[memory]14 - takaci 様
(あの子が・・・俺の・・・子供?)
淳平は頭の中でしばらくこの言葉を繰り返す。
そして・・・
「は、ははははは・・・ 綾、いくらなんでもそれは無いって!!」
笑いながら否定した。
「だってこの子、4歳だろ? ってことは4年、いや5年位前に俺と関係を持った女性が産んだ子って事だろ? 外村の前でこんなこと言うのなんだけど、その当時俺が関係を持った女性って綾だけだぜ! これは神に誓って間違いないよ!!」
「なあ東城、ひょっとしてマリッジブルーってやつじゃないのか?幸せすぎてちょっとした不安が大きく感じるっていう・・・俺もそれは間違ってると思うし、ひょっとしてこの鑑定結果が間違いなんじゃないのか?」
淳平に続き外村も笑顔で否定する。
だが、綾の悲しい表情は変わらない。
そしてそのまま、もう1枚の冊子を差し出した。
「そう考えても無理はないよね。でも・・・これを見れば考え変わると思うよ」
淳平と外村はふたりで冊子を覗き込む。
「なあ東城、これは誰の分だ?」
外村が尋ねる。
「男の子のお母さんよ。淳平、その髪の毛に見覚えない?」
「えっ・・・」
綾に言われて淳平はビニール袋に入った1本の髪の毛に目を凝らした。
(茶髪・・・いや金髪に近いかな・・・綺麗な髪・・・)
(!!!)
淳平の表情が変わる。
そして慌てて袋から髪の毛を取り出した。
「お、おい真中、どうした?」
外村が怪訝な顔で尋ねるが、淳平の耳には届かない。
(この色・・・この手触り・・・1本でも分かる・・・これは・・・)
淳平の動悸は一気に高鳴る。
「高校卒業して、地方の大学に行く前に会って・・・お守り代わりに貰ったんだ。少しでも・・・彼女の幸せを分けてもらえたらって思ったんだけど・・・ それが、こんな形で役立つなんて・・・」
綾の方が小刻みに震え出した。
もう、平静を保ってはいられない。
「じゃあ・・・この髪の毛はやっぱり・・・いやでも・・・それじゃあ辻褄が・・・」
「お、おい、真中もどうしたんだよ?その髪の毛って誰のなんだよ?」
外村のみ事態が掴めていない。
「その・・・髪の毛は・・・西野さんのものなの・・・」
「な、なんだってえ!? じゃ、じゃあ・・・」
綾の言葉に驚く外村。
「そう・・・あの子は・・・淳平と・・・西野さんの・・・間に生まれた・・・子なの・・・」
そう話し終えた時、綾の瞳から雫が落ちた。
「で、でも・・・やっぱり辻褄が合わないよ。そりゃあ俺はつかさとは関係を持ってたけど・・・でもつかさは5年前に死んでるんだ。だから4才の男の子を産めるわけが・・・」
淳平は綾の言葉を否定する。
「この場合、可能性は二つだ。まずひとつはこの鑑定結果が間違っている。 でもこれは科捜研で調べたDNA鑑定だから間違いというのは考えにくい。 だからもうひとつの可能性・・・つかさちゃんが、あの火事の後も生きていた・・・」
「で、でもでもあの時、焼け跡からつかさと両親の焼死体が見つかってるんだ!!警察だってちゃんと調べたんだろ!!」
さらに外村が提示した可能性も淳平はムキになって否定した。
そしてその答えは、綾が示す。
「この鑑定結果を受けてあの事件の捜査が本格的に再開してて、当時の調査も始まってるんだけど・・・どうやら西野さんの身元確認をきちんとしてなかったみたいなの」
「「な、なんだって!?」」
揃って驚く淳平と外村。
「身に付けていた遺留品と、血液型の検査だけで断定しちゃったの。基本の歯形鑑定をしていなかったのよ」
「なんだよそれ・・・警察もいい加減だなおい・・・」
呆れる外村。
だか淳平は呆れるだけではすまない。
(つかさが生きてる・・・しかも俺の子供を生んで・・・あの男の子が?)
