R「幸せのかたち」13 - takaci 様



「こ、ここかあ〜〜〜」


息が荒い淳平。


駅から2時間。


さらに長い坂を登ること20分。


二人はようやく『聖ローザ学園高等学校』の校門前にたどり着いた。


綾は入口の守衛に取次ぎをお願いしている。


(俺もあの時、ああすれば良かったんだ)


約1年前、桜海学園に忍び込んだ事を思い出す。





守衛は診断書と手紙の入った封筒を持って校舎に向かっていった。


「今から取り次いでくれるって」


「そう…でも凄い校舎だなあ」


「ホント。まるで中性ヨーロッパの建造物みたい」


「しかも海沿いだろ。確かに西野の言う通り、どこか幻想的だなあ…」


二人は目の前にそびえ立つ校舎にただ圧倒されている。





「もうすぐ、西野さんが来るんだよね」


「ああ…そうだな」


淳平の口調は重い。


久しぶりに会える喜びより、決断を迫られているプレッシャーのほうが大きかった。





「あたし、どんな結果でも受け入れるから…」


「えっ…」


「だから…真中くんは真中くんの思う通りに…」


淳平は、悲しみを浮かべる綾の瞳から目を逸らせなかった。


悲しみの中に、強い意志を感じる。


覚悟を決めた、綾の瞳。





(俺…どうすれば…)


淳平は、まだどちらを選ぶか決めきれていない。


むしろ、このまま先延ばしにするつもりでいた。


だが、綾の瞳はその考えにNOを突き付けている。


(ええい!いくら考えたって決まんねえんだ!こうなったら成るようになれだ!)


追い詰められた淳平はやけになって開き直る事にした。


…結局、外村の予言通り…





「あ、来たみたい、だけど…」


綾が声をあげる。


淳平もこちらに向かってくるシスターの姿を捉えた。


だが、


「西野が、いない…」


一緒につかさが来るものだと思っていた淳平。


それは綾も同じだったようで、二人とも不安の表情を浮かべる。





「遠い所よくぞいらして下さいました。私、シスターアンナと申します」


シスターは二人に向かって丁寧に頭を下げた。


「泉坂高校3年の東城綾と申します」


「同じく、真中淳平です」


シスターにつられて、二人とも頭を下げる。





「お手紙、拝見させて頂きました。お困りのようですね」


「はい。だから西野さんの力を借りたいのです」


「お気持ちは分かりました。ですが、西野さんはここにはおられません」


「ええっ!?じゃあどこに…」


「それを私の口から申し上げる事は出来ません」


「そんな…」


絶句する綾。


「俺達は西野に会いに、西野の助けを求めてここまで来たんだ!いくら何でもそれはないだろ!」


淳平はシスターに突っかかった。


だがシスターは動じずに変わらぬ口調で話しつづける。


「西野さんはご自分に降りかかった試練と必死に戦っておられます。私共はそんな西野さんを支え、祈る事しか出来ません」


「「試練?」」


「はい、今の西野さんはご自分の事で精一杯です。これ以上の負担を掛ける訳には参りません」


「西野の試練って、なんだよそれ?」


「あなた、真中さんと仰りましたよね」


「あ、ああ」


シスターに尋ねられ、淳平はやや緊張する。


「貴方の名前は西野さんの口からよく伺いました。あなたの存在は西野さんの大きな支えになるでしょう」


「ええっ!?」


驚く淳平。


「じゃあ、西野さんの居場所を教えてください。あたし達、今から会いに行きますから!」


綾もシスターに詰め寄った。


「申し訳ありません。私の口からは言えないのです。ですが、神は決して見捨てません」


「「神?」」


「わずかな期間ではありますが、西野さんはここで神の御心を学びました。神は必ず、西野さんの元へ貴方を導かれるでしょう」


「「…」」


シスターの言葉にただただ圧倒される淳平と綾。


「では私はこれで。あなた方にも神のご加護があらん事を…」


シスターは胸の前で十字を切って祈ると、校舎の方へ引き返していった。


二人はそんなシスターの後ろ姿をボーッと眺めていた。













その後、二人は山を下り、寂れた街中にある喫茶店に入った。


「なんなんだよあれ!せっかくここまで来たってのになにも教えないなんて!!」


淳平は改めてシスターの態度に腹を立てている。


「でも気になるな。『試練』ってなんなんだろ?」


不安の表情を浮かべる綾。


「ミッションスクールだろ。チョットした事を大げさに言ってるだけじゃないのか?」


「でも、あのシスターの表情、とても辛そうだったよ」


「そうかなあ?俺にはそんなふうに見えなかったけど…」





つかさに会えないという想定外の事により結論を出すのは先送りである。


その事自体はホッとしているものの、会えない事自体の落胆のほうが大きかった。


淳平は、その原因を全てシスターに向けている。


シスターの言葉、いやシスターの存在そのものをいぶかしく思っていた。








〔…西野さん…〕


((ん?))


