「幸せのかたち」 2- takaci 様


頭の中は真っ白になった。


恐怖が勝り、何も考えられない。


無論、言葉を発することも。





[ごめんね。俺の声なんか聴きたくないと思うけど、でも聞いて欲しいんだ。だから切らないで]


あくまで低姿勢の小宮山。


その声をどこか不気味に感じ、つかさの恐怖はますます募る。


小さな身体が小刻みに震え出す。





[俺、つかさちゃんがここ最近、夜遅くに一人でバイトから帰っているのがずっと気になってたんだ。だからこっそり、バイトの日はつかさちゃんの様子をずっと覗ってたんだよ。特にあの公園の辺りは危ないと思ってたからね]


[俺は、つかさちゃんの身を守る事を考えてたんだ。でも、あのひどい雨の日…]


[どうして…あんな事をしちゃったのか…俺にも分からない。なんか…俺、狂っちゃって…]


小宮山の声はだんだんと小さくなっていく。


[つかさちゃんを守るつもりが…俺自身がつかさちゃんを傷つけちゃってた…]





[で、でも…責任は取るよ。こうなった以上、俺…つかさちゃんを守る。命懸けで守るよ。俺のつかさちゃんを…]





「ふざけた事を言わないで」


小宮山の話を遮る形で、ようやく口を開くつかさ。


ただ怯えていたつかさに対し、小宮山の言葉が、つかさに「怒り」を抱かせ、それが口を開く原動力になっていた。


「あたしはまだ、あなたの事を警察に知らせていない。何でか分かる?あなたが捕まったら、淳平くんが苦しむからよ」


「それなのに、『俺のつかさちゃん』ですって?ふざけないでよ…」


「身体は奪われても…心までは渡さない。あたしの、淳平くんへの想いは、これくらいの事では壊れないよ」


受話器の向こうの小宮山に対し、強くかつ厳しく当たるつかさ。


まだ小宮山に対する恐怖はあるが、それに打ち勝つ為に、自身を奮い立たせる為に、


自らの意思を強い言葉で表した。





[さすがつかさちゃんだな。それでこそ、俺の大好きなつかさちゃんだよ]


明るい口調の小宮山。


(え?)


キレて怒鳴りつけられる事を予想していたつかさは拍子抜けした。


それと当時に、その明るさを不気味に感じて、再び恐怖心が蘇る。





[でも、その想いは絶対に実らないよ。真中のことは一刻も早く忘れた方がいい]


小宮山は諭すように話す。


「ばっ…バカな事を言わないで!あんまりふざけた事を言うとすぐに通報するわよ!?」


怒りをあらわにするつかさ。


そんなつかさに対し、小宮山はあくまで冷静である。


[通報してくれても構わないよ。俺がつかさちゃんにした事は決して許される事じゃあない。それは良くわかってるさ。でも俺のした事より、真中がつかさちゃんにしてきた事の方がもっと許されないと思うよ]


「ど、どういう事よ?」


[真中…あいつは、つかさちゃんの気持ちをわかっていながら、ずっと曖昧な態度をとってきて、つかさちゃんを苦しませてきた。しかもつかさちゃんだけでなく、綾ちゃん、さつきちゃんまで苦しめてきたんだ]


[つかさちゃんを苦しめるなんて最低だ。真中の相手は綾ちゃん…東城だって決まりきっているのに…つかさちゃんを惑わせやがって…]


「ちょっと!なんで東城さんなのよ!?」


怒りの中に動揺が混ざり出す。


[つかさちゃん知ってる?真中と東城が、4月から同じ塾に通っているって事]


「えっ…」


[しかも学校でも同じクラスなんだよ。選択教科を真中に合わせたんだ。国公立の有名大学を受けられるだけの頭を持っているのに、東城は真中と同じ大学に行く気なんだよ。そもそも東城が桜学をけって泉坂高校を受けたのも真中に合わせる為だったんだ]


[何で真中なんだろうな…俺はずっと、東城は俺に合わせて高校も、クラスも合わせてくれてたんだと思ったけど、それを知ってから急に冷めちゃって…]


「あなたって本当にバカね!なんで東城さんがあなたに合わせるのよ。それに…東城さんが淳平くんに合わせて泉坂に行った事は知ってる。でもそれが東城さんなのよ。だから、東城さんが淳平くんと同じ大学に行くことも…と、当然じゃないの?」


口では強がって見せるが、つかさの動揺はどんどん大きくなっていく。


特に、知らなかった塾の件はその大きな要因になっていた。





[ああ、俺はバカだよ。バカだったよ。でもようやく気付いたんだ。俺とつかさちゃんが運命の糸で結ばれてるって]


「な、何が運命よ!気持ち悪い事言わないで!」


[良く考えてよ。そもそもはつかさちゃんが桜学に行った事が始まりさ。もしつかさちゃんが泉坂に来てたら、俺はひとり集英高校に行って、つかさちゃんとの繋がりは一切無くなってたかもしれない。試験の結果は俺のほうが真中より下だったからね]


