[memory]7 - takaci 様
ドン!
(ん?)
淳平は足に軽い衝撃を感じ、気が付くと目の前には小さな男の子が倒れていた。
淳平の死角から男の子が飛び出してきたようだ。
「あっごめん!!ボク、大丈夫か?」
淳平は慌てて男の子に駆け寄る。
男の子は自らゆっくりと立ち上がった。
「ゴメンな、俺全然気付かなくって・・・」
淳平は謝りながら男の子の身体に付いた埃を払い落としながら辺りを見回すが、
(あれ?)
普通ならこの子の親が飛んでくるところだが、辺りにそのような人影は見受けられない。
「ねえボク、お母さんはどこ?」
「いない」
「い、いない? じゃ、じゃあお父さんは?」
「ずっといない」
「え、えええっ!?」
表情を一切変えずに話す男の子の言葉に、淳平は大きく驚いた。
「淳平、その子・・・」
「あ、綾・・・」
トイレに行っていた綾が戻って来て、やや驚いた表情で淳平と男の子を見つめている。
「どうやら迷子みたいなんだ。お母さんもお父さんもいないって・・・」
「迷子・・・そ、そっか。迷子か・・・」
「あれどうしたの?なんかさっき表情硬かったけど・・・」
「あ、ううん、なんでもないよ」
綾は笑顔に変わり、男の子の前にしゃがんで目線を合わせた。
「ねえボク、ここには誰と一緒に来たの?」
「おばあちゃん」
「そっか、おばあちゃんと一緒に来たんだ。で、おばあちゃんはどこ?」
綾が優しく問いかけると、男の子は辺りをきょろきょろと見回した後、
「いない」
「そっか。じゃあおばあちゃんとはぐれちゃったんだ」
「うん」
「やっぱり迷子か。でもこの子強いなあ」
迷子になってても泣くはおろか全く表情を変えないこの男の子の逞しさに淳平は感心する。
「この公園の事務局に連れてこっか?」
「そうだな。そこから放送で呼んでもらえばいいし、ひょっとしたらもうおばあちゃんって人がもう来てるかも知れない。 じゃあボク、一緒におばあちゃん探しに行こう!」
淳平はそう言って男の子を抱きあげる。
すると男の子は、
「かたぐるま〜」
「ええっ、肩車?」
驚いて思わず見た男の子の顔は満面の笑みを浮かべている。
(何で・・・迷子とはいえ、初対面の男の子を肩車しなきゃならないんだ?)
そんな不満を抱きもしたが、この無邪気な笑顔を見てしまってはそんな感情は表に出せない。
「よっしゃ、ちゃんと?まってろよ・・・よっと!!」
淳平は男の子の身体を肩に乗せ、ひょいっと立ち上がる。
「わーーーーいっ!!!」
頭の上から男の子の歓喜に満ちた声が淳平の耳に届いた。
(まあ、これだけ喜んでくれるならこういうのも悪くないかもな。 でもこの子、人なつっこいなあ・・・)
淳平がそう思うのも無理はないが、この子の人見知りは結構激しい。
特に淳平くらいの年代の男には激しい嫌悪感をあらわにし、殴る蹴るは当たり前だ。
以前、とある男がこのように肩車をした時は、ずっとその男の頭をポコポコと叩きまくっていた。
まあそれは嫌いなだけではなく、叩くと非常にいい音がするわけでもあるのだが・・・
「なにいいっ!? もう理沙は昼飯行っちゃったのおおっ!!」
その頭を叩かれまくった男は今、物産展の売り場で落胆の声をあげていた。
「だってちょうどお客さんの波が途切れた時だし、理沙が一番働いてんだから休ませないと」
「だからそのために俺はこの周辺の店を全部チェックして理沙の昼休みに相応しい店をチェックしてたんだよっ!!」
「それであんたはずっと仕事サボってたってわけね・・・」
歩美の肩は学に対する怒りでわなわなと震えている。
「いや、今からでも遅くはねえ!理沙見つけて俺と一緒に・・・」
学は再び売り場を離れようとしたが、
ガシッ!!
