「幸せのかたち」28 - takaci  様


「い、居なくなったってどういう事ですか!?」


慌てる淳平に対し、つかさの母の口から状況が語られた。





つかさは午前10時ごろ、母と共に旅行から帰ってきた。


その後しばらくして母は買い物に出かけ、つかさは一人で留守番をしていたのだが、


約1時間後、買い物から帰ってきたらつかさの姿は無く、部屋の床に通話状態のままの子機が投げ出されていた。


無理やり連れ去られたとも思ったが、家の全ての出入口には鍵がかかっており、近所の人も激しい物音などは聞いていない。


(まだ開通していない)携帯は置きっぱなしだったが、財布が無いのでつかさ本人の意思で出て行ったことは間違いなかった。


だが状況が状況なので、心配になった母は心当たり全てに電話をしているとの事だ。


あまり賢い行動とは言えないが、つかさの母は不安で心臓がはちきれそうな状態である。


それが緊迫した声に現れており、淳平もその心境を理解していた。


[何か分かったらすぐに知らせて。お願い…]


つかさの母は今にも泣き出しそうな声を残して電話を切った。





(西野…どこ行ったんだよ?)


こんな声を聞いては、淳平も心配にならないわけがない。


受話器を置く手の動きにそれが現れていた。





「おい真中、つかさちゃんに何があったんだ!答えろ!」


「真中くん…」


じっと様子をうかがっていた外村と綾にも、事態の深刻さは伝わっている。


「ああ、実はな…」


淳平は重い口調で、つかさの母から聞いた事を説明した。











「じゃあ西野さん、何も言わずに一人でどっか行っちゃったの?」


綾はとても信じられないといった表情をしている。


「ああ。しかも子機が繋がったままで放り出してあったって事は、よっぽど慌ててたんだろうな」


「繋がったままって事は、西野さんは直前まで誰かと話してたんだよね?」


「そうだろうな。誰と話していたか分かれば手がかりは掴めるんだろうけど、相手は非通知で番号が分からないってさ」


「非通知…電話番号が知られたくない人…西野さんに電話をした事がばれるとまずい人… ひょっとしたらその人の電話がきっかけで飛び出していったんじゃ…」


「おいおい東城!いくらなんでも飛躍しすぎだって!!」


淳平は綾の推理を否定した。





だが外村は、この推理を聞くと一気に顔が険しくなった。


「まずいな。今日は小宮山、休みだ」


「は?小宮山?あいつがどうかしたのか?」


淳平は外村の言っている事が理解できない。


「外村くん、でもそれはいくらなんでも…」


「えっ?東城もなんか知ってるの?」


「あ、あたしは知ってるって言うか…ちょっと外村くんに聞かれたくらいで…」


やや頬を赤くする綾。


「東城の話を聞いてから俺の捜査はかなり発展したんだ。実はもう容疑者は絞れている」


「おい外村、マジかよ!!」


「ああ。あとは証拠集めが出来れば…」


「外村、真中、東城、ここでこの話はまずい。ちょっと付いて来い!」


「「「あ…は、はい」」」


突然の黒川の指示に従い、3人は職員室を後にした。









その後、黒川を含む4人は映件の部室である指導室に移動した。


