「おみまい」1-3 takaci 様



その1


土曜日


淳平は一人、『泉進ゼミナール』に来ていた。


4月から、淳平はこの塾に通い出した。


高校3年という事もあり、真中も受験モードに入りかけていた。


塾通いをすれば完全に受験モードに入るのが普通だろうが、


やはりまだ受験より映画だった。


そもそもこの塾も、綾が通っていたから入ったようなものなのだ。


それも半ば勢いで…





だが、その綾は…



季節ハズレの風邪で昨日から学校を休んでいる。



「東城、まだ風邪が直らないのかなあ…」


チラッとAクラスを除く淳平。


綾の姿は確認出来なかった。


「やっぱ休みか…」


肩を落とす淳平だった。





「よっ!マナカッち!」


「うわっ!?」


その2


淳平は突然後ろから声をかけられ、思わず驚く。


「何驚いてんだよ?失礼だな」


振り向くと、不機嫌そうな舞の顔があった。


「あ、ご、ごめん」


「ここでなにやってんの?あんたはBクラスだろ?」


「いや、東城が来てるかな?って思って…」


「え〜ッと…居ないねえ…」


舞もAクラスの中を見まわした。


「そうかあ…この時期の風邪は直りにくいって言うもんなあ…」


「ったく、向井が東城さんに風邪を移したんだな」





木曜日の時点で、こずえはかなり咳き込んでいた。


そんな状態で無理をして塾に出てきたのだが、


翌日、こずえは綾とともに塾を休んだ。


もちろん、今日も居なかった。





「でも、マナカッちはぴんぴんしてるねえ。こずえと同じクラスなのに」


「俺、席も隣だったんだけど…」


「なんで隣のあんたが元気で、別のクラスの東城さんが寝込まなきゃならないんだよ!?」


「まあ、俺って身体だけは丈夫だから」


「つーかバカだから風邪ひかないんだろ?」


「ちょっと!そこまで言うことないだろ!?」


舞の言葉でさすがに怒る淳平だった。





「あ、そうだ。これ持ってってくんない?」


舞は鞄からプリントの束を出して、それを淳平に渡した。


「何これ?」


「ウチの学校の宿題。これを向井に届けてくんないかな?」


「なんで俺が!?」


「だってマナカッちはバカだから風邪ひかないでしょ?あたしのような頭がよくって繊細な女の子が今の向井に会ったら一発で風邪ひいちゃうもん」


「バカって…ちょっと浦沢さん!」


「それともなに?マナカっちはあたしに風邪ひけって言うわけ?あんたってそんな男だったんだ…」


舞は淳平に軽蔑の眼差しを向ける。





「…分かったよ!」


しぶしぶ承諾する淳平だった。


「あとこれ、向井の家の場所ね♪」


舞は手書きの地図を淳平に渡した。


(こんなものを用意してたって事は…最初っから俺に届けさせるつもりだったんだな…)


淳平には、目の前の舞に悪魔の尻尾が生えているように見えた。


「じゃあよろしくね〜。向井にはあたしから連絡しとくから〜」


舞はAクラスの中に入っていった。


(あ〜あ。塾が終わったら東城の家にお見舞いに行こうと思ってたんだけどなあ…)


淳平は肩を落としながら、Bクラスに入っていった。


その3


ピリリリリリリ…


静かな部屋に携帯の着信音が響く。


ベッドの中から携帯に伸びる手。


「だ、誰だろう…コホコホ…」


こずえは咳をしながら携帯のサブディスプレイを見た。


「あ、舞ちゃんだ」


携帯を開き、通話ボタンを押す。


「もしもし」


[おーい向井、調子は…その声からすると、あんまりよくないみたいね]


「う、うん。まだ少し熱っぽい…」


こずえの声には張りが無かった。


[まあ、無理せずにちゃんと直してからこっちに来いよな。また誰かに移しちゃったらマズイからな]


「うん…」


昨日、綾が風邪で休んでいる事を舞から聞いた。


責任を感じ、落ちこむこずえ。





[オイオイ元気出せって。いまさら責任感じても仕方ないだろ?]


「うん。でも…」


[じゃあ元気が出ることを教えてやるよ]


「え、何なの?」


[昨日学校から貰ったプリントだけど、今日…]








「え〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!ま、まな…ゴホッ!!ゴホッ!!ゴホッ!!…」


驚きでおもわず咳き込む。


[お〜い、大丈夫か?]


そう言いながらも、舞はのんきだ。


「う、うん…で、でも…コホッ!コホッ!」


「だって、あたしが向井ん家行ったら風邪移っちゃうもん。でもマナカっちなら大丈夫でしょ!なんたってバカだし、それに風邪ひいてる向井の隣に居ても移らなかったんだからさ」


「で、でもぉ…」


[なによお。せっかく気を利かせてあげたのにさ。あんた、マナカっちの事、好きでしょ?]


「な、何言ってんのよもう!!!」


こずえの体温がさらに上がる。


[とにかく!夕方にはマナカっちがそっちに行くからね!あんたもちゃんと出迎えてあげなさいよ!全部、親に任せちゃダメだからね!じゃあそれまで寝てな!オヤスミ!!]


それだけ言うと、舞は一方的に電話を切った。





「もう…舞ちゃんのバカバカ!」


怒りながら電話を切るこずえ。


「なんで関係ない真中さんに迷惑かけるのよぉ〜〜。もし風邪が移っちゃったら…あたし、嫌われちゃうかも…」


「やっと会えた、まともに話せる男の人なのに…」


「やっと、仲良くなれた男の人なのに…」


「やっと…」



その先の言葉が出ない。


まだ言葉に出す事には、ためらいがあった。





「好き」という言葉。







「と、とにかく寝なきゃ」


再度布団に入るこずえ。


「あ、あたしが真中さんの相手をしなきゃいけないんだから。だからそれまでに、少しでも直さないと…」





(でも、なんでこんな時に限ってあたしひとりなのよぉ〜〜)


(あたしが風邪で苦しんでいても、家族は誰も見守っててくれないんだもん…)


静かな部屋が、静かな家が、こずえの心をより寂しくさせていた。





(でも、真中さんだったらあたしを放っておかないだろうな…)


(あたしを気遣ってくれて、優しくしてくれて…)





こずえ妄想ワールド突入。





「こずえちゃん、風邪ひいてるんだったら、身体をあっためなきゃ」


「だ、だめですよぉ。真中さんに風邪移っちゃう…」


「こずえちゃんの風邪なら喜んでもらうよ」


「そ、そんな…  ああっ!そ、そんな強く抱きしめないで… あたしの身体、汗かいてるから、汚いですよぅ…」


「こずえちゃんの身体で汚いところなんてどこにもないよ。ほらここも…綺麗だよ…」


「ああッ!!!そ、そんなとこ…」


「もっともっと汗をかいて。そうすれば風邪も直るよ。知ってる?男と女が裸で抱き合うと、いっぱい汗をかけるんだよ」


「そ、そうなんですか?…」


「どうする?俺と一緒に、汗をかくかい?」





「真中さん…あたしに、いっぱいいっぱい、汗をかかせてください…」






こずえの頭は危険な妄想を展開中。


それとともに、身体も汗ばんでくる。





その両手は、


それぞれが、自らの身体の敏感な部分を刺激していた。


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