役場のおばさん二人にがっしりと掴まれた。
「あんたは理沙ちゃんが戻ってくるまでここの番!観光課のあんたがサボっててどうすんの!?」
「それに学じゃ理沙ちゃんは落とせんって。無駄な努力は止めなさい!!」
おばさんのパワーに抑えられ、学は身動きが取れない。
「何すんだ離せえ!! 俺と理沙の恋路を邪魔するなあ!! 淳也がいない今こそ理沙との距離を深めるチャンスなんだぞお!!!」
ぷちっ。
この言葉で歩美はキレた。
「オンドレはそんな不純な動機かあああっ!!」
パッコーーーン!!!
思いっきり頭をぶん殴り、軽くていい音が鳴る。
「あっで〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
激痛に悶え、頭を抑えうずくまる学。
「これ以上痛い思いをしたくなかったら真面目に仕事しろっ!!」
歩美はそう吐き捨てると学に背を向け、売り場の整理を始めた。
「全く・・・人の気も知らないで・・・」
そう呟く歩美の顔は、怒りと悲しみが織り混ざっていた。
ピンポンパンポン・・・
『ご来場の皆様に迷子のご連絡をいたします。只今事務局ではカミオカジュンヤちゃん、4才の男の子をお預かりしております。服装は・・・』
『・・・お心当たりの方は、至急正面入り口側にある事務局までお来しください。繰り返してお伝えします・・・』
「これでひと安心かな・・・」
放送を聞いた淳平はほっとした表情で淳也の様子を伺った。
「ホントに人懐っこい男の子だなあ。まあ綾は俺より馴染みやすいだろうけど・・・」
淳也は先ほどまで辺りを一人で元気良く駆け回っていたが、今は綾に抱かれて楽しそうになにやら話している。
「あっ、淳也〜〜〜」
(ん?)
遠くから年輩の女性が男の子の名を呼びながら駆けて来るのが見えた。
「おばあちゃ〜〜〜ん」
淳也も綾の胸から降りてその女性の基へと駆けて行く。
そんな微笑ましい光景を見せられ、笑顔にならずには居られない淳平である。
「本当にありがとうございます。大変なご迷惑おかけしまして・・・」
祖母は淳平と綾に対し何度も何度も頭を下げるが、逆に何度も頭を下げられると淳平らのほうが返って恐縮してしまう。
「いや、俺たちは別に迷惑だなんて・・・この子もとっても人懐っこくていい子だったんで本当に・・・」
「えっ本当ですか?この子はいつも人見知りが激しくってすごく機嫌が悪くなるのに・・・」
「ええっ?」
祖母、淳平、綾の3人は驚き、揃って淳也を見つめる。
「淳也、どうしてそんなに機嫌がいいの?このおにいちゃんとおねえちゃんの事好き?」
「うんっ!おにいちゃんもふかふかのお姉ちゃんも好きっ!」
「ふかふか?」
綾は首をかしげて淳也に尋ねると、
「このおねえちゃんおっぱいふかふか!」
淳也は綾を指差し、笑顔で祖母にそう話した。
「な・・・っ!」
「や・・・っ!」
この言葉に淳平は驚き、綾の頬は真っ赤になった。
「こ、これ淳也っ! す、すみません、本当にすみません・・・」
再び申し訳なさそうに何度も頭を下げる祖母。
「い、いえいいんです・・・大丈夫ですから・・・」
「そ、そうそう、それに子供は素直が一番だから、ね・・・」
淳平は再び何度も頭を下げる祖母にそう話し、自分にも言い聞かせた。
目の前の無邪気な子供に対する怒りを抑えるために・・・
そして淳也は祖母に手を引かれ、淳平らに手を振りながら去って行った。
淳平らも手を振って淳也に応える。
「しっかし元気で強い男の子だったよなあ。あれで本当に普段は人見知りするのかねえ・・・」
淳平は祖母の言葉を思い出すが、とてもそう信じられない。
「淳平も・・・子供、欲しくなった?」
「ん?」
「さっき肩車してた時、とても幸せそうだったから・・・」
綾は逆にとても辛そうな表情でそう話す。
「俺が一番大切なのは、綾だから」
