R「幸せのかたち」22 - takaci  


「真中くん、どうしたの?」


茂みにじっと目を凝らす淳平に、心配そうに声をかける綾。


「いや、茂みの中に光るものがあって…」


「光るもの?どの当たりで?」


「この…こっから見える隙間の中だよ。今は光ってないけど、なんかすごい気になってさ」


二人揃ってじっと茂みの中に目を凝らす。


「俺、ちょっと探してくるよ」


淳平はそう言って茂みの中に入っていく。


「あ、真中くんあたしも…」


そして綾も付いていった。





「え〜〜っと確かこの当たり…」


公園の通路から1,5メートルほど入った、『光』の発信源と思われる個所をじっと見つめる淳平。


(もう,だいぶ薄暗くなってきてる。これじゃあ見つからないかな)


(でも、なんでこんなに気になってるんだ?ただのゴミか何かかもしれないような物に…)


そんな事を考えながら、さらに暗闇に目を凝らす。





「あ!真中くん、あれじゃない!?」


綾が何かを見つけ、植木の根元を指差している。


淳平は綾の側へ行き、その指が指し示す所をじっと見つめると、


「あ、なんか光ってる!」


小さな光が目に飛び込んできた。


だが、それが何なのかまではまだ分からない。


もっとよく見るために、淳平は植木の根元に頭を入れた。


そして小さく瞬くものを、そっと指先で摘み上げる。





(鎖?)


それは、アクセサリー用の細い鎖だった。





「真中くん、それって…」


「ネックレスみたいな物かな?なんか千切れたような跡があるし…」


淳平は千切れた鎖をそのまま摘み上げようとする。





すると、指先に若干の抵抗を感じた。


「あれっ?」


「あ、先で何か埋まってるよ」


「ホントだ。なんだろ… よっ!」


ちょっと指先に力を入れて引っ張ると、鎖の先に繋がったものが周りの土とともにポコッと抜けた。


そして淳平は植木の根元から身体を起こして、土を丁寧に取り除いていく。


綾はその様子をじっと見つめている。









「こ、これは…」


大きく目を見開き、驚く淳平。


土の中から現れたものは、





いちごのペンダント。





去年、つかさの誕生日に淳平が贈ったもの。





(間違い無い!これは…俺が西野にあげたものだ!)


たまたま同じ物が落ちていた、ということも考えられるが、


淳平の直感は、これは西野のものであるという事を確信していた。


(でも、なんでこれがこんな所に?)


(土の中に埋まってたって事は、ここ1、2日って話じゃない)


(1週間、いやもっとだ。それに西野はずっと長崎に居たんだから1ヶ月以上…)





「!!!!!」


淳平の顔が変わった。


慌ててあたりを見まわす。


(ひょっとしたら…いや、たぶん…間違い無い)





(西野は…ここで…)





(…襲われたんだ)





日が陰って来た茂みの中は、不気味なほど暗くなってきている。


この位置から2歩ほどさらに奥に入れば、外から茂みの中の様子を窺い知ることは出来ない。





(この公園は西野にとってバイト帰りの近道だ)


(西野は『一人では怖い』って言ってたけど…)





(何らかの理由で、西野は一人で、夜のこの公園に足を踏み入れたんだ)





(そして、誰かに…この中に引きずり込まれて…)





いちごのペンダントをぎゅっと握り締める淳平。





『いやああああああああ…』


ペンダントから伝わる、泣き叫ぶつかさの顔。


(こいつは、西野の苦しみを全部見てきたんだ)


(それを誰にも伝えられなくって、1ヶ月以上もの間、土の中に…)


(俺…この公園…何度も来てた)


(西野が…長崎に行ってからも…ここは何度も通った)


(それなのに…なんで今日まで…気付かなかったんだよ!)





(俺は…馬鹿だ…)





「うう…ぐぐううぅぅぅ…」


淳平はペンダントを強く握り締めたまま、その場で泣き崩れた。


硬く閉じた目から溢れ出す涙。


大きな悲しみが心を包み、自信を失う。


(こんな俺じゃあ、西野を救うなんて無理だ…)


(いや、西野だけじゃない。東城を守る事も出来ないよ)


(こんな鈍感な俺じゃあ、東城を迫り来る魔の手から守るなんて…)





淳平はふと、ぱっと目を開けた。


その目は、大きな怒りと憎しみの色を見せる。





(誰だよ!西野を…こんなに苦しめた奴は!)


(西野だけじゃなく、美鈴、さつきまでも…)


(絶対に許せねえ!!)