淳平なりに婚約解消の理由をいろいろ考えてはいたが、その予想をはるかに上回る展開に頭は混乱を極めていた。
自分の知らぬ間に子供が居たというだけでも大概の男なら大きく驚くだろうが、淳平の場合はその子供の母親が死んだと思われていたつかさなのだからその驚きはより大きく、現在の自分の立場や状況を簡単には飲み込めない。
そんな淳平に対し、綾は1枚の紙を渡した。
「これにあの男の子のお母さん、上岡理沙さんの住所が書いてあるの。淳平、行ってあげて」
「ええっ!?か、かみっ・・・えっ・・・あのっ・・・うっ・・・」
綾の言葉を受けた淳平はさらに驚き、言葉が形にならない。
その淳平の受けた驚きを、外村が代弁した。
「上岡理沙?母親はつかさちゃんじゃないのか?」
「そうなんだけど、戸籍上はあの子は上岡淳也で、お母さんは上岡理沙なの。だからこの上岡さんが西野さんから子供を引き取ったのか、それとも・・・偽名を使っているか・・・」
「まあ、そうだろうな。もうつかさちゃんの戸籍は無いわけだし・・・ で、住所は・・・うわあ、メッチャ遠いなあ。これなら飛行機か新幹線の方が・・・いやまてよ?すげえ田舎だろうから公共交通機関も大して無いだろうから車の方がいいかもな。 なあ真中!」
「ちょ・・・ちょっと待ってくれよ!?」
淳平は大きな声で話の流れを止めた。
「つかさが生きてて、しかも俺の子供を生んでいる・・・そんな事今更言われても・・・信じられるわけ無いだろ!?」
「淳平・・・」
綾は大きく戸惑う恋人に対し悲しい視線を向ける。
「そりゃあ情けない事言ってるって自分でも分かるよ!俺は最低の男だよ!! でも・・・俺の中でつかさは5年前に死んでるんだ!! それが今になって生きてるって言われても・・・簡単には受け入れられねえよ・・・」
「淳平・・・だから、どうしてこうなったのか・・・きちんと調べて欲しいの。 あたしが調べようとも思ったけど、やっぱりこれはあなた自身がした方がいいと思うし、 それに淳平も・・・あたしより西野さんの方が・・・」
「ちょっと待てよ!! 何でそんな事言うんだよ!? 俺は真剣に考えて、真剣な想いで綾にプロポーズをした!! 指輪を渡した!! この気持ちは偽りじゃない!!!」
淳平は熱い言葉で綾への真剣な想いを改めて強く示した。
だが、綾の表情はますます暗くなっていく。
「・・・寝言・・・」
「ね、寝言?」
「淳平・・・寝言で・・・西野さんの名前・・・よく言ってるよ・・・」
「なっ!?」
声を詰まらせながら語る自分自身の知らなかった一面に淳平は言葉を失った。
「寝言で・・・『つかさ・・・逝かないでくれ』・・・って・・・ 何度も・・・ 聞いた・・・ 」
綾の瞳から輝く雫が溢れ出し、絨毯に悲しみの印を落としていく。
「あたし・・・西野さん・・・あんな死に方したら・・・仕方ないと思ってた・・・事件も・・・解決してないし・・・ でも・・・」
「うっ・・・ 西野・・・ さん・・・ 生きて・・・たら・・・ もう・・・ かな・・・わ・・・ ない・・・ よ・・・ 」
「綾・・・それは違うよ。そりゃあつかさの事を忘れた日はないし・・・今でもつかさへの想いはあると思う。それは認めるよ。でも・・・俺は綾をとても大切に思ってる。 綾が大好きだ。 決してつかさより劣ってるなんて事は無い。 それは信じてくれ・・・」
淳平は優しい言葉を綾に投げかける。
淳平はつかさへの思いをまだ自分が引きずっている事を、薄々は感じており、それが『寝言』と言う形になって現れ、しかも綾に指摘された時は大きく狼狽した。
