「幸せのかたち」 4- takaci 様
「ふ、二人とも、どしたの?」
さすがの舞も戸惑う。
「ねえ真中くん、ひょっとして…」
「ああ。俺のイメージでは『長い黒髪』ってのがあったんだけど…」
ぼそぼそとつぶやく淳平と綾。
「あ、あのう…」
こずえは恥ずかしそうにもじもじしている。
「ねえ向井さん、ヘアバンドとってみてくれないかな?」
「え?い、良いですけど…」
綾に言われて、こずえはヘアバンドをとった。
綺麗な黒髪がストンと垂れ下がる。
「これで…良いですか?」
手で簡単に髪を整え、淳平と綾に向き合うこずえ。
「真中くん、良いんじゃないかな!?」
「俺的にはドンピシャ!ヒロインのイメージにピッタリ!!」
晴れやかな表情の二人。
「ええ〜〜っ!?ひ、ヒロインって、まさか!?」
「こずえちゃんお願い!!映画のヒロイン頼む!!!」
手を合わせて頼みこむ淳平。
「そ、そんなぁ〜〜。あ、あたし演技なんで無理ですよぉ〜〜〜」
半泣き状態のこずえ。
「それだよそれ!その感じがまさにヒロインにピッタリなんだ!そのキャラを生かしてくれれば出来るよ!!俺たちもサポートするからお願い!!!」
「あたしも向井さんが演じやすいように脚本を直してみるから、あたしからもお願いします!向井さんなら西野さんの代役、立派に務まると思う」
「いや、こずえちゃんは代役じゃない!例え西野がいたとしても俺はこずえちゃんに頼む!もうそれくらいドンピシャなんだよ!!」
必死になって説得する二人。
綾が必死なのは珍しいが、これは自分がヒロインになる可能性を排除する為でもあった。
「で、でもぉ…」
二人の熱意に押されぎみのこずえだが、簡単に了承できる事ではない。
「向井ィ〜、やってみなよ〜」
隣の舞もこずえを促す。
「ちょっと舞ちゃん!そんな気軽に言わないでよぉ〜〜」
「だって良く考えてみなよ。映画のヒロインなんで人生に一度あるかないかの事だよ。こんなチャンス逃すなって!」
「そ、そりゃそうかもしれないけど…」
だんだんと逃げ場を失うこずえ。
「それにあの『泉坂高校映像研究部』だよ。そこの監督自らが頼んでるんだから、断ったらもったいないよ」
「浦沢さん、なにそれ?」
「そうそう、ひょっとして俺たちって結構有名なの?」
舞の言葉に綾と淳平が反応した。
「うん。あんたたちの名前って結構知られてるよ。だから今日、東城さんが映像研究部だって聞いてマジ驚いたもん。でもそれ以上に驚いたのが監督だね。あの有名な監督が、まさかマナカっちだったとはねぇ〜〜」
「ええ!!お、俺ってそんなに!?」
淳平の顔がにやける。
「うん。女の子を綺麗に撮るって言われてるし、それになにより、大草、天地の『泉坂二大プレイボーイの上に立つ者』って言われてるんだよね。でもマナカっちにそんなイメージないもんなあ…」
「な、なんだよそれ?俺が大草と天地の上って、何でそんな事が…」
「その二人って女の子にもてまくりで、二人が喰った女の子の数はそれぞれ3桁に上るって言われてるんだけど、どの女の子も『一夜以上の関係』は持っていないのよ」
「「ええ!?」」
派手に驚く淳平とこずえ。
綾は声こそあげないが、顔をしかめている。
「二人とも理由は『本命の女の子がいるから』。それぞれ別の娘みたいだけど、それでその『本命』の女の子の心を掴んでいるのが『映研の監督』って言われてるんだけど…どうなの?」
「ど、どうなのって言われても…」
舞に突っ込まれ、どもる淳平。
〈天地の本命は東城で間違いない。大草は、たぶん西野だろうな。でもそうだとすると…東城と西野の心を俺が掴んでるって事?〉
淳平は隣に座る綾の様子を伺う。
綾は顔を赤くしてうつむいたままだった。
「ふ〜〜ん。まいっか」
簡単に引っ込んだ舞。
だが、綾の様子から何かを察したようで、その顔は不気味な含み笑いを浮かべている。
「でも、どんなカッコいい人か知らないけど、その二人の男の人ってヤダな。一夜以上の関係はもたないって…」
顔をしかめるこずえ。
「でも女の子の方もそれを承知なんだよ。あたしの知ってる娘で大草に喰われたのがいるんだけど…」
「「「えっ!?」」」
淳平、綾、こずえの3人が舞を見つめる。
