「幸せのかたち」 7- takaci 様
それから5日後の長崎。
つかさは校舎のベランダから、眼下に広がる切り立った岩肌と青く済みきった海を眺めていた。
吹き上げる心地良い海風がブロンドをなびかせる。
この風と、耳に届くカモメの鳴き声が心地良い。
そんなつかさが身に纏うのは、紺色の生地に白いえりがアクセントのシンプルなロングスカートの制服。
都会ではめったに見なくなったロングスカートだが、今のつかさには抵抗なく履けるロングスカートが嬉しかった。
「西野さん、機嫌が良さそうですね」
「シスターアンナ。そう見えますか?」
つかさは後ろから声を掛けてきたシスターに笑顔を見せた。
「ええ。先日のご家族の電話から、ずっといい笑顔をされてますよ」
「そ、そうですか?でも、そうかもしれない」
今のつかさは笑顔を隠せなかった。
2日前の母からの電話。
[真中くんって男の子が、『つかさちゃんに』って手紙を持って来たわよ。これ、送って欲しい?]
「お願い、速達で送って!!」
即答するつかさだった。
「あなたの笑顔の理由は、これですか?」
シスターはつかさにやや大きめの包みを見せる。
「あ〜〜〜〜っ!!!」
「でもあなたの顔から推測すると、これは男の子からの…」
「し、シスターお願いします。ここは見逃して…いやその…淳平くんは恋人じゃ…あの…だ、だからですね…」
思いっきり慌てるつかさ。
「まあ、一応『家族からの手紙』ですし、たとえ中身が違っていても、西野さんの今の顔を見たら、渡すしかないですわね」
シスターは『仕方ないか』といった感じの笑顔で、つかさに包みを差し出した。
「あ、ありがとうございます!」
満面の笑みで包みを受け取るつかさ。
そして急いで封を開け、中身を取り出す。
「これ…何だろ?」
手作りの冊子を一目見る。
だがそれよりも、つかさの関心は便箋の方にあった。
便箋を開けると、お世辞にも綺麗とは言えない男の字が目に入った。
でも、それがつかさの心に温かいものを呼び覚ます。
(淳平くんの字だ…)
つかさは久しぶりに、淳平の『存在』を感じていた。
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西野、手紙ありがとう。
そっちはいろいろと大変みたいだね。
でもやっぱり『模範生徒』っていうのは素晴らしい事だと思う。
だからめげずに頑張ってください。
俺、西野が長崎に行った事を知った時は、メチャメチャ驚いた。
西野を尋ねてケーキ屋に行ったら、偶然友達のトモコちゃんに会って、彼女から聞いたんだ。
それまで放ったらかしで、本当にゴメン。
実は俺、4月から塾に通い出したんだ。
映像関係の学部がある大学を目指している。
その為には、やっぱ勉強しとかないとね。
とは言っても、塾に通うきっかけは東城が通ってたからなんだよ。
それがなかったら、俺は今でものほほんとしてて、自分の『現実』を知らなかっただろうなあ。
今の俺の成績じゃあ、志望大学に行けない事を思い知らされました。
東城の頭の良さを少しでも分けて欲しいなあ…
東城とは学校では同じクラス(外村と小宮山の一緒。さつきは別クラスになっちゃった)だけど、塾では別クラスなんだ。
頭のレベルが違うから…
これが、『現実』(マジ悲しいよ…)。
今は塾の新しい友達と勉強する毎日です。
とは言っても、映画を作る事は忘れていない。
そもそも西野を尋ねたのも、また西野にヒロインを頼むつもりだったんだ。
そこで西野が居ない事を知って、俺はおお慌てしたってわけ。
西野の代わり、って言ったらその子に失礼だけど、主役は決まった。
あ、今回は主役=ヒロインなんだよ。
向井 こずえちゃんっていう同じ塾に通う女の子で、主役のイメージにピッタリなんだ。
本人はあまり乗り気じゃなかったけど、俺と東城の二人で頼みこんで、なんとかOKしてもらったんだ。
台本と一緒に彼女の写真を送るから、見てくれないかな?
