「おみまい」5 takaci 様


その5


「真中さん?」


「あ、ご、ごめんボーッとして…その、なんか雰囲気が違ったから…」


照れでしどろもどろの淳平。


「恥ずかしいなあ。髪ボサボサだし、顔も洗ってないから…」


「いや、そんなんじゃなくって…髪形がいつもと違うから…」


「うん。いつもはうっとうしいからまとめてるんだけど。まあ切っちゃえばいいんだろうけど、それもなんか抵抗があって…」


「き、切っちゃうなんてもったいないよ!下ろした髪もすげえ似合ってる!かわいいよ!!」


「え、ええっ!?」


「あっ!?」


二人とも、顔を真っ赤にして固まる。





(ど、どうしよう。生まれてはじめて男の人に『かわいい』なんて言われちゃった…こういう時、どう答えればいいんだろう…)


(やっべえ!勢いに任せて思わず『かわいい』なんて言っちゃったよ。こんな言葉、東城や西野にも言った事は無かったはず…)


固まったまま、無言の状態が続く…





「あ、あの…舞ちゃんから聞いた…プリント…」


こずえがこの沈黙を破った。


「あ、そうそうそう。これね!」


淳平は慌てて、預かったプリントを鞄から取り出した。


「あ、ありがとうございます」


(ど、どうしよう。さっきの言葉のお礼言いたいけど…なかなか切り出せないよう。もう真中さん帰っちゃうよう…)


受け取ったプリントを持ちながら、こずえは複雑な表情を浮かべる。





「あ、そうそう!風邪、大丈夫!?」


「あ、はい。今日一日寝てたから、だいぶ楽になったんで…」


そう言いながら、先ほどまで自分がしていた淫らな行為を思い出す。


一人エッチをしながら妄想をしていた相手が目の前にいるのだ。


(や、やだあたしったら!こんな状況で何考えてんだろ…)


顔がカーっと赤くなる。





「こずえちゃん、本当に大丈夫?顔が赤いけど…」


淳平は心配そうにこずえの顔を覗き込んだ。


「ひゃっ、ひゃいっ!だ、だい、大丈夫ですう!」


「あっ!ご、ごめん驚かせちゃって…」


「あ、き、き、きき…気にしないでくださあい…」


(ああ…また真中さんを傷つけるようなことを…この性格何とかしたいなあ…)


心の中で凹む。





「じゃ、じゃあ俺もう行くね。これ以上こずえちゃんとここに居ると家族の人に怒られそうだから」


淳平は鞄を持って、玄関から立ち去ろうとした。


「あ、だ、大丈夫ですよ。ウチ今あたししか居ないし」


「ええっ!やっぱそうなの!?」


派手に驚く淳平。


(驚くって事は…ひょっとして真中さん、あたしを押し倒す気じゃ…でもすごい心配そうな顔してる)


こずえの見たとおり、淳平は心配していた。


「じゃあこずえちゃんは風邪で苦しみながら、一人で寝てたって事!?」


「う、うん。家族みんないろいろあって、今夜はあたし一人なんです。心細いって言うか、ちょっと怖くって…」


「そりゃそうだよ。病気のときはすっごい不安になるし… あとご飯はどうしてるの?」


「何も食べてないんです。食欲無いし、作ったり買いに行く気力も無くって…」


「ダメだよ!少しでも食べないと風邪直らないよ!」


「うん。でも…コホッ、コホッ」


「ほらあ!じゃあ俺、今からなんか買ってくるから!」


「ええっ!い、いいですよ。そこまでしてもらうの、なんか悪い…ゴホッ!」


「ダメダメ!そんな話聞いたら放っとけないよ!また来るから、家の中で待ってて!!」


淳平はこずえに自分の鞄を押し付けると、一目散に駆けて行った





「あ、真中さん待って…」


こずえがそう呼びかけたときには、もう淳平は居なかった。


「真中さんって、優しいな…」


淳平の鞄を持ちながら、こずえは一人呟く。


(真中さんの鞄…)


そして薄汚れた淳平の鞄をぎゅっと抱きしめる。


(もうしばらく、真中さんと居られるんだ…)


その事が、ただただうれしい。


(真中さん、何買ってきてくれるのかな?出来れば真中さんと一緒にご飯食べたいな)


(あたしの部屋で、小さなテーブルに向かい合わせで座って…)





「そ、そうだ!ひょっとしたら真中さん、あたしの部屋に入ることになるかも!」


今のこずえの部屋は決して綺麗といえる状態ではない。


「やだ〜〜。早く片付けないと〜〜」


慌てて家の中に入っていくこずえだった。














(よくよく考えると、俺ってとんでもない事してるんじゃ?)