「職員にもいろいろあってな。こういう事は出来る限り人に話さないほうがいいんだ」


黒川が大人の事情を説明する。


「「は、はあ…」」


「なるほど」


綾と淳平はいまいち理解できないようだが、外村は理解したようだ。


「ここなら他人に聞かれる心配は無い。外村、捜査状況を説明してくれ」


「はい」


外村は返事をすると、黒板の前に立って説明を始めた。





「まずは俺の絞り込んだ容疑者が誰かを話す。っつってももうみんな分かってるだろうけどな」


「俺は分かんねえよ!」


「さっき俺が言ってたこと聞いてなかったのか?『まずいな』って言っただろ?」


「だから小宮山が休んでる事がなんで…」










「ま、まさか!?」


淳平は改めて他の3人の表情を伺った。


どれも険しく、それでいてどこか寂しい。





「こ、小宮山が…容疑者なのか!?」


小宮山と淳平の付き合いは古く、互いの事は良く知っている。


見た目は恐くどこか近寄りがたい所もあるが、中身はとても純真で大人しい。


これが淳平の小宮山像である。


そんな男が女の子を無理やり襲うなど、淳平には到底考えられなかった。





「これが今回の事件の流れだ」


外村はチョークを手に取り、つかさ、美鈴、さつきの名前と、それぞれが襲われた日、推定時刻を書いていった。


そしてみんなの顔を見ながら、外村は自らの推理を語り出した。










まず、外村が小宮山に疑いを持ったきっかけ。


それは先日、こずえと舞をここに呼んだ時の一言だった。





『真中!外村!東城!真紀ちゃん!こずえちゃん!舞ちゃん!…』





小宮山は綾の事をずっと『綾ちゃん』と呼んでいたのだが、この時は上の名前で呼んだ。


呼び方が上から下に変わるのはよくあるが、逆になるのは珍しい。


「これが気になって、あのあと東城に心当たりが無いか聞いたら、それらしきものがあったんだ」


外村は黒板に、つかさが襲われる1週間前の日付と『東城との会話』、『俺、大草との会話』と書き加えた。





綾との会話。


―綾は自分に合わせて泉坂高校を受験した―


小宮山は本気でそう思っていた。


それをこの日に、何気なく綾に聞いたのだ。


無論、否定されたのは言うまでも無い。


「小宮山ってマジでそう思ってたのかよ…」


呆れる淳平。


「まあそう思ってた小宮山もバカだけど、真中に合わせてここを受験した東城もバカだよな」


「ええっ!?」


外村のこの言葉で、淳平は思わず綾を見た。


「あの…その…ま、真中くんと一緒にいたかったって事もあるけど、それだけじゃないよ!ここでも十分進学校で桜学とはそれほどレベルも変わらないし、公立で授業料も安いから親に負担掛けないし…  と、とにかく桜学よりここのほうが全然良かったと思ってるから!友達もたくさん出来たし、自分が変われたと思ってるから!!」


顔を真っ赤にして必死に弁明する綾。





(何だろう…このもやもやした感じは?)


綾のこんな気持ちは何より嬉しい、はずだった。


だが今は、心の底から喜べずにいる。


(俺は東城に決めたんだ。そりゃあ西野も心配だけど、それはあくまでも…友達として心配してるつもりなんだ…)


(でもこの感じは…まだ西野を諦めきれていないのか?)


