R「幸せのかたち」21 - takaci  


さつきと天地の飛び降り事故から、約1週間が過ぎた。


泉坂高校は、まだ大きな悲しみに包まれている。





放課後の校舎の一角。


淳平と外村は、ふたりで校内を回り、さつきの思い出を振り返っていた。


「確かここだよ。1年のとき、北大路の制服がはじけた瞬間の貴重な写真を収めたのは」


「逃げるおまえと小宮山をさつきが追ってったのを、俺は呆れて見てたんだよなあ」


「あの北大路の元気とパワーが、何人もの命を救うことになったんだ」


「さつきがドナー登録してたなんて、全然知らなかった」


「だからこそ、家族も北大路の死を受け入れられたのかもしれないな」


「さつきの心臓は、どっかの誰かの身体で動いてるんだよな。『娘の心臓は、心はまだ生きて役に立っている。そう思えばそれほど辛くない』って、親父さんたちが言ってた」


「だよな。北大路の心は、この空の下でまだ生きてるんだ」



校舎の窓から、晴れ渡る青い空を見上げる二人。






天地の死から3日後。


ずっと頑張ってきたさつきに、ついに限界が訪れた。


脳がすべての機能を停止し、『脳死』状態に陥ったのだ。


ドナー登録していたさつきは、家族の了承のもと、心臓をはじめとする各種臓器が摘出された。


さつきの臓器は、移植を待つ患者に渡り、多くの命を救う事になった。





だが、『北大路さつき』という人物を失ったことに変りはない。


さつきは、もういない。








さつきの葬儀には多くの人が訪れた。


ラグビー部をはじめとするほぼすべての運動部の男子生徒が弔問に訪れ、会場の床を男の涙で濡らしていった。


男子生徒だけではなく、さつきの明るい性格は女子生徒にも受けがよかった。


涼子をはじめとする多くの親友もまた、涙を流していった。





天地に比べ、さつきの葬儀の規模は小さかったが、同世代の弔問者はさつきのほうが圧倒的に多かった。


このとき、淳平は改めてさつきの存在の大きさ、失ったものの大きさを実感させられた。










「さつきの葬式の時、小宮山がめっちゃ泣いてたな…」


「小宮山にとっては、北大路と一緒に居られたこと自体が夢みたいなもんなんだ。しかも1年の時は映画で共演もしてる。俺たちよりショックはでかいだろうな」


「俺と小宮山って結構付き合い長いんだ。あいつって見かけによらず繊細で、傷つきやすくって…」


「だな。俺もそれは分かってるよ。小宮山が立ち直るまではしばらく時間がかかるだろうな」


さつきの葬儀会場で激しく嗚咽する親友の姿を思い出し、淳平は胸を痛めていた。











「真中、俺はこの事件について、徹底的に調べる」


「えっ?」


淳平は外村の突然の宣言に驚く。


「北大路の事件についてはまだ謎が多いけど、『飛び降りる直前にレイプされている』事が分かってる」


「俺もそれ聞いたとき、すげえショックだった…」


「警察の発表はまだ無いけど、さつきを襲った奴は美鈴も襲ったに違いない!俺の直感がそう言ってるんだ」


「それは…俺も感じてる」







(あと…たぶん西野もな…)






つかさのことは、外村には話していない。


長崎での件も『会えなかった』と言っただけであり、外村もそれ以上突っ込んでこなかった。


(さつきの件でごたごたして、そして美鈴の件との関連が分かったから、外村にとって西野の事はどうでもよくなったんだろうな)


