[memory]1 - takaci   様


「ふう、これでひと段落着いたな」


「じゃあお昼にしよう。理沙、お父さん呼んできて」


「は〜い」


上岡理沙は元気良く返事すると裏口の扉を開けた。


ここから出て左に曲がると目の前には上岡家の畑が広がっており、そこで理沙の父が農作業を行っている。





「おとうさ〜〜ん、お昼だよお〜〜」


理沙の明るく元気な声がのどかな田園に広がっていく。










理沙はこの山奥の田舎町で生まれ、育ってきた。


父は農業を営み、


母はこの町では数少ない小さな食堂を経営している。


そして理沙は母の食堂の手伝い・・・というより、なくてはならない存在だ。





町ではダントツの美人であり、明るく元気な性格もあって理沙目当てで来る客は多い。


だが3年前から厨房での仕事がメインになり、接客は主に母の仕事になっているのだが、それでも客足は絶えない。


大衆食堂なので洒落たメニューは一切ないのだが、理沙の味は一級品なのだ。


さらに1年ほど前から数量限定の干菓子の販売を始め、それも好評。


だから食事時はいつも忙しく、それが過ぎると店内はかなり散らかっている。


母がその後片付けをして、静かになった店内で理沙が作った昼食を両親と共に食べる。


これが数年前からずっと変わらない、理沙の日常である。




















ガラッ。





「理沙あ〜、いくぞぉ〜!」


理沙たちが昼食を終えた頃、塚本歩美の元気な声が狭い店内に響いた。





理沙と歩美は幼馴染で、いつもふたりでいろんな事をやって来た。


楽しい事、辛い事、嬉しい事、悲しいこと・・・


その全てが二人にとって大切な思い出である。





今日はこれから山を降り、街に出て映画を見に行く予定になっている。


「ほ〜い。じゃあいこっか」


理沙はエプロンを外し、小さなハンドバックを手に取った。


これで準備完了。





「ちょっと、そんな普段着で街に出るの?もうちょっといい服着なさいよ!それに化粧くらいしなよお!!」


「そんなの必要ないって。街って言っても田舎じゃないの。何もしなくて十分だよ」


街に降りる事は結構あるのだが、理沙はいつもノーメイクだ。


と言うよりここ数年化粧をしていない。





それに対し歩美は化粧もばっちり、服も凝っている。


だが、持って生まれたものの差は大きい。


「はあ・・・まだ子供の居ないあたしが理沙にスタイルも肌の張り艶も負けるなんてさ・・・」


がっくりと肩を落とす歩美。





「ほらほらそんなに落ち込まないの!さあいくぞ〜!」


理沙はそんな歩美の方をやや強引に押しながら店を出て行く。


「じゃあお母さん行ってきます。お店と淳也お願いね」


「はいよ。行っといで」


呑気な声で娘を見送る母。





ふたりは理沙の軽自動車に乗りこみ、理沙はベルトを締めるとキーをひねる。


軽自動車は軽やかなエンジン音を奏でながら、狭い山道を下っていった。










「お、あったあった。ここだ」


「編集長〜、何でこんなトコに立ち寄るんすかあ?東京帰るの真夜中になりますよ?」


「ここの干菓子が美味くてな。東城先生への手土産だ」


「あんな小娘にぃ? 駅の土産物屋で十分じゃないですかあ?」


「ばかもん!東城先生の原稿がウチにどれだけの金を落とすか分かってんのか? いいか!もし取りこぼしたらお前のボーナスカットだからな!!」


「ええ〜〜〜〜〜っ!?」


ふたりの男がそんな会話をしながら理沙の店の中に入っていった。

























「歩美ぃ、結構いい映画だったよね?」


「そうだねえ。役者は知らない人ばっかだけど演技も悪くなかったし、良くまとまってたと思う。噂どおりだったね」


「へえ、歩美が映画を誉めるの久々に聞いた気がする」


歩美は高校時代に映像部にいたので映画にはうるさく、誉める事はめったにない。


「与えられた条件の中で監督がいい仕事をしてると思うよ。あの監督は個人的にはあんまり好きじゃなかったけど、この映画を見たら多少は認めてやらないとね」


「監督って・・・誰だっけ?」


「真中淳平。日本映画界の巨匠、蔵岩監督お気に入りの弟子。まだ24歳で映画監督では若手No.1かな」


「24って、あたし達よりふたつ上!? 監督にしちゃ若すぎない?」


理沙は監督の年齢を聞いて素直に驚いた。


先ほど見た作品がとてもそんなに若い人間が作ったものだとは到底思えない。


