「幸せのかたち」 8- takaci 様


それから4日後。


(こ、これは…)


淳平は、目の前の変わり果てた美鈴の姿に、ただ驚いていた。





ここは某総合病院の病室。


白地にピンクの水玉模様のパジャマを着る美鈴がベッドに横たわっている。


顔色はそれほど悪くないように見えるが、目は光を失っていて、いつもの鋭い眼光はない。


そして、右腕に巻かれた白いギプスと、口に付けられたマウスピース。


(レイプされたとは聞いたけど、腕も折られたのか?それにあの口に付いてるのは…?)


会話をする為に、口につけられていたマウスピースは看護婦の手により外された。


だが異常があった時にすぐ対応できるよう、看護婦は美鈴の傍らにずっと付いている。





「美鈴ちゃん、今の美鈴ちゃんにこんな事言ったら怒るかもしれないけど、とにかく前向きに考えて、早く元気になろ!」


「東城さんの言う通りだよ。あたしはあんたの辛さは分からない。でも、元気にならなきゃ!いつまでもそんな苦しそうな物、付けてたくないでしょ?」


明るく励ます綾とさつき。


「あたしもそうしたいです。でも、怖い…思い出すたびに、身体が震えて…」


美鈴の目じりからすっと雫が流れ落ちる。


「美鈴ちゃん…」


綾の胸が締めつけられる。


「でも…誰がこんな事を!美鈴をこんな目に遭わせて、それに腕まで折るなんて!!」


さつきは怒りをあらわにする。


「違います。腕は、あたしが自分で折ったんです…」


「「「えっ!?」」」


綾、さつき、淳平の3人が揃って声をあげる。





その後、美鈴の口から当時の状況が語られた。


涙で声を詰まらせながらも、自分の分かる限りの事を話した。


途中で何度か、大きく身体が震え出すこともあったが、


「美鈴、無理しないでいいよ」


そのたびに、さつきは美鈴の身体を強く抱きしめる。


その、さつきのぬくもり=優しさで震えは止まり、再び話を続ける美鈴。








(痛みに耐えきれずに暴れて、そのせいで腕が折れたなんて…)


絶句する淳平。


「美鈴、じゃあその男の事は何も分からないんだ…」


「突然後ろから殴られたんで何も見てないし、その後も目隠しと耳栓で何も…」


「あたし絶対に許さない!!美鈴をこんなにした男、絶対許さない!!!」


さつきの怒りが再び復活。


「あたしも許せないけど…でも今は忘れたい。あの引き裂かれるような痛み、あれを思い出すたびに震えて…正直、マウスピースには何度も助けられたんです。その度に舌を噛み切ろうとして…」


(ななななな…なんだって!?)


