C-4
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takaci 様
翌日の放課後。
場所は駅前にある洒落たカフェ。
あゆみ、慧、小宵、名央の4人は笑顔で大量のケーキを取り、パクパクと口に運んでいる。
その光景を見てやや圧倒されているのは、佐藤と財津衛の男子ふたり。
「ねえ佐藤くん、これだけの量を食べられるの?」
衛は小声で佐藤に問いかけてきた。
「女の場合、甘いものは別腹って言うからな。けどこれほどとは・・・」
佐藤も女子勢が手に取ったケーキの数に驚いている。
「これだけの量を、本当に4人で食べきれるのかな?」
「バイキングで残すのはマナーに反するからな。女子が食いきれなかった場合に備えて、俺達はあまり食べないようにしよう」
「そうだね・・・でもバイキングでよかったね。たくさん食べても定額だからさ」
「ああ・・・マジでそう思うよ・・・」
驚くふたりの男子を尻目に、美少女4人ははしゃぎながらケーキをもぐもぐと貪っていた。
時間は今朝に遡る。
小宵が佐藤に昨日の経緯を話した。
「小宵と千倉ちゃんのふたりで『Racing
Sports』ってお店に行ったんだ。そこの優しい店長さんに全部教えてもらったよ」
佐藤に笑顔でそう話す小宵。
その言葉で佐藤は思いっきり驚いた。
「マジで?なんであの店知ってんの?別所には縁もゆかりも無い店だろ?」
「佐藤くんがあのお店の袋を持ってたのを思い出したんだ。それで偶然・・・」
「はあ・・・そういうことね・・・俺のミスだな・・・」
がっくりと肩を落とす佐藤。
「ってことは、全部あの店長に教えてもらったんだよな?」
「うん。小宵にも分かりやすく教えてくれた。いろいろ知らないことが分かって驚いたよ。あの店長さんいい人だね!」
小宵は笑顔でそう話した。
「じゃあ、勝負は俺の負けだな。約束どおりケーキ奢るよ」
「えっいいの?でも期限は昨日じゃあ・・・」
「昨日知ったんだろ?だったらセーフだ。それに俺は女子には絶対に分からないだろうと思ってたんだから、理解された時点で俺の負けさ」
佐藤は両手を挙げ、笑顔で敗北のポーズを示した。
「やったあ!!小宵ちゃんナイス!!」
ここで飛び込んできたのは、なぜかあゆみだった。
後から小宵に抱きつき、笑顔でほおずりする。
「佐藤、女を甘く見るんじゃないよ。やるときはやるんだからね!」
慧も勝ち誇った笑みを浮かべて寄って来た。
「ハイハイ、敗者は何を言っても無駄だからね。素直に負けを認めるよ。参りました」
「へえ、潔いじゃない。思ったよりまともな男だったんだねアンタ」
「江ノ本に褒められるとは、逆に光栄と思っていいのかな?」
「なっ・・・バッバカじゃないの!褒めてなんていないわよ!勘違いしないでよね!」
佐藤に笑顔で切り替えされ、逆に慌てて頬を紅くする慧だった。
そして、今に至る。
衛も佐藤と約束してしまったので、女子4人分のバイキング代を男子ふたりで折半する羽目になった。
その報せを聞いたときの衛はやや落ち込んだが、りかがバイキングに来なかったのでひとり分の費用が浮いてやや安堵の表情を浮かべていた。
「財津くんまで巻き込んでゴメンね。でもその分おいしく頂いちゃうから!」
あゆみは目を潤ませながら、衛に思いっきりアプローチする。
「いや、僕のことは気にしなくていいからどんどん食べてよ・・・」
衛はあゆみの潤んだ瞳には惹かれずに、あゆみの目の前に置かれたケーキの山を見て思いっきり引いていた。
「でもいくらあの店長の教えがあったとは言え、女子にR10TDIが理解できたのはビックリだね」
佐藤は素直に驚きの表情を見せる。
「たまたま偶然だよ。でもあたしも驚いた。ディーゼルって車が環境にいいなんて知らなかったもん」
「そうだね。ディーゼルって環境に悪いイメージがあったからね」
小宵と名央はふたり笑顔で目を合わせてそう答えた。
「たぶん報道が悪いんだよ。有力メディアに規制が掛かってるんじゃないかなってくらいに俺は思ってる」
佐藤はやや不満そうな表情でそう答えた。
