「幸せのかたち」31 - takaci  様


「はあ・・・あたしって本当にドジだな。かっこよく身を引こうと思ったのに・・・」


「淳平くんを諦めるなんて出来ないって。あたし、東城さんが淳平くんを振ったって聞いたとき、すごい違和感があったもん」


「でも、真中くんの心にあたしはいない。あたしはずっと片思いだから・・・」


「それは間違ってるよ。淳平くんの心の中には、東城さんがいる。あたしはずっとそう感じてきたもん」


「たとえそうだとしても、西野さんのほうがずっと大きいよ。あたしは西野さんには敵わない・・・」


「じゃあ、淳平くんを諦めきれる?」


「それは・・・」








「あたしは淳平くんが大好き。東城さんも淳平くんが大好き。ううん、大好きというより、かけがえのない存在になってる。あたしも、東城さんも」


「・・・うん・・・」


「あたしは淳平くんの側にいたい。でもだからといって今の東城さんに譲ってもらうのは嫌なの。あの東城さんの苦しみを見ちゃったから、とてもじゃないけど・・・」


「ごめんなさい・・・」


「だからさ、3人が幸せになれる方法を探そうよ。あたしと、東城さんと、淳平くんが幸せになれる方法をね」


「そんな方法、あるの?」


「あたしはひとつあるよ。東城さんの同意があればだけどね」


「あたしもひとつ浮かんだ。これは・・・西野さんの同意がいるけど」


「たぶん、同じ考えだね。あたし、東城さんは嫌いじゃないもん。むしろ好きかな?」


「あたしも西野さんには憧れてるもん。もっと仲良くなりたいと思ってるから」


「あたしたちって結構似たもの同士なのかな?」


「そうかもね。同じ人を好きになったんだもんね」





「ちょっとちょっと!!あなたたち何笑ってるのよ!!いったい何考えてんのよお!?」


微笑む美少女二人を前に、手島の頭は混乱を極めていた。















(いったい何を話しているんだろうか?)


淳平は廊下から綾とつかさがいる部屋の扉にじっと目を凝らし続けている。





あんな騒ぎを起こしたつかさがそのまま帰れるはずがなかった。


両親とともに泉坂署まで連行される事になり、淳平も付いて来たのだが、


屋上から出てすぐ、慟哭する綾の姿を見てしまった。


綾は慌てて立ち去ろうとしたのだが、手島に捕まってしまった。





「あなた、死ぬ気ね?眼を見れば分かるわ!」





つかさを助ける事が出来て幸せだった気分が一気に吹き飛んだ。


そして今度は強烈な自責の念が淳平に降りかかる。


(俺は一体どうすればいいんだ!?)


廊下の硬いベンチに座りながら、淳平の苦悩は続いていた。





ガチャ・・・


扉が開くと、疲れきった表情の手島が姿を現した。


そのままゆっくりと扉を閉め、もたれ掛かってうなだれる。


「あの、刑事さん、その・・・東城と西野は?」


淳平はどきどきしながら恐る恐る手島に尋ねる。


「君ねえ、あの子達にいったい何をしてきたの?」


「な、何って言われてもその・・・まあいろいろあって・・・」


手島の厳しい口調にびくつきながら、しどろもどろで答える淳平。


「全く・・・ちょっとこっちに来なさい!」


「うわっとっと・・・な、何ですかいきなり!?」


手島は荒っぽく淳平の手を引っ張っていった。





淳平はそのまま捜査課のフロアに連れて来られた。


そして薄汚い応接スペースの硬いソファに座らされる。


「君、確か真中くんだっけ?」


「はい、真中淳平です」


向かいに座る手島の眼を見ながら淳平は答えた。


「こうなった経緯はもうどうでもいいわ。真中くんはこれからどうしたいの?」


「ど、どうって?」


「あの二人のかわいい女の子とどうやって付き合っていくつもりなの?」


「それは・・・」


言葉に詰まる。





(俺は今、西野と付き合い始めようとしているんだよな)


(それは東城が背中を押してくれたから、俺は思い切って告白する事が出来た)


(東城が身を引いてくれたから、西野を救えたんだ)


(でもそれと引き換えに、東城を苦しめてしまった)


淳平はエレベーターの前で見た綾の姿を再度思い出した。





(あんな東城の姿を見たら、放っておけない)


(東城を見捨てて、西野と幸せに過ごすなんて俺には出来ない!)


(でもだからといって・・・西野を見捨てる事も出来ない!)


(本当に・・・本当にどうすればいいんだあ!!)