淳平はそう言いながら綾の肩をそっと抱き寄せる。
「淳平・・・」
「そりゃあ子供が欲しくないってわけじゃないけど・・・でも俺が欲しいのは、俺と綾の子だよ」
「でもそれは無理だよ。あたしはもう淳平の子は・・・あの時無茶しなければ・・・」
「起きた事を悔やんでももう仕方ないし、それに100%無理でもないだろ?今でもわずかだけど可能性は残ってるし、今後も医療技術が進めば希望はもっと出て来るんだ」
「でも・・・」
「そうやって悲観的に考えるの、綾の悪いところだな。もう少し楽に考えて、希望を持ちなよ。そう、外村みたいに。あいつは今日も警察に行って手がかりを探してるぜ」
この言葉で綾の表情が変わる。
今までも暗かったが、別の意味の暗さに変わった。
「・・・美鈴ちゃん、どこかで生きてるかな・・・」
「・・・せめて美鈴だけは生きてて欲しいし、俺も希望は持ってるよ。外村がいつも言ってるように、つかさと違ってまだ遺体は見つかってないからな・・・」
「外村くんって凄いね。お仕事大変なのに美鈴ちゃんの捜索も独自でずっと続けてて・・・」
「死んだ両親のためにも、美鈴は絶対に見つけるつもりだからな。それにもし美鈴が生きて見つかれば、つかさの命を奪った『Perfect Crime』への手がかりが見つかるかもしれない。だから俺も諦めないし、外村を応援する」
5年前、つかさの家の焼け跡から、明らかに外部のものが残していったと分かる金属の箱が発見された。
その箱の中には1枚の紙が入っていて、それにはパソコンを使って書かれた『Perfect Crime』という赤い文字が記されていた。
出火原因は放火である事が分かり、何らかの理由で犯人がつかさ一家を殺害した後に火を点けたとされている。
その犯人は警察に対し『完全犯罪』という挑発的なメッセージを残したのだ。
もちろん警察は躍起になって犯人究明に全力を挙げているが、5年経った今でも手がかりはほとんど掴めておらず、関係者の話では迷宮入りとも言われている。
そしてその日から、美鈴が行方不明になっていた。
状況からつかさの事件に巻き込まれたと見られ、こちらも懸命の捜索が続けられているが、手がかりはほとんど掴めておらず絶望視されている。
だが、外村は諦めていない。
美鈴が行方不明になったショックと心労により外村の両親は1年ほど前に他界しており、外村にとって肉親は美鈴しかいない。
『俺は絶対に諦めない!!何十年かかっても絶対に探し出して見せる!!』
外村は常日頃からこう話し、仕事の合間を縫って捜索活動を続けている。
「そう・・・だね。希望は捨てちゃ、だめだよね。わずかでも可能性があるなら・・・」
「そうだよ。俺も頑張るから、綾も、頑張ろうな!」
「うん!」
綾は笑顔で頷く。
「じゃあ俺たちも行こう。あの子のせいでちょっと時間とられちゃったけど、まだ時間はあるからさ」
「でもこれはこれで結構楽しかったね」
「ははっ、そうだな・・・」
お互いに多忙な生活を送っているので、ふたり揃って休みが取れる日はほとんどないが、今日はそのほとんどない1日だ。
ふたりは今日1日のデートを満喫すべく、笑顔で次の目的地へと向かっていく.。
(上岡・・・淳也くんか・・・)
綾は先ほど出会った男の子の笑顔を思い出す。
見るもの全てを幸せにさせるような無邪気な笑顔だが、綾は心に小さく引っかかるモノを感じていた。
だがそれが何なのかはまだはっきりしないので、その小さなモノを綾は心の奥底にしまい込んだ。
いま大事なのは、今日1日を楽しむことと、希望を捨てないことなのだから・・・
その頃、淳也の母親である理沙は百貨店員のトモコと楽しい昼休みを過ごしていた。
トモコは理沙を百貨店の側にある小料理屋に連れて行き、そこで評判のランチを頼んだ。
