「幸せのかたち」29 - takaci 様


最近のこずえはボーっとしている事が多い。


その原因はただひとつ。


先日、塾の屋上で偶然目撃してしまった、淳平と綾の『愛の営み』である。


ただでさえ刺激の強いこの行為は、強烈な妄想癖をもつこずえにとてつもない影響を与えていた。





(やだ〜頭から離れないよぉ…)


頭に浮かぶのはそればかり。


学校や塾の授業、家族や友人との会話も上の空である。


こずえ妄想ワールドでは…


今まで幾度となく繰り返されていた淳平との熱い絡みがよりリアルにグレードアップして連日休むことなく展開されていた。





こんな事ばかり考えているので、身体にも変化が現れている。


顔は常に赤みを帯び、女芯は枯れない泉と化していた。


『向井、あんた大丈夫?風邪ひいてんじゃないの?』


舞がいつも心配して声をかけてくれるが、本当の理由が言える筈もなく、毎夜自慰をしながら『舞ちゃんごめんね』と謝るこずえだった。





(どうしよう…こんな事ばっか考えてたらもっと変な子になっちゃうよお…)


(でも、アレって想像してたよりもずっとすごい。熱くって、激しくって…)


(東城さん、とても気持ちよさそうだったもん。男の人に触れられると、ものすごく感じちゃうんだろうなあ…)


(あたしも真中さんに触れられるとビビッと来る。もし、真中さんの手があんなトコやこんなトコに触ったら…)


(だ、だめだよぅ!!真中さんは東城さんと付き合ってるんだから、あたしなんか相手にしてくれないに決まってる…)





(でもでもでも、あたしは真中さん以外の男の人じゃダメだし、真中さんも東城さんもそれは知ってるから…)





(ひょっとしたら…)





こずえ妄想ワールド突入。





こうなるともう周りが見えない。


ボーっとしながらふらふらと歩くだけである。


気が付いたら全然知らない場所にいる事もしょっちゅうだ。





今も、塾の帰りで妄想ワールドに入ってしまった。


ふらふらとした足取りで帰り道から外れ、人気の無い所に来てしまっていた。


だがこずえは全く気付かないまま、淫靡な妄想を展開中。


周りが見えないこの状況は、危機回避能力が著しく低下する。





後ろから忍び寄る『野獣』にも気付かない…





(あっ真中さん…恥ずかしいよお…あたしのソコ、すっごいびしょびしょ…)





(ああっ!! そ、そんなトコ舐めないでくださあい…)





(はあはあはあ…  き、気持ちいい…)









ドッ!!





「うっ…」





妄想内の快感に酔いしれていたこずえに、現実の苦痛が突然襲いかかった。


意識が遠のき、身動きが取れなくなるほどの衝撃。





(な…なにが…起こったの?)


身体を捕まれ、引きずられていく感覚。


顔や手足に木の枝が当たりながら進んでいく。


直感が『危機』を察知したが、朦朧とした意識と激しい衝撃のダメージが残っている身体では抗う事が出来なかった。





ドサッ!


「うっ…」


今度は土の上にうつ伏せで乱暴に押し倒された。


さらなる衝撃にこずえの顔は苦痛で歪む。


(逃げなきゃ…)


そう思いながらも、身体はいう事を聞かない。


声も出ない。





さらに追い討ちをかけるように、両手を後ろで縛られてしまった。


そして猿轡が口にはめられる。


(恐い…恐いよお…)


恐怖で身体が震え出す。


苦痛が和らぎ、朦朧としていた意識も次第にはっきりとして来たが、その頃には完全に拘束され、身動きが一切取れない状況だった。


そして成すがままに身体を返され、仰向けに横たえられる。


「へえ、思ってたよりずっと可愛いなあ。しかも美味そうな身体してるぜ」


涙と暗闇のせいでよく見えないが、上に覆い被さっているシルエットから不気味な声が発せられる。


「んーーー!!!んーーー!!!」


(ヤダ!!放して!!)


こずえは唯一動く首を激しく振り、必死に抵抗を見せるが、





ガッ!!