淳平は頭を抱え込んでしまった。


自分には解けない難問を突き付けたれ、頭がオーバーヒートしそうになっている。





「真剣に悩んでるのを見ると、どうやら不真面目な気持ちで付き合ってたわけじゃないみたいね」


手島は悩む淳平を見ながらそう話した。


「東城も西野も俺にはもったいないくらいのいい子で、もちろんかわいいし、性格だってすごくいい。そんな二人が俺の事を好きでいてくれるんです」


「俺、自分でも優柔不断で情けないと思ってます。どちらかに決めなきゃいけないとずっと思ってきました。でも・・・」


「でも?」


「・・・決められないです。特にさっきの東城の姿を見たらもう・・・逆にもし東城を選んだら、今度は西野がああなる。それが分かっているのなら、片方に決めるのは絶対に出来ない」





(俺ってほんと情けないよな。でも・・・もうどうしようもないよ)


(こんな俺に二人とも愛想を付かして離れていくなら、それもまた仕方ない・・・か)


淳平は開き直りの心境になる。





「じゃあ・・・真中くん、西野さん、東城さんの3人とも幸せになれる方法があったら、どうする?」


「そんな方法があるんですか!?」


淳平は思わず立ち上がる。


「今それについて西野さんと東城さんが話してるわ。あの二人はその方法を取るつもりね。後は君だけど・・・」


「そんな方法があるなら、俺だって乗りますよ!!」


「でもこの方法で一番辛いのは君よ」


「俺が一番辛い?」


笑顔になった淳平の顔が再び曇った。


「君みたいなごく普通の男の子には、耐えられないんじゃないかな?」


「それって、そんなに辛いんですか?」


「辛いというより、君の容量の問題ね。大きな幸せも容量を超えると辛さに変わるのよ」


「容量? 幸せが辛い?」


淳平の頭では理解不能だった。


「・・・まあいいわ。どちらにしても君にはこの選択肢しかないからね」


「あの・・・それって具体的にはどうするんですか?」


「それは彼女ら3人と直接話しなさい。それが一番いい」


「は、はあ・・・」


「ほらほら、そんな不安そうな顔しないの!困ったことがあったらお姉さんたちが相談に乗ってあげるから!それに君には今日まだやらなきゃならない事が残ってるんだからね!」


「へっ!?今日ですか?」


わけも分からず聞き返すと、手島はソファを立って捜査課にいる人間を集めだした。


一箇所に集まり、なにやらひそひそ話をしている。





(何を話してるんだろう?なんか俺をちらちらと見てるよなあ・・・)


(あれっ、みんな財布を出したぞ?お金を集めてるのか?)


(あれ、何やってんだ?若い刑事さんの内ポケットに手を突っ込んで・・・)


しばらく様子を伺っていると、手島は手になにやら持って戻ってきた。


そしてそのまま淳平とフロアの外へと連れて行く。


淳平は捜査課にいた男子刑事全員から恨みのこもった目で睨まれていた事など知る由もなかった。





「ハイこれ、もってきなさい」


淳平は手島の差し出した封筒を反射的に受け取った。


「これって・・・ちょ、ちょっとなんですかこれは!?」


封筒の中には5万円と、なんとコンドームが入っていた。


「後輩が持ってたから奪い取ってきたのよ。あいつ彼女いなかったはずだから持っててもしょうがないのにね。ひょっとして君は持ち歩いてる?」


「まあ俺も財布の中に忍ばせて・・・じゃなくって!何でこれを渡すんですか!?それにこの金は何ですか!?」


「もう少し小さな声で話しなさい。持ってるものが持ってるものなんだから!!」


「あ、は、はあ」


手島が人差し指を口に当てて注意すると、淳平はおとなしく従う。


そのまま二人はこそこそと移動し、廊下にある自販機の前で立ち止まった。





「あたしが車で連れてってあげるから、今夜、西野さんを抱いてあげなさい」


「ええええっ!!!な、なんでいきなり!?」


当たり前だが、派手に驚く淳平。


「西野さんがそう望んでるのよ。東城さんも了承済み。何も問題はないわ。後は君しだい」


「で、で、でもなんでそんな事に?」


「西野さん、すごく不安だと思うな。たぶん、君との強い繋がりを求めてるのよ」


「俺との繋がり・・・」


「彼女はまだ心の傷を抱えてるわ。そんな彼女の方から言い出してきたのよ。その勇気に応えてあげなさい」


(そう・・・だよな。東城も初めてのときは震えていたんだ)


(でも西野には苦い、怖い記憶がある。西野はそれに立ち向かおうとしてるんだ)


(俺は西野の助けになりたい。それに・・・俺だって西野を抱きたいとずっと思ってきたんだ)





「俺は何の問題もないですよ。むしろ嬉しいくらいです」


淳平は自然と顔がほころんでくる。


「ったくだらしない顔して!もう少ししゃんとしなさい!」


「仕方ないじゃないですかあ!西野を抱けるなんてまるで夢みたいなんですから!」


「まったく!でもその図太さなら君は幸せになれるかもね?」


「えっ?」


「まあいいわ。ちょっと待ってなさい。車を準備するからね」


そう言うと手島は駐車場に向かった。





(図太さが幸せと何の関係があるんだろうか?)