湧き上がる怒りが、全身を小刻みに震わせる。


表情が悲しみから憎しみへと徐々に変わっていく。








(!?)


怒りに打つ震えるそんな淳平の身体を、暖かく柔らかいものが優しく包みこんだ。


「真中くん…」


綾は、その小さい身体で淳平を抱きしめた。


茂みの中でうずくまり、身を寄せ合うふたり。





(東城…)


綾のぬくもりは、心を穏やかにする。


だが淳平は、かつて無いほど大きな怒り、憎しみに満ちている。


優しい抱擁も、今の淳平には効果が弱かった。


(ダメだ!このままじゃ東城を…)





「東城、離れてくれ」


湧き上がる衝動を押さえながら、震える声で綾に訴える。


だが綾は、逆にその細い腕に力を込め、淳平を強く抱きしめる。


「真中くん、苦しまないで」


「東城ダメだよ。俺は東城にこんな事してもらう資格は無いんだ。このペンダントは…」


「分かってる」


「えっ?」


「あたし、分かってるから。そのペンダントがどういう物なのか。真中くんが、なんで苦しんでるのかも分かってる…」


ずっと淳平しか見てこなかった綾。


そんな彼女は、淳平の一つ一つの挙動や細かい表情の変化で多くの事を見抜いていた。


ましてや、ふたりの結び付きは淳平が思っている以上に強くなっている。


その事にまだ気付いていない淳平は、ただ驚くのみであった。



「な、なんで…」


「なんとなく、かな。さっきの真中くんの様子見てたら気付いたの。そのペンダントは、真中くんが西野さんに贈った物だって」





綾はさらに、腕に力を込めた。


「あたしが今の真中くんにしてあげられるのは、これだけ…」


強く、かつ優しい抱擁。


心穏やかにする温かなぬくもり。





(ちきしょう。東城はこんなに俺のことを想ってくれてるのに…)


(俺の心は…なんでこんなに荒れてんだよ!?)


淳平の怒り、憎しみはなかなか消えない。


それどころか、そんな負の感情がどす黒い新たな『衝動』を生み出そうとしていた。


(このままじゃ、東城を傷つけちまう!)


「東城!頼むから離してくれ!このままじゃ東城を…」


淳平は腕に力を入れ、綾の身体を振り払おうとした。


そうする事にやや抵抗があったが、このまま綾に包まれていたら、今後自分が何をするのか分からない。




だが…





力だけなら淳平のほうが上である。


でも、想いの強さで力の差を補う事も出来るのだ。


淳平は、か弱い綾の腕を振り解くことが出来なかった。


綾の想いを、振り解けなかった。










「真中くん、心を楽にして…」


優しい囁き。


淳平の中で必死に押さえていたものが、解放されそうになる。


「東城…頼むよ…このままじゃ俺、東城を…」


限界ギリギリの淳平。









「真中くんの今の気持ち、分かってるから…」


「東城、だったら離してよ…」










「だから、今の気持ちを、あたしにぶつけて」


「えっ?」










「あたしを、メチャクチャにしていいから…」


「と、東城…」

























その頃、


「つかさちゃん、いいお湯だったわね」


「一週間ぶりのお風呂が露天風呂なんて、もう最っ高!」


つかさは母親とふたりで、とある温泉宿ではしゃいでいた。





長崎から戻ってすぐに、つかさは中絶手術を受けた。


そしてその日のうちに、母親とふたりで国内の観光地を転々とする長期旅行に旅立った。


旅行当初は沈んでいたつかさの心も、この1週間でだいぶ明るさを取り戻していた。





特に、今日訪れた温泉の効果は大きかったようだ。


手術後1週間ほどは雑菌対策のため入浴が出来ず、シャワーのみである。


でもそれが今日で終わり、晴れて入浴する事が出来るようになった。


ちょっとした事だが、つかさにとっては大きい。


(あたし、元の身体に戻ってるんだ)