淳平はコンビニの棚に並ぶお弁当を見ながら、今現在の自分の行動について考えていた。


(俺はこずえちゃんのお見舞い…に来たんだ)


(最初はただプリントを渡して帰るつもりだったんだけど…)





「何故かここで、こずえちゃんが食べたそうな物を考えてるんだよなあ…」


淳平はこずえが食べたそうな物、こずえが好きそうな物を懸命に考えていた。


(よく考えたら俺ってこずえちゃんの好みとか、誕生日とか全然知らないんだよな)


(でも、風邪ひいてて熱があるんだったら、やっぱ甘くて冷たいものだろうなあ)


(でも甘いものが嫌いだったらどうしよう?)


(でもなあ、脂っこくてカロリー高いものは止めたほうがいいし、だからといってサラダみたいなものじゃあ意味ないよなあ)





いろいろ考えながら陳列棚に並ぶ品物を取っていくと、結構な量になってしまい、結局、コンビニで使うのは珍しい買い物カゴを持つほどになってしまった。


(これだけの量、女の子ではさすがに食えないと思うけど、無いよりはましだろう)


そう考えながらカゴをレジに持っていく淳平。


目の前でアルバイトと思われる女の子がPOSでバーコードを読み取る姿を見ながら、頭の中でこずえのことを考える。


(こずえちゃん大丈夫かな?見た感じではそれほどひどくなさそうだから一人でも大丈夫だと思うけど…)


(もう少し一緒に居てあげようかな?幸い俺が食うほどの量はあるし…)





(って何考えてんだ俺は!男性恐怖症の彼女が俺を、しかも彼女しか居ない家に上げるわけ無いだろうが!)


(でもこずえちゃんは、俺とは普通に話せるんだよな。俺とは…)





(ひょっとしたら俺を家に上げてくれて、一緒にメシ食って…)


(そして…)





『真中さん、今夜一晩、あたしの側に居てください』





『あたしに、真中さんの大っきくて太いお注射を、挿れてください』





全裸で大股を広げ、淳平を誘うこずえの姿を妄想する淳平。










「お、お客様?」


レジのアルバイト店員は不審者に怯えるような目つきで淳平に声をかける。


事実、妄想中の淳平の顔はまさしく『不審者』そのものだった。











「あ〜あ、俺ってだらしない顔してたんだろうなあ」


淳平はコンビニの袋を持ちながら、レジ前で妄想にふけっていたことを反省する。


(俺ってメッチャ怪しかったんだろうなあ。バイトの女の子、ちょっと怖がってたもんなあ)


目の前から送られるアルバイト店員の冷たい視線が鋳たかった。


自然と足取りが重くなる。





それでも、こずえの家まではあっという間だった。


(あれはあくまでも妄想。現実ではありえないんだから)


そう考えながら、本日二度目のインターフォンを押した。





(これ渡して、さっさと帰ろう)


そう考えると、やや寂しくなった。





ガチャ


「あ、真中さんお帰りなさい!」


先ほどとは違い、インターフォンを押してから間もなく、笑顔のこずえが淳平を出迎えた。


(お、『お帰りなさい』って…それっていいのか?)


こずえの言葉に戸惑いながら、淳平はコンビニ袋を差し出した。


「これ…コンビニで適当に買ってきた。こずえちゃんの好みが分からなかったからいろいろ買ってきたんだけど…」


「わあ、こんなにも…」


袋の中身を見て、驚くこずえ。


「食べられるものだけ食べて、後は冷蔵庫かなんかに入れとけばいいと思うから。じゃっ!」


淳平は足早に立ち去ろうとした。





「あっ、真中さん!?」


そんな淳平をこずえが呼びとめる。





「ん、なに?」





「あの…よかったら…上がっていきませんか?」


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