(それにしても、まさかこんな展開になるなんてなあ・・・)


嬉しい気持ちはあるものの、あまりの急展開に戸惑いを隠せない淳平だった。




















淳平とつかさの二人は、手島の運転する車で海の近くにある高級ホテル前に運ばれた。


「じゃあまたね。帰りは地下鉄の駅がすぐ側にあるからそっちを使ってね」


そう言い残して手島の車は去っていった。





「淳平くん・・・」


つかさは硬い表情で、淳平の腕をぎゅっと掴む。


警察からここに来るまで、車内でもつかさは淳平に寄り添い、身体を離すことはなかった。


(西野、不安なんだろうな。このままホテルに入る前に少しでもリラックスさせてあげたいなあ)


そう考えていた淳平に、ある考えが浮かび上がった。


「西野、そこの公園に行かない?」


「公園?」


「大丈夫だよ。明るいし人も結構多いし、海の夜景を見るのもいいんじゃないかな?」


「そうだね。あたし、潮風を浴びたいな」


「よし、じゃあ行こう!」


二人は手を取り合いながら、公園の中に入っていった。











「わあ・・・すごいすごい!」


「本当だ。きれいだなあ・・・」


二人並んで公園の柵に手をかけながら、夜の海の夜景に心奪われる。


(今日1日、いろんなことがあったなあ。こずえちゃんが襲われて、小宮山が捕まって、西野を助けて・・・)


(でも、こずえちゃんが無事で本当によかった)


つかさと一緒に警察を出る頃には、つかさの両親と綾は警察の人に自宅まで送られ、その姿はなかった。


だが綾は淳平に向けた手紙をつかさに託していた。


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向井さんからさっき電話がありました。


ショックは受けてるけど、大丈夫との事でした。


それと、向井さんから真中くんへのメッセージです。


「真中さんの叫び声、車の中でも聞こえました。友達がああなってとても辛いと思うけどがんばってください。あたしは、たぶん大丈夫です。ひょっとしたらまた男の人に怯えて前よりひどくなっちゃうかもしれないけど、嫌わないでくださいね。また前と同じように、一緒に映画の話をしたいです」


向井さん、映画も出たいって言ってたよ。だから真中くんもそんなに心配しないでね。





それと、西野さんの事、よろしくお願いします。


今夜はあたしのことは忘れて、西野さんの事だけ考えてあげて。


今後の事は、また3人で一緒に話そうね。


じゃあ、こんな事言うのも変だけど、頑張ってください


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(こずえちゃんも思ったより大丈夫っぽいな。本当によかった)


(東城ありがとう。今夜は東城の言うとおり、西野のことだけ考えるよ)


淳平は隣で夜景に見とれているつかさの笑顔をじっと見つめる。


「どうしたの?あたしの顔に何か付いてる?」


つかさが淳平の視線に気づいた。


「いや何も。ただ、やっぱり西野はかわいいなあって」


「もう・・・淳平くんのバカ!」


つかさは照れて赤くなり、その表情のまま海に目を向けた。


その照れた横顔もまたかわいい。





「ねえ淳平くん・・・」


「なに?」


「あたしね、淳平くんが来てくれた直前に飛び降りようとしてて、淳平くんの声で踏みとどまったんだけど、その前に誰もいないときに、一度飛び降りようとしたんだ。でもその時も、声が聞こえて止めたの」


「えっ? だ、誰の声が聞こえたの?」


「・・・さつきちゃん・・・」


「さつき?」


「うん。『西野さん止めて!』って。天国から止めてくれたのかな?って思ったんだけど、下から聞こえた気がしたの」


「下から?」


「うん。あれは死んだ人の声じゃない。生きてる人の声に感じたんだ」


「そうか・・・さつきの心が西野を止めてくれたんだ」


感慨深げになる淳平。


「えっ、どういうこと?さつきちゃんて亡くなったんじゃ・・・」


「実は、さつきな・・・」





淳平はつかさに、さつきがドナー登録していた事を話した。


そしてそれに基づき、さつきの臓器がほかの人に移植され、今も生きて動いている事を説明した。


「さつきちゃん、そんな立派な事してたんだ・・・」


「さつきという人間はもういない。でも、さつきの心は生きている。さつきの心臓はどこかでまだ動いているんだ。そう考えれば、さつきはまだ死んじゃあいない。さつきの家族もそう思ってるんだ」


