[memory]3 - takaci  様


カタカタカタカタカタ・・・


都内の洒落た喫茶店にキーボードを叩く男の姿。


前田はノートパソコンでスケジュール管理を行っている。





前田は今年で36歳。妻とふたりの子供がいる。


一流大学を卒業後、数年前までは官公庁に勤めていたが、派閥争いに巻き込まれ、それに負け退職を余儀なくされた。


もちろん再就職先を探したが、官公庁はもちろん、大きな会社に行ってもまた派閥争いがあるのは確実であり、前田はそれにもう完全に嫌気が差していたので行く気にはなれなかった。


でも時間がない。妻と子供を食わせていかなければならないのだ。





そんな折、救いの手を差し伸べてくれたのが、後輩の外村ヒロシだ。


外村は前田をタレントのマネージャーとして雇い、前田は有能マネージャーとして第2の人生を歩み始めていた。


競争の厳しい芸能界なので確かに仕事はきついが、前田は芸能界独特の『空気』に上手く馴染むことが出来、官公庁勤めの時より顔色は良い。





その前田がマネージャーを勤めるタレントだが・・・


「おはようございます」


淳平は挨拶をすると前田の前に座った。


今日はここで待ち合わせをして、その後テレビ局へ向かう予定になっている。





「おはよう。昨日は良く眠れた?」


「まあまあです。最近色々忙しいですからね」


映画監督業の合間を縫ってのタレント活動なので、淳平のスケジュールはそれなりにきつい。


「じゃあ今日の予定だけど、これからテレビ局でトーク番組の収録2本。その合間を縫って雑誌の取材が2本。それと・・・ラジオにゲスト出演が入ってるな。まあ、23時くらいの上がり予定かな」


