「幸せのかたち」25 - takaci 様
「よし、みんな揃ってるな」
淳平は黒板の前に立ち、部室にいる全員の顔を確認した。
映画製作に向けての緊急ミーティングのため、部員および関係者ほぼ全員がここに集まっていた。
淳平の他に外村、小宮山、綾、ちなみ、
他校の生徒であるが主役のこずえと付き添いの舞、
綾の親友で文芸部の真紀の姿もあった。
「じゃあまずは主役のこずえちゃんに自己紹介してもらおっか」
「ひゃ、ひゃいっ!」
呼ばれたこずえは皆の前に立ち、
「えっと…向井こずえです。よ、よろしくお願いします」
もじもじしながらぺこんと小さく頭を下げる。
パチパチパチパチパチ…
暖かい皆の拍手。
これでこずえが正式に仲間となった。
「こずえちゃんよろしく!その感じいいよ!!」
ハイテンションの外村はデジカメで写真を撮りまくっている。
「こずえちゃ〜〜ん!!わたくし小宮山と友情のスキンシップをををぉぉぉぉ!!!!」
ナマのこずえの可愛さに我を失ったのだろう。
小宮山はいきなり跳びつこうとした。
「ひゃあああああっ!?」
こずえピーンチ!
ここで3人のナイト登場。
「「「何すんじゃゴルァ!!!」」」
バババキッ!!!!!
飛び付く寸前に、淳平、外村、舞3人の同時攻撃炸裂!
小宮山…沈黙。
復活の恐れが無いように、さらなる攻撃を加える3人。
難を逃れたこずえだが、教室の隅でまるで怯えた子猫のように小さく震えている。
そんなこずえに駆け寄って慰める綾。
そんな様子を心配そうに見つめる真紀。
(男の人がただでさえ苦手な彼女に、見た目が恐い小宮山くんが跳びかかったから…)
真紀がここにいる理由は、校門からここまでの間こずえをガードするためだった。
他校の制服でしかも美少女。
嫌がおうでも目立つ。
男性恐怖症のこずえを男子生徒に少しでも近づけないようにするため、淳平、綾、舞、真紀の4人で取り囲んでここまで連れてきたのだが、
みんなに取り囲まれてても、男子生徒とすれ違うたびにびくつき、声を掛けられようものなら跳びあがって綾や舞に抱きつく始末だった。
(いくらイメージがぴったりだとはいっても、あんな子に主役が勤まるのかなあ?)
自分に直接関係ないとはいえ、心配してしまう心優しい真紀だった。
結局、小宮山は上半身を椅子に縛り付けられた。
「じゃあ、気を取り直して…みんな脚本を見てくれ」
小宮山を除く全員が新しい脚本を開く。
「おい、これって…」
淳平と綾(と小宮山)を除く全員がざわめき出す。
「おい真中、この配役は…」
「ああ、今年はこれで行く」
狼狽する外村に向けて、淳平は確固たる決意を示した。
主役はこずえで変更無し。
脇を固めるふたりが変わった。
ひとりはちなみ。
そしてもうひとりは、
さつき。
「真中も東城も何考えてんだよ!?」
突っかかる外村。
「確かに、さつきはもう居ないから新たな映像を撮る事は出来ない。でも今まで撮った映像はあるだろ?」
「ど、どういう事だよ?」
「去年と一昨年の作品、それにオフショットやNGシーン。さつきの映像は結構あるんだ」
「その中から使えそうなものを拾い出して編集するの。あたし、脚本もそのあたりを踏まえて書いたから、なんとかなると思うよ」
「さつきの家族にも了解はとってあるし、それどころか子供の時の映像を提供してくれるって言うんだ。俺達の手で、さつきを蘇らせるんだ!この先さつきを決して忘れないためにも…」
淳平と綾は二人揃って目を輝かせている。
さつきを作品の中で蘇らせる。
この仰天の構想にみな声を失い、ただぽかんとしている。
だが外村はハードルの高さを冷静に分析した。
「口で言うのは簡単だけど編集が大変だぞ。撮影時のちょっとした変更や修正も簡単には出来ないし、何より細かい煮詰めを本当にしっかりしないと全てがだめになっちまう。とにかく洒落にならないほど手間がかかるぜ。そんな事が出来る人間は居ないんじゃないか?」