「有力メディアってなに?」
小宵には分からない言葉だった。
「テレビ局とか、大手新聞社のこと。要は俺達一般庶民が普通に目にするニュースを報道してる所だよ」
「なんで規制するの?」
「だって、そこに規制かければ一般庶民には知れ渡らないだろ。大事なことでも伝わらなければ分からないさ。例えば日本の歴史、第二次大戦のときの報道とかさ。まあこれは大げさな例えになるけどね」
「あ、なんとなく分かる気がする。でも誰が規制かけるの?だっていいことなんでしょ?」
「じゃあ簡単な問題。日本の企業で宣伝広告費ナンバーワンってどこか知ってる?」
「あ、知らない」
佐藤は日本人なら誰もが知っているであろう、日本の巨大自動車メーカーの名を告げた。
そしてそのメーカーがディーゼル開発で遅れを取っていることも教えた。
「あ、あそこなんだ」
「そう、そしてそこは有力メディアにとっては大切なお客さんになるんだよ。メディアの収入は宣伝広告費で賄われているんだからね」
「そうだね」
「そしてメディアにとっては、大切なお客さんの悪口はなかなか言えないし、書けないんだよ」
「えっ?」
小宵のフォークが思わず止まった。
そしてそこに突っ込んできたのが慧だった。
「ちょっとなに言ってんのよ?社会の時間で習ったじゃない。言論の自由は憲法で保護されてるんだよ!」
「江ノ本、それは表向きだよ。裏じゃそんなことは言ってられないんだ。いわゆる大人の事情って奴だね」
「そんな・・・それじゃああたしたちは何を信じればいいのよ?佐藤はどこの言うことを信じてるわけ?」
「報道をそのまま鵜呑みにするんじゃなくて、自分の目で確かめるようにしてる。極力ね」
「自分の目で確かめるって、どうするの?」
「例えばある大きな事件があったとする。新聞やテレビのニュースが一斉に取り上げる。でもそれぞれのメディアによって意見やニュアンスは微妙に異なるんだよ」
「そりゃそうでしょう。で、それでどうするの?」
「同じニュースを異なるメディアで知る。すると不思議なことに、言えなかった事や書けなかった事が見えてくるときがあるのさ」
「それが自分の目で確かめるってことなの?」
「そうさ。まあ自己満足の世界だけどね」
「あんたって、変わってるって言うかひねくれてるよね」
慧は皮肉を込めて佐藤にそう言い放った。
だが佐藤は一向に気にせずに、
「よく言われるよ。でもその代わりにみんなとは異なる価値観を得られるんだ。大勢の価値観じゃなくって、自分独自の価値観をね。俺はそれを大切にしたいと思ってる」
首をすくめて、やや含んだ笑顔でそう答えた。
「自分独自の価値観・・・か・・・」
この言葉を受けて、今度は慧のフォークが止まってしまった。
「あれ、どうした?」
「な、なんでもない・・・なんでもないわよっ!」
砂糖に指摘された慧はやや不機嫌な表情を浮かべながら、ケーキを口に放り込んで行った。
「価値観って言ったら、小宵が変わってるんだよね。もうすっごいブラコンで、あたし全然理解できないんだよっ!」
突然あゆみが話を振ってきた。
「そうだよねえ。小宵ちゃんはお兄ちゃんを溺愛してるよねえ。あたしにもちょっと分からない」
と名央。
「千倉の兄貴なら美形だから分かるけど、小宵の兄貴は普通の男だよねえ。なんでそこまで好きになれるかねえ・・・」
と慧。
3人の友人に自らの価値観を否定されてしまった小宵は、
「もうっ!おにいちゃんはおにいちゃんしかいないんだからねっ!小宵にとっておにいちゃんはとくべつなのっ!!」
小宵は膨れっ面でケーキを口に入れていく。
「じゃあさ、もし例えば別所さんのお兄さんに彼女が出来たとしたら、別所さんどうするの?」
衛がそう尋ねると、
「彼女なんて・・・絶対に認めないもんっ!おにいちゃんは・・・小宵を大切に思ってくれてるんだもん・・・」
全身を小刻みに震わせ、目が潤んでいく。
「あ、あ、あ・・・その・・・」
まずいと思った衛は、慌てて隣の佐藤にアイコンタクトを送った。
「ちょっと湿っぽい話になるけど、俺って妹が居たんだよ。3年前に病気で逝っちゃったんだけどね」