元の身体に、元の生活に戻りつつある事に喜びを感じていた。





「そう言えば今日、長崎の学校から連絡があったわよ」


「あそこの話は聞きたくない!思い出しただけで腹が立つ!!」


つかさはむすっとして、頬を膨らませる。





ここまで怒る理由は、妊娠が分かったときの対応だった。


学校が紹介した産婦人科では『手術は難しく、二度と子供の産めない体になる可能性が非常に高い』といわれたのだが、





これは嘘だった。





確かに中絶手術はリスクが伴うが、妊娠初期段階のつかさにとってそのリスクは少ない。


実際、手術も10分以下で終わる簡単かつ安全なものだった。


その事が分かったとき、つかさはホッと胸をなでおろしたのだが、





日が経つに連れ、怒りが強くなってきていた。


『聖ローザ学園』はミッションスクールという事もあり、『命の尊さ』を教える事に重点を置いている。


それゆえに『中絶手術』という行為は学校として認められない。


そんな背景もあって、つかさにこんな嘘をついたのだが、


完全な被害者であるつかさにとっては『嘘』の一言で片付けられる問題ではなかった。


「つかさちゃん、シスターアンナって方が『配慮が足りませんでした、本当に申し訳ありません』って言ってたわよ。どうやら桜海学園からも抗議があったみたいね」


「当然よ!学校の方針なのかもしれないけどあたしにまでそれを押し付ける事は無いでしょお!あの嘘であたし自殺まで考えたんだからね!!」


つかさの怒りは簡単に収まりそうに無い。





そんなつかさを見て、母親はくすっと笑う。


「ちょっとお、何笑ってるのよお!」


「ご、ごめんなさい。怒ってる姿見たら、なんか嬉しくなっちゃって…」


「どういう事よお!?」


「だって、怒るつかさちゃんを見るのって久しぶりだから」


「あ…」


母親の指摘で、つかさは自分の変化に改めて気付いた。


(そうだよね。ちょっと前までは落ち込んでるだけで怒る事はもちろん、笑うなんてことは絶対出来なかった)


(身体だけじゃなく、心も少しずつ元に戻ってるんだ)





「この分なら、あと1週間もすればすっかり元通りになれそうね」


「お母さん、あたしもう大丈夫だよ」


「ダメダメ!それだったらせっかくの旅行が終わっちゃうじゃないの!お父さんはまだ出張から帰らないんだし、もう少し羽根を伸ばさないとね!」


「お、お母さん?」


「あ、この事はお父さんには内緒だからね」


「はあ…」


大きなため息をつくつかさ。


(要するに、あたしをダシにして旅行を楽しみたいって訳ね。まあいいけど…お父さんに悪いなあ)


母親の考えに呆れ、父親に対しては罪悪感を感じるつかさだった。





「それに、つかさちゃんもまだ完全には戻ってないわよ」


「えっ、そうかな?あたしはもう…」


「時々すごい寂しそうな顔をしてるわ。それが無くなるまではダメね」


「あ…」


母親の鋭い指摘につかさは改めて驚いた。


(お母さん、たぶんあの事を考えてた時のことを言ってる)


(でも、あれは…)


「つかさちゃん、大丈夫?」


一気に表情が曇った我が娘を母親は心配そうに見つめる。


「ちょっと、テラスに行ってくるね」


「私も行くわ」


「ううん。一人で行きたいの」


「でも…」


「大丈夫!ちょっと夜風に当たりたいだけ!」


心配そうな母親に、笑顔を見せるつかさ。


「そう…じゃあ気をつけてね」


















「ふう…」


つかさは旅館の広いテラスで大きく息をついた。


ここは旅館としてはかなり大きく、宿泊客も多い。


事実このテラスにも浴衣姿の宿泊客がつかさの他に数組、眼下の夜景を楽しんでいた。


だが、その夜景はつかさの目には入っていない。


寂しげなつかさの眼に写るものは、


(淳平くん…)


離れても想い続ける、淳平の笑顔。





つかさが長崎の学校に対して怒る理由はもうひとつあった。


『西野さんが帰ったその日に、お友達が見えましたわ。真中さんという男の子と、東城さんという綺麗なお嬢さんが』


手術後、旅行に出かけて間も無い時期に長崎から入った連絡。


(そんな事、聞きたくなかった)


これは、つかさに怒りとともに深い悲しみを与える事になった。





(でも、怒っても仕方ないんだよね。元はといえばあたしが自分で…)


綾に長崎行きのチケット2枚を贈ったのは、つかさ本人だ。


あの時、つかさは焦っていた。


自分が離れている間に、綾と淳平の距離が詰まって行く事が怖かった。





―――――――――――――――――――――――――――――――


東城さん、淳平くんとふたりでこっちに来て。


東城さん、あたしにもチャンスを頂戴。





――――――――――――――――――――――――――――――――


チケットと共に、つかさが綾に送った手紙の一文。


(長崎で東城さんと決着をつけるつもりだったんだけど…)


(あたしは、その場に居る事が出来なかった)


(あたしの負け…)


(しかも東城さんは、長崎で淳平くんとふたりっきり…)





