[memory]2 - takaci 様
(テレビ見ろって言っても・・・見ちゃうのはニュースになっちゃうんだよねえ・・・)
理沙は昼の歩美の言葉を思い出しながら、居間のテレビで夜のニュースをボーっと見ていた。
帰ってきてからはまた店の仕事、そして後片付けと明日の準備。
それがひと段落付く頃には、時計は大体夜の11時ごろを指している。
(歩美が言ってるのはワイドショーみたいな情報番組なんだよねえ。そんなのこの時間にやってないし、それに大体興味ないし・・・)
(ドラマとか、バラエティ番組もつまんないからなあ・・・)
いくら『見ろ』と言われても、本人の関心がなければ見れるものではない。
だからいつもどおり、夜のニュース番組が理沙の目の前で映し出されていた。
『テレビ見ろ〜〜。情報仕入れろ〜〜』
理沙の脳裏に歩美の怒った顔が鮮やかに浮かび上がる。
(うっ・・・わかったよお!!)
見えないプレッシャーに負けた理沙はリモコンを持ち、チャンネルを変えていった。
(でもこの時間にそんな番組やってないよ。そもそも地方の田舎なんだからチャンネルも少ないし・・・)
バラエティ番組・・・CM・・・
画面に映るのはどれもつまらなく、目的にそぐわないものばかり。
(やっぱニュースでいいよ。あれも情報番組だし・・・)
そう思いながら最後のチャンネルボタンを押した。
『では本日のゲスト・・・若き映画監督、真中淳平さんです』
「えっ?」
元のチャンネルに戻そうとした指の動きが止まった。
そして画面をじっと食い入るように見つめる。
(この人が・・・真中淳平・・・)
夜のトーク番組。
司会者のベテラン女性タレントの歯に衣着せぬ発言が人気を博している番組だ。
そこに淳平がゲストとして招かれた。
「いや〜光栄ですわ〜。今が旬の監督にお会いできるなんて、もう親戚にあなたのこと自慢しちゃいますわあ!」
「いやあ・・・もう、そんなに喜んでいただけるなんて光栄です」
謙遜する淳平。
「ホント見た目普通でそこいらの男となんら変わらんですねえ。いやそこいらの男のほうがずっとましに見えますわあ。あんたホント監督なんて出来んのお?」
爆笑に包まれた会場の中で淳平は大きくよろけていた。
そして番組は淳平のプロフィール紹介に入った。
―真中淳平−
高校時代、同級生の外村社長と共に映像研究部を立ち上げ映画を作成、その作品はいずれも高い評価を得ており、その時から才能の片鱗を垣間見せていた。
そして大学に進学し、そこで大きなチャンスが訪れる。
2年生の時、大学映像科の監督および助監督、上級生の主要メンバーが相次いでいなくなり、急遽淳平がメガホンを握る事となった。
あまりに急な事に加え、時間も人も資金もない状況で突然の映画作成。
だがそんな状況で作られた映画が好評を呼び、ある一人の目に留まった。
日本映画界の巨匠、蔵岩監督である。
蔵岩との出会いは、淳平の映画人生を一気に後押しした。
大学の勉強と共に蔵岩の下で多くの事を学ぶ。
そして卒業後間もなく、
「適当な人物がいなくなった。お前が監督をやれ」
この蔵岩の一言で急遽、初監督映画の製作が決まった。
学生時代と同じく、人も時間も金もない状況。
にもかかわらず出来上がった作品は高い完成度を見せ、関係者の間で話題となった。
その後、何本かの作品を作り、
現在、最新作が全国の映画館で好評上映中。
「もう、まさにとんとん拍子ですねえ」
「いやもう、自分でも驚いてます。チャンスに恵まれすぎで怖いくらいで・・・」
「いやあ、チャンスがあったとしてもそれをモノにしてきたのはあなたの実力ですわ。それもモノにするのが大切なんですよお。成功する人はみんなそうやってチャンスを確実に掴んで大きくなって、それで成功しすぎると妬まれて背中刺されるんですよ」
「い、いや・・・背中刺されるのはちょっと・・・」
「でも仕方ないですわあ。監督として成功を収めて、さらにバラエティ番組にも出られて、とどめは美人で高収入の恋人がいるのにもかかわらず他の女にも手を出す!! もう許しがたい大悪党!! 」
「い、いや・・・大悪党なんて・・・」
反論に困りどんどん小さくなる淳平に対し、司会者のテンションはますます上がっていく。
「よし決めたあ!! 全国民の思いをあたしが代弁します!! おーい誰か包丁持ってきてえ!! これからこいつの背中刺すでえ!!!」
「ちょ・・・ちょっとおおお!?」
爆笑の渦の中で本気でビビる淳平である。
淳平の成功の背景には、大きな要因があった。
もちろん、チャンスの際にきちんとした映画を作れた『実力』もあるのだが、
映画以外での『売名行為』が大きかった。
淳平の成功の前に、彼の側にずっといた『美少女』が成功を収めていた。
美人天才小説家『東城綾』である。
綾は高校卒業後間もなく小説家としてデビューし、一躍売れっ子作家となった。
そして淳平はその『美人天才小説家の恋人』として少なからず注目を集めていた。
淳平は大学を卒業後、外村が大学時代に立ち上げた芸能プロダクションに籍を置いた。
『人気作家の恋人で映画監督』という立場は芸能人として十分であり、しかも日本映画界トップとの太いパイプを持っている。
勢力拡大を狙う外村にとっては絶好の戦力だった。
そして約半年ほど前、外村ファミリーの看板アイドルとしての地位を築いていた『つかさ』との一大スキャンダルが発覚。
これを外村が上手く利用して、『映画監督真中淳平』の名前を確固たるものにしていた。