「だから若手No.1なの。でもねえ、あたしは気に入らない。映画以外で色々やりすぎだと思うし、女関係がちょっとだらしないからね」


歩美はあからさまに不機嫌な顔を浮かべる。


「え〜〜〜っ、そうなんだあ・・・」


理沙は若い監督に対して少なからず尊敬の念を抱いていたが、この話で一気に引いた。


「こいつも一応『外村ファミリー』なんだけど、その中の女の子に色々手を出してるみたいなのよ。まあ中にはあのやり手社長のでっち上げもあるんだろうけどね」


「外村ファミリー?」


「理沙あ!あんたも少しはテレビ見なさい!!いま芸能界で最も勢いのある集団だよお! 『竜也』様とか『つかさ』とか知らないのお!?」


「知らないよお。お店で忙しいし、淳也と一緒に子供番組見るくらいだよ」


「店も母親としても大変だとは思うけど、まだ若いんだからちょっとは情報張り巡らせなさいよ。いい、外村ファミリーってのはね・・・」


映画館の側にある喫茶店で歩美の力の入った説明が始まった。










外村ファミリーとは、若き社長『外村ヒロシ』が学生時代に立ち上げた芸能プロダクションに所属する芸能人の総称である。


ここ数年で一気に勢力を拡大し、今や外村ファミリーの人間がテレビに出ない日はない。


中でも、元スポーツ選手で超美形の俳優『竜也』と、グラマラスなボディと明るい性格が人気のバラドル『つかさ』はあらゆる方面から引っ張りだこだ。





そして真中淳平もまた外村ファミリーの一員であり、最近ちょくちょくバラエティ番組やトーク番組に出演している。





ちなみに歩美は竜也の大ファンである。





「ああ、竜也はあんたに写真見せてもらった事があるね。な〜んか信用できない顔してる男だよね」


「そんな事なあい!!竜也様は真中なんかと違ってクリーンで清潔で、浮いた噂なんて一切ないんだから!!」


(そっちのほうが怪しいじゃない・・・)


理沙はそう突っ込みたかったが、それを言ったらさらに歩美の長話に付き合わされることになるのでぐっとこらえた。










「あ、あの・・・この真中淳平って監督だけど、どっかで名前聞いたことあるんだよね?」


理沙は話題を切り替えた。


「そりゃそうだよ。最近結構テレビ出てるし」


「そうじゃなくってもっと前。4〜5年位前に、確か歩美から聞いたような・・・」


「え〜〜っ、そんな前にあたしからあ?4〜5年前って言ったらまだ高校生の頃じゃない?」


「確かそうだよ。まだ淳也があたしのお腹の中にいた頃だと思う」


「そんな時にあたしが真中淳平を知ってるわけが・・・」


歩美はしばらく頭をひねると、





「あ〜〜〜〜〜っ!!思い出した!! あれだ!! あの映画だ!!」


突然大きな声をあげた。


周りの客が驚いて思わずこちらを見るほどだ。





「ちょっと歩美!!」


顔を真っ赤にして小声で怒る理沙。


「あ・・・ごめん。でも思い出したよ。学生の時に見せた高校映画コンクールの入賞作品で、理沙そっくりの女の子が水色のワンピース着てた映画があったでしょ?」


「あれは覚えてるよ。あたしもホント驚いて・・・って、そういえばあの映画の監督って・・・」


「そう!真中淳平の高校時代の作品だよ。あたしが卒業間際で偶然見つけて、驚いて理沙に見せに行ったんだよねえ」


「そうそう。確かあたしが中3の頃に撮られた作品で、『あたしはその頃東京なんかに行ってない』ってムキになって怒ったっけ」


目を細めてその当時の光景を思い浮かべる理沙。





「でも改めて驚いたなあ。あたしってあんなに前に真中淳平の作品を見てたんだあ」


「歩美って確かあの時もその映画を誉めてなかったけ?」


「ぐっ・・・」


理沙の突っ込みにすぐ反論できない歩美。


「歩美ってなんだかんだ言ってこの監督の事認めてるんじゃない?」


「ち、違うよお。まあ監督としてはともかく・・・男としては認めない!!あたしの心は竜也様一色なんだからあ!!」


「はいはい・・・」


理沙は呆れてそれ以上言葉が出なかった。





(でも・・・やっぱりこの監督には、なんか親近感を感じちゃうなあ・・・)


先ほど見た映画のポスターがこの喫茶店の壁にも貼られている。





(監督・・・真中淳平・・・か・・・)


ポスターの隅に書かれたこの名前が、理沙の頭にしっかりと刻み込まれた。


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