[memory]6 - takaci  様


東京。


「で、でけえ・・・」


「ほ、ほんと・・・」


巨大なビルを見上げながらあっけにとられる若い男女。





スッパーン!!





パッコーン!!





そんなふたりの頭を思いっきり叩く美女。





「いって〜〜〜〜!!!」


「ちょっ・・・理沙あ!!いきなり何すんのよお!?」


「歩美も学もそんなに見上げないの!もう田舎者丸出しで恥ずかしいったらありゃしない!!」


「で、でもよお・・・こんなデカイの見たことなんだから仕方ないだろ?」


「そ、そうよお。そもそも理沙は珍しくないの?あんたも東京来るの初めてでしょ?」


「こんなただの箱が珍しいわけないでしょ!もうそんな事よりボーっと突っ立ってないでさっさと行くよ!」


理沙は二人に背を向け、目的地に向けて歩き出す。


「あっ、ちょっと待てよ!俺たちを置いてかないでくれええ!!」


「理沙まってよお!?あんたに置いてかれたらあたしたち迷子になっちゃうんだからあ!!」


慌てて付いてくる二人の男女。


(ハア・・・ふたりとも情けないなあ・・・)


呆れて大きなため息を吐く理沙だった。










さて、なぜ理沙が東京に来ているかだが、


話は一週間前、昼時の理沙の店である。





「ええっ、東京でウチの干菓子を売るの!?」


「そうっ!だから理沙にはぜひとも東京に行ってもらってこの干菓子と、ついでにウチの特産物を売ってもらいたいんだ!! お願い!!!」


土田学は上役と共に理沙に手を合わせて頼み込む。





学は歩美と同じく理沙の幼馴染で、小さい頃から一緒に遊んでいた。


現在は町役場に勤めると共に、地元の青年団のリーダー的存在になっている。


さらにその青年団が構成する『上岡理沙親衛隊』のNo.1でもある。


未婚の母とはいえ、理沙の美貌と明るい性格は町でダントツの人気を誇っており、男性ファンはかなりの数にのぼる。


もちろん言い寄る男も多いが、理沙はその全てをさらりとかわしている。


さらにそういった男全てに淳也が激しい嫌悪を示し、男共にすればこれが大きな障害だ。


『淳也と共に全てを受け入れる』とかっこよく言っても、その淳也に嫌われてしまっては意味が無い。





理沙獲得にはそんな大きな障害があるのだが、学は理沙獲得候補のNo.1として自他共に認められている。


だがそんな学でも淳也には嫌われており、獲得率は50%以下と言われているのではあるが・・・





学が上役と共に理沙の店に来たのは、理沙を落とすためだ。


と言っても結婚するといった話ではなく、東京の百貨店で行われる物産展で売り子を勤めてもらうのが目的。


およそ1週間開催されるうち、最も集客が見込まれる土日に東京に行ってもらい、理沙の美貌と人当たりのよさで一気に売り上げを伸ばそうというのが目論見である。





「そんなのいきなり過ぎるよお!!ウチだって土日は忙しいし、それに淳也だっているんだから丸2日もここを空けられるわけないでしょお!!」


学とその上役に対しケンカ腰で当たる理沙。


狭い町だ。役場の上役といっても顔見知りなので父親より年上の上役に対しても理沙は物怖じしない。


「そんな冷たい事言うなよお。それに理沙が行けばここの干菓子だけじゃなくってこの町の特産物すべてが、言わばこの町のすべてのより多くの東京の人に知ってもらえるんだ。我が町の大きなチャンスに理沙は協力しないのかよ?」


「そーゆー宣伝をするのが学たちの役目でしょお! あたしらの税金で甘い汁吸ってる人たちが日々の生活に苦労してるあたしらをさらにこき使おうって訳!? そもそもウチは役場の土産物屋に納品してないんだからまったく関係ないでしょお!!」