「それは…美鈴が名乗りをあげてくれたよ」
「美鈴が!?」
「ああ。最初は俺がやるつもりだったんだけど、『こんな大事な事は俺なんかに任せてられない』んだってよ」
「美鈴ちゃんに新しい脚本の話をしたらすごいやる気を出してくれたの。『撮影までには絶対にもとに戻ってみせる!』って言ってたよ」
「そうか…今のあいつなら時間もあるし、やる気を出してるんだったら任せるのもいいかもな」
外村の顔から笑みがこぼれる。
「美鈴ちゃんなら、北大路さんを立派に蘇らせる事が出来ると思う」
「東城の言う通りだな。それにこの情けない監督に任せたら、きっとろくなものが出来ずに北大路が怒って化けて出てきそうだもんな!」
「なんだよそれ!兄妹揃って俺をけなすな!!」
淳平のふてくされた声で、部室は笑い声に包まれた。
美鈴の事はずっと隠してきたのだが、さつきの事件があったこともあり、学校のほとんどの人間に知れ渡っていた。
周りから変な目で見られることを嫌って、本人も家族も知られてはいけないとずっと思っていたのだが、
それは杞憂だった。
変な目で見る者はほとんどなく、美鈴に寄せられるのは『温かい励ましの声』ばかりだった。
美鈴自身もどん底から抜け出して前向きになっている事もあり、このような励ましは何よりも嬉しかった。
泉坂高校全体が、美鈴の帰りを心待ちにしているような雰囲気に包まれていた。
この部室にいるひとりの人間はそう思ってないのだが…
そして話は進み、配役の設定に話題が及んだ。
こずえ、さつき、ちなみの主要キャラ3人は、交通事故で親を失った、いわゆる『交通孤児』という設定になっている。
同じ施設で育った3人の生活を描き、その中から『交通事故が原因で遺された子供達』の問題を訴えるというのが、今回の映画のテーマだ(もちろんその中には綾らしいラブストーリーもしっかりと含まれている)。
「テーマはいいと思うけど、この脚本の中に出てくる『施設』と『子供達』はどうするんだ?どっか当てでもあるの?」
外村が質問すると、綾が答えた。
「うん。『ほほえみの里』っていう施設があって、そこに協力をお願いしたんだ」
「俺もこの前、東城と一緒にそこに行って院長先生に会ったんだけど、日々の生活も大変みたいなんだ。だからそれを多くの人に知って欲しいって思ってな」
「なるほど。作品のテーマとしてはいいかもな」
ただ感心する外村。
「ほほえみの里…」
「ん?」
外村が声に反応して振り向くと、
驚きのあまりやや焦点が定まらないちなみの顔が飛びこんできた
「ち、ちなみちゃんどったの?」
めったに…いや初めて見るちなみのマジ驚きの表情で外村も驚く。
「端本さんごめんね。あなたとここの関係、あたし偶然知っちゃったんだ」
「ええっ!?」
綾の言葉にちなみは派手に驚いた。
顔が一気に赤くなる。
「俺もこの施設に行ったけど、お前って子供達にすごい慕われてるんだな。こう言っちゃ悪いけど、すげえ意外だったよ。まさか端本が…」
「ち…ちなみ帰る!さよならっ!!」
ちなみは淳平の話を全て聞く前に、部室から慌てて逃げ出すように出ていった。
淳平と綾以外の5人はあっけにとられている。
「ふふっ…端本さんったら照れちゃって…」
「院長先生の予言だと、このまま施設に向かうんだよな。そこで先生が映画出演を説得して万事OKか」
「ねえ東城さんどう言う事?あの小生意気そうな子がどうしたの?まなかっちも知ってんなら教えてよ!?」
何も分からない舞は知っているであろうと思われる二人に尋ねた。
「端本さん、実はね…」
ちなみ逃走の真意。
綾が笑顔でゆっくりと語り出した。
小悪魔的美少女 端本ちなみ
整った顔と可愛らしい仕草で普段から多くの男の心を刈り取っている。
