C-9  - takaci 様





真っ先に駆け付けたのが、財津だった。


「別所さん、しっかりして、気持ちをラクにして・・・」





「小宵ちゃん、どうしたの?」


「小宵、しっかりして!」


あゆみやりかたちも心配そうに寄って来た。


だが小宵は呼びかけには応じず、ただ荒い呼吸を続けるのみである。


そんな中に、佐藤が女子生徒と小宵の間に割って入り、制した。


「別所は大丈夫だ。それより女子は近付くな。移る可能性がある」


この佐藤の言葉で女子生徒たちはビクンと小さく身体を震わせた。


その間に財津は小宵の身体を素早く抱きかかえていた。


「僕が別所さんを保健室に連れて行く」


「財津、頼む」


佐藤は小さく頷いた。


そして財津は素早く教室を後にした。





「ねえ佐藤、小宵の症状って何なの?あたし達に移るってどういうこと?何か知ってるなら教えなさいよ!」


慧が不安と怒りが織り交ざった表情で詰め寄ってきた。


それに対し佐藤はあくまで冷静に答えた。


「オーバーベンチレーション、いわゆる過呼吸だよ。不安やストレスからああなるんだ」


「過呼吸?」


「要は酸素を吸いすぎてる状態。ビニール袋なんかで鼻と口を覆うようにして当てて自分の吐いた息を吸わせれば治まるはずだよ。健康体でもああなるんだ。不安が大きいとね」


「移るってどういうこと?」


「だから健康体でもああなるって言っただろ。あの症状を見て、あの荒い呼吸を聞くと不安で連鎖反応的に同じ症状が起こる可能性が高いんだ。特に女子がね」


「じゃあ小宵ちゃんは大丈夫なの?」


今度は名央が心配そうに尋ねてきた。


「たぶん大丈夫だ。どんな不安が引き金となってああなったかは分からんけど、身体的には問題ないだろう。あくまで心の問題だよ」


「よかったあ・・・」


佐藤が笑顔で答えたのを聞いて、ホッと胸をなでおろす名央だった。





「でも佐藤さあ、アンタやけに詳しいねえ?」


今度は慧が聞いてきた。


「妹が持病でああだったんだよ。だから対処法は知ってるんだ」


「そ、そっか・・・」


妹という言葉を聞いた慧はやや気まずい表情を浮かべた。


佐藤の妹が亡くなっているのはケーキバイキングの時に聞いていたので、対応に困る慧だった。




授業は一時ストップしたが、教師がざわついてる生徒を収めてから授業が再開した。


再開した授業の間に、小宵と財津が戻ることはなかった。


授業終了のタイムが鳴ると、


「ねえ小宵大丈夫かな・・・」


心配そうな表情を浮かべる慧。


「別所はともかく、財津まで戻らんのはおかしいな。何かあったのかな?」


佐藤も確信を持てない表情を見せる。





「あたし達も保険室行こ!」


あゆみが言い出したこの言葉に、反対意見を述べる者はいなかった。


あゆみ、慧、りか、名央、佐藤の5人は揃って保健室に向かった。









時は少し遡り・・・


「先生、開けてください!お願いします!」


両腕が塞がってて扉を開けられない財津は廊下から呼びかけた。


ほどなくして白衣を着た養護教諭が扉を開けると、小宵を見てやや緊迫した表情を見せた。


「過呼吸ね。ちょっと症状が大きいかな。急いでベッドに寝かせて」


財津に素早くそう指示し、それに従う財津。


小宵の身体は財津の手により保健室のベッドに丁寧に寝かせられると、養護教諭が持ってきた紙袋が鼻と口を覆うようにして当てがわれた。


「この子、名前はなんていうの?」


「別所です。別所小宵さんです」


「はい別所さん、落ち着いてゆっくり息をして。すー、はー、すー、はー・・・」


養護教諭がそう呼びかけるが、小宵の荒い呼吸はなかなか収まらない。


「君はもう帰っていいわ。ありがとう」


「あ、はい。じゃあお願いします・・・ってあれ?」


養護教諭に教室に戻るよう促された財津だが、その場から動けない。





小宵が財津の手をしっかりと握っていた。


「あの・・・別所さん?」


戸惑う財津。





「・・・お願・・・い・・・あた・・し・・・手・・・離さ・・・な・・・い・・・で・・・」


荒い息の中、涙を流しながらそう訴える小宵。


「君、この子の彼氏か何か?」


「あ、いえ、そんなことありませんよ!」


養護教諭の指摘に対して慌てて返す財津。


「ふ〜ん、まあいいわ、仕方ないから、この子の言う通り手を握ってあげてなさい。そのほうが落ち着くならそれがいいわ」


「は、はあ・・・」


財津は頬をやや紅くして、ただ戸惑うばかりだった。









そして10分もすれば、小宵の呼吸は通常通りに戻った。


