C-5 -
takaci 様
「そっか・・・小宵のブラコンにはそんな理由があったんだ。親の死別か・・・」
昼休み、
りかはあゆみ、慧、名央の3人からケーキバイキングの様子を聞いていた。
ちなみに小宵は日直で職員室に行っている。
「でさあ、この際だから小宵ちゃんのブラコン治療を考えてるんだけど・・・」
あゆみの瞳は優しい色を浮かべてりかにそう訴えていた。
「それはいいことだと思うけど、けどどうすんのよ?家庭の問題じゃウチらじゃどうしようもないんじゃない?」
眉を歪めるりか。
「例えばさあ、小宵ちゃんのお兄さんに彼女を紹介するとか。なんか好きな人が居るんだって!」
名央の瞳が輝く。
「その小宵の兄貴が好きなのが、あたしの姉の友達で山本さんって言うのよ。会った事あるけど美人だよ。正直、小宵の兄貴じゃもったいないけどね」
慧の瞳は不満の色を浮かべているが、その奥は楽しそうだ。
「でも小宵ちゃんの情報だと、その山本さんはウチの兄貴が好きかもって。だったら余裕だよ。だってウチの兄貴ブサイクだもん!」
あゆみはそう言いながらも、瞳の奥は不信感でいっぱいだ。
「・・・って事は、小宵の兄貴がその山本さんって人が好きで、山本さんは有原の兄貴が好きって事?」
りかは眉間を押さえながら、頭の中で状況を整理する。
「そうなの。なんか信じられないんだけどね」
あゆみの瞳の不信感が広がっていく。
「でもそれじゃ、肝心の有原の兄貴の気持ちはどうなのよ?その山本さんって人のことをどう思ってるの?」
「あーダメダメ!あの兄貴に美人の彼女なんて似合わないよ!絶対に釣り合わない!あたしが保証する!」
「実の妹にこうまで言われるとは・・・なんかかわいそうだな・・・」
あゆみの実兄に対する冷たい言葉を受けたりかの表情はやや哀愁がかっている。
「まあ、あゆみの兄貴より小宵の兄貴のほうがまともそうだよね。あたしの見た感じでは」
慧がそう言うと、
「その山本さんが江ノ本みたく見た目重視とは限らないんでしょ?だってもう有原の兄貴が好きなんだよね?」
りかは冷静に突っ込んだ。
「ちょっと、あたしは別に見た目重視じゃないわよ!」
ムキになって返す慧。
「それはともかく、山本さんもウチの兄貴のことを良く知らないだけだって!小宵ちゃんのためにもウチらで小宵ちゃんの兄貴とくっつけるようにして・・・」
「あたしは反対」
「「えーっ!?」」
りかの言葉にあゆみと慧は揃って不満の声を出した。
「恋愛はあくまで当人間の問題、ウチらが外からどうこう動くのは絶対反対」
「でも!いくらなんでもウチの兄貴は・・・」
「有原の気持ちと山本さんの気持ちは違うんだよ。個人の気持ちを尊重すべきだね。外から干渉を受ける恋愛なんてあたしは嫌。みんなだってそうでしょ?」
「「「・・・・・・・・・」」」
りかの冷静な対応に、他の3人は言葉を失ってしまった。
(たしかに土橋の言うことはもっとも。あたしだって干渉されるのは嫌。でもここまできっぱり言えるなんて、ひょっとして土橋って男が居るんじゃ・・・)
と慧、
(たしかにどばっちゃんの言う通り。でもあたしより先にあの兄貴に彼女が出来るなんて絶対に許せない!あたしも早く財津くんと・・・)
とあゆみ、
(あたしと小宵ちゃんと有原さんのお兄さん、あと江ノ本さんのお姉さんが高校でも同じクラスなんだよね。何か因果があるのかな・・・)
と名央。
三者三様に考えることは異なっていた。
そして時間は流れて放課後。
小宵は校舎を出て校門に向かっていた。
(ふ〜っさぶいなあ。今夜はお鍋にしようかなあ・・・)
1月の冷たい風に凍えながらも、夕食のことを考えるのは小宵の日課である。
ふとグラウンドに目を移す。
この寒い中、運動部は部活動に励んでいる。
(みんな頑張ってるなあ・・・ん、あれ?)
