C-7  - takaci 様




ブルルン!ブルルン!


ブルルルルル・・・


2ストローク小型エンジンの軽い排気音がいくつも響き渡っている。


都心郊外にある小さなレーシングカート用サーキット。


そこのレンタルカートのシートに、小宵、名央、りか、他1名の女子が乗り込んでピットレーンで待機していた。


暦の上では冬だが、暖かい小春日和に恵まれた日曜の晴天の下であった。


で、なぜこのような状況になっているかというと・・・




この日、この小さなサーキットは佐藤行きつけの店「Racing Sports」の貸切になっている。


そこの常連客十数名がこのサーキットのレンタルカートを使って模擬レースを楽しもうという催しだ。


もちろんただレースをするだけでなく、バーベキューもありアルコールもありである。


普通の車はもちろん、レーシングカートでも飲酒運転は厳禁だが、1日貸切のレンタルカートでは罰せられることはない。


そのような、とってもぬるい雰囲気で包まれた一日である。





この日のイベントは、佐藤の両親(父親がメイン)も参加し、佐藤本人も出ることになっていた。


そして佐藤と比較的親しい間柄になっていた小宵の耳にも入る。


小宵はそのイベントを聞いたときは「ふーん」という感じだったが、店長から「坊主の恋人も来るよ」と聞くと、ピクンと反応した。


佐藤に恋人がいるという話は、小宵だけでは止まらなかった。


あまり広まらなかったが、仲良し5人娘には伝わった。


そしてこのイベントに佐藤の恋人がくると聞いて、


「あたしも連れてって」


と言い出したのが、りかだった。


寺井の一件から、りかも佐藤には別の意味で感心を持っていた。


佐藤の弱みを握りたい思いが、このりかの参加表明に繋がったようだ。


りかが参加ということで小宵も参加、さらに名央までもが巻き込まれるような形で参加することになった。


慧とあゆみは不参加だが、「写メ撮ってきて」と頼んでおいた所はちゃっかりしている。


男子勢は佐藤とりかの恋人である寺井、さらに名央が参加することで曽我部も出ると言い出した。


ここまで決まった時点で、佐藤が「マジかよ・・・」と頭を抱えたことは言うまでもない。




そして当日、


一行は佐藤家のワンボックスカーでサーキットに到着した。


佐藤以外は初めて味わうサーキットの雰囲気はとくに印象に残るものはなく、「こんな世界もあるんだ」という感じが大勢を占めていた。


それよりも最大の関心事は『佐藤の恋人』である。


その出会いは、あまりに唐突にやってきた。




「お〜い、ヨシヒコ〜!!」


ワンボックスカーから全員が降りてサーキットの雰囲気を味わっているときに、突然元気のよい女の子の声が飛んできた。


一斉に振り向くと、比較的かわいく見える年上っぽい娘が小走りで駆けてきた。


「よっコトミ、朝っぱらから元気だな」


佐藤が笑顔で対応する。


「そりゃそうよ。いい、今日は真剣勝負だからね!」


セミロングでやや茶色がかった髪をなびかせて佐藤に指を突き立ててそう伝えると、友人達を見回した。


「ふ〜ん、この子達がヨシヒコの友達かあ・・・」


興味深そうに目を光らせている。


「みんな初めまして!あたし皆瀬琴美です!高一だから2年先輩だよっ!このヨシヒコの彼女だからそこんところよろしくねっ!特に女の子たちっ!」


佐藤の腕を絡めながら、琴美は元気よく自己紹介をした。





琴美の登場で一番驚いたのが、りかだった。


「ちょっと佐藤!こんな綺麗な人がアンタの彼女なの!?しかも年上!?どんなマジック使ったのよ!?」


りかが佐藤に詰め寄ってきた。


だがそれに返したのは、


「あははーマジックかあ。でもマジック使ったってったらあたしかもねえ。このヨシヒコをあたしに振り向かせたんだからねえ!」


琴美の元気よい反応にさらに驚いたりか。


「ちょっとなんで・・・この佐藤がそんなにいいの?」


「うーんまあ、その辺の話は今日一日かけてゆっくり話そうよ。いろいろ女同士でさ!」


「は、はあ・・・」


りかを含め、佐藤以外の5人は琴美に圧倒されっぱなしだった。




その後琴美の案内で、駐車場からコースに向かう一行。


その途中で、


「ねえ佐藤くん、佐藤くんってヨシヒコって名前なの?」


小宵が佐藤に尋ねてきた。


「ああ、仁義の義に彦根城の彦で義彦」


「そうなんだあ。おにいちゃんと同じ名前なんで驚いた」


「そうなの?」


「うん、字は違うけどねっ」


小宵は兄と同じ名を持つクラスメートに急速に親近感を抱いていた。




そして時間は今に帰る。


一般が14人、学生男子が3人、学生女子が4人という参加者の内訳である。


そしてこれから学生女子による練習走行が始まる所である。


オフィシャルの合図でゆっくりとコースに出て行く4台。





その様子をコース外で見ている男子3人。


「千倉さん、大丈夫だろうか・・・」


曽我部は名央の様子を心配そうにじっと見つめている。


「ところで佐藤、このカートってどれくらいの速度が出るの?特徴とかクセとかあるの?」


