C-6  - takaci 様




「コラ土橋!あんた彼氏いるらしいね!」


数日後の放課後、慧がりかに詰め寄っていた。


「それで?」


りかは表情を変えずに、鞄に荷物を詰め込んでいく。


「否定しないって事は、本当なのね!」


あゆみは嬉しそうに目を輝かせている。


「ところでこの話の出所は誰なのよ?ひょっとして佐藤?」


「なんでよ?ウチらは自然と噂で聞いたんだけど・・・」


「とにかくあいつには文句がある。おい佐藤!」


りかは慧とあゆみを無視して、離れた席に座る佐藤を呼びつけた。




「何の用?」


佐藤はやや含んだ笑みを浮かべながら、りかを見下ろしていた。


「あんた、寺井に妙なこと吹き込んだでしょ?」


佐藤を見上げるりかの瞳はやや怒りの色が混ざっている。


「妙なこと?ひょっとしてお前に勝つアドバイスか?」


「そうよ。お前が言うから寺井が調子ついちゃったじゃないか!」


「自分の彼氏が調子いいのが気に入らないのか?」


「それとこれとは別だよ。レギュラー入りしそうなのは嬉しいけど、あたしに姑息な手を使って勝ったのは気に入らない」


「アレくらいで姑息と言うのか?ただパワー負けしただけじゃないのか?」


「あたしはパワー馬鹿の男子にも勝てるんだよ。寺井に負けたのはあいつがあたしの不意を突いてきたからだよ」


「そういやあれから男子テニス部の強い奴を全員斬りしたらしいな。全く土橋らしいというか・・・てかウチの男子テニス部はそんなに弱いのか?」


「弱い!だから寺井でもレギュラー候補になっちゃえるんだよ!」


「それは見方を変えればいいことのようにも感じるけどな」


「寺井は卑屈すぎな所があってそこが直ったのはいいけど、だからと言ってデカイ顔されるのは気に入らないのよ。あーあいつに負けたと思うと腹が立つ・・・」


りかは思いっきり不機嫌そうな表情を浮かべた。


「でも不思議なもんだな。寺井ってそんなに力強いほうじゃないだろ。寺井よりパワーある奴より勝てるのに、寺井にゃ勝てんのか?」


「それは相性っていうかやり方っていうか・・・なんか上手く説明できないけど、そういうのなんだよ!」


「あーなるほどね。言いたいことは分かる気がする」


「とにかく!寺井に姑息な方法を吹き込んだのはお前なんだろ?」


「戦略だよ。あいつに勝利の味っつーか、勝つという経験を持たせたかったんだよ。勝てるようになると世界変わるって言うじゃん」


「それはそうかもしれないけど・・・」


「ま、あの時は俺が心理戦に持ち込むように吹き込んだのは事実だけど、それに引っかかったのは土橋自身の問題だろ。俺にとやかく言うのはどうかと思うぜ」


「それは・・・そうかもな。けど噂広めたのはお前だろ?」


「噂ってお前と寺井のことか?」


「そう」


「俺は寺井から何も聞いてないし、話してもいない。街中でいちゃついてる所を誰かに見られたんじゃないか?」


「い、いちゃついてる!?」


りかは驚きの表情を見せて、頬がやや紅くなった。





「なになに?」


「ちょっと佐藤、土橋のなんか見たの?」


慧とあゆみが目を輝かせながら佐藤に寄って来た。


だが佐藤は、


「い〜や何も。あんな光景を実際に拝めるなんてありえないと思ってるから。ありゃ夢だったんだろうなあ」


首をすくめて、言葉とは別に含みのある表情を見せた。


するとりかは慌てて佐藤の胸元を全力で掴み、


「見たのね!?見たのね!?」


顔を真っ赤にして、恐い形相で睨みつける。


「だから見てねえし、見てねえものを言うつもりもない。いいから離せよ」


「いいな、絶対に言うなよ!」


りかは真っ赤な顔のまま、掴んでいた襟を乱暴に突き放してそう吐き捨てると、足早に教室から去っていった。





(土橋さん・・・やっぱりあれ・・・本物だったんだ・・・)