で、台本を送った理由だけど、
やっぱり西野に出演を頼みたい。
今回は、主役の他にもう二人の女の子がいるんだ。
1人はさつきが演じるけど、もう一人を西野に頼みたい。
まあ、頼りない主役の代わりに『名脇役』でカバーするってトコかな。
実はこのもう1人、最初は美鈴にやってもらうつもりだったんだ。
でも西野からの手紙を受け取って、西野が夏休み前に帰って来れる可能性があるって知って、
それなら西野のほうがいい!って思ったんだ。
だから西野には、夏休み前に帰ってきて欲しい。
もちろん、それより前に帰ってきてくれたらもっと嬉しいよ。
俺も、西野に会えないのは寂しいから。
もし、西野が夏休みに帰って来れないようだったら、俺、迎えに行くよ。
俺の勘違いかもしれないけど、手紙から、西野の想いが十分伝わってきた。
だから、それまでに俺も、西野の想いに応えられるような男になって見せるよ(ここまで言っておいて出来なかったらマジ情けないけど…)。
じゃあ、体に気をつけて頑張ってください。
あの元気な笑顔で帰ってくる日を、心待ちにしています。
真中 淳平
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「淳平くん…ゴメン…ありがとう…」
手紙を読み終えた時、つかさの顔は涙でクチャクチャだった。
そして、手紙と台本を両手でぎゅっと胸に押しつける。
淳平と小宮山が同じクラスだと知ったとき、一瞬、不安が駆け巡った。
だがそれよりも、今のつかさは喜びのほうが大きかった。
(淳平くん…まだ、あたしの居場所は、あるんだね)
(淳平くんの隣は、東城さんだけじゃなくって…)
(あたしの場所も、あるんだね…)
(でもゴメン。もうちょっと待ってて)
(あたし、まだ、以前のように笑えない)
(笑えるようになったら、すぐに戻るから)
(それで、勢い良く淳平くんの胸に飛び込んじゃうからね!)
心の中で、淳平にメッセージを送るつかさ。
強い海風がつかさの顔に当たる。
頬を流れる涙が、宝石のように輝きながら風に乗って舞い上がった。
少女の想いを詰めこんだ宝石は、空高く消えていく。
想いを、遠く離れた人に届けるかのごとく…
その日の夜。
泉坂の近くにあるとある廃工場。
光はほとんどなく、ふだんは誰も立ち寄らない場所。
だが今日は、苦しそうなうめき声が響いている。
なぜかこの工場の一角にある、汚れた病院用のベッド。
その両角のパイプに、背を向けた恰好で両手首をキツく縛られた全裸の少女。
暗闇の中に、白いスレンダーな身体をさらけ出している。
さらに猿轡に目隠し。それに加え両耳は詰め物がされた上にガムテープが張られている。
何も見えない。何も聞こえない。
必然的に、他の感覚が強くなる。
無論、肌の感覚も。
美しい身体を、ごつい男の手が汚していく。
「んーーーっ!!んーーー!!」
おぞましい感覚に耐えきれず、猿轡をされた口から声が漏れる。
目隠しの下からは、涙がどんどん溢れ出す。
「ん!!」
小さく叫ぶ男の声。
「ぐあっ!!!」
苦痛を訴える少女。
男の欲望が、少女の『未開の地』に突き刺さった瞬間だった。
暗闇の中で、少女から流れ出た鮮血が汚れたシーツに滴り落ちる。
「ふっ!ふっ!ふっ!ふっ!ふっ!」
腰の動きにリンクする男の息遣い。
「ぐっ!ぐっ!ぐっ!ぐっ!ぐぁっ!!」
そして少女の叫び声。
バンバンバンバンバン…
肉と肉がぶつかる音。
両の手首を拘束され、男に腰を掴まれ、身動きが取れない少女。
それでも痛みに耐えきれず上体を暴れさせる。
唯一、自由に動く首を振り回し、強烈な苦痛を訴えつづける。
普段は整っている黒髪のショートヘアは大きく乱れ、涙が四方八方に飛び散る。
だが、このあまりにも無残な光景も、闇が全てを隠していた。
ボキッ
「ぐあっ!!!」
一瞬、嫌な音が鳴る。
その直後、それまでとはトーンが異なる叫び声が響いた。
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