「さつきちゃんは・・・まだ生きてるんだ・・・」


つかさの瞳から涙が溢れてきた。


「だから、西野もそんなに気を落とすなよ。今度一緒に謝りに行こう。さつきの家族はもう泉坂にはいないからちょっと遠いけど、一緒に行こう」


「うん・・・淳平くんありがとう・・・」


二人はじっと見つめ合う。





ここはデートスポットであり、周りもカップルばかりでそれぞれの世界に入っている。


このふたりも同じように、二人だけの世界に入っていた。


もう周りの目線も気にならない。





「本当に・・・あたしでいいの?」


つかさはうつむきながら、申し訳なさそうに切り出した。


「えっ?それってどういう・・・」


「あたし、小宮山くんを受け入れた。しかも彼の子供を妊娠して、墜ろしちゃった。もうどうしようもないくらいに汚れたキズモノだよ。そんなあたしで・・・」


「に・し・の!」





ぺちっ





淳平はつかさの顔を上げると、右の頬を軽くはたいた。


力は入れていないので、痛みは全くない。


あくまで『はたく』行為をしただけである。





「淳平くん・・・」


「自分で『キズモノ』なんて言っちゃだめだよ。それに西野は西野だ。俺の大好きな西野であることに違いなんだからさ」


「淳平くん・・・」


「それに、俺だって東城を抱いてるんだ。ある意味お合い子だよ」


「あたしそれ知ったとき、すっごいショックだった。ものすごく傷ついた」


急につかさの口調が暗くなる。


「えっ!?やっぱりそう!!」


焦る淳平。


「許せないって思った。もう知らないって思ったけど・・・」


「け、けど?」


「・・・それでも、やっぱり淳平くんが好きだった。それに済んだ事を言ってももうしょうがないもん」


つかさの口調がまた元に戻った。


励まされる、明るい声。


「西野・・・」


淳平にも笑みがこぼれる。





「あたしももう気にしない。今はただ、淳平くんが愛しい・・・」


つかさは淳平の背中に手を回してぎゅっと抱きしめる。


淳平も同じようにつかさを抱き寄せた。


温かい抱擁。


心が次第に穏やかになっていく。





「あ、そうだ忘れてた、これなんだけど・・・」


淳平はポケットの中からあるものを取り出し、つかさに見せる。







「嘘でしょ・・・信じられない・・・」









いちごのペンダント。


小宮山に引き千切られ、闇に捨てられたそれを目の前にしたつかさは驚きを隠せない。


「あの公園の茂みの中に光るものがあって、調べたらこれの鎖だったんだ。それを引っ張ったら、土の中から出てきたんだよ。千切れた鎖は換えたけど、ペンダントは泥を落としただけだよ」


「で、どうしよう?その・・・あの出来事を思い出しちゃうようだったら捨てたほうがいいと思うけど・・・もし、西野がよければ、その・・・」









「淳平くん、それ、あたしの首に付けてくれないかな?」


「えっ、いいの?」


つかさはこくんと小さく頷く。


それを見た淳平はつかさの首に手を回し、ペンダントを付けてあげた。


そしてつかさはそれを右手でぎゅっと握り締め、そっと目を閉じる。


「信じられない・・・これが帰ってくるなんて思わなかった・・・本当に嬉しい・・・」


「西野・・・」


「あたしね、よくこうやってペンダントを握ってたの。こうすると、淳平くんをより身近に感じられたから」


「でもこれ、あのときに小宮山くんに千切られて・・・襲われたのも辛かったけど、これが無くなったのはもっと辛かった。淳平くんを・・・感じられなくなっちゃったから・・・」


「西野、ごめん。俺のせいで小宮山に・・・」


「そんな事ない。夜の公園に一人で入ったあたしの不注意もあるもん。それに・・・」







「このペンダントが戻ってきた。ペンダントが、あたしと淳平くんをまた巡り会わせてくれた。それが・・・本当に嬉しい・・・」


「俺も嬉しいよ。こうして、西野の側にいられるのが・・・」


「淳平くん・・・」





じっと見つめ合うふたり。


潤んだグリーンの瞳に淳平の顔が映っている。


「あたしね、唇は守ったよ」


「えっ・・・」


「この唇は、まだ誰にも渡してないの。なんか順番が逆だけど、本当だよ」


「西野・・・じゃあ・・・」





「あたしの・・・ファーストキス・・・淳平くんに・・・捧げます」





「ありがとう・・・」





二人は目を閉じ、互いの顔をゆっくりと近づけていく。










そして、










唇を重ね合わせた。










その瞬間、つかさの目じりから涙が流れ出した。












大勢のカップルが、この公園でキスを交わす。





二人のキスも、その中のひとつ。





でもこの二人のキスが、今夜のカップルの中では最も輝いていた。





包み込むような穏やかな潮風が、二人を優しく祝福しているかのようだった。

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