜索組に入ったのは、ひょっとしたら滝神の導きだったかもしれない・・・
そして男たちが滝に着いたとき、滝そのものには特に変化は無かった。
「あ〜あ、真近で見たかったなあ・・・」
「バカ!こんな近くにいたら俺たちも危ないぞ!」
「でもあんなのが見れるなんて・・・ちょっと得した気分だなあ・・・」
男たちは思い思いの事を口にしながら懐中電灯で辺りを照らす。
そしてその光のひとつが、川原にあるあるものを捉えた。
「おい!人が倒れてるぞ!!」
「なんだってえ!?」
光の先にある人影を男たち全員が確認し、駆け出した。
人影は川原にうつぶせになって倒れていた。
「女の子? しかも裸だ・・・」
「自殺・・・じゃないな。たぶん男に襲われて棄てられたんだろう。ひでえな・・・」
「何とか自力でここまで這い上がって力尽きたんだな・・・かわいそうに・・・」
男たちは手を合わせてから女の子の身体に触れる。
「あれ?おいこの子・・・脈あるぞ!」
「ええっ!?・・・ホントだ!!弱いけど脈打ってる! 呼吸もしてるぞ!!」
沈んでいた空気が一気に活気付く。
このとき、理沙の父はやや怖気づいて少し離れていた。
だが、
「お、おいおいその前に、この子ひょっとして理沙ちゃんじゃないか!?」
「な、なんだって!?」
この言葉で父は慌てて駆け出し、少女の顔を確認した。
「り、理沙!?」
3ヶ月前、喧嘩して家を飛び出した我が娘の変わり果てた姿に理沙の父は混乱を極める。
「な、何でこんなところに・・・理沙しっかりしろ! おい理沙!!」
必死になって娘の名を呼び続ける。
「上岡さん!速く病院に連れてかないと! このままじゃ危ない!!」
「おい! 町に連絡しろ!! 医者の手配だ!!」
「理沙ガンバレ!! お父さんが絶対に助けてやるからな!!」
父は我が子をおんぶして山を下り、救急病院まで運んでいった。
このとき、父を含めた誰もがこの少女を上岡理沙だと思っていた。
だがこの少女こそ、長戸らに棄てられた西野つかさだった。
「理沙は小さい頃から人付き合いが苦手で、仲良く出来たのはここにいる歩美ちゃんと学くんくらいです。でも高校に入ってからはすっかり人を寄せんようになってこの子らとも疎遠になって・・・最後は私らとけんかして家を飛び出して大阪に行ったんです。それがこの3ヶ月くらい前でした」
理沙の母がゆったりとした口調で淳平に語る。
「飛び出してった時、『もうこの子は帰ってこんなあ』という気がしとりました。そしたら滝で理沙が見つかったって聞いて・・・もう私も慌てて病院に飛んでいきました」
「病院のベッドで寝てる傷ついたあの子を見て、私も驚きました。でもしばらくして・・・やっぱり親ですね。どんなにそっくりでも我が子かどうかは分かります。私とこの人は気付きました。『あの子は理沙じゃない』って・・・」
「でも、1週間後くらいにあの子の意識が戻った時・・・あの子は記憶を無くしとりました・・・」
「えっ・・・」
淳平は驚きの声をあげた。
「そしたらもう私もこの人も、もう細かい事はどうでもよくなりました。我が子にしか見えないあの子が、記憶を無くして怯えてたんです。放っておくなんて出来ません。だからこの人とふたりで相談して『理沙として引き取って一緒に暮らそう』って決めたんです」
「あの子は出て行く前の理沙と違って本当に素直でいい子で・・・歩美ちゃんや学くん、それだけじゃなく他の町の人たちともあっという間に仲良くなりました。しばらくして店を手伝ってくれるようになって・・・本当に幸せでした」
理沙の母はハンカチで目頭を押さえる。
そして今度は歩美が口を開く。
「あたしと学はつい先日おばさんに聞かされるまで、理沙はずっと理沙本人だと思ってました。だから昔のアルバム見せたり・・・子供の頃一緒に遊んだ場所に連れてったりして・・・そしたらまだ話してないような事が次々と理沙の口から出てきて、『記憶が戻ったんだね!』って抱き合って喜んでたんだけど・・・」
歩美は悲しみと疑問が織り交ざったような表情を浮かべている。
「あの理沙はとてもカンが良くて頭もいいから、あんたたちの話でいろんな事が想像できたんだろうねえ。それで自分自身で『上岡理沙の記憶』を作ったんだよ。専門の先生に聞いたらそういう事もあるらしいよ」
その疑問には理沙の母が答える。
そして淳平はもうひとつの関心事を切り出した。
「それで、あの・・・淳也くんは?」
「ああ、あの子が退院してしばらくしてから身体の異変を訴えて、そしたら子供がいる事が分かったんです。理沙本人もびっくりしてました。何せあの子は記憶を失ってましたから。もちろん父親の事も・・・」
「でもあの子は迷い無く『生む』って言いました。未婚の母という大変な選択だったとは思いますけど、あの子にとって見れば数少ない『記憶へのたより』ですから。私たち家族も複雑でしたけど、あの子を守っていこうと決めてたんで・・・」
「それであの子・・・淳也が生まれたんです。理沙は子供に『淳』とうい字を付けたいと言いまして・・・それにお父さんが『雅也』って名前なんで、その『也』の字も合わせて『淳也』って名前にしたんです。その『淳』という字も数少ない記憶の手がかりだったかも知れ・・・あれ?確か真中さんの下の名前って・・・」
「はい。俺の下の名前は淳平です。淳也くんの『淳』と同じ字です」
「「ええっ!?」」
学、歩美のふたりが揃って反応した。
「淳也くんは・・・俺の子なんです。俺は淳也くんの父親です。実は俺も昨日知って・・・情けない話ですけど・・・」
淳平はDNA鑑定の経緯を皆に説明した。
「そうですか。あなたが淳也の父親ですか・・・」
理沙の父は改めて淳平の顔をじっと見つめる。
「本当にすいません。いくら知らなかったとはいえ、これまで放ったらかしで・・・」
「あの子は本当に・・・あなたの事を強く想ってたんだねえ・・・」
「えっ・・・」
「記憶を失っても、あなたへの想いは失ってなかった。だから子供にあなたの名前を入れたんですよ。たぶん・・・」
淳平は複雑だった。
5年の歳月を経ても、つかさが自分への思いを抱いてくれているのは理屈抜きにうれしい。
だがつかさを選ぶことは、これまでずっと支えあってきた綾を失うことになる。
(このままつかさと一緒になって、家庭を築いて・・・)
(そうすれば俺も嬉しいし、つかさへの最低限の責任も果たせるだろう。でも、それでいいのか?)