寺井が佐藤に尋ねてきた。


「遊園地のゴーカートだと15キロくらいだけど、これだと50キロちょいかな」


「50キロかあ。すごいな」


「あとブレーキが後輪しかない。だから曲がった状態でブレーキ強くかけるとケツが滑る」


「ふうん。あっ!?」


言ってる側で、コースの奥で名央がスピンしていた。


「あっ!千倉さーん!?」


曽我部が慌てて駆けて行った。





「あそこはスピンしやすいんだ。曲がりながらブレーキかける場所だからな」


「大丈夫かな?」


「スピンくらいなら平気だよ。逆にスピンするギリギリで走らせるほうが速いタイムが出るんだ。ほら見てみろ」


佐藤はコースを自在に駆け回ってる1台のカートを指差した。


そのカートはタイトコーナーで華麗なドリフトを決めながら明らかに別次元のペースで走っていた。


「琴美だ。ああやってブレーキでリアを滑らせるきっかけ作ってコーナーを小さく速く回るんだ。しっかしまた速くなってるな」


佐藤は琴美の走りを見て舌を巻いていた。


「佐藤とあの彼女じゃどっちが速いの?」


「互角かな。1周のベストじゃあいつに負けるけどレースじゃ俺が勝つ」


「ふうん・・・」


名央もスピン後すぐにコースに復帰して、よたよたと走行を再開していた。


小宵と名央はぎこちない走りで明らかに遅かったが、少しずつコツを掴んでいるようで徐々にペースが上がっていった。


その中でも急速に上達するのが見えていたのが、


「やっぱ土橋は速いな。運動神経いい奴が速いんだよ」


「土橋さん本当に速いね・・・」


「土橋の奴もうドリフト使ってるよ。マジで上達が早いな・・・」


「僕が敵うかなあ・・・」


「カノジョに負けるのは悔しいからな。まあ頑張れ!」


佐藤はやや意気消沈している寺井の肩を叩いて励ましていた。




そんな中で女子勢の練習走行が終了。


「楽しいね〜!」


ヘルメットを脱ぎ、目を輝かせる名央。


「うんっ!ジェットコースターなんかよりずっと楽しいっ!ちょっと腕が痛いけど・・・けど楽しいっ!」


小宵も目を輝かせている。


「ハンドル操作に思ったより力が要るよね。後ろ滑らせたほうが楽しいし、速いかな?」


りかも楽しそうな表情を浮かべている。


「りかちゃんだっけ、あなた速いよね。ホント今日カート初めて?信じられないよっ!」


琴美は上機嫌な笑みでりかの背中を叩いていた。




そんなこんなで時は進み、今は昼時。


一部の大人たちが練習走行している中、サーキットの一角ではバーベキューと鍋を取り囲んでいた。


女子勢は固まって楽しくおしゃべりをしている。


「ところで皆瀬さん、どうやって佐藤と知り会ったんですか?」


りかが琴美に切り出してきた


「あたしF1好きでさ、親の影響もあって今日のイベント主催の店に出入りするようになって、そこで会ったのよ。最初は小難しい本読んでる生意気なガキだと思ったんだけどね」


「そうなんですよね。佐藤ってちょっと生意気な雰囲気があるって言うか・・・あっすみません」


「いやあたしも最初はそう思ったから。けどあたしの知らないことをいろいろ教えてくれて、んでその知識も鼻にかけなくてさ、なんかその感じが良くってさ・・・」


「ふーん・・・」


「まあ、気がついてたらあたしが好きになってたって感じかな。それで積極的にアピールしてなんとかして押さえたってところ」


「じゃあ皆瀬さんから積極的にアタックしてたんですか?」


「まあ、好きになったらアグレッシブに行くしかないでしょ!」


「他の男はどうなんですか?皆瀬さんて綺麗だし、もてません?」


「あははははは!りかちゃんってお世辞うまいねえ!あたしから見ればりかちゃん達のほうがずっとかわいいよお!!」


琴美は笑いながらりかの背中をバシバシと叩く。


「あ、いえ・・・そんなことは・・・」


謙遜するりか。


「男は見た目じゃなくって中身だよ。それに心にズキュンと来るものがあればそれだけで十分!」


「まあ、そうですよね。周りがどう言おうと自分の気持ちが大事ですもんね」


「そう言うりかちゃんも彼氏いるんだよね?たしか義彦の友達の寺井くんだっけ?今日来ている男の子」


「はい、まあ・・・そうです」


りかは頬をやや紅くする。


「なかなか性格よさそうな男の子だよね。カートも今日初めてにしてはそこそこのタイム出してたし」


「あいつって頑張り屋なんですよ。あたしあいつの一生懸命な姿に惹かれて・・・それで・・・まあ・・・」


「あははははー!!照れちゃってかわいいねえ!!」


「あ・・・はあ・・・」


りかの頬はどんどん紅くなっていく。


「ところでこっちのふたりは?ふたりともかわいいけど彼氏いるの?」


琴美は小宵と名央に話を振ってきた。


「「あ、いえ・・・」」


ふたり揃って首を横に振る。


「ふ〜ん。まあまだ若いから焦らなくてもいいけどさ、けど恋はしたほうがいいよ!価値観変わるし新しい世界が見えてくるからねっ!!」


琴美は小宵と名央に元気いっぱいの視線を向けた。


(恋、かあ・・・どんな気持ちなんだろ・・・)


