R「幸せのかたち」14 - takaci 様



俺にも『試練』が与えられているのか?)


淳平は広い湯船の中でそんな事を考えていた。





淳平たちは、午後6時前には空港に戻っていた。


だが、空港一帯は予想より早い低気圧の接近で大荒れ。


そうなれば、飛行機は欠航である。


今夜一晩は天候の回復が見込めないので、二人は翌朝の便で帰る事にした。


一応、日帰りの予定だったが、万が一を考え泊まりの準備もしていたので、ここまでは良かった。





問題はここからである。


悪天候による欠航。


淳平たちのように、一晩足止めを食らう人は多い。


結果、空港一帯の宿泊施設はどこも満室になってしまった。


淳平と綾は、なんとか部屋は確保できたものの…





同じ部屋で一晩過ごす事になってしまったのだ。





(ちょっと不安だけど、西野の事がある。そんな気分にはならない…と思う)


(それに、東城とそんな事になったら…全てが終わる)


(俺は…まだ終わらせたくない)


(もう一度西野に会って…もう一度、あの笑顔を見るまでは)


(終われない!)


淳平は湯船から出た。


強い決意を込めて。







「東城は…まだ戻ってないみたいだな」


淳平は鍵を開け、部屋に入る。


そして扉を完全には閉めずに、やや開けておいた。


オートロックではないのでこうする必要はないのだが、綾に自分が部屋に戻っている事を表す為だ。


(良く考えたら、こういうきちんとした部屋に泊まるのって初めてだな…)


浴衣姿の淳平は改めて部屋を見まわす。


整理され、落ちついた雰囲気の部屋。


クローゼットがあり、その隣には小さなバス、トイレがある。


窓際には机と椅子。


窓の外は低気圧で大荒れの天候だ。


そして…





二つのベッド。


本人の意志とは裏腹に、煩悩が目覚め始める。


「あーちくしょう!俺ってなんでこうも意志が弱いんだあ!」


淳平は頭を振り、奥のベッドに腰を下ろした。


「…脚本でも読むか…」


とにかく頭を切り替えたい。


別に脚本ではなくても、その為ならなんでも良かった。


淳平は鞄から何度も何度も読み返した脚本を取り出そうとする。


が…


一つの封書が目にとまり、そちらの方を持ちだした。





つかさが淳平宛に送った手紙である。





(この時西野は…心に大きな傷を背負ってたんだ)


(レイプされてたなんて…全然気づかなかった)


(だってこの手紙…そんな事は微塵も感じない)


(西野っていっつもそうだよ…笑顔で俺を導いて…励まして)





(その笑顔の下で…いつも苦しんでたんだろうか?)





(そうだよな…俺って酷い事ばっかしてきたもんな…)





手紙の上に、ポタポタと雫が滴り落ちる。





「真中くん…」


「あ…東城…」


淳平の気づかぬうちに、浴衣姿の綾が心配そうに見つめていた。


慌てて涙を拭ったが、もう遅い。


「その手紙…」


「ああ…西野の手紙だよ」


「あたしまだ信じられない…あの西野さんが…」


「俺だって信じられないよ。でも美鈴も同じような目に遭ってるんだよな」


(そうだよ。西野と美鈴が似たような時期に襲われてる。ひょっとして同一犯か?)


得たいの知れぬ犯人に淳平は怒りを覚える。





「あたし…恐い」


「えっ?」


綾はずっとうつむいたままである。


「美鈴ちゃんだけでなく、西野さんも襲われてた。あたしの周りで、二人の子が襲われてる。ひょっとしたらあたしも…」


「だ、大丈夫だよ!気を付けてれば大丈夫!俺も出来る限り守るからさ!!」


淳平は小さな綾の両肩を掴んで励ます。





「今、守って欲しい…」


「い、今?」


「うん…」





「と、東城!!ちょ、ちょっと!?」


突然慌て出す淳平。


綾は自らの手で、浴衣の帯を解いた。


ノーブラの胸の谷間が、


下に身に付けた白い下着が浴衣の隙間から確認出来た。





綾はそのまま、襟に手を掛けて浴衣を脱ごうとする。


「わあああっ!!!」


淳平は慌てて後ろを向いた。


心臓は早鐘を打つ。





「と、東城…こんな時に冗談は…」


上ずる声。


仕方がない。後ろには下着1枚の綾が立っているのだ。





「あたし…耐えられない…」


「な、何が?」


「西野さんや、美鈴ちゃんと同じ目に遭ったら、あたし耐えられない。だって…」


「だ、だって?」


「あたし、真中くんしかいないから。あたしにとって…男の人は、真中くんだけ。だから…」


「だ、だから?」


「初めての人は…真中くんじゃなきゃイヤ」


「い、イヤって…」


「他の人に奪われたら…あたし、生きていけない…だからお願い」





「あたしを…抱いて…下さい…」










(ま、まさか東城がこんな大胆になるとは…)


予想外の緊急事態に淳平は思いっきり慌てる。


本来、緊急事態には強い淳平だが、女の子が絡むととても弱くなる。


(と、とにかく今は逃げないと…)


「と、東城、俺はまだ結論が出ていないんだ。俺は西野を選ぶかもしれない。だから…」


「分かってるよ」


「えっ?」


思わず振り向こうとするが、なんとかこらえた。


(い、今振り向いたら、絶対押さえられない)


ただただ耐える淳平。





「真中くんが西野さんを選んでも、ううん。たぶん西野さんを選ぶと思う。でもそれでもいいの」


「そ、そこまで決めつけなくても…それにだったらなおさら…」


「今夜だけでいい。今夜限りの恋人。それだけで十分」








「な、なんでそこまで俺のことを?俺、わかんねえよ」








「運命の人…だから」





「運命?」





「真中くんは、あたしを変えてくれた。真中くんに出会わなかったら、あたしはもっとつまらない人生を送ってた」


「真中くんは、あたしの運命の人。先の事は気にしない。ただ運命の人に、捧げたいの…」


震え出す綾の声。





(東城…泣いてるのか?)


淳平の胸が締め付けられる。





(俺は、一体なにやってんだよ…)


(結局、全部俺のせいじゃないか…)


(俺が、西野だけでなく、東城にこんな恥ずかしい思いをさせ、苦しめてんだ)





(ここで決めなきゃ…男じゃない)





ついに、意を決した。





淳平は軽く息を付いてから振り向いた。


目の前には、両腕で胸を覆う、美しい綾の肢体。


不思議と、いやらしさは感じない。


「東城、綺麗だよ」


淳平は思ったことをそのまま言葉に表した。





「本当に…俺でいいの?」


優しく尋ねる淳平。


淳平の態度が突然変わり、綾はキョトンとしていたが、





笑顔で、ゆっくり頷いた。





「ありがとう…」


淳平は綾の身体を優しく抱き寄せた。





温かく、柔らかい綾の身体。





美しい、やや潤んだ瞳が、自分をじっと見上げている。





その瞳に吸いこまれるようだった。


ゆっくりと顔を近づけ、





唇を、重ね合わせた。


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