自らの心境に戸惑いながらも、淳平は外村の推理に耳を傾けた。








外村、大草との会話。


綾との会話のほぼ同時期、外村、大草、小宮山の3人による何気ない会話だった。


『女なんてヤッちまえば後は何とかなるものさ』


これを言い放った大草を、外村、小宮山両人は驚きと恨みと尊敬がこもった眼差しで見つめていたという。










「どちらもちょっとした事だ。でもふたつが重なって、小宮山の中で大きくなって、それが暴挙に繋がったとは考えられなくもない」


「いや…でもそれくらいの事で西野を襲うことに繋がるなんて考えられないよ」


淳平はそう信じたかった。


もし外村の言う通りだったら、小宮山の暴挙は自分への恨みが産んだ事も入っているのだ。


自分がつかさを傷つけるきっかけになったとなれば、どう詫びても許される事ではない。


「真中の言う事ももっともさ。でも小宮山を調べてったらいろいろ出て来たんだよ」





外村は黒板に書かれた数字に丸を付けていった。


3人が襲われた推定時刻である。


つかさ    21:00
美鈴     19:30
さつき     0:00


さつき以外のふたりは比較的早い時間帯に襲われている。


特に学校帰りに襲われた美鈴の時間帯なら、普通なら友人や家族と接している頃で、ひとりで居る場合はそれほどないと思われる。


そこで外村は、ピックアップした気になる人物のアリバイを調べた。


でも警察の捜査ではないので、本来は無効とされる『家族の証言』も有効とした。


すでに美鈴の事は知れ渡っていたので、外村の捜査に非協力的な人物がさほど居なかった事もあり、多くのアリバイ証言が取れたのだが、





「俺や真中、死んだ天地も含めて10人くらい拾い出したんだけどな」


「お、俺もかよ!?」


「ああ。でもお前は北大路の時に確固たるアリバイがあったからセーフだ」


「そりゃそうだよ。あの夜は長崎で…」


その先、言葉が詰まった。


綾と一緒になって、顔を赤くしてうつむく淳平。


「そ。お前らふたりはひとつベッドの中で名実ともにひとつになってたんだもんなあ」


「ほう。噂には聞いてたが、やはりそうか」


外村、黒川に睨まれたふたりはますます小さく、赤くなってしまった。





さて、話を戻して…


外村がピックアップした人物の中には当然小宮山も含まれていた。


そして小宮山一人だけ、3件のアリバイが無かった。





「け、けどよお…それだけで決め付けるのは…」


淳平はまだまだ食い下がる。


友人のために必死の抵抗を見せた。


「これだけならな。でも目撃証言もあるんだ。しかも昨日になって有力な証言が取れたんだ」


「なっ!!!」


淳平の抵抗も、もう限界だった。





目撃証言その1。


証言者…小宮山宅の近所に住む主婦。





つかさが襲われた豪雨の夜。


21時30分頃、彼女は傘も全く役に立たないような豪雨の中、コンビニから自宅へと急いでいた。


そして自宅の目の前で、この雨の中で傘も持たずに歩く小宮山とすれ違った。


雨を全く気にしていないかのように普通に歩き、頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れで、しかも身体のあちこちに泥が付着していた。


季節はずれの台風のような天候の夜だった事もあって、主婦は2ヶ月前の事でも鮮明に記憶していた。





目撃証言その2(昨夜入手)


証言者…天地関係者の女性。





天地には長い付き合いの女性がいた。


でも恋人ではない。


一回り以上も歳が離れている、言わば『人生の先輩』的な女性だ。


この人は天地に『女性を大切にしなさい』と常日頃教えていて、天地にとっては親とも兄弟とも違った、特別な感覚を抱いていた。


もちろん、男女の関係も一切無かった。


それでも、互いをとても信頼しあっていて、ある意味では恋人以上の関係とも言えた。





この夜、天地はこの女性の愚痴に付き合わされるために呼び出されていた。


この女性が婚約者と喧嘩したのが原因だ。


女性に優しい天地にとって、こんな事は苦痛でもなんでもなかったようだ…というのは嘘で、結構辛かったらしい。


この夜に出向いたのも、婚約相手の男性に『何とかしてくれ』と泣き付かれたので(この女性に関する相談相手になっていた)、仕方なく出向いたみたいだ―と、泣き付いた婚約者が外村にそっと伝えていた。





この手の話は非常に長くなる事が多く、夜を徹して続く事も珍しくない。


でもこの夜は日付けが変わってしばらくした頃には話が終わり、天地は帰途についた。


この女性はいつものようにアパートの2回の部屋から階段を降りて、天地を見送った。


そして姿が見えなくなり、階段を上って部屋に入ろうとしたその時、道を歩く挙動不審の男の姿に気付いたのだが、





『しばらくずっと物陰に隠れてて、天地くんをやり過ごしてから出て来たように見えたわ。なんか見た目とは似合わずにすごいおどおどしてたようで… そうこの男の子よ!ツンツン頭とタラコ唇、間違い無いわ!』


女性は外村が見せた写真がきっかけで、当時の様子を鮮明に思い出した。


だがその後すぐに泣き出してしまった。


天地を思い出したのだろう。


『あの子…初めて会った時はすごいぶっきらぼうで…自分の事しか考えてなくって…』


『でも…少しずつ変わってって…優しくなって…私もあの子の優しさに何度も救われたわ…』


『女の子を救うために犠牲になっただなんて…初めて会った頃のあの子だったら考えられない…』


『あの子がいなくなったのはとても辛い…でも…いつまでも立ち止まっていられない…』


『私…幸せになる!この人と一緒に…あの子の分まで幸せになる!!』


婚約者の男性に抱かれながら泣く姿。


外村の胸がきゅんと締め付けられた。





「これが昨日の夜の話さ」


「その女の人、強いな。天地くんの死はとても辛いはずなのにすごい前向きで…」


「婚約者の人が支えてるんだよ。それに、たぶんその人がいたから天地は無茶が出来たんだろうな。その女の人に婚約者がいなかったら、さつきめがけて飛び込んだりはしなかったかも…」


