[memory]5 - takaci 様
名古屋。
日本第3の都市であるが、東京、大阪の2大都市と比べると地味であり、話題になる事は少ない。
だが今日は珍しく多数の芸能人や報道陣がこの地に集まっている。
日本映画界の巨匠、蔵岩監督の新作披露パーティーが市内の一流ホテルで行われるからだ。
夕刻、会場ホテルのエントランスには多数の報道関係者が陣取り、やってくる一流芸能人の姿を次々にカメラで捉えている。
いつもとは違う雰囲気のエントランスに、黒塗りの2台の高級車が入ってきた。
前はドイツ製の超特急スポーツセダン。
左側の運転席ドアから、全身を海外一流ブランド物のスーツで身を包んだ男が降りてきた。
「やっ、どうも!」
外村ファミリーのトップ、外村ヒロシ社長である。
外村はにこやかに手を上げて報道陣に挨拶をする。
後ろは国産のスポーツセダン。
金額は外村の車の半額以下だが、性能は金額以上の物を持っている。
右側の運転席ドアから仕立ての良いスーツ姿の淳平が降りてきた。
多数のフラッシュが淳平に向けて放たれる。
だが助手席ドアをホテルのボーイが開けると、フラッシュは一気にそこに集中した。
眩い光の中、シックな黒のドレスに身を包んだ美女がゆっくりと立ち上がる。
美人天才小説家、東城綾。
綾はあまりもの多数のフラッシュにやや戸惑いながら、報道陣に向けて軽く頭を下げる。
そして淳平と手を取り合い、外村と3人で悠然とホテルの中へと入っていった。
「たったこれだけの事のために『車で来い』って言ったのかよ・・・」
報道陣が多数詰め掛ける一流ホテルのエントランスに高級車で乗りつける。
外村はこのパフォーマンスを演じるために淳平を車で呼びつけ、自らも愛車に乗って名古屋に入っていた。
「時には派手なはったりも重要なんだっつうの。それに1台より2台のほうが俺たちのインパクトがより高まるんだよ」
「俺は芸能人じゃなくって映画監督だ。あんまり派手な事はしたくないね・・・」
「なぁに言ってんだあ!?いい加減その貧乏性を直せよなあ」
「えっ・・・あっ、師匠!?」
淳平が驚くのも無理はない。
このパーティーの主催者である蔵岩監督が直々に淳平らを出迎えにやってきたのだ。
「師匠、何でこんなとこまで・・・」
「勘違いすんな。用があるのはお前じゃねえ。この老いぼれのために遠くから来てくださった麗しき美女を出迎えるためだよ」
蔵岩はそう言うと綾の前にひざまづき、その柔らかい手にキスをした。
大胆かつ俊敏なその動きは、とても御歳69歳の老人の動きとは思えない。
「貴女のような方がわしなんかのために遠路はるばるおいで下さったこと、感謝いたします」
「か、監督自ら・・・このようなお招き・・・こ、光栄です」
蔵岩のパフォーマンスに驚きつつも笑顔を見せる綾。
「このふがいない弟子をよろしくお願いします。それと、出来ればこいつの貧乏性を直す手助けをしてやってください」
「あたしに出来る事があればやってみます。でも彼の貧乏性を直すのは難しいかな?」
「ちょっ・・・師匠も綾も何言ってんだよ!?」
蔵岩の側にはカメラがずっと付いているので、淳平らとのやり取りはずっと収められつづけている。
カメラの前で何度も『貧乏性』と言われればさすがに面白くない。
「それより淳平、お前に合わせたい人が何人かいるから後で俺のとこに顔を出せ。まあお前らのことだから放っといても挨拶するとは思うがな」
「もちろんです!そのために俺は来たようなもんですから!」
外村が元気よく声をあげる。
「じゃあ皆さん、今日は俺の新作をじっくりと堪能してって下さい。では・・・」
そう言って蔵岩は颯爽とパーティー会場に消えていった。
「じゃあ俺たちも行くぞ」
「ああ」
外村の掛け声と共に3人揃ってパーティー会場へと向かう。
開演までまだ時間があるが、既に会場は多くの人が集まっている。
「パーティーに招かれた客は200人以上。時間は2時間半ほど。的を絞っていかないと時間がなくなるな」
「とりあえず重要どころは先に済ませよう。宴が進んで酒が回らないうちにな」
入り口でそう話す外村の淳平の表情は完全に『仕事モード』に入っている。
「じゃあ俺はまず単独で動く。真中、東城をうまく使えよ」
「ああ。わかってる」
「それと今日は東城の相手になったVIPも来てるけど、絶対に感情的になるな。全てが無駄になるぞ」
「心配するな。ちゃんと自分を抑える自信はあるって」
淳平は外村に笑顔でそう答える。