「それなら今日はゆっくり眠れそうですね。明日は午前中の新幹線に乗ればいいから・・・」


「いや、上がったらそのまま車で名古屋に向かう。明日の朝から向こうで打ち合わせをやるらしい」


「ええ〜〜っ!?う、打ち合わせって何ですか?」


「詳しい事は聞いてないけど、社長直々の命令だよ。あと『名古屋には車で行け』って事だ」


「またなんでそんな時間も手間も掛かる事を・・・外村の奴なに考えてんだ・・・」


予想だにしてなかった『深夜の車移動』にうなだれる淳平。


「俺が運転してくよ。淳平は横で寝てればいい」


「いや、自分で運転していきます。助手席は気分悪くなるし、それに俺って車で寝れないんですよ」


不思議なもので、乗り物に酔いやすい人間でも自分で運転すると酔わないものである。


淳平もその口だ。


「じゃあ、疲れたら俺が代わるよ。本当に疲れればイヤでも眠れるからさ」


「前田さん、いつもスミマセン」


「俺は淳平のマネージャーだ。いつも言ってるけど、もっと俺を使えよな」


前田と淳平では年齢がちょうど一回り違う。


そういった遠慮もあるのだろうが、淳平は前田をあまり使わない。


逆にタレントへの気遣いという点では、淳平は気を遣わなくて済むので前田はかなりラクである。





「じゃあそろそろ行こう。2本目の収録は『つかさ』との競演だ」


「ええっ!?あいつとお!?」


嫌な顔をする淳平。


「プロデューサーからのリクエストで、『前と同じようにやってくれ』だそうだ。先回の競演がかなり好評だったらしいからな」


「要は『素』でやれって事ですか・・・」


「そういう事だな。そう考えると気が楽だろ?」


「・・・あいつとは疲れるから嫌なんすよ。それに余計な事もしゃべっちゃいそうで・・・」


淳平の表情はどんどん暗くなっていく。


「大丈夫だって。まずいところはカットするからさ」


「前の時、そのまずいところが思いっきりオンエアされちゃったんですけど・・・」


「それが好評だったんだ。今回もそうしろって事だよ」


「・・・はあ・・・」


「ほらほら、初っ端からそんな顔すんなって!今日も元気良く行くぞ!!」


淳平は前田に励まされながら、ふたり揃って喫茶店を出てテレビ局へと向かった。




















そして時間は流れ、もう2本目の収録へ。


老若男女問わず、十数人の芸能人が入り乱れてのトーク番組だ。





テーマは『女が男を落とす方法』。


まず司会者のベテラン男性タレント。


「いやあ、大概の男ってのは女性に迫られるとグラッと来るんですわあ。夕菜ちゃんなんかに迫られたらもうおじちゃんなんでもしちゃう!!」


そう言って出演者で最年少(18歳)のグラビアアイドルに迫る。


「えっえっそんな事言われてもあたし困っちゃいますう!!」


うろたえるグラビアアイドル。


「ちょっとちょっと!!それ犯罪だってば!!こんな娘よりあたしのほうがずっといいって!!」


ベテラン&行き遅れの女性タレントが司会者に迫るが・・・


「アホッ!! お前に迫られたら発作起こして心臓止まるわ!! あんたがそれしたあかん!! 立派な殺人になってまうでえ!!」


「ひっどおおいい!!セクハラだあ名誉毀損だあ訴えてやるうう!!!」


司会者の強烈な突っ込みに怒る行き遅れ女性タレント。


スタジオは爆笑に包まれた。





「でもつかさちゃんが迫ってきたら強烈だろうなあ。もうクラクラ来るでえ」


「どんな感じで迫るんだろうね?俺も迫られてみたいな」


司会者とベテラン俳優が話を『つかさ』に振った。





「あたしはそんなに迫らないですよお。だって本気で好きな人以外は迫らないもん」


『つかさ』は明るい口調で受け答える。


「でもその迫りは百発百中だろうなあ。つかさちゃんに迫られて拒否できる男なんておらんでえ」


「そうでもないんですよ。すごく好きな人に何度も迫ったんだけど拒否されっぱなしでほとんど成功した事ないし・・・だからあんまり迫らなくなっちゃったんですよお」


「えええええええっ!? つかさちゃんに迫られて拒否すんのお!! 誰やそいつ!?」


司会者が派手な声で驚くと、





「こいつ」


『つかさ』は斜め後ろに座る淳平を指差した。





「おいこら!!こんなトコでそんな事言うんじゃねえ!!」


どよめきに包まれるスタジオの中で、淳平は『つかさ』に向けて本気で怒った。


「だってそうじゃなあい。高校の時に何度も迫ったけどその度に拒否して・・・」


「ちょっと真中くんなんで!? 何で拒否したん!?」


「そうだよ。なんで!?」


出演者全員が淳平を凝視する。





「いやまあその・・・要はそのとき他に好きな娘がいたんですよ。まあこいつも嫌いじゃなかったっつーか、好きではあったんですけど・・・」


「でもあたしが引くと来るんですよ。最初の出会いもそうだし、1年の合宿の時も・・・」


「おい!最初の出会いってその時俺さつきに何かしたか!?」


「したじゃない。甘い言葉吐いて口説いてしかもあたしを罠にかけてエッチなことしようとして・・・」


「あれは誤解だっつうの!! それに最初に会ったのは高校の合格発表の日で、お前が蹴った缶が俺の頭に当たったんだ!!」


「あ、そういえばそうだったね。すっかり忘れてた」


素で怒る淳平に対し、あっけらかんとする『つかさ』。





「ちょっとお、そんな事より『合宿の話』と『エッチなこと』の詳細を聞かせてえな!!」


そして話題は淳平と『つかさ』の高校時代の話へ・・・










「いや〜〜真中くんもったいない!! そんなにチャンスがあったならそのときにやっとかんといかんで!!」


「そうだよ。今のつかさちゃんも魅力的だけど、その当時の初々しいつかさちゃんも良かったと思うよお」


男性陣が淳平に苦言を呈す。


「でも恋人だったらともかく、そうじゃない関係でエッチは出来ないですよ。もし当時俺がさつきとやっちゃってたら、俺は間違いなくさつきを傷つけてましたよ」


「真中くん、あんたは優しい男やなあ」


「高校生の男が女の子の心を考えて自らの欲望を抑えるなんてなかなか出来ないよ」


今度は揃って淳平を誉める男性陣。





「でも結局やっちゃったんでしょ?つい最近・・・」


ここで行き遅れタレントの厳しい突っ込み。





「うっ・・・」


思いっきり詰る淳平。


四方からの冷たい視線が淳平を襲う。





「あの〜〜ちょっと質問があるんですが・・・」


ここでグラビアアイドルが申し訳なさそうな声で淳平に尋ねてきた。


「おおおっ!! 夕菜ちゃんからも厳しい突っ込みかあ!?みんな夕菜ちゃんに注目!!」


場を盛り上げる司会者。