しんみりとなる淳平と綾のふたり。





「しっかしまあ雑な犯行だな。なかなか捕まらないから犯人は証拠をほとんど残していないと思っていたのだが…いったい警察は今まで何をやっていたんだ…」


黒川は怒りを通り越して呆れ果てている。


そんな黒川に対し、外村は今までの警察の状況を説明した。


「北大路の事故の翌日にあった警官の連続殺人事件とアイドルグループ誘拐事件。でかい事件が立て続けに起こって警察もマスコミもこのふたつにかかりっきりでしたからね。警察がまともな状態なら3日で小宮山にたどり着いていますよ」





「外村、真中、東城、今日の授業はもう出なくていいからこれから小宮山と西野くんの捜索に行け。」


「「「えっ!?」」」


3人とも黒川の命令に驚いた。


(あの黒川先生が『授業に出なくていい』と言うなんて…なんかの冗談じゃないのか?)


淳平の考えとは裏腹に、黒川はいたってまじめな顔である。


「世間を騒がせたふたつの事件は、昨日揃って犯人が捕まった。今の警察に外村が集めた捜査資料を渡せば小宮山をすぐに捕まえるだろうが…それでは遅い!」


黒川の厳しい眼光が一段と強くなった。


この目で睨まれると、いやでも緊張感が走り、気が引き締まる。


「小宮山も西野くんも行方不明だ。もしこのふたりが接触していた、もしくはこれから接触しようものならまた悲劇が起きる!そうなる前に食い止めるんだ!それが出来るのはお前達しかいない!!」


「「はいっ!!」」


外村と綾は元気良く返事をしたが、淳平は返事をせず、ずっとうつむいたままである。


黒川の前でこんな態度を取ろうものなら、逆鱗に触れて酷い目に遭うのが普通だが、





「真中、友人を信じたいのなら逃げ出すな。現実と向き合うんだ。まずはお前自身の眼で全てを確かめろ。どうするかはその後考えればいい」


口調には怒りは無く、むしろ優しかった。





「…分かりました…」


淳平はうつむいたままで顔は上げなかったが、黒川の言葉を受け止める。


(確かに先生の言う通りだ。信じたくないけど…)


(でも事実なら…俺があいつを止めなきゃ…)





「真中くん…」


「真中…」


綾と外村は辛そうな淳平を気遣う。





「俺は…大丈夫だよ。じゃあ行こう」


そんなふたりに笑顔をみせる淳平。


作り笑いだが、それが自分を気遣ってくれるふたりに対するせめてもの礼だった。





そして、3人は部室から出ていった。










(では、私も動くか)


(学校としては警察に捕まる前に小宮山の身柄を確保するのが理想だが、捕まった時の事も考えておかんとな)


(そうしておかなければ、私の立場も学校の立場も危うくなる)


(そして映研の顧問として、あいつらに映画を作らせてやるのも私の仕事だ)





そんな事を考えながら、携帯を取り出す黒川だった。

































その日の夜・…


自分に追っ手が迫っている事を全く知らない小宮山は、いたって普通に夜の街を歩いていた。


(さあ、つかさちゃんはいつ来るかな?)


(やっぱ大草の言う通り『ヤッちまえばこっちのもん』だな。ちょっと脅せばもう俺の言いなりだ)


(しかも俺は脅した後に優しい言葉をかけてあげた。もうこれで俺にメロメロさあ)


「ひひひひひっ…」


嫌な笑いを浮かべながら歩く姿は、周りからは異様に見える。


変な目で見られているにもかかわらず、一切気付かずに街を闊歩する小宮山。





(さあ、つかさちゃんが来たら…また可愛がってあげないとなあ)


(身体は貧弱だけど、白くって柔らかかったもんなあ)


(あの時は舞い上がってて無我夢中だったけど、今度はじっくりいたぶって、骨の髄までしゃぶってやらないと…)


(まずいまずい、変な気分になっちまった。女を犯したくなっちまった)


(ここは押さえて…来るべきつかさちゃんの時に備えないと…)


獣の心を押さえようとする小宮山だが…





(おっ!あれは…)


獣の目が獲物を捕らえてしまった。


街を一人で歩く、塾帰りのこずえ。





(間違い無い!真中が連れてきた主役の女の子だ)


(あの子がきっかけで、俺は痛い目を見たんだ)


(その詫びを入れてもらわないとなあ…お前の身体でな!)