淳平はそう考えていた。





「とにかく、帰ってからさっそく調べてみる。まずは警察の持っている情報を仕入れないとな」


「でも、警察の情報なんてどこから仕入れるんだ?簡単に教えてくれるようなもんじゃないだろ?」


「真中、俺をなめるなよ。そんなことくらい朝飯前さ!」


淳平に余裕の笑顔を見せる外村。


「じゃあ俺も手伝うよ。さつきのためにも、美鈴のためにもな」


「いやダメだ。これは俺一人でやる」


「な、なんでだよ?俺じゃあ足手まといになるってのかよ!?」


馬鹿にされたように感じた淳平はあからさまに嫌な顔をした。





「おまえは東城について居ろ。東城を守るのが、おまえの役目だ」


「えっ!?」


「ったく、多少はポーカーフェイスしろよ。ただでさえバレバレなのに、そんなんじゃあもっと多くの奴らにおまえと東城の関係を悟られるぞ」





「なななななっ!?」


淳平は顔を真っ赤にして、思わず後ずさりした。


(な、なんでばれたんだ!?俺も東城もあの夜のことは誰にも言っていないはず。だったら…外村がカマかけたのか!?)


激しく動揺しながらも、淳平は長崎から帰ってきてからの自分の行動を振り返った。


だが、思い当たるフシは見つからない。






外村はニヤッと笑いながら、淳平に余裕の表情を見せている。


(少なくとも俺はばれるような事はしてないはず!?)


(でも東城がしゃべるとは思えないし、聞き出した様子も無かったはずだ!?)





「歩き方だよ。俺が気づいたのは」


「あ、歩き方?」


淳平にとって予想外の言葉が外村の口から放たれた。


「ああ。おまえらが長崎から帰ってきた日の東城の歩き方がおかしかったんだ」


「そ、それは俺も感じてたけど、あれは天地が死んだことを知ったショックじゃあ…」


「そんなんであんなガニ股にはならねえよ!東城は普通に振る舞おうとしてたみたいだけど、身体は言うことを聞かなかったみたいだな」


「ガニ股って…そう言われればそんな気が…」


淳平は二人で長崎から病院に駆けつけた日の、綾の歩く姿を思い出していた。


「おいおい、おまえがそんなこと言っててどうすんだよ?あれはおまえのせいなんだぜ?」


呆れる外村。


「お、俺の!?」


「東城がああなった理由は、足の間に何かが挟まっているような感触が残ってたからだよ。初めての女の子はしばらくの間そうなるらしい。その『何か』ってのは…当然分かってるよなあ!?」


「ひょ…ひょっとして3回も…」


「何い!!てめえは東城と3度もヤッたのか!?」


「あっ!!いやそのっ!とっ…とにかく静かにしてくれっ!ほかの奴らに聞かれるって!!」


「分かった。静かにしてやる。でもその代わりに当時の状況を克明に話せ!いいな!!」


「は、はい…」


気迫のこもったすごい形相の外村に迫られた淳平は、ただ言いなりに話すのみだった。





だが、その外村の気迫も、





淳平の話が終わる頃には…












「そ、外村、どうした?」


地面に両手を付き、がっくりとうなだれる外村に声をかける淳平。





「一晩で3回も…  しかも全部中出し…  」





淳平の話は、外村の気迫を簡単に殺ぎ落とせるほどの攻撃力を持っていた。


完全に甘く見ていた外村の心は、淳平の話ですっかりやられてしまった。







それでも、残された気力を振り絞ってよろよろと立ちあがる。


「お、おい、大丈夫か?」


「おまえの話を聞いて…生まれた怒りを…犯人にぶつけてやる…」


「お、おい外村?」


「真中いいな、おまえは絶対…東城の側から離れるなよ…」


カッコつけている割には、言葉に迫力は無い。


立ち去っていく後姿も、肩を落としていて元気が無い。





(外村…いろいろ… スマン…)


そんな外村に対し、心の中で頭を下げる淳平だった。
























そしてその日の夕方。


塾をサボり、つかさの家の近くにある公園のベンチに腰掛ける淳平の姿がある。


オレンジ色に染まりつつある西の空を見ながら、つかさの事を考えていた。





(よかった。西野が無事で…)