[でもつかさちゃんが桜学に行ってくれたことで、俺は泉坂高校に行けた。つかさちゃんが俺のために犠牲になってくれたことで、俺は救われた。しかも、つかさちゃんとの繋がりも保てたんだ]


「あ、あたしは淳平くんの為を思って、淳平くんが泉坂でやりたい事があるって言ってたから…決してあなたのためじゃない!」


[でも結果的に救われたのは俺さ。つかさちゃんが泉坂に来てたら、こんな事にはならなかった。桜学に行った事で、つかさちゃんは俺を救い、真中と東城の繋がりを強めたんだ]


[もうこれは運命だよ。俺とつかさちゃん、真中と東城がくっつく事はね]





「違う…  違う…  」


ついにつかさは泣き出してしまった。


[あ、ご、ゴメンね。泣かせるつもりは…あ、つかさちゃんのお母さんと、桜学の制服だから、友達かな?それと先生らしき人が来たよ]


「えっ」


驚くつかさ。


[ああ。俺、今つかさちゃん家(ち)のそばにいるんだ。つかさちゃんを見守る為に。だから、今つかさちゃんが家で一人なのは分かってるんだよ。本当は顔を見たかったけど、さすがに嫌がると思ってね]


「なっ…」


小宮山に監視されている事を知り、とてつもない恐怖がこみ上げる。


[じゃあそろそろ切るね。俺はずっとつかさちゃんのそばに居るから安心して。だから、早く外に出られるようになって、二人でデートしようね。じゃあね]


一方的に通話を切る小宮山。





つかさは子機をスタンドに置くと、ベッドに座り、両手で顔を覆った。


名実ともに目の前が真っ暗になる。


(あたし、小宮山くんに監視されてる。今日は良かったけど、いずれまた1人の時に家に入って来られたら、また小宮山くんに…)


(それに、あたしが桜学に行った事でこうなっちゃったって…そんな事はない…はず)











突然、闇の中に淳平の姿が浮かび上がった。


「西野、ゴメン。サヨナラだ」


真顔で話す淳平。


(そんな…淳平くん待って!)


心の中で訴えるつかさ。


「西野は強いから大丈夫だよ。でも東城は、放っとけないんだ。ずっと健気に付いて来てくれた彼女を、捨てる事は出来ない。俺は東城を選ぶよ」


淳平は背中を向けると、同じく闇の中に浮かび上がった綾の肩を抱き寄せて立ち去る。


(淳平くん待って!あたしを捨てないで!!)


淳平を追おうとするが、体が動かない。





「つかさちゃ〜〜ん!!俺が守ってあげるよ〜〜〜!!!」


今度は目の前に獣の眼をした小宮山が浮かび上がった。


あっという間に両手、両足を拘束され、服を引き裂かれる。


「つかさちゃ〜〜ん!!これは運命なんだあ〜〜〜!!!」


裸の小宮山が己の矛をそそり立たせて飛びかかった。












「いやああああああああああ!!!!!!」


つかさは両手で頭を抱え、心の底から叫ぶ。


その身体はベッドから崩れ落ち、床に倒れこんだ。





バァン!!


「つかさちゃん!どうしたの!?」


「つかさ!しっかりして!!」


「西野さん!?」


悲鳴を聞きつけたつかさの母、トモコ、久米の3人が部屋に駆け付けた。


つかさの身体はガタガタと大きく震え、瞳からは涙が溢れ出す。


そんな怯える我が子を母が強く抱きしめた。


「つかさちゃん、大丈夫だから…苦しまないで…」


母の瞳からも涙が溢れる。


そんな親子の姿を心配そうに見つめるトモコと久米。





「お母さん…あたし…遠い所に行きたい…」


「えっ?」


「ここに居たくない…どこか…遠い所に…連れてって…」


涙ながらに訴えるつかさ。


小宮山の恐怖から逃れる為の、つかさが出した答えだった。





「つかさちゃん、でも遠い所って…」


「分かりました。早速手配します」


戸惑う母をよそに、久米はつかさの思いに即答した。


「先生?」


「お母様。遠く離れた落ち着ける場所で心を癒す事は決して悪い事ではありません。桜海学園ではそのような体制も整えております」


「久米先生、すみません」


つかさは力なく謝る。


「西野さん、あなたは傷ついた心を直す事だけを考えなさい。あなたが立ち直る事。それが私達全員の願いです」


久米はとても優しい目をつかさに向けた。


「つかさ!あたしも出来る限りの事はする。だから頑張ってよ!!」


トモコはつかさの手を強く握り、力強く励ます。


「ありがとう…トモコ」


つかさは目を潤ませているトモコに微笑みを見せた。





「じゃあ、早急に取りかかりましょう。お母様、荷造りを…」


久米はすっと立ちあがり、手早く準備をはじめた。





その2時間後、つかさは泉坂を後にした。


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