やや離れた場所でりかと佐藤の様子を見ていた小宵は、りか以上に顔を真っ赤にしていた。










そしてその後・・・


「佐藤くん、どうしよう・・・」


「別に今までどおりでいいんじゃない?みんな知ったわけだし、俺たちが広めたわけじゃないし」


小宵は佐藤が行きつけの店である「Racing Sports」の一角に置かれたテーブルで、佐藤と顔を向き合わせていた。


「佐藤くんって、なんでそんなに平気なの?」


「そりゃアレ見たときは驚いたし、俺と別所しか知らないとなったら多少は動揺するだろうな。けど他からみんなに知れ渡ったんなら、慌てることはないよ。隠す必要なくなったんだからさ」


「でも小宵は土橋さんとうまく話せない。顔を見るとドキドキしちゃって・・・」


「じゃあ敢えて思い切って聞いてみる?『街中でキスしてたって本当?』ってさ」


「そんなあ。今宵そんな恥ずかしいこと聞けないよお・・・」


「でもその恥ずかしいことをしてたのはあいつらなんだぜ。これだけ広まったってことはどうせ他の場所でイチャついてた所を他の誰かに見られたんだろ。まあ自業自得だろうし、俺たちがそれで悩む道理はない」


「そうだろうけど・・・」


「それより人の目がどこにあるほうが分からないほうが怖いよ。明日になったら俺と別所で変な噂が立ってるかもしれないぜ」


「それ小宵困る・・・」


「まあ安心しろ。そうなったら俺は全力で否定するから」


「そう言われると、なんか少し気に障る・・・」


小宵は不機嫌そうな目を佐藤に向けた。


「俺って一人称を自分の名前使う女ってダメなんだよね」


「もうっ、小宵は小宵なの!小宵はこの名前好きなんだからね!」


そしてプンと顔を横に向けた。





「怒ったんなら帰れば?俺とここでこんな本読んでても楽しくないだろ?」


佐藤は小宵には目を向けずに、この店のモータースポーツ専門書に目を通している。


「やだ。だって今帰ったら山本さんと顔合わせそうだもん」


「山本さん?」


「おにいちゃんの好きな人。けど山本さんはおにいちゃんの友達が好きで、たまに恋愛の相談で来るんだ。山本さんは小宵を妹みたいに優しく接してくれるんだけど、小宵は山本さん苦手で・・・それにデレデレしてるおにいちゃん見たくないもん」


「ふうん、じゃあ今は別所の家はお前の兄貴と山本さんて言う女の人とのふたりきりなんだ」


小宵の身体がピクンと反応した。


「それってまずくない?」


「そんなことないもんっ!小宵はおにいちゃん大好きなんだもんっ!おにいちゃんは小宵を裏切ったりしないもんっ!」


「やれやれ。話には聞いてたが、想像以上のブラコンだな・・・」


小宵の反応を受けて、手を振って呆れる佐藤だった。





「ところで佐藤くん、ずっと読んでる本って何なの?レーシングカーの本だよね?」


「ああ、グループCの解説書」


「ぐるーぷしー?」


「ああ、Cカーって車で、1983年から約10年間行われたレースさ」


「それって小宵たちの生まれる前じゃない?」


「そうだよ。俺たちの生まれる前にはこんなに自由で面白くてカッコイイレーシングカーがあったんだ。無くなっちゃったのは個人的に悲しいね」


「ふーん・・・」


目を輝かせてそう語る佐藤を小宵は興味深そうな目で見つめていた。


「佐藤くんって、自由が好きだよね?」


「そうかな。自由は誰でも好きじゃないのか?」


「そうだけど、佐藤くんは特にこだわってる感じがするなあ。勉強の考え方とかさ」


「何にでもルールは必要だよ。全て自由だと無法地帯になって危ないからね」


「そっか、そうだよね」


「でも最低限の決め事さえ決まってれば、ルールの枠は広いほうが面白いね。いろんな考え方が出るし、楽しいしさ」


「考え方が増えると楽しいの?小宵よくわかんない」


小宵が首を振っているところに、店主がやってきた。


「Cカーは今でもファンが多いよ。本とかミニカーとか良く売れるからね」


「その、しーかーってどんな車だったんですか?」


「よし、じゃあまた説明してあげよう」


店主は柔らかい笑顔を小宵に向け、佐藤が読んでいた本を手にとって小宵に見せながら解説を始めた。









「ふーん、じゃあ使う燃料の量だけ決まってて、エンジンの大きさとかは自由なんですか・・・」


店主の説明で、なんとなくグループCの世界観を理解した小宵。


「まあ、単純に言えばそう。だからいろんなエンジンを積んだ車がたくさん出てきて面白かったんだ」


「名車といえばポルシェ956と962Cですよね。2.7リッターフラット6ツインターボ。で、どんどん排気量を拡大していって・・・最終型が3.2リッターツインターボでしたっけ?」