小宵はふと、やや離れた場所にいる男子勢に目を向けた。


寺井が熱心な目で大人の人からのアドバイスを聞いていて、そばに佐藤が付き添っている。


そしてその横で、曽我部が暗い顔をして沈んでいた。





曽我部の表情が暗かったのは、予選タイムの結果である。


1位 琴美


2位 佐藤


3位 りか


4位 寺井


5位 名央


6位 小宵


7位 曽我部




当初は7人で決勝レースを行う予定だったが、4位の寺井と5位の名央のタイム差がかなり大きかったので、安全面から上位4台と下位3台で分けることになった。


中でも曽我部はブッチギリに遅かった。


勝負事で男子が女子に負けるのは屈辱であり、ましてや好きな女の子に遅れを取るとなればプライドはズタズタになる。


春を思わせる陽気とは裏腹に、曽我部の心は真冬の風が吹き荒んでいた。




そして決勝レース。


まず下位3台から始まった。


名央と小宵はスタートから終始接近したレース展開。


少し接触もあったりして挙動が乱れたりもしたが、傍から見れば穏やかな雰囲気でレースは進む。


そして名央がトップで最終ラップに入ったが、腕の筋力が落ちたせいでコーナーを大回りしてしまい、そこを小宵に突かれて逆転。


結果、1位小宵、2位名央、3位曽我部の順で終了した。





上位4人のレースは見ていても面白いものだった。


スタートで佐藤が琴美を抜きトップに立ったが、琴美も後からプッシュしまくる。


終始テールトゥノーズ、サイドバイサイドの展開が続き、僅差で佐藤が抑え切って優勝。


3位争いはりかの後を寺井が僅かな差でずっと付いて行く展開となった。


だが最終ラップでりかがドリフトのコントロールをミスして大きく挙動を乱し、そこで寺井が逆転。


1位佐藤、2位琴美、3位寺井、4位りかの順となった。




レース後、寺井とりかの展開を聞いた佐藤が、


「おい土橋、お前って本当に心理戦に弱いな」


と、りかに突っ込みを入れると、


「うるさい!あーまた寺井に負けた・・・」


とぶつぶつ言いながら不機嫌オーラを展開しまくっていた。





その後はメインイベントの一般部門レース。


小宵はコースサイドで高揚した気分で見物していた。


「おい別所、楽しかったか?」


佐藤が声をかけてきた。


「うんっ!レースで千倉ちゃんに勝てたし、すっごい楽しかったよ!ちょっと腕が筋肉痛っぽいけどね」


「カートって意外と腕力要るからな。千倉は完全に腕がダメになってたみたいだからな」


「小宵もギリギリだったよ。レース終わったら腕が痺れてたもん。でも楽しかった!佐藤くんは?」


「まあ何とか琴美に勝てたからホッとしてる所かな」


「佐藤くんと皆瀬さんのレース見てて怖かったよ。すごい速度で並びながらカーブ曲がってくんだから。怖くないの?」


「そりゃ怖いよ。けど怖さに負けてアクセル戻したら負ける。闘争心で恐怖感に打ち勝ちながら走ってるのさ」


「ふーん・・・すごいね」


「でももっとすごいのは今走ってる一般部門だよ。みんなマジ真剣だからね」


「そうだね・・・なんかすごい迫力感じるよ」


ふたり揃って一般部門のレース展開に目を向ける。




その時、


バーン!!


コースの隅で派手な接触音が聞こえた。


慌てて目を向けると、1台のカートが横方向に宙返りしており、ドライバーは放り出されていた。


主を失ったカートは暴れまわるように何回転もしてから裏返しでコース中央で止まった。


コースサイドでは慌てて赤旗が振られ、レース中断を告げる。




多くの人間が事故現場に駆けて行った。


「だ、大丈夫かな・・・」


青ざめる小宵。


「低速コーナーだから見た目ほど酷くないと思う。あっドライバーの人、自力で起き上がったよ。たぶん大丈夫だ」


佐藤の声からは安堵感が窺える。


「そう・・・」





小宵は比較的元気そうに歩く放り出されたドライバーに目を向けてから、裏返しになったカートに目線を送る。


「・・・・・・・・・」


小宵の心の中で、何か忘れていた記憶の扉が少しだけ開いたような感覚。


(なんだろ・・・この感じ・・・)


それは、小さな戸惑いと動揺が織り交ざったかのような感覚だった。





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