「よし、じゃあ行くぞ!」
そして3人は二手に分かれ、人ごみの中へ消えていった。
そしてパーティーは無事終了。
アルコールの入った外村は淳平のマネージャーの前田に愛車のハンドルを握らせて東京へと帰っていった。
淳平もアルコールが入っているのですぐに車の運転が出来ない。
そのため会場となったホテルに部屋を取り、翌朝帰る事になっている。
「ふう・・・」
1日の疲れを洗い流し、仕立ての良いホテルのバスローブに未を包んだ淳平が浴室から出てきた。
「淳平、これ、どう?」
淳平と同じバスローブに身を包んだ綾の手には、冷えたシャンパンが握られている。
「おっ、いいね!パーティーの生ぬるい酒は不味かったからなあ」
目を輝かせる淳平。
綾はふたつのグラスにゆっくりと注いでいく。
小さな泡を立てる琥珀色のシャンパンはとても美しい。
「じゃあ今日1日、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
静かな部屋にキンというグラスの重なる音が響く。
急速に勢力を拡大した外村プロだが、その背景にあるのは地味な活動である。
芸能界で生きていくために最も必要な『人脈』の形成に外村は重点を置いていた。
今日のような多数の芸能人や関係者が訪れるパーティーは挨拶回りには絶好の場所である。
外村は自社のタレントに仕事場における挨拶と人脈形成の重要性を徹底的に教え、それを実践していた。
淳平を含めた外村プロの人間は、新人の若手芸能人や新入社員のADにも丁寧な挨拶を行っている。
そういった地道な活動があってこその、今日の成功である。
だが、それだけではダメだ。
もちろん自社の芸能人のクオリティも必要だが、それだけではトップにのし上がれない。
華やかな芸能界の裏側で行われる、汚い『政治活動』が必要になってくる。
要するに、『金』と『色』だ。
外村は財テクも上手く回しており、そちらでの収入もかなりあった。
芸能界よりそっち方面に重点を置いたほうが儲かることは明らかなのだが、こればっかりは外村本人のやる気の問題なので致し方ない。
その利益を外村は『裏金』として重要人物に配っていた。
だが、中には受け取らない者もいる。
芸能界は政治家や一般企業とは異なるので裏金に関してはさほどうるさくないのだが、それでも上のほう、いわゆるVIP系の固い人間になると気にして受け取らない者も多い。
そこで第2の手段、『色』である。
金には固い人間の場合は、『色』で攻めると落ちる事を外村は分かっていた。
だが、自社のタレントを『色』要員としては使わない。
そもそも掃いて捨てるほどの美人がいる芸能界だ。普通のタレントでは色好きのVIPが満足するはずが無い。
外村は芸能人とは違う魅力を持った『色要員』の女性を何人か抱えていた。
そして、その『色要員』の頂点に位置しているのが・・・
綾だ。
きっかけは半年前、淳平がさつきと浮気をした時だ。
『いっぺん東城も他の男を知ってみたらどうだ?』
苦しむ綾に対し外村が放ったこの言葉が始まりだ。
もちろん綾は拒否した。
浮気は許せないが、それ以上に避けたかったのは『淳平が離れてしまう事』。
この状況で綾までが浮気をしては最悪の事態になりかねない。
だが外村の言葉巧みな話術に心が弱っている綾が勝てるはずも無く、綾は外村が手配した男に身体を許してしまった。
この事はすぐ淳平の耳に入った。
だがこれは外村と綾の打ち合わせどおり。
感情的になって怒りを撒き散らす淳平に対し外村は冷静に『計算どおり』対応した。
そもそも原因は淳平の浮気である。そこを突っ込まれては何も言えない。
それにこの事によって『浮気をされた方の苦しみ』を淳平も味わった。
結局、外村の計算どおり『雨降って地固まる』となり、淳平と綾は仲直りをした(でもその影でさつきは泣いていたのだが・・・)。
そしてここからが計算外。
綾の相手は芸能界のお偉いさんであり、その人の力で外村プロの仕事が一気に増えた。
想定を超えた仕事量に悲鳴を上げながらも笑いが止まらない外村。
綾の『仕事』は外村プロに多大な利益をもたらしていた。
これで外村は味を占めた。
でも綾は基本的に外村プロとは無関係の人間であり、しかも乱発をしては旨みが薄れる。
外村は相手を十分に吟味し、その相手がもたらす効果を計算し、全てが条件を満たしてから綾に依頼をするようになった。
綾がこの『仕事』を行ったのは2回。