「へえ、そうなんだ」
佐藤の話に名央が敏感に反応し、表情が暗くなる。
「まあそのときは俺も落ち込んだし、親も落ち込んだ。まあしばらくして現実受け入れられるようになって立ち直ったけど、親がおかしくなっちゃったんだよ」
「えっ?」
今度は慧が反応した。
「お袋が俺を溺愛するようになって・・・いわゆる逆マザコンって言えるのかな。もううっとうしいくらいでさ。俺としてははたはた迷惑してるんだよ」
「へえ・・・」
やや冷ややかな視線を送るあゆみ。
「肉親亡くすのって辛いよね。小宵のところもお母さん死んじゃって居ないんだ。死んじゃったときは辛かったなあ・・・」
「「「「えっ!?」」」」
小宵の言葉に反応したのは、あゆみ、名央、慧、衛の4人。
「ちょっと小宵マジで?いつ頃よ?」
真剣な表情で慧が尋ねる。
「何年前だったかな、ちょっと忘れたけど・・・ウチはお母さん居ないよ。だから家事全般は小宵はひととおり出来るよっ!」
笑顔で答える小宵。
「そ、そうなんだ・・・小宵ちゃんって大変なんだね」
困ったような表情で話しかける名央。
「始めは辛かったけど、慣れちゃえばどうって事ないよ。おにいちゃんも手伝ってくれるし・・・だから最近は大変とか感じないよ」
「そうなんだあ・・・あ、そういえばさあ・・・」
ここであゆみが繕った笑顔で強引に話題を切り替えた。
これ以降、この話題に触れることは無かった。
そしてバイキングは無事終了。
結局女子4人は男子ふたりが信じられないほどの量のケーキをぺろりと平らげてしまった。
「「「「財津くん、佐藤くん、ご馳走さまっ!!」」」」
美少女4人揃って笑顔で頭を下げた。
「いやいや、勝負の結果だから。俺はいいけど財津には悪かったな。巻き込んじまってさ」
「いやいいよ。僕がきっかけを作ったようなものだし、それに土橋さんが来なかったからひとり分浮いたしね」
笑顔で謙遜する男子ふたり。
「じゃあ小宵は先に行くね。晩御飯の準備しなきゃいけないから・・・」
「う、うん・・・じゃあ小宵ちゃんまた明日ね」
これまた困ったような笑顔で名央は手を振った。
「うん、みんなまた明日ね!」
小宵は無邪気な笑顔を浮かべて手を振りながら去っていった。
小宵が去った後、一同は暗い雰囲気に包まれた。
「ねえ佐藤、あんた小宵に母親が居ないこと、ひょっとして知ってたの?」
慧が佐藤に詰め寄った。
「知るわけ無いだろ。ただ極度のブラコンと聞いてピンと来たんだよ。それで俺からそれっぽい話を振っただけさ」
「じゃあひょっとして、佐藤くんの妹が死んじゃったってのも作り話なの?」
今度はあゆみが詰め寄る。
「そんな性質の悪い冗談を言うほどの度胸は持ってないよ。それは本当の話さ。要は俺も体験者なわけ」
佐藤は首をすくめてそう答えた。
「そっか。でも驚いたな・・・小宵に母親がいなかったってのはさ・・・」
「小宵ちゃんのブラコンも、それが理由なのかな・・・」
慧と名央は暗い表情でそう呟いた。
「たぶんそうだろうね。肉親を失った悲しみが受け入れられなくて、その反動で愛情が別所の兄貴に向いてるんじゃないかな。俺はそう感じてる」
佐藤は冷静にそう分析した。
「なんか小宵ちゃん、かわいそう・・・」
あゆみも暗い表情に変わる。
「友達を思うなら、考えてそれ相応に接してやりなよ」
佐藤は笑顔で暗い表情を浮かべる美少女3人にそう告げた。
「考えるって・・・どうすればいいのよ?」
慧が再び詰め寄る。
「だからそれを考えるんだよ。そもそも男の俺に女子の友情が分かるわけないだろ?」
「そっか・・・そう言われればそうだよね・・・」
佐藤にそう返され、再び暗い表情に変わってしまった。
結局、楽しい雰囲気で始まったケーキバイキングは沈んだ空気で終わってしまった。
ただひとり、小宵だけは楽しかった。
(今日の晩御飯、何にしようかなあ・・・)
ただ、兄の良彦の笑顔を思い浮かべて帰途につく小宵だった。
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