C-8  - takaci 様




「千倉ちゃんおはよう」


「あ、おはよう小宵ちゃん」


朝の通学路。


前を歩く名央に小宵が声をかけていた。


周りは同じ学校の制服が目立つ。




「ねえ千倉ちゃん、気になる人っている?」


この『気になる人』とは、ズバリ恋人候補のことだ。


カートレースの日に目の当たりにした佐藤と琴美、寺井とりかの光景がふたりの美少女の心に大きな影響を与えていた。





「うーん、彼氏欲しいなあとは思うけど、まわりにこれといった人がいないよね」


「あの曽我部くんは?ずっと千倉ちゃんを気にしてるように見えたけど?」


「う〜〜ん・・・面白い人だとは思うけど、恋心はないかなあ・・・」


この名央の言葉を曽我部が聞いていたら、彼の心はマリアナ海溝より深く沈んでいたことだろう。


「そういう小宵ちゃんは?でも小宵ちゃんはお兄さんが一番なんだよね?」


「うん、おにいちゃん大好きだもん。でも佐藤くんと琴美さん見てると、あのふたりが互いを好きと思うのと小宵がおにいちゃんを好きと思うのとは少し違う気がしてるんだ」


小宵はとても高度な難問を突きつけられたかのような困った表情を浮かべていた。


「ふーん、するとようやく小宵ちゃんもお兄さん離れが出来るかな?」


「やだっ!小宵のおにいちゃんはおにいちゃんだけだもんっ!おにいちゃんに恋人なんて小宵絶対に許さないもんっ!」


兄のこととなると、小宵はムキになる。


「そう・・・なんだ・・・」


小宵の迫力に圧されて、言葉を失う名央だった。









キキーッ!!




ドンッ!!









突然、タイヤの派手なスキール音と鈍い嫌な音がふたりの耳に届いた。


小宵と名央のすぐ先だった。


道を歩いていたOL風の女性の身体が、脇道から出てきた車のボンネットの上に乗り上がって道に派手に倒れた。


「あっ、轢かれた!」


思わず声をあげる名央。


「だ、大丈夫かな・・・」


蒼ざめる小宵。





轢かれた女性の周りに人が群がってくる。


車から中年の男性が慌てて降りてきて、女性に声をかけている。


轢かれた女性は苦痛で顔を歪めながらも、自力で上体を起き上げた。





ふたりはやや離れた場所から心配そうに様子を窺っていたが、


「よかった、見た目ほど酷くなさそうだね」


ホッと胸をなでおろす名央。





「うん・・・そうだね・・・」


それとは対照的に、小宵の顔色は蒼いままだった。


(この感じ・・・あの時もそう・・・カートレース場で・・・)


小宵の脳裏には、先日のカートレースでの派手な事故の様子がくっきりと映し出されていた。


胸の奥が嫌な感じでざわめき始める。


(小宵・・・何か大切なこと・・・忘れてる・・・)


ざわめきは少しずつ広がりを見せていく・・・





その日、小宵の表情が晴れることはなかった。


胸のざわめきが原因である。


だが、このざわめきの理由が分からない。


理由が分からないので余計に不安になる。


それがざわめきをさらに助長する。


小宵はそんな不安のスパイラルに陥っていた。


いつのも無邪気で晴れた笑顔はすっかり影を潜めている。


「ねえ小宵、大丈夫?」


「小宵ちゃん、保健室行ったほうがいいんじゃない?」


休み時間、慧やあゆみが心配そうに声をかけてきた。


だが小宵は「大丈夫」と繕った笑顔で答えていた。





(理由が分からないから不安になる・・・原因を突き止めればこの不安は消える)


3限目。


授業の内容は全く耳に入っていない。


小宵は胸の奥のざわめきと必死になって格闘していた。





(このざわめきは・・・あの事故を見てから・・・カートレース場の事故・・・)





(そして・・・今朝の事故・・・あれも一緒・・・同じざわめき・・・)





(事故・・・昔・・・何かがあった・・・)





小宵は必死になって記憶の扉を開けようとする。















(小宵・・・道を走ってた・・・笑ってた・・・小さい頃・・・)





(それで・・・車が・・・目の・・・前に・・・)





(小宵の名前・・・呼ばれた・・・あたしの・・・なまえ・・・)










ドンッ!!





小宵の記憶に鈍い音がこだまする。




振り向いた小宵を突き飛ばす音。




そして、突き飛ばした人が車に轢かれて身体が曲がる光景。










ドンッ!!




忘れていた記憶が、小宵の心を激しく揺さぶる。



















(お・・・かあ・・・さん・・・)




















ドンッ!!









幼い心には辛すぎる記憶。





ゆえに無意識のうちに蓋をした苦い記憶。





その蓋が今、開けられた。










ドンッ!!





(胸が・・・苦しい・・・)













「はあっ・・・はあっ・・・はあっ!!」










ドサッ・・・















「おい、どうした!?」


「キャーッ!!小宵ちゃん!?」


「別所さん、大丈夫!!」


一気に教室がざわめきに包まれる。





突然、小宵が倒れた。





NEXT