長崎から帰ってきてから今日までの間、淳平は何度もつかさの家を訪れた。


だがつかさ本人はおろか、家族にさえも会えなかった。


ずっと不審に思い、かつ大きな不安を抱えていた淳平だが、その不安も先ほど聞いた『近所の人の話』により解消されていた。





『西野さん、ご家族揃って旅行に行ってるわよ。お嬢さんが心の病を抱えてて、その治療って、私は聞いてるけど…』





さつきの事もあり、つかさに関しても淳平は『最悪の事態』を考えていた。


でもそれは杞憂に終わったことで、心の底からホッとしていた。





「真中くん」


「あれっ、東城!?」


突然現れた綾に驚いた淳平は思わずベンチから立ちあがる。


「じゅ、塾はどうしたの?」


「抜け出してきちゃった」


「抜け出してきたって、な、なんで…」


「真中くんの事考えてたら、なんとなくここに居そうな気がして…気がついたら抜け出してたの。でも本当にここに居るなんて、なんかうれしいな!」


綾は満面の笑顔を見せる。





(俺は、この笑顔に救われたんだよな…)


さつきの死は、淳平にとっても大きなショックだった。


心臓がまだどこかで動いているとは言っても、そう頭で考え理解しようとしても、簡単に受け入れられる事実ではない。


さらに『直前にレイプされていた』という事実が追い討ちをかけた。


(その事がショックで、さつきは飛び降りた…)


(もし俺がさつきを抱いてたら…こんな事にはならなかったんじゃ…)


そう考え、激しい自己嫌悪に陥る一歩手前の状態だった時、励ましてくれたのが綾だった。


綾の微笑み、励ましがあったからこそ、それほど落ち込まずに立ち直れていたのだ。





(東城が居てくれたから、俺は今ここに立っていられる)


(俺はもう、東城に決めるべきなんだ。いや決めなきゃいけないんだ)


(東城も俺が好きだ。これは推測じゃない。確証だ!)


(しかももう俺達、他人じゃないんだぜ)


(なのになんで、東城は拒否するんだ?)





「真中くんどうしたの?難しい顔して…」


「あ、いや!なんでも無いよ!はは…」


(情けねえ…素直に聞けば済むのに、それが出来ないなんて…)


笑ってごまかしながら、自分自身のだめっぷりを嘆く淳平。





「ねえ、今日は西野さんに会えた?」


「あ、いや実は…」


淳平は綾に先ほど聞いたつかさの事を話した。





「家族揃って旅行…か」


「ああ、1週間くらい前から行ってて、2、3週間の予定って話だから…あと1、2週間は帰ってこないみたいだ」


「そっか。でも…西野さんはこれでよかったのかもね?」


「そうだな。家族がついてればとりあえずは安心だと思うよ。逆に俺達がとやかく言うより、ずっといいと思う」


「西野さんの事は、今はご家族に任せておこっか?」


「そうだな。その間に俺達は犯人探しだな」


「犯人探し?」


淳平のこの言葉で、綾の顔がさっと曇った。


「ああ。外村が本気で始めたんだ。あいつ俺には『一人でやる』っつってたけど、俺もほっとけねえよ。さつきの…敵を討たなきゃ」


淳平の顔が険しくなる。





「あたしは…ヤダな」


「えっ!?」


「あたしも、みんなを襲った…みんなを苦しめた犯人は許せない。でも…見つからないほうがいいかな?って思う事もあるの…」


「な、なんでだよ?」


綾の意見に不満を表すことがめったに無い淳平でも、これにはさすがに嫌な顔をした。





「西野さんに、美鈴ちゃんに、北大路さん。みんなあたし達のすぐ近くに居る子が襲われている」


「そうだよ。だから余計に許せないんじゃないか!」


「襲われているのはすぐ近くの子。だから襲っているのも…」


「えっ…」





「襲った犯人は、あたし達のすぐ近くに居るんじゃ…」


綾の顔は不安に満ちている。


「じゃ、じゃあ東城は、犯人はウチの学校の生徒…って言いたいのか?」


「…それもあるけど、それだけじゃない」


「そ、それだけじゃない?」





「美鈴ちゃんと北大路さんだけならともかく、最初に他校の西野さんが襲われてる」


「あ、ああ」


「西野さんの状況は分からないけど、他のふたりに関しては行動パターンを知った上での計画的な犯行って聞いてる」


「俺も…そう聞いた」


「もし西野さんもそうだったとしたら、犯人は、3人の行動パターンを知った、3人の事をよく知った人、って事に…」





「!!!!!」


綾の推理は、淳平に大きな驚きを与えた。







(じゃあ犯人は、俺達の…俺の近くに居る、誰かって事か!?)