これだけならまだいいのだが、
たちの悪い事に、心だけでなく金まで刈り取っているのだ。
ブランド品の小物やアクセサリー等を貢いでもらってはそれを換金しているのはあまりにも有名だった。
それでも貢ぐ男の数は減らないので、女子生徒はもちろん、ちなみ派でない男子生徒からも反感を買っていた。
もっとも本人は周りの反応は一切気にせず、いつもマイペースなのだが…
そんなちなみの姿を、綾はとんでもない所で目撃した。
「今回協力してくれる『ほほえみの里』の前を偶然通った時に、そこに住む子供達と遊んでいる端本さんの姿を見ちゃったのよ」
「「「えええええっ!!!???」」」
派手に驚く外村、小宮山、真紀の3人。
ちなみの事を良く知らないこずえと舞は3人の声に驚いている。
「あたしもすごい驚いて、とっさに隠れて…しばらくして端本さんが帰って、その後姿をボーっと見てたらそこの院長先生に声を掛けられて、その時に詳しい話が聞けたんだ」
ちなみは泉坂高校に転校してくる前から、『ほほえみの里』には頻繁に足を運んでいた。
今でも最低週2日はやって来て、子供達と楽しく遊んだり、先生達の手伝いをしている。
さらに手伝いだけでなく、定期的にいろんな品物を寄贈までもしていた。
子供達の服やおもちゃ、お菓子、日用品などなど…
不足品をタイミング良く支給し続けていた。
「ねえひょっとして、そういうのを買ってるお金って…」
はっと気付いたこずえは綾の目を見た。
「たぶんそうだと思う。換金したお金で、そういったものを買って寄贈してるんだよ」
「あのちなみちゃんが…」
茫然自失の外村。
同じく真紀も。
「でもさあ、バイトして作ったお金ならともかく、そんなお金で買ったもの寄贈されても嬉しくないんじゃないの?」
面白くなさそうに離す舞。
どうやらちなみの美談が癇にさわったらしい。
「院長先生もそのお金の事は気付いてるし、本音は受け取りたくないみたい。でも現実は厳しいみたいで、それが無いと運営が出来ないみたいなの。『高校生の女の子を当てにしている自分が情けない』って、院長先生辛そうに話してた…」
まるでその辛さが写ったかのように、綾の表情も暗くなった。
それが部室全体に広がっていく。
「俺、メッチャ感動したあ!!」
突然、小宮山が泣きながら叫んだ。
皆びっくりして小宮山を凝視する。
「さつきちゃんを蘇らせようぜ!美鈴ちゃんも頑張ってるし、ちなみちゃんだって頑張ってるんだ!俺はやるぜ!」
「そうだ!みんなで頑張って、今年こそは1位を取るぞ!」
淳平ものって来た。
「真中!外村!東城!真紀ちゃん!こずえちゃん!舞ちゃん!私小宮山力也は全身全霊を込めて映画製作に励む事を誓い…どわあっ!?」
ガッシャーーーン!!!
「おい小宮山、縛られてるの忘れたの?」
呆れる外村。
かっこよく宣言したものの、椅子に縛られたまま立ち上がろうとしたのがまずかった。
膝が引っかかり、椅子と共に前のめりに倒れこむ事に。
「くっそ〜〜〜!!かっこよく決めようと思ったのにぃ〜〜〜〜!!」
小宮山は椅子のしたで悔し涙を流す。
この言葉で、部室は大きな笑い声に包まれた。
「あ、東城、ちょっといいかな?」
ミーティングが終わりみんなが帰ろうとした頃、外村が綾を呼びとめた。
「うん。でもこれから塾だから余り時間は無いよ」
「ああ。分かってるって!」
「じゃあ俺たち、外で待ってるよ」
淳平がそう告げると、
「いや、お前はこずえちゃんと舞ちゃんと先に行ってくれ。俺が東城を塾まで送るからさ」
「なになに?ふたりっきりで内緒話!?なんかあやし〜〜」
嫌な笑みを浮かべる舞。
「そんなんじゃないって。それに真中の手垢がついた女の子に手は出さねえよ」
「「ええええっ!?」」
派手に驚くこずえと舞。
「だーーっ!!じゃ、じゃあ俺たち先行くから外村よろしく!浦沢さんこずえちゃん行こう!!」