「あとジャガーXJR12かな。7.4リッターV12NA。ベンツは5リッターV8ツインターボ。国産勢は3.5リッター前後でのV8ツインターボがメインだったな」


盛り上がる店主と佐藤。


「ジャガーはNAの印象が強いけど、確か3.5リッターV6ツインターボもありましたね」


「ターボは予選ブーストが使えたからね。決勝で700〜800馬力くらいだけど予選じゃ1000馬力オーバー。最終的には1300馬力ぐらい行ったんだよな」


「そんな恐竜みたいなモンスターはもう生まれないでしょうね・・・」


やや暗い顔を見せる佐藤。




「あの・・・1300馬力って・・・そんな車がありえるんですか?」


小宵は理解不能の表情を見せながら、ふたりに尋ねた。


車の馬力とは不思議なもので、3桁までの馬力ならなんとなく感覚で理解できる。


だがこれが4桁に入ると、感覚で受け入れられなくなる。


佐藤を通じてレーシングカーのことを少しは知った小宵だが、4桁馬力の世界は理解できなかった。




店主はそれを全て悟ったような笑顔の表情を見せながら、


「そんな世界があったんだよ。オーバー1000馬力の世界が普通にね。例えば今のF1は770馬力くらいだけど、20年位前は1600馬力って時代があったんだ」


「せ、せんろっぴゃく・・・ですか。なんか小宵には理解不能・・・でも昔のほうが馬力が大きいなんて不思議ですよね」


「馬力が大きすぎて危険になったんだ。だからいろいろ規制をかけて行って、今の馬力に落ち着いたんだ。今のレースカーは大体500〜700馬力くらいかな」


「そ、そうなんですか・・・」


「でも規制がないほうが見てるほうは面白いよね。オーバー1000馬力の車を振り回すなんてカッコイイですよね」


「乗ってる方はたまったもんじゃなかったって話だけどな。とにかく恐怖との戦いだったらしいからな」


「けどやっぱ昔のレースカーのほうが魅力ありますよね。今の車が良く調教された馬だとしたら、昔は力の有り余った暴れ馬って感じですよね。それが魅力ですよね」


「ふうん、佐藤くんが昔のレースカーが好きなのはそんな理由だったんだ。昔のほうが馬力があったんだあ」


小宵は完全に理解できないまでも、やや納得したような表情を浮かべた。


「今は安全の名の下に規制でがんじがらめだからね。それより規制の少ない昔のほうが好きだな」


佐藤は輝くような笑みを浮かべてそう答えた。





「なんか、佐藤くんといると退屈しないな。小宵の知らないことをいろいろ教えてくれるもんね」


「マニアックなオタク知識だけどな。こんなんでよければいくらでも教えてやるよ」


佐藤は笑顔を小宵に向けてそう答えた。


そこに、


「おい坊主、今度はこんなかわいいお嬢ちゃんに手を出すのか?彼女はどうした?」


店主がいたずらっぽい表情で突っ込みを入れた。


「あいつはあいつで別ですよ。コイツはただの友達。で、いいか?」


「えっ、佐藤くん彼女いるの?」


驚く小宵。


「別の学校だけどな。あっこれ内緒だぜ。知れ渡るとうっとうしいから」


「う、うん・・・」


「彼氏や彼女が出来ると世界観変わるよ。兄貴だけ見てるんじゃなくて、他の男子にも目を向けてみたら?まずは男友達からさ」


「そう・・・だね・・・」





小宵は少し驚いていた。


まさか目の前にいるクラスメートに恋人がいるとは思わなかった。


そして思い浮かぶのは、今までとは違う一面を見せていたりかの表情。


(恋人・・・かあ・・・)





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