「幸せのかたち」12 - takaci 様
結局、唯の父は二人の仲を簡単に認めてしまった。
どうやら、帰ってすぐに唯の母にコテンパンにのされたらしい。
二人が会った時、唯の父は全体的にやれていて、あの威厳は取り戻せなかったようだ。
とにかく唯は認められて大喜び。
もちろん木も。
だがこの後、木は淳平に会うたび「お兄さん」と呼ぶようになった。
唯と淳平の血が繋がっていない事はもう知っているのだが、それでもそう呼ぶ。
もてる木が淳平をそう呼ぶのだから、木と唯のことは木ファンの女子生徒に瞬く間に伝わった。
彼女らから淳平が白い目で見られるようになった事は言うまでも無い…
それはさて置き、あれから3週間ほど過ぎたのだが、
淳平の顔色は冴えない。
美鈴がまだ退院出来ないのだ。
なんと拒食症になってしまった。
昨日、外村と一緒に久しぶりに美鈴を訪ねたが、
あまりの変貌ぶりに驚きを隠せなかった。
こけた頬に細い腕。
もともとスレンダーな美鈴だが、気味が悪いほどやせ細っていた。
『食べたいとは思ってるんだけど、身体が受けつけてくれない』
そう話す美鈴の姿が頭から離れない。
受験勉強で忙しい事もあり、映画の準備はなかなか進まない。
配役が定まらない事もそれに拍車を掛けていた。
つかさに依頼した脇役の女の子だが、本来は美鈴が演じる予定で、つかさはあくまで『帰って来れた場合』である。
今の美鈴の状態で、出演を頼むのは無理がある。
美鈴が現状のままで、もしつかさが帰って来れなかったら今年の映画は撮れない。
そう考えると、気力が湧いてこなくなる。
本来ならそんな状況でも頑張って準備をすべきなのだが、淳平の心はそこまで大人になれていなかった。
昼休み。
屋上で1人、映画について悩む淳平。
(西野がいないのもきついけど、美鈴がいないのはもっときつい)
(去年の映画の出来が良かったのは、美鈴の力によるものが大きいんだ)
(あいつがあんな状態じゃあ、俺一人でいろんな事を決めていくしかないんけど…)
「やっぱきついよなあ…」
逆境に立たされた淳平の気持ちはどんどん滅入っていく。
「やっぱりここにいたんだ」
突然、背中から聞こえる優しい声。
振り向くと、綾の笑顔があった。
「東城…なんでここに?」
「真中くん…ここにいるんじゃないかなって思って」
「えっ…」
「映画の事で悩んでるよね?そういう時はここかな?って思ったの」
恥ずかしいのだろう。やや目を落として話す綾。
ずっと淳平を見てきた綾。
淳平しか見てこなかった綾。
だから淳平のことは、よく理解していた。
「そ、そうだよな。俺達って結構同じ事考えてる事が多いよな…」
(やっぱ心が通じ合ってるのかな)
そう思っているものの、さすがに恥ずかしくて口には表せない。
「ねえ、これを見て欲しいんだけど…」
綾は淳平に1枚の封筒をさし出した。
「ん?」
淳平はそれを受け取ると、中身を確認する。
見なれないチケットが2枚出てきた。
「これって…航空券?」
明記されている航空会社の文字から淳平はそう判断した。
「うん。東京―長崎の往復券」
「ええっ!?それってまさか!!」
「そう。西野さんから送られてきたの。『真中くんと一緒に遊びに来て欲しい』って同封されていた手紙に書いてあったんだけど…」
「西野が俺と東城を招待したって事?」
「しかも『アポ無しで来て』って書いてあったの」
「アポ無し!?」
(って事は、マジで西野は東城の目の前で俺に抱きつくつもりなのか!?)