大衆食堂とはいえ、曲がりなりにも料理人の理沙はそれなりに味にはうるさいが、この小料理屋のランチは理沙の舌を満足させるものだった。
だが理沙はランチの味よりも、トモコとの会話を楽しんでいた。
「未婚の母でしかも料理人かあ。ホント大変ねえ」
「でも家事や子供の世話は親がやってくれるからそれなりに楽なんですよ」
「そっか、親と同居だとその点はラクだよねえ。ウチはひとりで旦那の世話してるからきついんだよねえ」
「トモコさん、結婚してるんですか?」
「1年ちょっと前にね。今のところふたりだけだからまだラクなんだけど、これで子供出来たら絶対に仕事出来なくなるね」
「仕事って結婚と同時に辞めるんじゃないんですか?その、いわゆる寿退社って言う・・・」
「そういう子もいるけど、あたしは家に入るなんてまっぴらだもん!それに旦那の収入だけじゃ家計成り立たないし・・・まあ正直、独りのほうが気楽かな」
「結婚って大変なんだなあ。そういう話聞くとあたしって結構ラクしてるかも・・・」
「結婚っていう幻想に惑わされちゃうんだよねえ。実際してみてようやく現実が分かって落胆するのよ。ぶっちゃけあたし旦那の必要性感じてないからね」
「うわあ・・・でもそれじゃあご主人さん可哀想だよお」
「でも結婚前は本気で好きだったし、いつまでも一緒にいたいと思ってた。もちろん今でも愛してるけど・・・やっぱり一緒に居すぎると価値観変わるっていうか、なんか男の存在がうっとうしくなってくるのよ」
「そういうものなんだあ・・・あたしは旦那いないからよく分からないなあ。まあそもそも旦那の必要性を感じてないけどねっ!」
「そうそう!男なんて所詮そんなもん!!女はいざとなったら一人で生きていけるっ!!」
「そうだそうだっ!!男より女のほうが強いんだぞっ!!きゃははははっ!!」
真っ昼間からアルコール無しで盛り上がるふたりだった。
(本当に気が合うなあ。まるでつかさと話をしてるみたい・・・)
(子供の父親が全く分からないって聞いたときは驚いたけど、でもあっけらかんとしてるし・・・そういえばつかさもたまに訳の分からない言動してたっけなあ・・・)
(やだ・・・この人がどうしてもつかさに見えちゃう・・・)
外見があまりにも似ていたので興味を持って理沙を誘ったトモコだが、予想以上に理沙とつかさの共通点は多かった。
こうして面を向き合って話してみるとますます亡き友人のイメージと重なっていく。
トモコの瞳には、目の前の理沙が成長したつかさのように見え、
しばらくすると、その姿がぼやけて見えるようになった。
「あ、あの・・・どうしたんですか?」
急速に表情が歪み、涙を流し始めたトモコに理沙は戸惑いを隠せない。
「ご、ごめんなさい・・・驚かせちゃって・・・」
トモコは慌てて涙を拭う。
「あのね、実は・・・あなたが仲の良かった友達にとてもよく似てて・・・それで誘ったの・・・」
「えっ?」
「あなたと話してたら、その娘の事を思い出しちゃって・・・ごめんなさい・・・本当にごめんなさい・・・」
「あ・・・い、いえ、そんな・・・」
理沙はトモコに『仲の良かった娘』のことについては聞かなかった。
トモコの表情を見れば、その人物がもうこの世にいないことはすぐに分かる。
(少し気になるけど・・・この人の心の傷に触れちゃダメだよね。でも・・・)
(この人はその友達の事・・・ホントに好きだったんだろうなあ・・・)
理沙はトモコの涙に少なからずショックを受けていたが、昼休みを終え売り場に戻った時には休み前と変わらない笑顔でお客に愛嬌を振りまいた。
そして物産展は理沙の力によって大きく売り上げを伸ばし、翌日、理沙たちは疲れつつも満足な表情を浮かべて地元へ帰っていった。
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