「これで大丈夫ね。しばらく落ち着いて横になってなさい」


養護教諭はそう言ってベッドの横から去り、カーテンを閉めて行った。





カーテンの中は、ベッドに横たわる小宵と側に付き添う財津のみである。


「別所さん、大丈夫?」


財津はベッド側の丸椅子に座り、心配そうに呼びかけた。


「うん、ありがとう。ずっと手を握ってくれてて・・・」


小宵は笑顔でそう言ってから財津から手を離し、胸の上で両手を重ね合わせた。


「ぼ、僕なんかでよかったのかな?」


思いっきり照れる財津。


「うん、話を聞いて欲しくって・・・」


「話?」


「うん・・・財津くんは知ってるよね。あたしお母さんがいないこと・・・」


「う、うん・・・ケーキバイキングのときに聞いたから・・・」


「うん・・・でね・・・」





その途端、小宵の瞳から涙が溢れ出した。


「べ、別所さん?どこか痛い?苦しい?」


今度は慌てる財津。


「ううん・・・ただ・・・思い・・・出し・・・た・・・ら・・・涙・・・が・・・」


両手で涙を拭う小宵。





「お母さん・・・あたしの・・・目の・・・前で・・・事故で・・・死んだの・・・」


「えっ?」


「あたし・・・を・・・かばって・・・ずっと・・・忘れてた・・・こんな・・・大事なこと・・・忘れて・・・た・・・」


「別所さん・・・」


財津もかける言葉が見つからず、言葉を失う。


「あたし・・・急に・・・思い出して・・・悲しくなって・・・苦しく・・・なって・・・」


「そうなんだ。それで発作が・・・」


「ひとりで抱えるの・・・辛くって・・・誰かに聞いて欲しくって・・・ゴメンね・・・ぐすっ・・・」


小宵の涙は止まらない。





財津は迷いに迷っていた。


男子はクラスメートの女子に泣かれるだけでもかなり慌てる。


ましてや今は薄いカーテンだけとはいえ、他とは隔たれた狭い空間でふたりきりである。


このシチュエーションで迷わない中2男子などほとんど居ないだろう。


そうやって迷った挙句に、





「別所さん、辛いときは泣けばいいと思うよ」


財津は笑顔でそう言葉を放った。


「財津くん・・・」


やや戸惑った表情を見せる小宵。


「誰でも辛いことを抱えることは苦しいし、辛いことは吐き出せばいいんだ。そのために友達が居る。クラスメートが居るんだからさ!」





「財津くん!」


「うわっと!?」


突然小宵は起き上がり、財津の胸に顔を埋めた。


「べ、べ、別所さん!?」


当然の事ながら慌てる財津。


一気に動悸が高鳴り、顔が紅くなる。


小宵ほどの美少女に泣き付かれて、戸惑わない男子などそう居るはずもない。


「ううう・・・えっ・・・ぐすっ・・・」


胸の中で震えながら泣き崩れる美少女を見下ろしながら、その両腕は中を彷徨う。


(こういう状況では・・・でも僕がやっていいのやら・・・でもでも仕方ないよな・・・)


財津の両腕は戸惑いの動きを見せながら、小宵の背中にそっと回された。





こうしてしばらく小宵は財津の胸の中で泣き続け・・・


財津は小宵の頭や背中をやさしく撫でてやっていた。










「お〜い、別所、財津、いるかあ?」


突然呼ぶ声がして、慌てて身体を話すふたり。


さらに小宵は慌てて涙を拭う。


「あ、ここだよ。別所さん開けていい?」


財津は立ち上がり、小宵が小さく頷く動作を確認してからカーテンを開ける。


そこには佐藤ほか、小宵の友人女子4人がいた。


「様子はどうだ?」


佐藤は財津に心配そうに尋ねる。


「ちょっと小宵、あんた泣いてたの?」


慧は小宵の涙の痕をすぐに見つけた。





だが小宵は、


「うん、みんな心配かけてごめんね。ちょっと辛いこと思い出して苦しくなっちゃったんだ。でももうひとしきり泣いたから小宵もう大丈夫だよっ!」


小さな涙を浮かべながらも、いつもの小宵スマイルを見せた。


(あ、別所さん呼び方が変わった・・・)


小宵の一人称の変化に気付く財津。


とにかく小宵の笑顔でホッとする一同だった。









だが、ここでひとり心穏やかでない人物が居た。





あゆみ。





保健室に入ると、真っ先にカーテンの側に近付いていったのがあゆみだった。


そこでカーテンの僅かな隙間から目にしてしまった。


財津と小宵が抱き合っている姿を・・・





あゆみは繕った笑顔を見せながらも、その瞳は輝きを失っていた。





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