「大人しくしてなよ。じゃないと首の骨折っちゃうぞ?」


大きな手で細い首を捕まれ、ゆっくりと締め付けていく。


(苦しいよう…恐いよう…)


恐怖に怯えた子猫は大きく身体を震わせ、涙が止まらない。


恐怖に屈し、一切の抵抗が出来なくなってしまった。





「いい子だ…」


恐怖のシルエットは落ち着いた声でそう言うと、





ブチブチブチッ!!!


こずえの制服を一気に引き裂いた。


ボタンが全て飛び、こずえの白い肌とかわいいブラがあらわになった。


さらにブラを上に押し上げ、ふたつの大きな膨らみを闇の中のわずかな光に晒した。


「でかいチチだなあ。こりゃあいい」


ごつい手がこずえの乳房を乱暴に揉み始めた。


やがて男の刺激を知らない乳首を強く摘んだり、唇に含んで強くむしゃぶりついたりして徹底的に弄ぶ。





「んーーー!!んんっ!!」


(痛い!!気持ち悪い!!もう止めて!!!)


こずえにとって初めて受ける『男の愛撫』は、想像していたような気持ちの良いものではなく、とてもおぞましい感触だった。


恐怖による震え。


羞恥心による体の熱さ。


不快感から生まれる鳥肌。


ありとあらゆる気持ち悪さがこずえを包み込んでゆく。





(ヤッヤダっ!!そッそこはダメえ!!!)


こずえの身体がびくんと大きく波打ち、石のように硬く硬直する。


突然、手がパンツの中に侵入して来た。


「おいおいおいおい、濡れてんじゃねえかよ」


男は薄ら笑いを浮かべなから、こずえを見下ろしているようだ。


ぼんやりとしたシルエットに対し、こずえは激しく首を横に振る。


「へっ!頭は嫌がってても、身体は求めてんじゃねえかよ。お前、相当スケベだなあ。ヒヒッ」


男の笑い声に寒気が走る。


(違うの!これは襲われる前からだよう!こんな気持ち悪い触られ方じゃあ濡れないよう!!)


否定したいが、猿轡をされているので言葉で伝えられない。


もっとも、言葉で伝えられたとしても『妄想で濡れていた』なんてことは恥ずかしくて言えない。


「そーかそーか、お前は俺が欲しいのか。分かったよ。ひっひっひ…」


こずえの心はどんどん追い込まれて行く。





「じゃあそのぐしょ濡れになった場所を見せてもらうとするかあ」


シルエットはこずえの身体を押さえながら、片手をスカートの中のパンツに手を掛けた。


(もう…ヤダあ…誰か助けてえ…)


(お願い…助けて…)


(助けて…)


(助けて…)


こずえは堅く目を閉じ、涙を流しながら必死に祈る。


耐えられないほどの羞恥心と屈辱。


そして、恐怖。


男性恐怖症のこずえに見知らぬ男が襲いかかっているのだ。


こずえの精神はもう限界である。










「おらああ!!!なにやってんだああ!!!」


(えっ!?)


そんなこずえの耳に、突然、別の男の激しい声が届いた。


それとほぼ同時に、押さえ込まれていた圧迫感が無くなる。


(何が起こったの!?)


目を開けて確かめたいが、恐怖で硬直してしまい動かない。





「向井!大丈夫!?」


今度は自身の名を呼ぶ女の声が聞こえた。


しかも、聞きなれた声。


(この声、ひょっとして!?)


こずえは恐る恐る眼を開ける。





涙と暗闇で良く分からないが、心配そうに覗き込む舞の顔である事を認識した。


(舞ちゃん…)