(綾を捨ててつかさと幸せになっても、それは本当の幸せなんだろうか?)
その後、淳平は上岡家を出た。
淳也にも会いたかったのだが、学が猛烈に反対した。
『お前の言葉だけじゃ淳也の父親って証拠にならねえ! たとえもし本当だとしても、だったらなおさら会わせられねえ!』
『理沙の許し無しで、勝手な事は俺が絶対にゆるさねえ!!』
少しムッと来たが学の言う事ももっともであり、ここで争っても意味が無いので大人しく引き下がった。
(でも弱ったなあ、こっちからつかさと連絡が取れないなんて・・・それに唯も余計な事を・・・)
現在の生活には必要ないという理由で、つかさは携帯を持っていなかった。
しかも先日に偶然ここに訪れた唯とのやり取りがきっかけになって、つかさは単身泉坂に行っている。
ちなみに警察も何度と訪れてつかさの居場所を突き止めようとしているが、『邪魔をさせたくない』という理由で警察には『大阪に行っている』と伝えているので、警察がつかさを見つける可能性はきわめて低い。
「つかさの記憶はたぶん戻っているって、あのお母さん言ってたな。もしそれが本当なら、つかさが今の泉坂に言ったらショックを受けるだろうな・・・」
淳平の脳裏につかさの落ち込む表情が眼に浮かぶ。
そんなつかさに一刻でも早く会いたいが、いい策が思い浮かんでこない。
(とりあえず外村に連絡しよう。あいつならいい考えが浮かぶだろう・・・)
我ながら情けないとは思いながらも、淳平は携帯を取り出した。
「あ、もしもし外村?俺、真中だけど・・・」
[おお、真中!そっちはどうだ!! こっちはビッグニュースだあ!!]
「は、はあ?」
昔と違って最近はめったに聴くことのない外村の浮かれた声に淳平は思いっきり戸惑った。
だが、そのビッグニュースを聞かされた淳平はさらに大きな声で驚いた。
「美鈴が見つかったなんて・・・やったな外村!!頑張った甲斐があったな!!」
「ああ、最高の気分だ!! で、そっちはどうだ!? つかさちゃんはどうだった!?」
「ああ、こっちもいい知らせだ!!」
淳平も勢いに乗って上岡家で仕入れた情報を全て外村に伝えた。
だが外村は、
[・・・ちょっとまずい状況だな。急いでつかさちゃんを見つけないと・・・]
一転して声のテンションが低くなる。
「ま、まずいって? そりゃあ一刻も早く見つけたいけど・・・」
[さっき言っただろ?つかさちゃんと美鈴をさらったのは同一犯でまだ捕まっていない。もし泉坂に来ているつかさちゃんをそいつらが見つけたら・・・]
「あっ!!」
淳平はつかさの身に危機が迫っている事をようやく気付いた。
[俺たちは今警察に向かっている。事情を説明すれば警察もすぐ動くだろうが今は一刻の猶予も無い。泉坂と東京周辺は俺たちに任せて、真中は他の場所を当たってくれ!]
「ほ、他の場所ってどこだよ?」
[つかさちゃんとの思い出の場所だよ!泉坂以外のもいろいろあるだろ!?そういう場所はお前じゃなきゃ分からんだろうが!! いいか、ちゃんと探せよ!!]
そう言って外村は電話を切ってしまった。
「他の場所って言ってもなあ・・・」
携帯をたたみながら、淳平は頭を掻く。
つかさとは多くの時間を共有してきたが、その大半は泉坂周辺、東京近郊ばかりである。
それ以外となると場所は限られてくるのだが・・・
(それぞれの場所にそれぞれの思い出があるんだ。どれも大切なものばかりで、『これだ』って言う確証がないんだよなあ・・・)
「・・・とりあえず、あそこに行ってみるか。かなり遠いけど・・・」
淳平はその中でひとつの場所を絞り、そこに向かう決心をした。
(つかさ、俺はいま君に会いたい。だから・・・俺を呼んでくれ)
淳平は空を見上げ、同じ空の下のどこかに居るつかさに向けて想いを飛ばした。
そして車に乗り、キーをひねってエンジンを目覚めさせ、狭い坂道を下っていった。
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