C-17 -
takaci 様
3月の学校はのんびりとした雰囲気に包まれる。
学年末試験が終わると、緊張が抜ける。
3年生が卒業した校舎はどこか閑散とした空気が漂う。
部活も本格始動するのは4月からで、こちらも緊張感はない。
そんな空気の中でも2年生担当の教師は来年の受験に向けて緊張感を高めようとするが、その口車に乗るのは一部の生徒であり大半はのんびりとしながら春休みを待っている。
佐藤は大半の生徒と同じように、少しずつ緩む寒さをありがたく感じながら緊張感のない日々を過ごしていた。
(もうレースシーズンもいろいろ開幕だなあ。でも最近のレースはいまいち面白くないんだよなあ)
(せめて俺はプロトタイプカーのレースが観たいけど、日本のプロトはなくなったし海外の中継もないし・・・けどせめてルマンの中継くらいして欲しいなあ・・・)
春が近いと感じられる暖かい日差しの中で、教室の自分の席であくびをしながら自分のコアな趣味のことを考え、ぼーっとして時の進みが遅いなあと感じていた。
「佐藤くん」
(ん?)
背後から声をかけられ、振り向くと財津が真剣な面持ちで立っていた。
「なに?」
「佐藤くん、別所さんが4日連続で休んでるの知ってるよね?」
「あ、ああ。季節の変わり目だから風邪か何か引いたんじゃないのか?それともサボりか。もう学年末ですることないしな」
佐藤の言葉どおり、小宵はここ3日ほど姿を見せていない。
「そのことなんだけど・・・」
財津は声のトーンを落とし、目の色はさらに緊張の色を強めて静かに空いている後の席に腰を下ろした。
「なんだ?」
佐藤にも財津の緊張感が伝わってくる。
と同時に、休む前の小宵の姿を思い出していた。
(そういや別所って元気がなかったなあ。目なんか死んでたし。有原たちとうまく行ってないのかなあ・・・)
そんなことを考えていると、
「別所さん、実はサボっているんだよ。昨日さき姉・・・隣のお姉さんが制服姿で川原でぼーっと佇んでる別所さんを見つけたんだよ」
「さき姉って、お前が好きだった高校生か。けどなんでその人が別所を知ってるんだ?」
「別所さんのお兄さんとさき姉がクラスメートなんだよ。それで知り合ったんだってさ。まるで妹みたいでかわいいってさき姉は別所さんを気に入ってるんだけど・・・」
「ああ別所から聞いたことある。確か山本さんだよな。でも別所って結構真面目だろ。まあ学年末だから影響はさほど無いとしてもサボりは意外だよなあ。それとも学校の居心地が悪いのか・・・」
「それなんだよ」
財津の目の色がさらに暗くなる。
「どういうことだ?」
次第に佐藤の顔も真剣みが帯びてきた。
「別所さん、何かかなり悩んでるみたいだったんだよ。さき姉が声をかけようと寄ってったときに別所さんの呟きが耳に入って・・・それでなんか近寄りがたい雰囲気を感じて声をかけずにそっとしておいてそのまま立ち去ったって言ってたんだ。けどそのときの別所さんは本当に深く落ち込んでるように見えたって・・・」
(んん・・・?)
佐藤の心の中で、小さなざわめきの波が立ち始めた。
「なあ財津、俺が別所から聞いてる山本さんって人はとても元気なお姉さんってイメージなんだけど、落ち込んでる別所がいたら逆に声をかけて励ますみたいな・・・そっとして放っておくなんてキャラなのか?」
「そうなんだよ。さき姉ってホントいつも元気で、悩みなんて笑って笑顔でふっ飛ばしちゃうって人で・・・けどそのさき姉が声をかけられないほど落ち込んでるとなると、別所さんのことがすごく気になってさ・・・佐藤くん何か知らないかな?」
(財津は・・・知ってるのか?有原と別所が財津を巡って絶交状態にあることを・・・)
佐藤は目線を落とし、真剣な表情で思考を巡らせる。
(別所が落ち込む理由は、有原たちとうまく行ってないからだ。教室でも寂しそうだったし、別所自身が孤立してるような感じだった。学校なんて来たくないだろう・・・)
(でも制服姿って事は、家の人間には学校に言ってる振りをしてるってことだ。だから家族・・・ブラコンだから特に兄貴には心配させないためにわざと明るく振舞っていたのかもしれない・・・)
(けどその反動は必ず来る。人前でわざと明るく振舞えば、逆にひとりのときは激しく落ち込むんだ。そして落ち込みが更なる落ち込みを呼んで・・・どんどん負のスパイラルに入って行って・・・)
「佐藤くん?」
財津が心配そうな顔で佐藤の顔を覗き込んできた。
「なあ財津、山本さんは別所がどんな風に呟いてたのかは聞いてないのか?」
「それが・・・」
財津の言葉が止まる。
表情がどんどん暗くなっていく。
「別所さん、『あたしなんでここにいるんだろう・・・あたしなんで生きているんだろう・・・』って言ってたって・・・」
ドクン!!
(ヤバイ!!)
佐藤の表情が強い緊迫感に包まれた。
「僕、別所さんの悩み相談を聞いたことがあるんだけど、別所さんって落ち込むと自分の呼び方が変わるみたいなんだよ。普段は自分の名前を言ってるけど、落ち込むと『あたし』になるみたいで・・・」
財津が暗い表情でそう話した。
「おい財津、事態は結構深刻かもしれんぞ・・・」
その言葉どおり、佐藤の表情は深刻さが浮き彫りになっていた。
「えっ?」
驚く財津。
言葉だけでなく、佐藤の見せた表情にも驚いていた。
「いや待てよ・・・けど何かきっかけがあったはずだ・・・そんな簡単には・・・」
深刻さの中に動揺の色を混ぜながら、佐藤はぶつぶつと呟き始めた。
「佐藤くん・・・」
財津の表情にもその動揺が伝わっていく。
「ねえ財津くぅ〜ん、なに暗い顔してるのよお!」
そんな場の空気を全く読めない明るい声が降り注いできた。
あゆみが笑顔で財津に寄り添ってきていた。
「ねえちょっとお!男子ふたりでなに深刻な顔してるのお?ひょっとして小宵ちゃんのこと考えてた?だめだよだって涙で同情誘うなんて卑怯だもん!だから小宵ちゃんのことは置いといてあたしと・・・」
ドクン!!
佐藤の緊張が一気に高まった。
ガタン!!
と同時に、佐藤の側で大きな音がした。
一斉にクラスメートの視線が集まる。
「ちょ、ちょ、ちょっと・・・痛いってば!」
視線の中心であゆみが小さな悲鳴を上げる。
佐藤が自らの椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、すごい形相であゆみのセーラー服の胸倉を掴み上げていた。
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