「あの〜〜、真中監督はなんでつかささんのことを『さつき』って呼ぶんですかあ?」


力の抜けた声に加え、話の流れを一気に寸断する質問にスタジオ全体が大きくこけた。


「こ・・・こんな時にそんな事聞かんでもええがな・・・」


よろよろと立ち上がりながらそうつぶやく司会者。





だが淳平にとっては厳しい追求から逃れられたので好都合である。


「ああ、こいつの本名がさつきなの。こいつ『北大路さつき』って名前なの」


淳平はにこやかに受け応える。


「え〜〜っそうなんだあ。北大路って立派な名前ですねえ」


『つかさ』に視線を送るグラビアアイドル。


「でも言いにくいし呼び辛いし、それに『ちゃん』付けするようなキャラでもないから俺はずっと『さつき』って呼んできたの」


「でも高校3年間で呼び捨てにした男は真中だけだったなあ。それに下の名前で呼び捨てにされたらどうしても親密な関係に思えちゃうんだよねえ」


『つかさ』は意味深な言葉を吐きながら淳平に視線を送った。





「なあさつき、お前さっきから発言まずくない?」


「えっなんで?」


「だって『つかさ』の年齢って21だろ。俺は24だぜ?」


これまでの『つかさ』の発言内容は、淳平と同級生である事をあからさまに示している。


「あっいいのいいの。だってキャバクラ嬢は歳とらないもん」


この発言で会場は再び大爆笑&こける男性陣であった。




















「おつかれさまでしたあ〜〜」


そして撮影は無事終了。


スタジオからぞろぞろと出演者が出てくる。





そして最後に淳平が出てきた。


「真中、おつかれっ!!」


スタジオ出口で待っていたさつきが真っ先に声をかけた。


「ハア・・・お前とはマジで疲れるよ・・・」


「でもいいじゃない。みんな喜んでくれたんだし」


さつきの言うとおり、他の出演者や番組製作スタッフからは『良かったよ』と言ってくれた。


だが淳平にとってこういった『暴露話』は心臓に堪える。





そもそもさつきを『つかさ』と呼べない自分に対し、『芸能人としての自覚が足りない』と感じていた。


だが、淳平がさつきを『つかさ』と呼ぶことはないだろう。


それが自分でも分かっているだけに、『つかさ』との競演は嫌なのだ。





「おふたりさん、お疲れ!!」


「ん?」


淳平が振り向くと、甘いマスクの男がこちらに向かって歩いてくる。


「あ〜〜〜〜っ!!竜也くぅ〜〜ん!!」


先ほど競演した行き遅れタレントが『竜也』に駆け寄っていく。





『竜也』は行き遅れタレントをさらりと軽く交わしてから淳平らに寄って来た。


「大草、相変わらず熟女に人気だな」


「素人だろうが同業者だろうがファンは大切だ。年齢なんて関係ないさ」


「そうそう。ファンはタレントを選べるけど、タレントはファンを選べないからね」


「さすがウチの事務所のNo.1とNo.2。俺とは意識が違うな」





『竜也』は大草の芸名である。


大草は高校卒業後もサッカーを続けていたが、サッカー選手としての限界を感じていた。


そんな折、淳平が大草に映画出演を依頼し、そこでの演技が俳優デビューとしての足がかりとなった。


今や大草は『竜也』として、さつきの『つかさ』とともに外村ファミリーの中核を成す看板俳優となっている。










大草はドラマ撮影の合間を縫って淳平らの様子を伺いに来ただけで、すぐ撮影に戻って行った。


淳平の仕事はこれで終わったが、さつきはまだ仕事が残っている。


ふたりはさつきの空き時間を利用して、テレビ局の側にあるカフェへと足を運んだ。





夜10時を過ぎているが、カフェはまだ客の姿が多い。


側にテレビ局があることもあり、『芸能人に良く会える場所』として一般客も少なくないが、カフェ側の対応がしっかりしている事もあってここでファンに取り囲まれる事はまずない。





淳平とさつきは窓際の喫煙席に座った。





キン・・・





シュボッ・・・





オイルライターを灯し、タバコに火をつけるさつき。





パチン・・・





ライターをしまい、優雅にタバコを吸う姿は完全に『大人の女性』だ。





「こーゆーところでおおっぴらにタバコを吸えるアイドルってのも珍しいよな」


「あたしは『健康的なアイドル』から『大人の女性』に脱却中なの。この姿を見てもらうのも仕事のうちなんだから」


ダイナミックボディと運動神経の良さから『健康的アイドル』としてイメージを固めてきた『つかさ』だが、最近始めたCMが話題を呼んでいる。





健康的アイドルがCMで堂々とタバコを吸っているのだ。





女性アイドルでタバコを吸う人間は決して少なくないが、それをおおっぴらに公表する事はイメージが傷つくのでほとんどが隠しているのだが、『つかさ』は堂々と、しかも大多数の人間が見るCMでタバコを吸っている。


このCMは外村の案で、それにクライアントも乗ったので実現したのだが、関係者の予想とは裏腹に『好評』だった。


圧倒的に男性ファンが多かった『つかさ』だが、このCMで同世代、もしくは若干上の女性ファンが増えた。


タバコを吸う『つかさ』の姿があまりにも様になっている事もあり、外村の狙いが完全に当たったCMとなった。





「でも気をつけろよ。いくらイメージっつっても吸いすぎは良くないぜ」


「ありがと。心配してくれてるんだ」


「そりゃそうだよ。さつきは俺の大切な友達なんだからな」


「それって『セックスフレンド』って意味?」


「ばっ・・・こんなトコでからかうなよな!」


「ふふっ、赤くなっちゃって・・・真中って全然かわんないね」


さつきはとても可愛らしい笑顔を見せた。


顔立ちはだいぶ大人びたが、この笑顔だけは高校生の時から変わらない。





この笑顔を見ると、淳平は昔を思い出す。


まだ純粋だった、高校時代・・・





現在の生活にふと疲れた時、『戻りたいな』と思うこともあるが、





もう、戻れない・・・










「・・・俺は・・・変わったよ・・・『あの日』からな・・・」





この言葉でさつきからさっと笑みが消え、物悲しい表情を浮かべる。





その悲しみに満ちた瞳には、窓の外を見る淳平の姿が映っていた。










窓の外を流れる車の光が淳平の物悲しい眼に飛び込んでくる。





その交う光が、淳平の脳裏にある光景を思い浮かばせていた。










5年前、





最愛の人の家を包んだ・・・










・・・紅蓮の炎を・・・


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