〔あれは自殺防止用なんだ。昨日までは目を覚ますと怯えて、錯乱して…それを抑える為に限界ギリギリまで鎮静剤を使ってたんだ〕


驚く淳平に外村が小声で囁く。





「美鈴、しっかりしなよ!弱気はあんたには似合わないよ!」


「北大路先輩、でも怖いんです…」


「美鈴!!勇気出しな!!!」





「北大路さん!今の美鈴ちゃんを責めちゃダメ!」


突然、綾がさつきを叱る。


普段は温厚な綾がめずらしく厳しい表情を見せた。


めったに怒らない人間が怒る時の迫力はすさまじい物がある。


綾もそれに当てはまっており、並々ならぬ威圧感があった。


さすがのさつきも、今の綾の前ではそれ以上何も言えなかった。





「美鈴。俺、気の聞いた言葉なんて何も言えないけど…早く、元気になってくれ。それでまた、一緒に映画を作ろう」


これが、今の淳平にとって精一杯の言葉だった。


美鈴を励ましたくても、これ以上が思い浮かばない自分自身に腹立たしさを感じる。








「真中、美鈴のそばに行ってくれ」


「ん?」


外村が淳平の背中を押した。


綾と入れ替わる形でベッド脇の椅子に腰掛ける。





美鈴は淳平に向けて左手を差し出した。


その手…いや身体全体が小刻みに震えているのが分かる。


「美鈴の手を握ってやってくれないか?」


「お、俺が? で、でもいいのか?」


外村の言葉に戸惑う淳平。


「確かに、今の美鈴は男が怖い。俺や親父とも話は出来ないし、身体に触れると凄い怯える」


「ちょっと待て!そんな状態でなんで俺が…」


「美鈴か『お前なら大丈夫かも知れない』って言ったんだよ!」


「えっ…」


「頼む!美鈴は苦しみながらも頑張ってるんだ!その思いに応えてくれ!」


初めて見る、必死な外村の姿。


そして、改めて美鈴を見る。





美鈴の怯える瞳の中に、強い意思を感じた。


(なんで俺なら大丈夫なんだ?いやそんな事より、美鈴は今、凄い恐怖と戦ってるんだ)


(俺もそれに…応えないと)


「美鈴、いいか?」


意を決した淳平は、美鈴に最後の確認をする。


美鈴は、コクンと小さく頷いた。


それを見た淳平は、美鈴の左手を、両手でぎゅっと握り締めた。





美鈴の震えが、両手を通じて淳平に伝わる。


(美鈴、頑張れ…)


目を堅く瞑り、祈りつづける淳平。


自らの思いを、両手から美鈴に送りこむように祈る。





静かな時間が続いた。


誰も言葉を発せず、ただ見守る。





手を握り締めた直後、身体がピクンと反応した。


震えも若干大きくなる。


だがそれでも、淳平は祈る。





そして、その思いが通じたのか、


やがて、震えは止まった。





淳平は恐る恐る顔を上げていく。


(ど、どんな顔をしてるんだ…ひょっとして恐怖で気を失っちゃったのかも…)


美鈴の震えが淳平にもある種の恐怖を生み出していた。


だがそれは…





「美鈴…お前…」


顔を上げた先にあった、美鈴の微笑み。


淳平の恐怖は一気に吹き飛んだ。





「やったあ!美鈴が笑った!!」


飛びあがる外村。


「美鈴!良く頑張ったね!!」


さつきも満面の笑みを見せる。


「美鈴、俺も出来る限り協力するから。だから頑張ろう!また一緒に映画作ろうな!」


淳平は握る手にやや力をこめ、笑顔で励ます。


そんな淳平に、笑顔で小さく頷く美鈴。





その様子を淳平の背中越しに眺める綾。


もちろん嬉しかったが、やや複雑でもある。


淳平の意識を独占している美鈴が羨ましかった。


見ているのが辛くなり、くるっと後ろを向くが…





こんな時に綾のドジが発生。足を滑らせてしまった。


「わっ…たっ…キャアッ!」


背中から倒れこんだ。


綾の背中が淳平の背中を押す恰好になり、


「おわっとぉ!?」


背中を押された淳平は、ベッドの美鈴に抱き付いてしまった。





「東城さん!なにやってるのよ!?」


「わ〜〜っ!!美鈴〜〜〜っ!!!」


「ごっ…ごめんなさい!!二人とも大丈…」


「「「!!!!!!」」」


淳平の姿に絶句する3人。





その時の淳平の心。


(ど、どうなったんだ?東城が転んで俺を押したみたいだけど…)


(い、いやそんな事より美鈴に抱き付いてることの方が問題だ!早く離れてやらないと!!)


「み、美鈴ゴメン!だ、大丈夫か?」


少し身体を放し、美鈴の顔を伺う。





間近にあった美鈴の顔は、顔を赤くして驚いていてはいるものの、怯えている様子は無いように見える。


(うわっ!初めてこんな間近で美鈴の顔を見たけど、やっぱ綺麗だな…って今はそんな事を考えてる場合じゃないだろ!!)


