「幸せのかたち」24-A- takaci 様
カタカタカタカタカタ…
夜の静かな部屋にキーボードを叩く音が響く。
外村は真剣な面持ちでPCの画面と睨み合っていた。
外村の『捜査』は比較的順調に進んでいた。
まず警察から得た情報で、美鈴とさつきを襲った人物が同一である事を掴んだ。
二人の身体から検出された『精液』が同一人物のものだったのだ。
またこの事により、天地犯人説が消えた。
『天地がさつきを襲い、絶望と怒りに駆られたさつきが天地を巻き込むために屋上から狙って飛び降りたのでは?』
という説があったのだが、検出された精液は天地のものではなかった。
もっとも天地は美鈴を襲った時間にアリバイがあったので、外村は『天地犯人説』を全く信じてなかったのだが…
(犯人はたぶん、この中に居る…)
そう思いながら目を凝らす画面に映っているのは…
自身が運営する美少女サイト『メロン100%』のBBSだ。
外村が思い浮かんだ『美鈴とさつきの接点』
真っ先に思い浮かんだのは『映研』だが、外村は自身のサイトに出入りしている人間を怪しく思っていた。
(このサイトでも映画の事は通知している。それに美鈴やさつきの細かい情報も俺を通じてや、コアなファンの間で頻繁にやり取りがされていたんだ)
(泉坂高校の男子生徒やその他の関係者の線もあるけど、俺にとってはこっちのほうが手っ取り早い)
(それに、ここの捜査は管理人としての俺の責務だ)
(とにかく少しでも手がかりを見つけて、それを捜査本部に持ってって早いとこ本格的な捜査を再開してもらわないと…)
外村は焦っていた。
さつきの事件はとてもショッキングであり、ワイドショー等のネタとしては格好のものだったが、
大きく取り上げられたのは事件翌日の日曜日たった1日のみだった。
この直後、さつきの事件とは比べ物にならないほどの大きな事件が2件立て続けに起こり、世間と警察の関心はそっちに向いてしまったのだ。
もうすでにさつきの死は世間から忘れ去られようとしていた。
(さつきを、美鈴をこのままにはして置けない!警察がやらないんなら俺がやらなきゃ!)
(あと、起訴の件も何とかしないと…こっちがクリアになれば警察もやる気を出すはずだ)
起訴の件
外村にとっては世間の関心より、こちらの方が重要かもしれない。
犯人が美鈴、さつき両人に行った行為は『婦女暴行』という罪になる。
さらに美鈴の場合はこれに『傷害』も加わるので、もっと罪は重くなる。
だがこの場合、被害者側の訴えが無いと犯人を罪に問う事が出来ないのだ。
そしてこのシステムは、婦女暴行事件の問題になっている。
『恥ずかしい』
『世間の目が気になる』
『早く忘れたい』
こんな理由で、被害女性が訴えないケースが多いのだ。
そしてこの場合、加害者は『不起訴』となり、罪に問われないまま一般社会に戻る事になる。
(美鈴を苦しめた奴を、さつきを死に追い込んだ奴を不起訴になんて絶対にさせない!)