だがしかし綾を想う気持ちに変わりは無く、淳平は言葉に自らの想いをしっかりと込めて放つ。
泣きくれる綾に向けて・・・
その想いが届いたのか、綾の涙が止まった。
涙を拭き、淳平に笑顔を見せる。
「ありがとう。でも・・・今はそこに行って。あの子が淳平の子なのは事実なんだし、それが分かってて・・・何もしないのは良くないと思う。だから・・・ ホント気にしないで・・・」
(気にしないでって・・・そんな顔で言われても・・・)
(あの時もそうだった。高3の学園祭前、ふたりで映画を見ている時に俺がつかさと付き合ってるのを打ち明けた時も、泣きながら同じような事を言って・・・)
綾が自分の本心を押し殺して淳平に気遣っているのは明らかだ。
(俺って昔っから綾をずっと苦しめて・・・もうそんな事はやめようと決心してプロポーズしたけど・・・また苦しめちまって・・・)
(でも綾の言うとおりだ。今は・・・いろんな事をきちんとしなきゃ・・・)
(そうしなきゃ・・・俺は先に進めない!)
淳平は苦い顔をしながら決心した。
「綾・・・すまない!」
そう一言残し、静かに部屋から出て行った。
「あ〜あ、あのバカ、指輪置いてっちまったよ」
外村が呆れた顔でテーブルの上に置かれた指輪のケースを手に取った。
「それ、外村くんから渡してくれないかな? もういちどあたしが返すのはちょっと・・・辛いんだ・・・」
綾はケースを持つ外村の手を見ないように目を落としながら、弱弱しい声でそう話す。
「わかった。じゃあ俺が預かっとくけど・・・でももう一度、真中からこれを東城に渡させるからな」
「えっ!?」
「東城がつかさちゃんに劣等感を感じることは無い。たとえつかさちゃんに真中の子供が居たとしても、東城が真中の子供を生めなくてもそんなの関係ない。この5年間、真中をずっと支えてあいつをここまでにしたのは東城なんだからな!」
「外村くん・・・」
「それに東城だって真中に支えられてる・・・つーか、真中が居ないともうダメだろ? 作家としても、人間としても、真中淳平という存在は東城綾の一部になっている。そんなお前が、真中無しで今後生きていけるのか?」
「・・・」
綾は返事をしない。
だがその驚いた顔が、外村の言葉の証明である。
「・・・やっぱり死ぬ気だったか。だったら絶対に別れるのを認めない。たとえつかさちゃんが生きてたとしても、つかさちゃんがいまだに真中を好きであっても、俺は真中に東城を選ばせるからな!」
外村は綾に指を突きつけて思いっきり断言した。
外村の身振りはいつも周囲の視線を意識している。
回りの視線を浴びる芸能界で、しかも急進する芸能プロダクションの若手社長。
常に『舐められてはいけない』と思い続けており、それがハッタリの利いた派手な行動に繋がっていた。
そんな外村の素の姿を知るものはほとんどいない。
ピリリリリ・・・
外村の胸ポケットで携帯が鳴る。
「あれっ、こんな時間になんだ?」
着信音は秘書からの電話であることを伝えている。
外村は綾に背を向け、携帯を取り出して通話ボタンを押した。
「もしもし・・・ああお疲れ様。こんな時間にどうした?」
「・・・うん・・・うん・・・ 外務省? 何でそんなとこが俺に・・・」
「・・・美鈴が見つかったあ!?」
最近はめったに聞くことのない、外村の本気で驚いた声が響く。
綾は本気で驚く外村の姿と、それを引き起こした『美鈴発見』の二つの驚きで外村以上に大きく驚き、それまでの深い悲しみを一瞬忘れるほどだった。
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