(も、もしそうだとしたら…東城の言ってる事も分かる。身近から犯人が出てくるっつうのは…)





(…で、でも…)





淳平は綾の推理を否定した。


認めたくなかった。


その思いが強い口調になって表れた。


「東城、それは無いよ!」


「あたしもそう思いたい。けど…」


「心配し過ぎだって!去年の文化祭でウチの部に来てれば3人を知る事は出来る。そりゃ、俺達の作った映画を見た人の中に犯人がいるって考えるのは嫌だけど…でも身近にいる誰かが犯人なんてありえないし、だいいち思い当たる人物が居ないよ!」


「だったらいいんだけど…」


「それより今は東城を守る事のほうが大切だよ!」


「えっ…」


「映研に係わっている女の子ばかりが襲われてるんだ。東城が襲われる可能性もある。だから、俺が東城を守るよ!」


(そうだよ。外村の言う通りだ。俺は東城を守らなきゃいけないんだ!)


(犯人探しは外村に任せて、俺は東城を守る事に専念するんだ!)


身近にいる女の子が傷つく姿を、もう淳平は見たくない。


特に、いま目の前にいる女の子だけは絶対に傷つけられない。


強い思いが『守る』という言葉に込められていた。





そして、その思いは綾の心にも伝わっていた。


大好きな淳平。


バージンを捧げ、受け取ってくれた淳平。


そんな淳平が、自分を『守る』と言ってくれている。


綾にとって、最高の幸せ。


「真中くん…」


潤んだ瞳。


自然と、身体が求めるかのごとく、ゆっくりと淳平のほうへ歩み始める。














綾は、身体のスタビライザー機能に問題があるのかもしれない。


いや、あるに違いない。


綾から淳平までの間、足元に障害物は無い。


路面の摩擦係数もほぼ同一である。





にもかかわらず、足を滑らせた。





綾は通常の人間に比べて、3倍は転んでいるらしい。


それは特別である事ゆえだろう。


『特別』だから『3倍』なのだ。










まあそれはさて置き、





綾は大きくバランスを崩し、背中から地面に向けて倒れこむ。


「きゃあっ!?」


「東城危ないっ!!」


慌てて手を差し伸べる淳平だが、


(ダメだ!これじゃあ間に合わない!)





綾を抱いた事で、淳平の心はやや成長していた。


そしてそれが、次の行動に現れた。





一瞬で間に合わないと判断した淳平は、思い切りよくジャンプし、空中で綾の身体を抱き寄せた。


そしてそのまま身体を捻らせ、自分の背中から地面に倒れこむ。


淳平にとって人生最大のベストパフォーマンスを見せた瞬間だった。





「いてて…東城、大丈夫?」


「ご、ごめんなさい!あたしがドジなばっかりに…」


「守るっていったからには、実行しないとね…って思いっきりキザだな俺って!」


上体を起こし、笑ってごまかす淳平。





「真中くん…」


綾は今にも泣き出しそうな顔で、淳平に思いっきり抱きついた。


背中に手を回し、広い胸に小さな顔を押し付ける。





「と、東城!?ちょっと…人が見てるって!」


まわりからの視線を気にして、慌てる淳平。


だか綾は一向に止める気配が無い。


(うっわ、みんな見てるよ)


驚き、冷やかし、祝福、憎悪、


さまざまな感情が込められた数多くの視線が淳平に突き刺さっている。


(ど、どうしよう。でも振りほどくのもなあ)


対応に困り、淳平はただ周りをきょろきょろと見まわした。





「ん?」


そんな淳平に、茂みの中にある小さな『光』が目に入った。


(たぶんゴミか何かだと思うけど…)


そして、『光』はふっと消えた。





(でも…なんかすごい気になる。呼び寄せられているような…)


『光』が瞬いていた場所にじっと目を凝らす淳平だった。


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