C-10  - takaci 様





とある高校の放課後の出来事である。


「ねえ別所」


「あ、なに山本さん?」


自然と顔がにやける良彦。


いくら山本が自分の友人が好きと分かっていても、美少女から声をかけられて嬉しくない男などそういない。


ましてや山本岬はダントツの美少女であり、良彦が密かに好意を寄せる女子でもある。


良彦の顔が崩れるのも無理からぬ事だろう。





それとは対照的に、岬の表情からはやや緊張が感じられる。


「小宵ちゃんの具合、どう?」


「えっ、具合ってなに?いつもと変わらないと思うけど・・・」


良彦の頭の中に大きな?マークが浮かび上がり、間抜けな表情を見せる。




岬は勘の鋭い女性である。


良彦の表情から、大体のことを読み取った。


「その様子だと、何も知らないみたいね・・・」


逆に呆れる岬。


「えっ、どういうこと?」


「小宵ちゃん、何日か前に学校の授業中に倒れたのよ」


「えっ倒れた!小宵が!?」


驚く良彦。


「ホント何も知らないのね、ふう・・・」


さらに呆れる岬だった。





良彦は慌てて弁明に入った。


「だって小宵いつもどおりで、今朝だって笑顔で朝飯食って弁当作ってくれて・・・でもそう言われれば小宵の飯の量が減ってるような気が・・・」


記憶を掘り返して考え込む。


「とてもいい妹じゃないの。大好きな兄を気遣って心配させないように何も言わないなんてさ!とてもいじらしいじゃないの!」


「いやゴメン」


「あたしに謝っても仕方ないでしょ!謝るのは小宵ちゃん!」


「いやそうだけど・・・でもなんで山本さんがそこまで知ってるの?」


良彦は逆に素直な疑問を岬にぶつけた。





「あたしの隣の家に財津って男の子が住んでて幼馴染なんだけどね・・・」


「財津って、ひょっとしてあの財津操?不良で超有名な・・・」


良彦の顔が蒼ざめる。


「それは兄貴。操だって根は優しくて繊細な男だよ。あたしが言ってるのは弟の衛のほう」


「へ、へ〜え。あの財津操に弟がいたんだ」


「弟の衛は兄貴と違って真面目で、見た目も全く似てないかわいい男の子なんだけどね。あたしの弟みたいな感じかな」


「ふ〜ん、弟は真面目なんだ・・・」


「そんなことはどうでもいいのよ!衛のクラスメートに小宵ちゃんがいて、衛が保健室まで運んだのよ!」


「えっ、マジで?」


「マジ。でもそれだけじゃなくって、小宵ちゃん泣きながら衛に悩みを打ち明けたのよ。その相談があたしに回ってきて・・・衛だって真剣に考えてるのよ。兄貴もしっかりしてよ!」


「ご、ゴメン。で、小宵の悩みって?」





岬の表情がすっと暗くなった。


「ちょっと込み入った話になるけど、別所の家って母親がいないんだって?」


「あ、ああ。俺がガキの頃に事故で・・・」


「で、お母さんが小宵ちゃんの目の前でその事故にあったって本当?」


「えっ、なにそれ?」


逆に驚く良彦。


「ちょっとアンタ、兄貴のくせに何も知らないの?」


「ちょ、ちょっと待ってくれよ・・・」


だんだん怒り出す岬を良彦は困惑の表情で制した。


「だってウチのお袋が死んだのって俺がまだ幼稚園に入ったくらいの頃で・・・小宵なんて1才か2才くらい。ホントヨチヨチ歩きが出来る頃だから・・・そんな頃の記憶なんて覚えてないはず・・・」