自分に会えなかった二人がその後どうなったか、容易に想像は出来る。


しかも自身の鋭い直感が、それを後押ししていた。


(去年の合宿のとき、あの時も嫌な感じがしたけど…)


(今回はもう…絶望的…)


「なんであたし…こんなにカンがいいのかなあ…」


瞳に涙を浮かべながら、直感の鋭さを嘆く。








(でも…それでも…)


(あたし…)


(あたしは…)










「淳平くん…」


小さくかすれた声。


大きなダメージを受け、壊れそうな想い。


でも、まだ壊したくない。



























「はあっ!はあっ!はあっ!はあっ!」


粗い息遣いの中、淳平は大きな快感に包まれていた。





公園での抱擁の後、ふたりは近くのホテルに向かった。


そして部屋に入ってすぐ、綾は制服を脱いで下着姿になった。


「何をしてもいいよ。真中くんの好きなように…」


甘い誘惑の声。





この声で、淳平は獣になる。


「うわああああ…」


低い雄叫びをあげながら、綾をベッドへ押し倒す。


あっという間に下着を剥ぎ取り、乱暴に綾を求める。





淳平はただ己の欲望を解放するのみ。


綾の事を気遣う余裕は無い。


強く揉み、強く吸い、荒荒しく手と舌を這わす。





初めての時とは異なる強い愛撫。


それは綾に苦痛をもたらす事もあったが、大きな快感でもある。


それが大きな喘ぎ声となって現れていた。


綾の激しい声を聞くたび、淳平の本能はさらに加速する。


より声をあげさせようと、さらに強く綾を求める。


綾の大きな喘ぎ声は部屋中にずっと響き続けている。





「あうっ! あっ! あっ! ああっ!!」


綾は壁に備え付けられた大きな鏡に手を突き、前のめりで立った状態で快感を訴えている。


淳平はその綾の腰を掴み、自身の欲望を後ろから奥深く突き刺している。


目の前に移る形の良いヒップと、


鏡に写る恍惚の綾の表情。


それが気持ちを高ぶらせ、動きがさらに激しくなる。





綾にとって後ろから激しく、奥深く突かれるのは初めてだった。


それは今までで最高の快感をもたらしている。


「あっ!ま、真中くん…も、もうダメ…あうっ!」


綾は絶頂が近い事を淳平に訴える。


「東城、俺も…もう…」


淳平も限界が近い。


限界の快楽を求めるため、動きを一気に加速させた。


一気に高まる快楽。


近づく限界。





「ああああああっ!!ああっ! イクっ!!! あっ!!!」


淳平より先に、綾が絶頂を迎えた。


背中を仰け反らせ、全身が震える。


「俺も…イクっ!!」


綾よりほんの少し遅れで淳平も絶頂を迎えた。


きつく締め付ける綾の膣(なか)から自身を抜き出し、欲望を解放する。


放たれた大量の白い欲塊は勢い良く飛び出し、綾の首筋から腰にかけてべっとりと濡らした。


(危ねえ。気持ち良すぎて中に出すとこだった。やっぱ付けた方がいいな)


自身が放ったもので汚れる綾の背中を見ながら、息を整える淳平。





「あああぁぁ…」


鏡に手を突いて立ったまま絶頂を迎えた綾だが、その手足はもう自身の体重を支えられなかった。


ドサッ!


力なくその場で崩れ落ちる。


「東城!?」


慌てて淳平が呼びかけるが、返事をする気力も無い。


「はあっ…はあっ…はあっ…」


床にゴロンと寝転がり、苦しそうな顔で息を整える綾。





(俺は…何をやってるんだ…)


(西野の事で…襲った奴に怒りを覚えて…)


(怒りが欲情になって… それを東城にぶつけるなんて…)


(これじゃあ西野を襲った奴と…何ら変わんねえよ…)





「東城…ごめん…俺…最低だよ…」


淳平は目に涙を浮かべながら綾に謝った。





「真中くん…気にしないで…」


「えっ…」


「あたし…  真中くんの側についてるから…  だから…   一人で抱え込まないで…」


荒い息の中、淳平に向けて笑顔を見せる綾。


作った笑顔ではない。自然と生まれた笑顔だ。





「東城…本当にごめんな…」


淳平は綾の身体をぎゅっと抱きしめた。


「真中くん…」


綾も淳平の背中に手をまわす。


生まれたままの姿で抱きしめ合う二人。





(俺…東城を離したくない!)


情けない自分にその身を捧げてくれたこの少女を、心の底から愛しく思う淳平だった。


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