淳平は強引に二人の体を押しながら部室から出ていった。
「そ、外村くん、みんなの前でそんな事…それに手垢って…」
綾の顔は真っ赤だ。
「だって事実だろお。それに東城の身体で真中の指と舌が触れてないトコなんて無いんじゃないのかあ?」
対していやらしい笑みを浮かべる外村。
「そ、それはそうだけど…ヤッやだあたしったら何を…」
(本当にそうなのかよ)
「あれ?外村くん?」
綾の目の前で外村はガクッと激しくうなだれる。
外村にとっては軽い威嚇射撃のつもりだったのだが、跳弾して自らの身体に前段命中したような気分に陥っていた。
「あ、ねえ外村くん、さっき真中くんと何話してたの?」
先ほどの話題から逃れたいのか、綾は別の話を切り出す。
「ああ。つかさちゃんの事さ。東城も知ってるだろ」
「あっ、外村くんも知っちゃったんだ」
綾の顔が曇る。
「ああ。さすがに俺もキたね。まさかつかさちゃんまで…おまけに妊娠だもんな」
妊娠の事は先ほど淳平の口から外村に伝えられた。
そのショックの大きさが今の外村の表情にうかがえる。
「でも大丈夫だよ。西野さんには真中くんが居るもん」
「おいおい何言ってんだよ!?」
「真中くんは西野さんが好き。西野さんも真中くんが好き。この事、外村くんも知ってるよね?」
「真中が好きなのは東城、お前だ!あいつはさっき『ずっと東城の側に居る。東城を守っていく』っつってたぜ!これマジだぜ!!」
「今は西野さんが居ないから。彼女が帰ってきたら、真中くんは本当の自分の気持ちに気付くよ。あたしはそれまでの間の…まあ『期間限定の相手』かな?」
「自分でそんなこと言うな!それに、だったら何で真中にヤラせたんだよ!?」
「外村くん誤解してるよ。真中くんがあたしを求めた事は一度も無いよ。いつもあたしからなの」
「なっ…なにい〜〜〜〜〜〜!!!???」
「あたしも真中くんが好き。だから一緒に居るとどうしても…」
綾はポッと頬を赤くする。
その表情は、恥ずかしさの中に嬉しさと…若干の寂しさ…
その若干の寂しさを、外村は見逃さなかった。
「そんなんで、割り切れるのかよ?つかさちゃんが戻ってきたら、すんなり身を引けるのかよ?」
(東城は明らかに強がっている)
そう感じた外村は、綾に直球を投げつけた。
つかさも心配だが、今は目の前で本音を明かそうとしない美少女に素直になって欲しかった。
でも、その思いは届かない。
「外村くん、あたしの幸せは、真中くんの幸せなの」
「えっ?」
「真中くんをずっと見てきたから良く分かるんだ。真中くんの幸せは、西野さんと過ごす事なの」
「東城…」
「真中くんの幸せのためなら、あたしは喜んで身を引く。だって…」
「だって?」
「それが…あたしの幸せだから」
まだ言いたいことはあった。
反論の言葉もまだまだある。
でも言わなかった。
(今の東城の眼には、何を言っても無駄だ)
強い決意のこもった眼だった。
本心ではなくても、とても強い意思が込められた眼光。
強力な相手を前にしては、『一時退却』を選択せざるを得なかった。
「ねえ、もういいかな?もうそろそろ時間が…」
綾は部室に掛けられた時計を気にしている。
「あ、いけね!肝心な事を聞くの忘れてた!」
「でももう…」
「じゃあ塾に付くまでの間に話そう」
「一体なんの話なの?」
綾の眼はいつもの穏やかな光に戻っている。
「小宮山の事さ」
「小宮山くん?」
「ああ。さっき妙な事を言ってたから、それが気になってな…」
「妙な事?」
「気付かなかった?縛られたまま立ち上がろうとして、派手に転んだ時だよ」
「?????」
綾は記憶を巡らしている様だが、どうやら思い当たらないようだ。
「まあいいや。とにかく行こうぜ。歩きながら話すよ」
「うん…」
二人は鞄を持って、部室を後にした。
NEXT