顔を見合わせる淳平と綾。


突然、つかさの名前が二人の耳に届いた。





その出所は、淳平からは通路を挟んだ斜め後ろ(向かい合って座る綾からは斜め前)の席に座る3人の女子校生からだった。


一旦振り向いた淳平だが、すぐに元通りに座り、じっとアイスコーヒーの入ったグラスを見つめる。


(あそこで西野の話をしているのか?)


全神経を女子校生の会話に集中させる淳平。


狭い静かな店内で客もそれほど居ない。


会話の内容はほぼ筒抜けの状態だ。





綾も淳平と同く、聞き耳を立てる。


だが、綾にはめずらしくここで茶目っ気を見せた(と言っても淳平は全く気づかない)。


(土曜日の午後に聞き耳を立てるなんで、ある番組の教授みたい…)


(ウィスキーとアイスティーじゃちょっと違うと思うけど…)


綾は目の前にあるアイスティーのグラスを回し、氷を鳴らす。


そう、よく聞き耳を立てる、某FM番組の教授のように…





カランカランカランカランカラン…






生徒1(以下1)「ちょっとあんた、それ本当なの?」


生徒2(以下2)「本当だよ!昨日、先生とシスターの内緒話を聞いちゃったんだから!」


1「あの西野さんが、妊娠…」


生徒3(以下3)「でも西野さんって、確か地元でレイプされて…」


2「そう。その心の傷を癒す為にウチの学校に来たのよ」


1「じゃあ、父親はそのレイプした男って事!?最悪…」


3「でも良いんじゃない?正当な理由があるんだからオロしちゃえば…」


1「あんたねえ、中絶手術がどんなものか知らないからそんな事が言えるのよ!」


3「じゃあ教えてよ?」


1「まずは下着を脱いで、専用の手術台の上に乗って大股開きの状態で両足を固定するの」


3「ウワ…それじゃあアソコ丸出しじゃん」


1「丸出しだけじゃ済まないよ。そのアソコを器具を使って広げて、そこから子宮の中に道具を入れて手術するのよ」


3「ウワ…そんな屈辱的な事は絶対ヤダ」


1「しかも手術ってのは胎盤に着床したものを削り取る事なの」


3「そ、そんないい加減な事なの?」


1「今はどうか知らないよ。でも胎盤には悪い事には違いない。流産しやすくなったり、最悪子供が生めなくなる事も…」


2「西野さんは、その最悪なのよ…」


1,3「「えっ?」」


2「どういう理由なのか分からないけど、西野さんの場合、手術すると不妊になる可能性が高いんだって…」


3「じゃあ、生めって事!?」


2「ウチはミッションスクールだから、命は平等で大切なもの。中絶は学校の方針に反するし、不妊の危険性も考えて生む事を西野さんに勧めたみたいなんだけど…」


1「それで、西野さんどうしたの?」





2「安楽死か、もしくは出来る限り苦しまずに死ぬ方法を教えて欲しいって、真顔で病院の先生に聞いたって…」



1,3「「…」」




3「それって、ひょっとして一昨日かな?」


2「そうだよ。なんで知ってるの?」


3「だって、その日から西野さんの様子、おかしかったもん!なんか目がうつろで…」


1「西野さん、たしか『寝不足』とか言ってたよね?」


2「西野さん、一昨日と昨日の夜は両手と口を縛ってもらってから寝てるのよ」


1,3「「な、なんでそんな事を!?」」


2「そうしないと、舌を噛み切りそうで怖いからって…」




1,3「「!!!」」





3「西野さん…どうするんだろう…」


2「地元の病院で手術するみたい。今朝一番でここを出てったよ」


1「西野さんの地元って都会だから、良い病院があるんだろうね…」








2「なんで、西野さんがこんな事に…」


1「スゴイいい子だよね。頭が良くって、優しくて、面倒見がよくて…」


3「あたし、勉強教えてもらった」


1「あたしは、お菓子の作り方」


2「落ち込んでた時…明るく励ましてくれた…」


1「西野さんの方が…もっともっと辛かったのに…いつも笑ってて…」










1「お祈り、しよっか?」


2「…そうだね…」


3「いつもはいい加減だけど、今日はちゃんとお祈りする!」


1「じゃあ…戻ろう」











3人の女子校生は席を立ち、店を出ていった。


淳平と綾は、3人の目に光るものを確認していた。





「真中くん…」


「俺達も…行こう…」


「行くって、どこ?」


「泉坂に…戻ろう。美鈴も大変だけど…西野のほうが深刻だ」


「そう…だね。今からなら、十分間に合うよね…」


二人は席を立ち、店を出た。


そして、寂れた街を歩く。





意外な形で、つかさの辛い事実を知った淳平。


心の整理はつかず、頭の中は真っ白だ。





綾も同じだった。


ショッキングな事実は綾の心に重くのしかかっている。





二人の心に暗雲が立ち込めていた。


その心と同じように、


長崎の空には黒い雲が広がっていく…


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