「お、おい・・・そこまで言うか普通・・・」


理沙の勢いに学は完全に押され、獲得候補No.1の地位は見る影も無い。





その形成を完全にひっくり返したのが、学の上役である観光課の課長だった。


「なあ理沙ちゃん、そんな冷たいこと言わんと頼むわあ。東京行ってくれたら今年のウチの宴会、全部ここでやったるから、なっ!」


「だーめーでーす!あたしが居なきゃ土日のお客さんに迷惑かけ・・・」





「よっしゃ!それで手ぇ打ったるっ!!」





理沙の言葉を遮るように、奥から理沙の母が飛び出してきた。


「ちょっ・・・お母さん!?」


「土日は臨時休業にします。でもその代わり理沙だけじゃなく私と淳也も連れてってください。幸いお父さんは今度の土日いないし、私も一度東京ってところに行ってみたかったんですわ」


そう話す母の目は輝いている。


「ありがとうございます!! じゃあ早速お母さんと淳也くんの分も手配します!!」


同じように課長の目も輝きを見せる。


「ちょっとおかあさん!!勝手に決めないでよお!!!お客さんはどうするのお!!」


「そうだよお。わしら今度の土日はどこで飯食えばいいんじゃ?」


「そうだそうだ!!これは役場の横暴だあ!!わしらの理沙ちゃんを独り占めすんなあ!!」


「金と力で釣るなんてひでえなあ!!学それでも男かあ!!」


理沙に合わせて常連客も不満を訴える。


でも理沙も客も母の決定には逆らえず、押し切られる形になってしまった。










さて、そんな事があって東京にやって来た理沙ご一行。


理沙と、母と、淳也。


それに一応案内役の学。


さらにそこに逆強○連行(強引に押しかけて付いてきた。しかも費用は役場もち)の歩美の5人で初めての東京を歩く。





学は案内役だが、東京の路線図に対応出来ずどこに行けばいいのか全く分からないという体たらくだった。


確かに東京の路線図は複雑すぎるので、初めて来た地方の人間には荷が重い。


そんな学を尻目に皆を誘導したのが理沙だ。


複雑な路線図に素早く適応し、皆を目的地へと誘導する。





「理沙ってすげえな。こんなのを読み取るなんて・・・やっぱ大阪に行ってた経験かな?」


「じゃなくってあんたの頭が悪すぎるだけ。叩くといい音するもんね」


「んだとおお!!!」


「悔しかったらちゃんとみんなを案内しなさいよお!!このバカ!!」


「やかましい!!役場に押しかけ脅すような女なんか俺は案内したくねえっての!!」


「なあんですってえええ!!!」


東京のど真ん中で漫才をしながら歩く学と歩美。


(恥ずかしい・・・)


そんな二人からやや距離を置きながら歩く理沙の視界には、目的地の百貨店が見え始めていた。















さて気を取り直して、ここからが理沙の仕事である。


「ありがとうございましたあ!!」


「いらっしゃいませえ!! どうぞご覧になってってくださあい!!」


有名百貨店でしかも土日。物産展には多くの客が訪れて賑わいを見せている。


そんな中でも理沙の声と容姿は大きな存在感を示し、訪れる客の心を惹きつけていた。


それは売り上げにダイレクトに反映し、理沙たちはあまりの忙しさと予想だにしなかった売り上げに嬉しい悲鳴をあげるほどだ。






地方の特産品を集めた物産展は売り子も地方から出てきたものがほとんどで、どこか田舎臭い雰囲気が漂っている(それはそれで良いのではあるが)。


だが理沙にはそのような田舎臭さは感じられず、抜群の美貌とあいまって大きな注目を集めていた。





中でもこの百貨店のとある女性店員はやや離れたところから理沙の姿を食い入るように見つめている。


だが理沙を見つめる目は、ただ『興味を惹いた』と言うレベルではなく、大きな驚きに満ち溢れていた。


その女性は後輩に持って来させた『物産展参加者リスト』に書かれた名前と理沙の姿を交互に見ながら、動揺した心を少しでも静めようと努めている。


(上岡理沙・・・22歳ってことはあたしの2こ下か・・・)


(でもあの顔・・・あの声・・・振る舞い・・・ホント瓜二つ。似てるなんてもんじゃない・・・)


(何とか話をしてみたいけど・・・でもあんなに忙しそうじゃなあ・・・)


中ば諦めかけていた時、理沙が売り場から離れる。


客足がやや途絶えたのと、昼の時間が重なったのだ。


(チャ〜〜〜ンス!!)