獣モード、発動。


息を潜め、悟られないように一定間隔で付いて行く。








こずえは街中を離れ、人通りがほとんど無い道を歩く。


(ラッキーだぜ。ここなら周りに誰もいない!)


小宮山はにやけながら、徐々に間隔を詰めていく。





こずえは後ろから迫る危険に全く気付いていないようだ。


(ボーっとして歩いてるな。まるで襲ってくれと言ってるようなもんだ)


(じゃあ望み通り襲ってやるぜ!)





こずえの横にうっそうとした茂みがある。


(場所…OK!)


周りに人の気配は無い。


(周り…OK!)


まだこずえは小宮山に気付かない。


(万事…OK!!)





獣、発動。





音を立てず、一気に背後に接近し、





ドスッ!!





こずえの脇腹に鋭いパンチを入れる。


「うっ…」


崩れ落ちそうになるこずえの身体を両腕で確保した。


こずえはパンチのダメージが大きく、全く抵抗できない。





小宮山の大きな手で口を塞がれ、助けを呼ぶことも出来ないまま、





茂みの中に連れて行かれてしまった。












同時刻、


淳平は綾とふたりで、駅前を捜索していた。


この二人はつかさの捜索、外村は一人で小宮山の捜索を行っている。


そして少し前に、


『小宮山の部屋から犯行計画の書いた紙と、プリペイド携帯が出て来た!しかも今日の午前中につかさちゃんの自宅に非通知で掛けた発信履歴が残ってた!』


外村が小宮山の部屋で見つけた『証拠』を伝えてきた。


(小宮山…なんでだよ…)


ある程度は覚悟していたものの、この『確定』は淳平にとって非常に辛いものだった。


自然と足取りが重くなり、より多く疲労が蓄積する。


「真中くん、大丈夫?」


そんな淳平を心配そうに気遣う綾。


「俺は、平気だよ。それより小宮山の事を他の子に伝えとかないと・・・」


「他の子って?」


「唯や端本、東城の友達の真紀ちゃんとか、俺と小宮山のふたりが面識のある女の子だよ。小宮山のターゲットになりそうな子には注意を呼びかけておかないと…」


「あっ! じゃあすぐに電話する!」


綾は淳平ほどは考えが回っていなかったようだ。


慌てて携帯を取り出して電話を掛け始めた。





(小宮山…俺は絶対お前を止める!これ以上お前に罪を犯させない!)


(それが、親友である俺の務めだ!)





「あ、もしもし?あたし、東城です。大事な話があるの…」





(西野…君は無事だよね?)


(何度も俺を救ってくれた君なら、大丈夫だよね?)


緊迫した綾の声を背に、淳平はこの夜空の下のどこかにいるつかさに向けて呼びかけた。
















「きれい…」


その頃、つかさは地上70メートルからの夜景に見とれていた。





生まれて初めて見るような絶景だった。


淳平と一緒に乗った観覧車からの夜景も見事だったが、


あの時とは異なり、目の前を遮る物は何も無い。


動く光


留まる光


大きな光


小さい光


生まれる光


消えゆく光


ありとあらゆる瞬く無数の光がグリーンの瞳にダイレクトに飛び込んでくる。





「これでお星様まで見えたら最高なんだけどなあ…」


雲がほとんど無い晴れ渡る夜空だが、都会の空気と街から放たれる光に遮られ、空に輝く星はほとんど見えない。


「ま、いっか。もうすぐあそこに逝くんだから…」





高層マンションの屋上。


つかさの身体は柵の外側にある。


内側に可愛らしい靴のみを残して…










(さつきちゃんごめんね。今からあたしもそっちに逝くから…)







(大丈夫だよ。淳平くんには東城さんが居るもん…)







(天国で振られた者同士、一緒に愚痴りながらあの二人を見守って行こうね!)







つかさは天国のさつきに向けてそう伝えると、





ゆっくりと目を閉じ、胸の中心に両手を重ね合わせた。














「淳平くん…サヨナラ…東城さんと幸せになってね…」


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