「ちょっと待ってな!解いてあげるから…」


舞は手と口の拘束をこずえの身体から外した。


身体が楽になり、安堵感が広がっていく。


「舞ちゃん…どうしてここに…」


「東城さんから電話が入ったの。あの小宮山って男に注意しろってね」










綾は先ほど、舞に携帯で小宮山への警戒と捜索を頼んでいた。


綾から状況の説明を受けた舞は危険を察知し、すぐ側にいた右島、左竹のふたりをボディーガード代わりにしてはぐれてしまったこずえの捜索を開始した。


そして3人でこの茂みの前を通りかかった時に異変に気付き、ケンカが滅法強い右島の突入劇となったのだ。





「じゃああの男は、前に会った真中さんと同じ部活の…」


こずえは言葉を失う。


以前会った事のある、しかも淳平の友人に襲われたという事が大きなショックだった。


「ごめん。もう少し早く駆け付けていれば…」


舞も大きなショックを受けていた。


こずえを見つけた時、その着衣は大きく乱れ、乳房が完全にあらわになりしかも先端が光っていた。


こずえがどんな事をされたのかは嫌がおうでも想像がつく。





「舞ちゃあん…恐かったよお…うわあああん…」


こずえは泣きながら舞に抱きつく。


「向井ごめんね。でももう大丈夫だから」


舞はこずえの頭を撫でながら、優しい言葉をかけてあげた。





一方、すぐ側では…





「てめえが小宮山かあ。ずいぶんとふざけた真似してくれるじゃねえか。ああ!!」


右島が小宮山の胸グラを掴み上げ、激しい言葉を浴びせる。


そして、





バキイッ!!





強烈な右フックを叩きこんだ。


派手に転がる小宮山の身体。


小宮山は見た目は恐いが、ケンカはそれほど強くない。


この一発で、戦闘力のほぼ全てを逸していた。


だが、右島の制裁がこれで終わるわけがない。


「左竹!この糞野郎を持ち上げろ!!」


「おら立て!!」


左竹は言われた通り、小宮山の腰を持ち上げて立たせた。


だが小柄な左竹が大柄の小宮山を持ち上げるのは辛く、ややふらついている。


「おおりゃあああ!!!!」


ドスッ!!


右島の強烈なパンチが小宮山のボディにめり込んだ。


「うげえ…」


小宮山の口から苦い声が漏れる。


強烈なダメージでもう立っていられない。


前のめりに倒れこみ、右島の身体に持たれかかった。


「てめえみたいな奴はこの場でぶっ殺してやりてえが、真中の頼みだ。命だけは助けてやる」


右島は低い声で持たれかかった小宮山にそう告げる。


「お前…なんで真中を…」


「てめえと一緒だ。真中のダチだよ!」


バキッ!!


右島は小宮山の身体を一旦離すと、強烈な右ストレートを顎に叩きこんだ。


それを食らった瞬間、小宮山の意識は飛び、その場で崩れ落ちた。


もう、ピクリとも動かない。





『右島、頼む。小宮山を見つけたら力ずくでもいいから止めてくれ。小宮山のした事が事実なら許せない。でも…たとえそうでも…あいつは俺の親友なんだ…』





右島は先ほど、携帯で聞いた淳平の言葉を思い出した。


とても辛そうに話す淳平の言葉を…





「真中、お前は優しすぎるぜ。こんな奴を『親友』と言うなんてな」


右島は倒れている小宮山に向かって吐き捨てるようにそう呟いた。


(ちきしょう!人を殴ってこんなにムカツクのは初めてだ!)


(この糞野郎のせいで、みんな嫌な気分になっちまうぜ!)


右島の怒りと苛立ちを現すかのように、右の拳が小刻みに震えていた。






























「はあ…はあ…はあ…」


淳平は綾と共にとある場所へ向けて走っていた。


息が荒く、とても苦しいがそんな事は言ってられない。





少し前に綾の携帯に届いた舞からの知らせ。


『向井が小宮山に襲われかかったんだ。そこにウチらが駆け付けて小宮山を捕まえたよ』


起きて欲しくなかった『最悪の事態』である。


被害者がまた一人出てしまった。


(俺のせいだ。俺のせいでこずえちゃんまで・・・)