事実、スキャンダルの後では淳平の仕事量が一気に増えていた。
「でもなんで浮気なんかしたのお? そりゃあつかさちゃんもかわいいし魅力的だけど、東城さんで十分でしょお? それに東城さんのほうがお金持ってるし」
「いや・・まあ・・その・・・いわゆる『出来心』ってヤツで・・・」
「まあ・・・男だったら仕方ない面もあるわなあ。彼女とは何年付き合ってんの?」
「え〜っと・・・付き合い出したのは5年前ですね。知り合ったのは中3のときだから、もう9年ですか」
「もうそんなになるん。 じゃあまあ、なんていうか・・・飽きじゃないけどちょっと普通の関係になっちゃって、それで他の娘にって感じかあ」
「まあ・・・たぶんそうかと・・・」
「でもやっぱり浮気はいかん。あなたも彼女に怒られてもう懲りたでしょ?」
「いや、もちろん懲りましたけど・・・彼女怒らなかったんですよ」
「はあ!? なんで!? 何で怒らなかったん!? 何で怒られんのに懲りたん!?」
この淳平の言葉で司会者のテンションがまた一気に上がった。
だが淳平は、先ほどのように慌てなかった。
「もちろん俺は謝りましたけど・・・ 彼女も、泣きながら俺に謝ってきたんです・・・」
「彼女が謝る・・・泣きながら・・・」
司会者は予想だにしなかった言葉に驚き、ただ淳平の言葉を繰り返すのみ。
「彼女ね、『あたしがきちんとしてなかったからこんな事になっちゃった。みんなに迷惑かけちゃった』って言って・・・いやそんな事は無いんです。彼女は悪くない、俺が全面的に悪いんです。けど彼女はただ『ごめんなさい』って・・・」
「ええ彼女やなあ。そんな娘は大切にしなあかんよお」
「ホントそうです。ああやって泣かれると・・・グサッと来るんですよね。怒鳴り散らかされるよりずっと辛い。だからもう『彼女を苦しめちゃいけないんだ。彼女を大切にしなきゃダメだ』ってより強く思いました」
「もう、そう思ったらはやいとこ捕まえちゃいなよ。もたもたしてっと他の男に取られちゃうでえ」
「もちろんそうなんですけど・・・俺はまだ彼女に相応しい男になってない。せめて映画監督として食っていけるくらいにはなりたいんですよ」
「ああ、なるほど。映画監督の収入ってびっくりするぐらい少ないもんねえ。学生のアルバイトと変わんないよね?」
「俺は外村や、もちろん彼女もそう。多くの人に支えてもらって、こうしてタレントとしていろんな番組に出させてもらってる。その収入があるからいいんですけど、純粋な『監督』としての収入は微々たるもんです」
「要するに、純粋に『映画監督』として一人前になりたいと・・・」
「一人前って言うか・・・少なくとも大切な人を十分に養っていけるくらいにはなりたい。今じゃ逆に養われちゃいますから」
苦笑いをする淳平。
「そうだよねえ。彼女の収入は桁が違うもんねえ」
「そうです。完全に一桁違いますね」
「あんた、本当に本当に大切にせなあかんでえ。絶対に彼女は捕まえとかなあかんでえ!!」
「ええ。彼女は俺にとって一番大切な『宝物』ですから。あ、もちろん彼女の収入がなくてもですよ」
「うっわ〜〜、ヤな男やなあ。そんなトコで視聴者にあからさまにポイント獲ろうとするだなんで・・・あ〜〜いやらしい!!!」
司会者のオーバーアクションで会場は何度も大きな笑いに包まれていた。
プチン。
「何よでれっとしちゃって・・・あ〜〜なんか腹立ってきた!!」
理沙は怒りに満ちた顔でリモコンのスイッチを押した。
「なにが『宝物』よお!! 本当にそう思ってるのなら浮気なんかできないぞっ!!」
「それに振られた女の子の気持ちも考えろよな!!君の行動の影でどれだけの女の子が涙を流してるのか・・・ ちょっとは考えろお!!」
夜の居間でただひとり、テレビに向かって本気で怒鳴りつける理沙だった。
「おかあさ〜〜〜ん・・・おしっこ〜〜〜」
「えっ・・・あっ、淳也?」
理沙の声で起きた・・・わけではないのだが、息子の淳也が部屋の入り口で目をこすりながら立っている。
「あ、ごめんね。じゃあおトイレ行こうね」
淳也の姿を見て我に帰る理沙。
「もう・・・もれちゃうよ〜〜〜」
「あ〜〜〜〜っ! もうちょっと我慢してえ〜〜〜〜っ!!」
理沙は不審な動きを始めた息子を抱えて慌ててトイレに駆けていった。
「ふう・・・」
何とかトイレは間に合い、理沙は再び淳也を布団の中に入れた。
淳也はすぐにすやすやとかわいい寝息を立て始める。
息子のあどけない寝顔は、先ほどの怒りはもちろん、どんな嫌な事をも忘れさせ、癒してくれる不思議な力を持っている。
理沙にとっては、淳也がこの世で最も大切な『宝物』である。
「淳也・・・ゴメンね・・・ダメなお母さんで・・・」
「でも・・・お父さんがいなくても・・・あたしその分頑張るからね・・・」
理沙は5年前、地元の高校を中退して大阪に行った。
だがわずか3ヶ月ほどで帰ってきたのだが、その時理沙のお腹には淳也がいた。
父親が誰なのかは、全く分からない。
「何か手がかりがあればお父さん見つかるかもしれないけど・・・何もないんだよね・・・」
「あたしも良く覚えてないし・・・せめて淳也に父親の面影があればいいんだけどなあ・・・」
自分に良く似た息子の寝顔を見ながら、ふうっと大きなため息を吐く理沙だった。
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