R「幸せのかたち」19 - takaci 様


バタン。


淳平は小さなバスルームの扉を静かに閉めた。


シャワーを浴びてさっぱりした身体が気持ちいい。


Tシャツにトランクスの姿で、カーテンを少し開けて外の様子を伺う。


(メッチャ晴れてる。昨夜の嵐が嘘みたいだ)


澄みきった青空と朝の光りがとても眩しい。





「ん…」


ベッドで眠る綾が小声をあげた。


漏れた朝の光りが、眠る綾の目に飛び込んでいた。


もぞもぞと動き出し、上体を軽く起こす。


「あ、ゴメン。起こしちゃった?」


「あれ…真中くん?」


綾は自分の側―真中が隣で寝ていた場所―をじっと見つめている。


「ああ。俺はここだよ」


「あ…おはよう」


その声でようやく窓際に立つ真中の存在に気付いたようだ。


眼鏡もコンタクトもしていない今の状態でははっきりと真中の姿を捉える事は出来ない。


ただぼんやりと映っているだけだろう。





「あ、眼鏡…」


ここでようやく、綾はベッド脇に置いてあった眼鏡を取る。


(ちょっと寝ぼけてるのかな?でもそれもかわいいなあ…)


「今…7時前か…」


綾は部屋に備え付けられたデジタル時計を確認する。


「なんか早く目が覚めちゃってさ。俺はシャワー浴びたトコだよ」


「うん…」


目が覚めきっていない綾はボーッとしている。





淳平はそんな綾をボーッと見つめていると、


「真中くん?」


綾が視線に気付いた。


「あ、いやその…胸が…」


「胸って…キャッ!?」


豊満な綾の胸があらわになっていたのだ。


綾は慌てて布団で隠すと、


「もう…真中くんのエッチ!」


顔を真っ赤にし、頬を膨らませて怒る。


「ご、ゴメン!つい見とれて…」


「…後ろ向いてて。あたしもシャワー使うから」


「は、はい!」


淳平は綾に背を向け、窓を凝視する。


後ろからはゴソゴソと綾の物音。


(着替えを取り出してるのかな?素っ裸の状態で…)





ゴン!


「キャッ!?」


鈍い音の後、綾の小さな叫び声。


「と、東城大丈夫!」


思わず振り向く。


綾の身体に巻かれていたタオルを見て、ホッとすると共にやや落胆する淳平。


どうやらシャワールームの扉を開けた際、その角におでこをぶつけたようだ。


「う、うん…大丈夫…」


ふらふらしながらシャワールームに入っていく綾。





(東城、大丈夫かな?)


(昨日は…やっぱ無茶だったよなあ…)





昨夜、初めて結ばれた二人。


その後も行為は及び、淳平は3回、綾の中に欲望を放った。


(いくら東城が望んでたとしても、初めての夜で3度もヤルのはなあ…)


「ゴメンな…東城」


淳平は音が漏れてくるシャワールームに向けて頭を下げた。



















嵐の後の晴やかな朝だった。


淳平の心も澄み渡っている。


見るもの全てが新鮮で、自分が変わったように感じていた。





ホテルのレストランで綾と二人、朝食を取る。


食事も美味しいが、目の前に座る綾の姿が淳平をより幸せな気分にさせる。


それは綾も同じのようで、微笑みが絶えない。


淳平がそんな綾の笑顔をじっと見つめていると、


「真中くん、なに?」


綾が視線に気付いた。


「いやその、なんか見とれちゃって…東城がとても綺麗だから…」


「もう…真中くんのバカ…」


赤くなる二人。


でも笑顔は崩さない。


(ああ…幸せだなあ…)


淳平の心は天に昇りそうだった。




















二人は朝食を済ますと、再び部屋へもどった。


淳平はおもむろにテレビの電源を入れる。


朝のニュース番組が画面に映し出された。


「この天気なら、飛行機は大丈夫だよな」


「午前中には、向こうに戻れると思うよ」


「そうだな…」


淳平は一抹の寂しさを覚える。


綾との深い関係を築くことが出来たこの地が名残惜しく感じていた。





「西野さんの事、あたしたちの胸にしまっておかない?」


「えっ…」


「あたしたちは偶然知っちゃった。でも西野さんは知って欲しくないはず。だから他の人にこの事は…」


「そうだよな。ただでさえ辛いのに、こんな事が知れ渡ったら…」


「真中くんはしっかりしないとね!そんな西野さんを救えるのは真中くんなんだからね!」


「東城…」


綾の笑顔が淳平の心に突き刺さる。





この笑顔が『作り笑い』である事は、鈍感な淳平でもすぐに見ぬけた。


(本当は辛いのに…俺のことを、西野のことを思って…)





「ま、真中くん?」


淳平は綾の身体を抱きしめる。


「東城…俺、どうするのかを真剣に考えるから」


「う…うん」


「真剣に考えて、それで東城を選ぶんなら、いいんだろ?」


「真中くん…」


見つめ合う二人。


綾の瞳はもう既に潤んでいる。





ふたりは目を閉じ、唇を近づけていく。











だがここで、意外なものが二人のキスを阻んだ。





『…泉坂高校…』


「「ん?」」


テレビから流れるアナウンサーの声に反応した二人は、ブラウン管を見つめる。


そこには見なれた泉坂高校の校舎が写っていた。


「あれ?ウチの学校じゃん!」


「なにかあったのかな?」


画面に表示されているテロップを読む。





「深夜の惨劇…飛び降り女子高生に男子高校生激突…!?」


「ど、どういう事なのかな?」


そのままニュースの内容に耳を傾けるふたり。






昨夜1時ごろ、『泉坂高校で二人の男女が倒れている』との110番通報があり、警察が掛けつけた所、同校の中庭で倒れている二人の男女を発見した。警察の調べによると、二人は同校の3年生の生徒であり、女子生徒が自殺を図って屋上から飛び降りた際、中庭にいた男子生徒に激突したものと見られている。二人はすぐに病院に搬送されたが、意識不明の重体で懸命の治療中。警察は事件の経緯や動機などについて調べを進めている。





これがニュースの内容だった。





「3年っつったら、俺たちの同級生じゃん!?」


(自殺って…泉坂高校の生徒って言ってたから西野じゃないよな?美鈴は病院から出られる状態じゃない。っつーかあいつは2年生か…)


淳平は思い当たる人物を打ち消していく。


「あたし、真紀ちゃんに聞いてみる」


綾は携帯を取り出し、切ってあった電源を入れる。


そして丁度、着信が入った。


「あ、外村くんだ」


「え、外村から?」


淳平が聞き返すと同時に、綾は通話ボタンを押した。


「もしもし… うん… ごめんなさい。夜は電源を切ってあるから… ニュース?うん見た。それであたしも…    ええっ!?」


綾の表情が一気に曇った。


綾の表情をずっと見ていた淳平は、外村との会話の内容が、決して良い知らせでない事を理解した。





「うん…  うん…   すぐに戻るから…」


綾は携帯を切ると、持つ手が力なくだらんと垂れ下がった。





「東城…外村、なんだって?」


悪い知らせであることはもう明らかだ。


淳平の動悸が高鳴っていく。





「ニュースで言ってた二人…    天地くんと…   北大路さん…    二人とも危険な状態だから、すぐに戻ってくれって…」





「!!!」





淳平は驚きで言葉が出なかった。





(あ、天地とさつき!?な、なんであの二人が…)





(な、何があったんだ?…)


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