「その娘から聞いたんだけど、ヤル前に『本命の娘』の事を聞かされたらしい。たしか『エメラルドの瞳、黄金の髪、この二つの輝きに俺の心は奪われてる』とかなんとか…」
「まあそんな事言われたにも関わらずヤラせちゃったその娘もバカだけどさ、それを言う大草って奴も最低だよね。そもそもそんな外人みたいな女がいるわけないッつうの!」
舞はだんだん荒れてきた。
「いや、でも…たぶん西野のことだと思うけど、彼女はホントそうだよ。確かに目の色は緑がかってるし、綺麗なブロンドだよ」
荒れる舞に淳平がつかさのことを話す。
「ちょっとマジでぇ?でもそれって髪の色抜いて、カラコン入れてるんでしょ?そんな女、感じ悪いよ。まああたしも人のことは言えないけどさあ」
本人の言うとおり、舞の髪も明るい茶髪だ。
「いや…でも西野って、昔っからそうだよな。中学の時からずっと金髪だし、ましてやカラコンなんて絶対入れてないはず…だよね?」
淳平は隣の綾に尋ねる。
「西野さんはなにもしてないよ。光の加減では本当にエメラルドみたいに輝く瞳も、綺麗なブロンドも本物。確かお母さんの祖先にロシア系の血が入ってるって、西野さん本人から聞いたことがある」
「あ、やっぱりそうなんだ」
今この場ではじめて知った淳平。
「じゃあお父さんも?遺伝では目も髪も黒が優勢でしょ?」
今度はこずえが綾に尋ねる。
「ううん。お父さんは普通みたいよ。だからお父さんの祖先にもそんな血が入っていたか、それか突然変異かもね」
「じゃあ俺的には突然変異ってイメージかな。西野って普通の娘とは違うからなあ」
「へえ。ホントにそんな娘がいるんだ。なんか腹立つな…」
今度はふてくされる舞。
「でも…あたしにそんな人の代役なんて…」
つかさの話を聞いて、暗くなるこずえ。
「だからぁ、こずえちゃんは代役じゃないって!西野が居る居ないにもかかわらず、俺はこずえちゃんにヒロインを頼みたい」
「向井さん、とりあえずやってみてくれないかな?やってみてダメだったらその時はまた考えるから。ね、お願い!」
淳平と綾は再度頼みこむ。
「そこまで言うのなら…」
こずえは複雑な表情を浮かべながらも、小さく頷いた。
「ホント!こずえちゃんありがとう!!」
淳平は済みきった笑顔を見せる。
「じゃあ、向井さんの姿を撮っておくね」
綾は鞄から携帯を取り出す。
「え?い、今から!?」
「とりあえず映研のみんなにこずえちゃんの姿を見せておきたいからさ。普通にしてくれればいいよ」
「ふ、普通って言われてもなあ…」
「あ、そうだそうだ。脚本渡しとくね!俺の使ってた脚本でちょっと汚れてるけど…」
淳平は戸惑うこずえに脚本を差し出した。
こずえは反射的に脚本を受け取る。
(なんか…あたしって流されてるような…)
脚本を見ながら、今の自分の状況に疑問を抱き始める。
(でも、真中さんの使ってた脚本か…)
今度は、自然と笑みがこぼれ出す。
〔あんた、マナカっちが使ってた物が貰えて嬉しいの?〕
こずえの耳元で、舞はにやけながら囁いた。
「ちょっ…舞ちゃんなに言ってんのよ!?」
こずえは慌てて立ちあがろうとした。
その拍子で太ももがテーブルにぶつかり、
こずえのジュースが倒れ、
向かいに座る淳平のズボンにこぼれてしまった。
「あ〜〜〜っ!!」
声をあげる真中。
「ちょっとお、あんたなにやってんのよお…」
舞は呆れながらもおしぼりでテーブルを拭く。
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」
淳平に向かって何度も頭を下げるこずえ。
(なんかこの姿、本当に脚本のヒロインそのものね)
綾の携帯カメラは、こずえのあわてっぷりをムービーで録画している。
「ちょっと東城さん!向井なんか撮ってないで手伝ってよお!!」
「あ、ご、ごめんなさい!」
舞に言われて、綾は慌てて携帯をしまった。
(でも…よく考えてみたら変だな。あの西野さんが、真中くんに何も言わずに行っちゃうなんて…)
綾はそんな事を考えながら、こずえのこぼしたジュースを拭き取っていた。
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