そう思っていた外村だが、
身内の美鈴、そして両親は起訴をする気が無かった。
やはり『早く忘れたい、忘れさせてあげたい』という理由だ。
そして、なんとさつきの親族も不起訴の姿勢をとっていた。
さつきの場合、本人の意思を気遣う必要は無いので起訴はしやすい立場にある。ましてや
『実の娘を失う原因を作った犯人を親が許せるはずが無い』
外村はそう思っていたのだが、
『憎しみは、また憎しみを生むだけ。さつきはそんな事を絶対に望んでいない。それにまだ小さい弟と妹が苦しんでいる姿を天国のさつきに見せるわけにはいかないんです』
両親と兄はさつきの死をなんとか乗り越えようとしていたが、弟と妹はショックから立ち直れていない。
そんな事もあり、さつき一家は起訴はおろか、もうすぐこの泉坂から遠く離れたほかの地へ移り住む事が決まっていた。
この事実を知ったとき、外村は大きく落胆した。
だが、まだ希望は捨てていない。
(誰かが手を挙げれば、みんなそれに追従する。さつきの親は難しいけど、美鈴はなんとか説得して…)
(それに『もう一人の被害者』の居場所がわかれば…)
『美鈴とさつきの前にもう一人、同一犯に襲われている人物が居る』
捜査中に得た情報だが、今の外村はこれに賭けていた。
(警察はこの被害者の情報を教えてくれない。でもこっちで調べて、その人に直接交渉して…)
(とにかく誰かが起訴すればいいんだ。そうなれば流れが出来る。それに俺もこういう事は知らない人のほうが頼みやすいしな)
(大草がどこまでやってくれるかな…)
キーボードを叩きながら脇に置かれた携帯を見る外村。
外村の捜査では、もう一人の被害者の特定はまだ出来ていない。
だが襲われた日にちと、『桜海学園の生徒』という事までは調べがついていた。
これを知った時に白羽の矢を立てたのが大草である。
(学校側に直接聞いたって絶対に教えてくれない。でもこういう事は必ずといっていいほど生徒は知っている)
(桜学での大草人気は凄いからな。その大草が聞けば大抵の女なら口を割るはずだ)
(あ〜あ。大草ほどじゃなくてもいいから、俺も女の子にもてたいなあ…)
♪♪♪〜〜♪〜〜♪
「おっ、メールだ」
外村はキーボードから手を離し、メール着信を知らせる携帯を手に取った。
そして画面を開き、メールの内容を確認する。
「さすが大草。俺が見込んだだけのことはある!」
『被害者の子を突き止めた。詳しい事は後で電話する』
大草から届いたメッセージを見た外村の顔は思わずほころんだ。
「ったく『後で電話する』だあ?こんな大事な事、待てるわけ無いだろうが!」
外村は携帯のメモリーを呼び出し、大草の携帯に掛けた。
[もしもし?]
「大草くん君は凄い!俺はもう君に足を向けて寝られないね!」
[そう思ってんなら電話して来んなよ。『後で連絡する』ってメール打っといただろ?]
「悪い悪い。すげえ嬉しくってつい、な」
不機嫌な大草に対して明るい声で謝る外村。
[その明るい声も、事実を知ったら暗くなると思うぜ]
「何だよそれ?」
[お前が調べてくれと言った襲われた子の事さ]
「おおそれそれ!で、誰なんだ?っつって名前聞いても分からんと思うけど…」
外村は本題に入った。
[そんな事はないさ。俺もお前もよ〜〜っく知ってる名前だよ]
「はあ?」
[ついでに言うなら、泉坂高校で一番有名な桜学の生徒かもしれないな]
「泉坂で一番有名っつったら…」
外村はある人物の顔が思い浮かんだ。
とても可愛らしい、まさに『天使』のような笑顔を。
「またまた大草くぅ〜〜ん、そんな冗談面白くないぞお。で、どんな子なの?」
大草に対してふざける外村だが、
[俺だって冗談を言いたいよ。でもな、これが現実なんだよ]
外村に対して怒る訳でもない。
やや落ち込み、力を失った大草の声。
「…マジなのか?」
[…ああ…]
「襲われてたのが…つかさちゃんだったなんて…」
いつもは沈着冷静な外村でも、この時ばかりは激しく動揺した。
明るさも一気に吹っ飛ぶ。
頭が真っ白になり、何も考えられない。
[西野、長崎に行っただろ? あれは心のケアが目的みたいなんだ]
「心の…ケア?」
[ここから離れて、辛い事を早く忘れられるように、早く立ち直れるようにって事らしい]
「北大路が襲われる前日に、真中と東城がつかさちゃんに会いに行ったんだよ。でもその時は会えなかったみたいなんだけど、それが原因かな…」
外村は淳平から聞いた事を思い出した。
驚きで止まっていた頭脳が再び動き始めた。
[でも、どうやら西野はもう長崎には居ないみたいだ]
「えっ、じゃあこっちに戻ってきてるのか?」
[いや、まだ戻ってはいない。でももう長崎には居ないってさ。俺が調べられたのはここまでだ]
「そうか…ありがとう。助かったよ」
[でもどうするんだ?西野に…起訴を頼むのか?]