そこに夕が割って入ってきた。


「子供の記憶なら2才くらいまでならギリギリ覚えてるよ。表面上は忘れてても識域下で覚えているんだよ」


舌足らずの口調に似合わず、夕は博学である。


「へえそうなんだ。さすが江ノ本ね」


感心する岬。


「2才って・・・俺全然記憶ないよ。でも小宵は覚えてたのかあ?」


まだ納得できない表情の良彦。


そこにさらに夕の解説が入った。


「だから識域下だって。普段は覚えてなくても何かのきっかけで思い出すんだよ。事故なら例えば、何かの事故現場を見ちゃったとかでね」


「そうかあ。でもどうすりゃいいんだ?たとえそうだったとしても俺も知らなかったことだ。親父からも聞いてない。そこに足突っ込んでもいいものなのかなあ?」


「別所ってそんなに薄情なの?あんなにかわいい妹が苦しんでるのを何もせずに黙って見過ごすだけなの?」


「で、でもどうすれば・・・」


怒り迫る岬の迫力に良彦はたじろぐ。


「もう小宵ちゃんは悩んでる。悩みの原因も分かってる。だったらまず事実確認を父親にする!それから元気付ける作戦を考える!以上、何か問題ある!?」


岬はアニメ化されて人気を博した某ラノベの団長のごとく的確な指示を良彦に下した。


「そ、そうだね。そうするよ」


とりあえずは頷く良彦であった。




「もう、ホントしっかりしてよね。小宵ちゃんはあたしの妹みたいなもんなんだからさあ」


「そこまで可愛がってくれるのは嬉しいけど、俺としてはあまり甘やかしたくないんだ。だって甘やかすとすぐ・・・」


「重度のブラコンで身体ごと迫ってくるんだよね。可愛いじゃん」


「でも小宵の甘えすぎは異常で・・・だから俺としては早く別のいい男を見つけて欲しいと切に願ってるんだけどね」


良彦は苦笑いを浮かべた。


「だったら衛がいいかもね。見た目も性格も悪くないし、いい機会だからくっつけちゃうのもアリかもね」


岬は右手を下顎に付けて考え込むような仕草を見せた。


「その衛って財津操の弟はマジでいい男なのか?兄貴のイメージが強いからあまり俺としては・・・」


「操だって悪い男じゃないよ。ただちょっと短気で見た目が怖いけどね。けど弱いものには優しいし無茶もしない分別が分かってる男なんだよ。ただ喧嘩っ早くて無茶するのが玉に傷なんだよねえ」


「へえ、そうなんだ。あの財津操がねえ」


「幼馴染として10年以上は付き合ってるわけだから大体のことは分かってるよ。そのあたしが衛はまともでいい男って言うんだ。それでも心配?」


「わ、分かった、山本さんの言葉を信じるよ。でもますは小宵を元気にすることが先決だな」


「そうだよ!兄貴頼んだよ!」


岬は良彦の肩を強く叩いてはっぱをかけた。





ここでこの話が終わっていればよかった。


だがここで、更なる入場者が現れる。




「けしからん・・・けしからんぞ別所ぉ!!」


有原有二がすごい剣幕で飛び込んできた。


「あ、有原、いきなりなんだよ?」


その勢いにやや驚く良彦。


「妹とはこの世でもっとも親愛であり、愛でるべき存在。常に一挙手一投足に気を配り、何か異変に気付けば即座に対応する。これが兄の務めだあ!!」


「お、おい有原・・・この場でそれはやめろって・・・」


良彦は有二の勢いを抑えようとするが、全く効果がない。


「別所よく聞け、ウチのあゆみはなあ、この数日間元気がないんだよ。でもそれを表面に現そうとせず、健気に元気に見せるよう振舞っているんだ!この辛さがお前には分からんのか!?」


「いや、分からん・・・」


良彦は岬に顔が向けられない。


「それは妹への愛情が足りないんだ!いいか、俺はどんな些細で小さなことでもあゆみの笑顔に繋がるようなことがあれば率先してそれをやる!あゆみの元気が出るなら例え棘の道でも切り裂いて進む!それが血を分けた妹への愛ってもんだあ!!」


「有原、頼むからもう少し押さえてくれ・・・」


良彦は岬の顔が怖くて見れない。


「あっいかん、あゆみを元気付けるためにケーキを買って帰る予定だったんだ!この時間だと大好物のケーキが売り切れになっちまう!じゃあ俺は帰るから!また明日な!」


有二はそう言い残して教室から出て行った。




良彦は机に顔を伏せた状態で、顔を上げる気力もない。


そんな良彦に夕が追い討ちをかけた。


「ねえ別所くん、有原くんって重度のシスコンなの?」


舌足らずの口調で鋭い言葉を突き立てる夕。


「シスコンかどうかは・・・あの言葉で各自判断してよ・・・ゴメンね山本さん黙ってて・・・」


顔を伏せたまま岬に謝る良彦。





「有原って妹のことになるとああまでムキになるんだ・・・さすがにちょっと引いたなあ・・・」


岬の言葉にはやや冷たさが感じられた。





(うう・・・これはピンチなのか?それともチャンスなのか?どっちなんだろ・・・)


良彦の思考は混迷を極めていた。


良彦と岬にとって、有二は共通の話題である。


良彦は岬を高嶺の花だと思うフシがあり、ただ話が出来る今の関係だけでも嬉しい。


だが岬が有二への関心が無くなれば、話題が無くなり今の関係は終わる。





でも逆に考えると、有二は良彦の恋心の障害でもある。


岬が有二への関心をなくせば、良彦にもチャンスは巡って来る。


良彦の心境は今の自分の状況把握で手一杯であり、小宵のことはすっかり頭の中から飛んでいた。





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