女性店員は目を輝かせながら理沙に駆け寄っていく。





「ふう・・・お客さんとりあえずひと段落したみたいね」


息を吐く理沙。


「あ〜あ。あたし完全に足手まといになってるなあ。これじゃおばさんに来てもらってた方が良かったかも・・・」


「そんな事ない、歩美がいてくれてすごい助かってる。それに淳也の相手を1日するのも結構大変だよお」


理沙の母は今頃、淳也と一緒に東京各所を回っているはずだ。


「理沙、とりあえず先にお昼行って来なよ。今のうちならあたしらで何とかなるからさあ」


「でも・・・」


「大丈夫だって、あたしの他にも役場の頼もしいお姉さま方が見えるし、それに学が居ないうちに・・・あいつがいるとしつっこいから」


歩美と二人の役場のお姉さま(と言っても完全にオバさんなのだが)が揃って理沙に笑顔を向ける。


「そう・・・だね。じゃあ先に行ってくるね」


歩美らの笑顔に背中を押された理沙は売り場を離れ、昼食へと向かう。





(さてと、確か社員食堂を使ってもよかったんだよね。でもせっかくこんな所に来たんだからここにあるレストランにしようかなあ・・・)


そんな事を考えていると、不意に声をかけられた。


「すみません、これからお昼ですか?」


振り向くと、ここの女性店員らしき人物が理沙に向けて優しく微笑みかけている。


その姿はまさしく都会に暮らす大人の女性であり、やや気の強そうな顔立ちをしているものの理沙から見てもかなりの美人だ。


「えっ、ええ、まあ・・・」


「良かったらご一緒しません?物産展でのあなたの姿を見て、どうしてもお話してみたいと思ったの。もちろんあたしが奢るから!」


「えっ?そ、そんな見ず知らずの人に・・・あ、あなたって一体・・・」


思っても見なかった展開に理沙は戸惑いを隠せず、急接近してきた女性店員に不信感を見せると、


「あっごめんなさい。あたし、ちゃんとしたここの社員ですから」


そういって店員は慌てて名刺を取り出し、理沙に渡した。





「水口・・・トモコ・・・さん?」





理沙は名刺に書かれた名前と、優しく微笑みかけるトモコの顔を交互に見やる。


すぐには不信感は拭えないが、その微笑に悪意がないことを理沙は感じ取っていた。




























同時刻、


理沙の母は孫の淳也と共に都内の公園にいた。


色々回ることも考えたが、淳也がこの公園を気に入ったようで、ずっと公園の鳩と遊んでいる。


理沙の母はそんな淳也の様子をやや離れた場所からずっと見ていたが、売店を見つけてそちらに向かった時に目を離してしまった。





「淳也〜、おばあちゃんとソフトクリーム食べよっか?」


片手にソフトクリームを持ち、笑顔で淳也を呼んだが、





「あれっ・・・淳也?」


ずっと鳩の群れの中にいた淳也の姿がない。





「淳也・・・淳也!?  どこ行ったの!?」


狼狽した理沙の母は辺りを見回し、必死になって我が孫の姿を探す。










その頃淳也は、広い公園の中を一人で走っていた。


初めて見る風景、住む田舎とは全く異なる環境、


好奇心旺盛の淳也にとっては何もかもが新鮮で、興味があるモノを見つけると笑顔で飛んでいってしまう。





淳也は、やや離れた場所にある何かが気になり、目にはそれしか映っていない。





ドン!





突然、目の前に別の何かが現れ、淳也は転んでしまった。




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