ふと、グラウンドの隅にあるテニスコートの様子が気になった。
何か異様な盛り上がりを見せている。
(なんだろ・・・)
小宵の足は自然とテニスコートに向かっていた。
テニスコートでは男子と女子が対戦をしていた。
「あれ、土橋さんだ」
小宵の目にはテニスコートに立つりかの姿が映し出されていた。
そしてコートの周りは、他のテニス部員が盛り上がって声援を送っている。
「おい寺井、いい調子だぞ!」
「寺井チャンスだぞ!こんなチャンスもうないぞ!」
「どばっちゃん頑張れ!寺井なんかに負けるなあ!」
男子部員は男子に、女子部員はりかに声援を送っている。
どうやら模擬戦をしているようだ。
4−4の同点であることをスコアボードで確認した。
そして周りの様子を窺う。
「あれ?」
声援を送っているのも、コートに立っているふたりも上下ジャージ姿だったが、ひとりだけ学生服の生徒がいた。
しかもクラスメートの男子生徒だった。
「佐藤くん、こんな所で何してるの?」
「お、別所か」
「なんかすごく盛り上がってるよね。土橋さんと、相手は誰なんだろ?」
「寺井っつって、俺は小学校時代から知ってる奴だよ」
「ふうん・・・」
コートに立つ寺井はふと、外に居る佐藤に目線を向けた。
それを受けた佐藤は静かに頷く。
そして寺井はジャージの上を脱ぎ捨て、この寒い中で半袖姿になった。
「佐藤くん、今のなに?」
小宵はふたりのアイコンタクトを見逃さなかった。
「土橋は女子テニス部のエースでダントツに強いから女子で練習相手がいない。だから男子生徒を相手にしてるんだ」
「そうなんだ。土橋さんって運動なんでも得意だもんね!」
「逆に寺井は男子では弱いほうで、土橋に特訓を受けて来たんだ。今まで寺井が土橋に勝ったことは一度もない」
「よく知ってるね」
「寺井本人から相談受けたからな。でも実は寺井自身には手ごたえがあって、土橋に勝つ自信があったらしいんだ。今までな」
「えっ、でも勝ってないんでしょ?」
「要は意識的に力をセーブしてたんだよ。女子相手にパワー勝負に持ち込んで勝つのはアンフェアだと思ってたんだとさ」
コートにざわめきが走る。
寺井の鋭いサービスエースが決まった。
りかが全く手を出せない。
りかの表情に驚きの色が窺える。
佐藤は説明を続けた。
「でも寺井としてはそろそろ勝ちたいんだよ。本人としてはパワー勝負じゃなくてテクニックの差で勝ちたいと言ってたんだけど、俺は『それは甘い』って言ってやったんだよ」
「甘い?」
「スポーツに限らず、勝負の世界に情けは禁物だ。逆に相手に全力で立ち向かうのが礼儀だとも思う。パワー勝負でいいからとにかく勝てって言ってやったのさ」
「それがさっきのアイコンタクト?」
「後半勝負って言ってやったんだよ。突然プレースタイルが変わったら相手は戸惑う。そこを突いてでも勝ちを拾えってのが俺のアドバイスで、さっきのがその合図」
「本当だ、あの土橋さんが焦っているように見える・・・」
「俺は寺井の初勝利を見届けに来たってワケさ」
小宵の目に映るりかの姿は間違っていなかった。
りかは明らかに焦っていた。
戦い慣れて勝手知ったはずの寺井の強力な一打に対応しきれない。
局面は一方的な展開になり、りかは自身のリズムを取り戻せないまま6-4で敗れた。
「寺井が勝ったあ!」
「大金星だあ!!」
「お前すげえ強くなってんじゃん!これで立場逆転だな!」
男子部員は寺井に対し手洗い祝福を送る。
それに対し女子部員勢は暗かった。
「どばっちゃん・・・」
負けたりかに対し、かける言葉が見つからない。
だがりかは、
「ま、いつかこんな日が来ると思ってたよ。ショックはショックだけど、少し嬉しいかな」
驚きは隠せないものの、りかは繕った笑顔を見せていた。
さらに時は進み、
「クソ、まさか生徒会の手伝いをさせられるとは思わなかったな・・・」
「小宵たち運が悪かったね。まあこんな日もあるよね・・・」
佐藤と小宵は寺井たちの試合を見届けてから帰ろうと思っていたのだが、運悪く担任教師に捕まってしまった。
そこで生徒会の会誌作りの手伝いをさせられる羽目になってしまった。
薄暗くなった帰り道をふたりでとぼとぼと歩く。
「そういや別所の所は晩飯とかは全部別所がやってんの?」
「うん。小宵料理好きだし、おにいちゃん放っておくとカップめんとかばかり食べちゃうから、小宵が極力作るようにしてるんだよ」
「なんか妹っつーより、母親代わりだなあ」
「母親代わりかあ、そういえばそう言われるの初めてかも」
小宵は無邪気な笑顔を見せる。
(コイツ、俺の言いたいことを分かってないな・・・)
頭を抱える佐藤だった。
ふたりはT字路に差し掛かり、揃って左へと足を向ける。
「「!!!」」
慌てて戻り、塀の陰に隠れた。
そして揃って先の様子をこっそりと盗み見た。
同じ制服を着た男女の生徒が抱き合っている。
さらに唇を重ね合わせていた。
顔が離れる。
ふたりは頬を朱に染めながら、とても幸せそうな笑みを浮かべている。
そしてそっと手を繋ぎ、身体を寄せ合いながらゆっくりと歩いていった。
ふたりの姿が見えなくなったところで、佐藤と小宵は塀の影から出てきた。
「びっくりしたなあ。あれって寺井と土橋じゃん。まさかあんな関係だったとはなあ・・・」
驚く佐藤。
「・・・・・・・・・・」
小宵は言葉を失っている。
「そっかあ、あのふたり付き合ってたんだなあ。それで寺井も妙な勝ち方にこだわってたんだ。まあ寺井らしいっちゃらしいな」
「・・・・・・・・・」
「別所は土橋と友達だろ。土橋に彼氏いたこと知ってた?」
「・・・・・・・・・・」
「別所?おーい別所、大丈夫か?」
「え、あ、な、な、なに?」
小宵は慌てている。
「・・・その様子だと、別所も何も知らなかったみたいだな・・・」
「あ・・・う・・・うん・・・ホントびっくり・・・」
小宵の顔は真っ赤だ。
「おい大丈夫か?一人でちゃんと帰れるか?」
「う、うん・・・平気だよ。あ、小宵スーパー寄ってかなきゃ・・・じゃあこっちだから・・・また明日ねっ」
「あ、ああまた明日。気をつけろよ」
佐藤の心配そうな表情を背に受け止めながら、小宵はその場から逃げるように立ち去った。
(びっくりした。生まれて初めて生のキスシーン見ちゃったよ・・・しかも土橋さんだなんて・・・)
小宵の鼓動は高いままだ。
(このドキドキ感・・・なんか似てる・・・)
その感覚は、岬に抱き付かれたときと近いものを感じていた。
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