「うーん…」
うなる外村。
(こういう事は知らない人間の方が頼みやすいと思って探したんだけど…まさかつかさちゃんだったとは…)
(あのつかさちゃんが…襲われてたのか…)
(起訴を頼むどころか…会う事すらためらっちまうよ…)
美しい翼を悪魔に毟り取られた、傷つく天使。
そんなつかさの姿を思い浮かべる外村だった。
[西野の性格なら、頼めばやってくれると思うけど…]
「いや、普段のつかさちゃんならともかく、そんな傷を背負ってては…」
[さすがの外村でも、ショックはでかいか]
「まあな、でもそれはお前もだろ?」
[そりゃあな。でも西野は西野さ]
「へえ、これくらいじゃあつかさちゃんへの想いは揺るがないって事か。まあある意味チャンスだからな」
外村は大草がつかさを狙っている事には気付いていた。
[でも俺じゃあダメさ。西野は俺の事なんか全く目に入っていないんだ。やっぱ真中だろ]
「あれ、お前知らないの?あいつはもう東城と出来てんだぜ」
この時、外村は大草の態度に違和感を感じ、
[じゃあ小宮山かな。ずっと西野が好きだったし。それにお前にもチャンスはあるぞ!外村だって西野の事は嫌いじゃないだろ?]
この言葉で決定的となった。
(こ、こいつ…口とは裏腹にすっかり冷めてやがる。なんて奴だ…)
(要するに大草にとって、つかさちゃんは一種のブランド品みたいなステータスとして狙ってたんだな)
(こんな真中以下の奴に頼んだ俺が馬鹿だったよ)
大草に対していろいろ言ってやろうとも思ったが、そんな気力も無い。
もうこれ以上話したくなかった。
「まあ、それはいいや。邪魔して悪かったな。ゆっくりAV鑑賞を楽しんでくれ」
[AV鑑賞?]
「とぼけんなって。さっきからずっと女の喘ぎ声が聞こえてるぞ」
大草の声とは異なる、女の荒い息遣いと漏れる声。
この小さな音を外村の耳はしっかりと捉えていた。
(この声の感じからすると、女子校生モノかな?まあある意味普通だな)
[おいおい、これは違うって]
「いいっていいって、男なら誰でも見るもんだからさ。まあイメージを壊したくないっていう気持ちもわかるけど、俺にまで誤魔化す事はないだろ?」
[だからこれはビデオじゃなくって…まあいいや、良く聞いてろよ]
一瞬、間が空く。
(なんだ?)
そう思っていると、女の喘ぎ声が大きく聞こえるようになった。
[あっあっあっ…ああっ!大草さーん!!あふっ… はあっ…]
「!!!!!」
(な、なんで大草の名前が!?ビデオで偶然…ってんな事ありえねえ!)
(…って事は…)
驚きながらも、外村は冷静に分析する。
「お、大草くん?」
[なんだ…?]
受話器から聞こえる息遣いがやや荒くなった。
それでも勝ち誇っているような感じがびんびんに伝わってくる。
「今まさに…ハメてるんだね?」
[そういう…事さ]
「そんな状況で電話するんじゃねえよ!!」
外村の怒り爆発。
馬鹿にされているように感じた事と、自分では決してありえない、あまりにもうらやましい状況にいる大草に対するひがみもあった。
[けど、電話して来たのお前だろ?出れる状況で出ないのは失礼だし、それに女の子も決して嫌じゃないんだぜ?]
「そう思ってんのはお前だけだ!女の子だって嫌に決まってる!ただお前を気遣って口に出せないだけだ!」
[でも電話すると締まりが良くなるんだよ。ほらこの子も…いい感じで締め付けて…すげえ気持ちいい…]
途切れ途切れになる大草の声。
女の子の喘ぎ声もどんどん大きくなる。
(くっそ〜〜〜!!なんでこいつはこんなおいしい思いをしてるんだああ!!!)
(それに相手の女の子、この声は間違いなくかわいい娘!!!しかもどっかで聴いた事あるような声だし…)
(あああああ!!!!!聴けば聴くほど腹が立つ!!!!!もおこんなの聴きたくねええええ!!!!!!!!)
そう思いながら、PCの周辺で何かを探す。
(ケーブルはどこ行ったああああああ!!!!!この声を録音するんだああああ!!!!!!!!)
聴きたくないと思いながらも、生のエロ音声を見逃せるわけがなかった。
[お前のために…この子の声…もっと聴かせてやるよ…]
まるで外村の行動を見透かしたかのような大草。
携帯を女の子のすぐ側に持ってったのだろう。
より鮮明に、より大きく聞こえる女の子の艶やかな喘ぎ声。
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