C-11  - takaci 様




2月15日。


前日は男女、特に若い女性にとっては想いを甘いチョコレートに込めて目当ての男性に伝えるという特別な1日だった。


もちろんただの1日だった男女も多いだろうが、タダでは済まなかった男女はこの日から状況が変わる。





「よう江ノ本、オッス」


「あ、おはよう楠田・・・」


慧はやや緊張した笑みを浮かべている。


「あれ、メッチャ苦かったぞ」


「そりゃそうよ。飛びっきりのビターものを選んだんだから。普段アンタから感じてるあたしの嫌な気分の表れと思ってね!」


「けど不思議と食い切ったぜ」


「えっ?」


「全く甘くないチョコも食えるって分かったよ。マンガ片手に摘んでたらいつの間にか無くなってた」


「ちぇっ、つまんない。苦いチョコで苦しめようと思ったのに!」


「相変わらず性格悪いな。けどホワイトデーは覚悟しとけよ。俺もとびきり苦いやつ渡すからな」


「ふんっだ!でも苦いクッキーやビスケットなんかが売ってるとは思わないけど?」


「ぐっ・・・」


慧の指摘を受けて、思わず言葉が詰まる楠田。


「だからって手作りはやめてよね。男の手作りクッキーなんてキモいし、まずかったら最悪極まりないわ。ちゃんとしたものを用意してよね!」


「ちっ、江ノ本は見た目まあまあでも性格悪いから彼氏が出来ないんだよ!」


「なあんですってえ〜っ!?」





言葉だけ読み取るとかなり険悪な雰囲気に感じるが、


ふたりは終始笑顔だった。


慧が楠田に贈った、糖分ゼロのビターチョコ。


これがふたりの心の距離を縮めていた。










また教室の別の一角では、


「おはよう別所」


「佐藤くんおはよう」


「チョコ、マジで美味かったよ。あれ手作りだろ?別所ってマジで料理上手だな」


「ホント?美味しかった?」


「ああ、けど半分以上は琴美に食われたけどな」


佐藤は苦笑いを浮かべる。


「琴美さんからは本命チョコ貰ったんだよね?」


「一応な。けどそれも結局ふたりで分けて食べたけどな」


「そういう食べ方いいよね。小宵もおにいちゃんにあげた本命チョコ、ふたりで食べたもん」


「あれ?財津が本命だったんじゃないの?」


「佐藤くんと財津くんは中身一緒だよ。おにいちゃん用の余りで簡単に作ったチョコ。義理だからそれでいいやと思ったもん」


「なんだ。てっきり財津が本命だと思ってたよ」


「本命チョコを教室で堂々と渡す勇気は小宵持ってないよ」


「ま、それもそうだな」





昨日、小宵は休み時間に佐藤と財津に義理チョコを渡していた。


佐藤にはカートレース場などの新しい世界を教えてくれたお礼で、


財津は教室で倒れたときに介抱してくれたお礼だった。





「それに小宵じゃあ佐藤くんにも財津くんにも本命チョコは渡せないよ」


「なんで?」


「だって佐藤くんには琴美さんがいるし、財津くんはあゆみちゃんが本命チョコ渡すの知ってたもん。だから渡せないよ」


「そうだよなあ、財津はもてるからなあ・・・」


佐藤は教室を一通り見回して、財津の姿を確認した。


あゆみと少し会話してるようで、そのあゆみは飛び切りの笑顔ではしゃいでいる。


そして財津がこちらにやってきた。




「佐藤くん、別所さん、おはよう」


「よっ、なんか有原喜んでたな。そんなに有原の本命チョコは美味かったのか?」


佐藤がからかうような言葉をかけると、財津は困ったような表情を浮かべた。


「財津くん、どうしたの?」


小宵は不思議そうな表情を浮かべて尋ねる。


「いや、手作りチョコって貰うのは嬉しいけど・・・あ、別所さんありがとう。おいしかったよ・・・けど、なんか重いものもあるんだよね。別所さんのチョコみたいに美味しければいいんだけど・・・」


財津の困惑の色はますます深まっていく。


「その表情から察するに、有原のチョコは・・・」


佐藤は同情の色が混ざった表情を浮かべた。


「僕って今年結構貰えてさ、ひとりじゃ食べきれないから家族全員で分けて食べたんだけど、有原さんのチョコはとても独特の味で・・・一口入れただけで身体が拒否反応を示すみたいで・・・」


「で、その有原の手作りチョコはどうなった?」


「僕は一口だけで、残りは兄貴が食い切った。けど兄貴はそのせいか調子崩して今日休んでるんだ・・・」


「それは・・・辛い真実だな・・・」


佐藤の表情も暗くなる。


「有原さんには『個性的な味で全部食べた』と言っただけなんだ。とても真相を言う勇気は・・・」


「まあ、その言葉で間違ってはいないよな。それで有原はああも無邪気に喜んでたわけか・・・」


「手作りも別所さんみたいに美味しければ全然重くないし嬉しいけど、その・・・食べるのが困難な手作りは・・・いろいろ難しいね」


「手作りチョコは重いってよく聞くけど、そういう意味合いも含んでいるのかもな・・・」





2月中旬の朝の教室は寒い。


にもかかわらず、佐藤と財津のふたりは嫌な汗を少しかいていた。


その話を間近で聞いた小宵は微妙な笑みを浮かべ、真相を知らないあゆみはひとりで無邪気な笑みを浮かべていた。









しかし、この日を境にして、このあゆみの無邪気な笑みは次第に見れなくなっていった。





財津が小宵に優しく接する機会が明らかに増えていた。




財津にとって本命は幼馴染の岬である。


だが先日小宵が倒れ、保健室に運び、そこで小宵から涙ながらの悩みを聞いた。


さらに義理とはいえ、とても美味しかった小宵の手作りチョコ。


財津の心は静かに、ゆっくりと小宵に向けて傾き始めていた。





財津と小宵はそれぞれ男女のクラス委員長同士であり、その気になれば接する機会は多い。


小宵に優しく接する財津の言動が、あゆみから無邪気な笑顔を失わせていった。





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