その2回目がつい先日行われた。
淳平もその事は知っており、『仕事』後に綾と会うのは今日が始めてである。
「綾、本当にゴメン。嫌な思いをさせているのに俺は何も・・・」
悔しさでグラスを持つ手が小刻みに震えている。
「あたしは大丈夫。淳平のためなら頑張れるし、それにお仕事だって割り切ってるから。淳平だってお仕事で他の女の子と・・・」
「い、いや・・・確かにそういう事もしたけど外村のでっち上げもあるし・・・それに最近はしてないって!!」
今度は慌てる淳平。
淳平はそれなりにスキャンダルが多い。
映画監督として名前が知られる前は『美人作家の恋人』と呼ばれ、週刊誌や女性誌に小さな記事が載っていた。
だがそれの大半は外村のでっち上げである。
それなりに有名な淳平の名を利用する事で自社タレントの売名行為に繋げていた。
でも一部は外村にいろいろな理由を付けられ、『仕事』として外村が用意した女性たちと愛の無いSEXを交わしている。
それに関しては綾はそれほど気にしていない。
愛が無いのだから、淳平を相手の女に盗られる危険が低いからだ。
淳平が本気で相手を思って愛を交わした相手は、生前のつかさ、綾、さつきの3人のみ。
だからこそさつきとの浮気は綾の心を大きく揺り動かし、多大な不安を与えていた。
「あたしは・・・こうして淳平がそばにいてくれれば大丈夫。相手がどんな人でも、淳平のためになるなら、淳平が側にい続けてくれればあたし頑張るから」
「あ、相手って言えば、今日俺二人と改めて顔を合わせたけど・・・二人とも完全に綾にデレデレだったな。あんな二人を見たの初めてだよ」
「外村くんに言われてちょっと『演技』したの。そしたら様子が変わって子供みたいになっちゃって・・・ふふっ、思い出したらおかしくなっちゃう」
綾は可愛らしい笑顔を見せる。
綾の相手となった二人は芸能界で多大な権力を握っており、いつも威張り散らしていることで有名だ。
だが綾を目の前にした途端に態度が変わり、不気味なほど柔和で優しい表情を浮かべていた。
綾は、芸能界の頂点に君臨する二人の大の男を完全に自らのコントロール下に置いてしまっていた。
「なあ、どうすればああなるんだ?あの二人をあそこまで豹変させるなんて・・・やっぱ綾ってすげえよ」
「だから演技をしたの。あたしからちょっと積極的になってみたらすぐ大人しくなっちゃって・・・なんかギャップに驚いたみたいね」
「綾から迫られたら確かに驚くとは思うけど・・・でもそこまで変わるもんかな? 一度同じように迫ってみてもらいたいな」
「だめだよ。淳平はあたしの全てを知ってるもん。すぐ演技だってばれちゃって笑われちゃう」
「ははっ、確かにそうだ・・・」
淳平も綾と同じような笑顔を見せる。
「でも・・・この『お仕事』は淳平との愛が枯れちゃうの。だから・・・また満たして欲しい・・・」
綾はグラスを置き、淳平の胸に体を埋める。
淳平は部屋の明かりを消した。
だがカーテンは開いており、大都市が放つ夜の光が飛び込んでくる。
薄明かりに照らされた綾の姿は幻想的で、とても美しい。
そしてグラスに残ったシャンパンを口に含み、グラスを置く。
「んっ・・・んん・・・」
そのままキス。
口移しで琥珀色のシャンパンを綾に注ぎ込んでいく。
シャンパンの甘みはさらに増し、
どんなに強い酒よりも強い酔いを引き起こす。
愛が枯れていた綾は、この強烈に甘いキスで完全に酔ってしまい足元がおぼつかなくなってしまった。
「綾・・・こんな苦しい思いは・・・いつか必ず終わらせるから・・・」
「俺はもっと大きくなる・・・力を掴んで・・・綾にラクをさせてあげるから・・・」
淳平が変わったのは、つかさの死という『負』があったから。
そして今は、綾のこの仕事が『負』になっている。
このような『負』がある限り、淳平は止まれない。
優しさを捨て、甘えを捨て、厳しい競争に身を投じて上にのし上がって行こうとする。
高校時代の優しい心は、もはや過去のものだ。
ふたりの身を包んでいたバスローブがすとんと落ちる。
夜の光を背景に、一糸纏わぬ男女のシルエットが浮かび上がる。
「淳平・・・愛してる・・・」
「綾・・・愛してるよ・・・」
ふたつのシルエットがひとつに・・・
あとはふたりだけの世界。
色とりどりの薄明かりに照らされながら、互いの愛を満たしていく・・・
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