強烈な罪悪感が淳平を襲う。


でもだからといって逃げるわけにはいかない。


ちゃんと小宮山と向き合うためにも…





「あ、真中くんあそこ!」


綾が指差した方向に、緊急車輌が放つ赤い光と人だかりが見えた。


淳平は最後の力を振り絞って駆けていく。





「はあっ、はあっ、はあっ、 す、すみません通してください・・・」


息を切らしながら人ごみを掻き分けていくと、警官に制止されたが、


「ここから先に入ってはいけない」


「すみません、友達が…」


「真中!こっちだ!」


左竹が呼んでくれたので、中に入ることが出来た。



「左竹!こずえちゃんは!?」


「あのワゴン車の中で婦警と浦澤さんと一緒だよ。相当ショックを受けてる」


「で、ど…どうなんだ?襲われかかったって聞いたけど・・・」


走ってきたせいで高まっていた動悸がさらに高鳴る。





「ヤラれてはいないけど…服を破られて、あちこち…まさぐられたみたいだ」


そう話す左竹の顔はやや赤い。





「そう…か…」


淳平は複雑だった。


最悪の事態は避けられたようだが、恋人でもない男に肌を見られ、身体を触られたのだ。


普通の女の子でも相当なショックを受けるが、男性恐怖症であるこずえにはより大きなショックであることは容易に想像がつく。


(小宮山・・・お前は優しい男のはずだろ?そんなお前が何で・・・)





「あっ…」


小声をあげ驚く綾。


淳平はそれに釣られて同じところを見ると、





(小宮山…)


顔中あざだらけで、手錠を鍵をかけられ連行される小宮山の姿が映った。





考えるより先に身体が動いた。


「小宮山ぁ!!」


怒鳴りながら、小宮山めがけて一目散に突き進む淳平。


「バカヤロウ!!何でこんな事したんだあ!?」


小宮山の胸グラを掴み、激しい言葉を浴びせる。





だが小宮山は動じることなく、それどころか嫌な笑みを浮かべるほどだった。


淳平に対して、まるで勝ち誇ったかのような…


「お前、何笑って…」


「君!!止めたまえ!!離れて!!!」


さらに詰め寄ろうとしたところ、小宮山のそばにいた警官に引き離された。


小宮山はその後、淳平たちとは一切目を合わせることなく、警官に連れられパトカーの中に姿を消した。





(何で…何でこうなっちまったんだよ?)


まるで馬鹿にされたように見えた笑みに対する怒りも、パトカーの姿が見えなくなるとともに消えていった。


そんな淳平はやりきれない悲しみに包まれる。


(俺がもっと早くあいつの変化に気づいていれば、こんなことは起きなかった)


(こずえちゃんに嫌な思いをさせることも、西野や美鈴を苦しめることも・・・)


(さつきも・・・死なずに済んだんだ・・・)


(俺が・・・しっかりしてれば・・・)









「ちくしょーーーーーーーーっ!!!!!!!」


人目もはばからず大声を上げる淳平。


そして、そのまま泣き崩れる。









そんな淳平の肩を、誰かがぽんと叩く。


「右島・・・」


「お前の言ったとおり、力ずくで止めさせてもらった」


「すまん・・・右島が居なかったらもっと酷い事になってたかもしれない。ありがとう」


「ダチに裏切られるのって辛えよな。でもだからってへたり込んでちゃ先に進めねえぜ」


「…そうだな…」


(右島の言うとおりだ。まだまだやらなきゃいけない事がある・・・)


(こずえちゃんに謝って、西野を探し出して、みんなに謝って・・・)


(そういえば西野はどこに・・・?)





「真中くん!!」


淳平がつかさのことを思いだすのとほぼ同じタイミングで、綾が携帯を片手に駆け寄ってきた。


(東城・・・その顔は)


嫌な予感が走る。


悪い知らせであることを綾の表情が知らせている。





「外村くんからよ。西野さんが・・・」


「西野!?」


淳平はあわてて携帯を受け取り、外村に呼びかける。


「俺だ!西野がどうしたんだ!?見つかったのか!?」


[隣町に新しく出来た高層マンション!そこに行け!!]


「高層マンション?そこに西野が居るのか!?」


「早くしろ!つかさちゃんが屋上から飛び降りようとしてる!!」


「何だってえ!!!!!」





今夜、淳平の心は休む暇もない。


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