「こらぁ真中ぁ!!その手をどけろぉ!!」


「真中!!あんたどこ触ってんのよ!!」


後ろから聞こえる外村とさつきの怒鳴り声。


慌てて右手を美鈴の肩から放す。


「真中くん、そっちじゃなくって左手!!」


綾の声も慌てている。


「え、左手?そういえばなんか柔らか…」





「どおわああああ!!!???」





派手に驚くのも無理はなかった。





本当に偶然が重なったのだろう。


美鈴は両手で右胸を押さえていた。


なんとその下に淳平の左手がある。


美鈴の胸を触っているのだ。


しかも淳平の手はボタンの隙間からパジャマの中に滑りこんでいる。


今の美鈴はノーブラ。


そう、乳房にダイレクトに触れていた。





「みっ…美鈴スマン!!わっ、悪気はないんだ!!!ホント偶然…」


柔らかく、温かい場所から左手を抜こうとする淳平。


だがその手はパジャマの上から美鈴によって押さえられており、簡単には抜けない。


結果的に、乳房をを揉む事に…





淳平の意識は、嫌でも左手に集中する。


力を入れていないにもかかわらず、指が乳房に食い込んでいるのが分かる。


しかも人差し指と中指の間に感じる、やや固い感触。


手を抜こうとして動かした際、この固い感触のモノに刺激を与えてしまう。





「あっ…」


美鈴の身体がピクンと反応する。


(ヤッヤバイ!!この突起物は間違いなく乳首!!手を抜きたいけどいろいろ邪魔して…)


この時はじめて淳平は美鈴自らの手で自分の左手が押さえられていた事に気付いた。


「美鈴!手ぇ放して!!じゃないと抜けん!!!そ、それに看護婦さんもボーッと見てないで手伝って!!ボタンが引っかかって…」


淳平は全身汗だくで必死の形相。


「あ…」


淳平の訴えで美鈴は両手を放す。


そして看護婦がパジャマのボタンを1個外した事で、ようやく淳平の手は抜けた。





「本当にゴメン!!まさかこんな事になるなんて…許してくれ!!」


淳平は何度も何度も美鈴に頭を下げた。


だが、





「謝って許される事と思うかあ!!!」


ここで外村の怒り爆発。


乱暴に淳平の身体を病室の床に転ばせた。


「てめえ!!傷口に塩を塗りこむような事をしやがって!!」


「あたしも許さない!真中あんたって奴はあ〜〜〜!!!」


外村、さつき両人が淳平に蹴りを入れる。


「や、止めろぉ!!ここは病院だぞ!!」


「すぐ診てもらえるから丁度いいだろ!!美鈴の苦しみを味わえぇ〜〜!!」


「真中ぁ!!覚悟しなさーーい!!!」


ゲシッ!!ゲシッ!!


バキッ!!


ドカッ!!


「グハッ!!ゲホッ!!な、なんで俺がこんな目に〜〜…」


理不尽な『制裁』に涙を流す淳平だった。





「み、美鈴ちゃんごめんなさい!!あたしのせいで嫌な思いをさせちゃって…」


後ろで蹴られる淳平も気になるが、綾はとりあえず美鈴に謝った。


美鈴は顔を真っ赤にして、淳平に揉まれた右胸を両手で押さえて固まっている。


「美鈴ちゃん大丈夫?」


「あ、だ、大丈夫…です…ちょっと…ドキドキ…してますけど…」


「本当に、本当にごめんなさい!」


「あ、は、はい…」


どもりながらも、綾の言葉に応える美鈴。





(なんであたし、あいつの手を押さえちゃったんだろう…)


(男にあんな事されたら全身鳥肌で酷い事になると思ったけど…嫌じゃなかった)


(あたし…どうしちゃったんだろう?)


美鈴が心の中で自問自答をしている時、


看護婦がようやく外村とさつきを止め、淳平を助けていた。


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