「幸せのかたち」 9- takaci 様


淳平は1人、塾帰りの暗い夜道を歩いていた。


(美鈴、まだ退院できないのかなあ…)


美鈴が入院してから今日で10日になる。


まだショックが大きく、食事がほとんど喉を通らないので、体力が全くない状態らしい。


(あの時の笑顔を見て、大丈夫だろうなあとは思ってたんだけど…)


(やっぱ、そのあとのアレがまずかったのかなあ…)


淳平は自身の左手を見た。


とても柔らかい乳房の感触を思い出す。


(良く考えたら、アレが初めて女の子の胸をダイレクトに触った事になるんだよな。ブラ越しでも柔らかかったけど、直だと別物だな。マジ柔らかくって…)


(それに美鈴の胸って、決して大きくはないけどそんなに小さいわけでもない。西野と同じくらいのサイズはあるのかなあ…)


自然と顔がにやけてくる。


「はっ!違うだろ俺!一体なに考えてんだよ!こんな顔してたら外村になに言われるか…」


外村はこの『胸揉み事件』を相当根に持っている。


ちょっとした事でその件を取り上げ、その度に『お前はしばらく来るな!』と小声でクギを刺される始末だ。


小声なのは、美鈴の件が外村以外ではあの日お見舞いに行った3人しか知らない為だ。


美鈴の為を思って、他の映研メンバーや美鈴のクラスメートには一切知らせていない。


外村とこの3人以外で知っているのは一部の教師のみのはずである。





…実はあと1人、知っている者がいるのだが…





(でも外村ってホント、シスコンだな。まああれだけ可愛い妹なら仕方ないかもしれないけど)


(俺は兄弟がいないからそーゆー気持ちは分からんなあ)


(まあ、妹みたいな奴はいるけど…)


淳平の脳裏に唯の顔が思い浮かぶ。


「そういえばしばらく会ってないな。近所だし、ちょっと寄ってみるか」


淳平の足は、自宅からほど近い唯のアパートに向けられた。





(なんだあれ?)


淳平は唯のアパート近くで思わず立ち止まった。


アパートの前で、警官と男が何やら話をしている。


警官が、男に職務質問をしているようだ。


(どうしよう。でも、警察がいるから大丈夫だろ)


少し戸惑ったが、淳平はアパートに足を進める。





「私は怪しいものじゃない」


淳平の耳に男の声が届く。


(オイオイ、その恰好でそれは無理だろ)


男はサングラスにマスクに季節ハズレの麦藁帽子。どう見ても怪しい。


そのまま通りすぎようとしたが、男の麦藁帽子が気になった。


(あの帽子、どっかで見たことあるような…それに声も…)


淳平が記憶を巡らせると、なぜか右の頬が疼きだした。


(…ひょっとして…いやでもあの人がここにいるわけない…)


(でも、よく見たら似てるような?)


ある人物が思い浮かんだ淳平。


それを確かめる為、恐る恐る怪しい男に声を掛けた。





「あの〜すみません」


「なんだね君は?」


警官が厳しい眼で淳平を見る。


「いやあの、人違いかも知れないですけど、ひょっとして…唯の親父さん?」


淳平は怪しい男に尋ねた。


「おお、真中くんじゃないか!」


男はそう話すと、マスクとサングラスを取る。


以前会ったときの厳しさは影を潜め、柔和な表情をしているが、紛れもなく唯の父だった。





その後、警官は生徒手帳で淳平の身元を確認すると、唯の父に注意して立ち去っていった。





「いや〜助かったよ。真中くんありがとう」


「いや、まあ…でもそれよりそんな恰好でなにやってんですか?唯に会いに来たんなら一緒に行きます?俺もちょっと様子見に来たんで…」


淳平が唯の部屋に向かおうとすると、


「いや待ってくれ!ちょっと今は気持ちの整理が…」


唯の父は慌てて淳平を制止した。


厳格なあの姿しか知らない淳平には、目の前で慌てる姿がまるで別人のように感じる。


「じゃ、じゃあ俺の家行きます?すぐ近くだし、親もいるし…」


「いや、それもちょっとマズイんだ。そうだ!通りに喫茶店があったからそこに行こう!お礼に私が奢るからちょっと付き合ってくれ。な!」


唯の父は淳平の背を押して、半ば強引にアパートの前から立ち去ろうとした。


「ちょ、ちょっとおじさん?」


訳がわからないまま唯の父の押され、流される淳平だった。






その頃、唯の部屋。


「うっ…うっ…ぐすっ…」


泣きじゃくる唯。


「まあ…今日は思いっきり泣きなよ。そうすれば、明日からはまた笑えるさ!」


その横で、なんと泉坂高校サッカー部の高木が笑顔で唯を励ましている。





「じゃあ…俺、もう帰るから」


すっと立ちあがる高木。


そしてそのまま玄関に向かおうとしたが…


「ヤダ…唯を一人にしないで…」


大きな木の背に、小柄な唯がしっかりと抱きついた。





「唯ちゃん…落ちつきなよ。俺も男だから、そんな事されたら止まらなくなっちまう。それに俺は、少し前に唯ちゃんを振った大草から連絡を受けてここに来たんだ。だから、その…もう少し冷静になれよ」


高木は真剣な口調で語る。





「…いい…それでもいい…」


高木の背中で、泣きながら話す唯。





その言葉を受けた高木は、ゆっくりと身体の向きを変え、そっと唯の背中に手を回した。


部屋の隅で見つめ逢う二人。


「唯ちゃん、俺は本気だから。本気で唯ちゃんのことが好きだ。唯ちゃんを大切にする。守っていく。だから…」





「唯ちゃんの…全てが欲しい…」


やや緊張ぎみの高木。





「高木さん…唯を…大人の女にして下さい…」


涙声の唯。





そして高木は目を閉じ、ゆっくりと顔を近づける。





(淳平、ゴメンね)


唯は心の中で淳平に謝ってから、目を閉じた。





狭いアパートの一室で、


キスを交わす二人。


淳平たちの知らぬ間に、二人は急速に距離を詰めていく…


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