淳平は以前つかさから送られてきた手紙の一文を思い出した。
「ねえ、西野さんって美鈴ちゃんの事、まだ知らないよね?」
「あ、ああ。俺も手紙を送った事はあるけど、その事は知らせていないよ」
「だからね、あたし達二人で行って、西野さんを連れ帰って来れないかな?」
「ええっ!?」
「西野さんなら、美鈴ちゃんの力になれると思うんだ。それに真中くんも、西野さんが居たほうが映画の事、はかどるでしょ?」
「そ、そりゃそうだけど…」
綾は淳平の悩みを見抜き、その解決案を提示している。
淳平はそんな綾にただ驚くのみだ。
「でも、いくら何でもそれは無理だろ?学校の事もあるし…」
「西野さんが居る学校って『心の傷を癒す』事を重点に置いているみたいなの。だから美鈴ちゃんの事を説明して、西野さんの力を貸して欲しいって頼めば協力してくれるよ」
「そ、そうなの?」
「あたし『聖ローザ学園』の事、調べたんだ。あの学校からなら、西野さんを連れて帰って来れるよ」
「そう…なんだ…」
「だから今度の土日、一緒に…行かない?朝一番の便に乗れば、日帰りできると思うし…」
綾はやや頬を赤くし、うつむきながら淳平を誘う。
(西野…もう、決着をつけろという事なのかい?)
(でも、東城はどうなんだ?そのつもりは無いんじゃ…)
(下手したら修羅場になりかねん。出来れば避けたいけど…)
(美鈴の事を出されちゃ、断れねえよ)
淳平は綾の申し出を受け入れた。
心に大きな爆弾を抱えたまま…
出発前夜。
淳平は外村に相談した。
つかさからの手紙の内容を外村には話したくなかったが、もうそんな事は言ってられない。
「外村あ〜俺どうすりゃ良いんだ〜?」
[もう成る様にしかならないだろう]
受話器の向こうの外村は冷たく突き離す。
「そ、そんなあ〜〜〜」
[もう覚悟を決めろよ。明日が決着の時だ]
「…やっぱりそうなのかな?」
[つかさちゃんはその気だ。たぶん東城もな]
「と、東城も?」
[つかさちゃんなら、航空券と一緒に送った東城宛の手紙に自分の意志を書くと思うな。そして東城もその意志を受け取ったから、お前に長崎行きを持ちかけたんだ]
「ううう…」
淳平の心はどんどん追いこまれていく。
[ところで、明日は何時に出発なんだ?]
「えーっと朝6時に泉坂駅で待ち合わせ。で、朝一番の便で長崎に行く予定だ」
[俺も美鈴の件があるから、その時間に駅に行く。その時ついでに東城の意志も確かめてやるよ]
外村との電話はそれで終わり、
翌日朝の泉坂駅。
土曜日の朝なので、人はほとんど無く、静かな駅前だ。
そんな雰囲気もあり、早起きした淳平からは自然とあくびが出る。
「じゃあこれ、美鈴の診断書と学校当ての親の手紙」
外村は綾に封書をさし出した。
公式の書類を学校側に示して、つかさをきちんと連れ帰る為に用意したものである。
「じゃあ頼む」
真顔の外村。
「分かった。なんとか西野を連れ帰れるよう交渉してみる」
真中も真顔だ。
「それと東城、頑張れよな」
「えっ、頑張るって?」
「つかさちゃんとの事さ。今度ばかりは自分の気持ちに正直にならないと後悔するぞ」
「あ…」
外村の忠告を受けた綾の表情が硬くなった。
(そ、その顔は…やっぱ外村の言う通りなのか?)
動悸が高鳴り、眠気は一気に吹っ飛ぶ。
「真中くん」
「あ、は、はい?」
(ま、まさかここで告白!?)
一秒一秒がとても長く感じられる。
「そろそろ行こっか」
「あ…ああ。そうだね」
とりあえずはホッとする淳平。
(でも、今日中に結果を出さなきゃいけないんだ…)
淳平は心の重いものを載せたまま、長崎へと旅立っていった。
「さて…どうなる事やら」
二人を見送った外村は、駅前でひとりつぶやく。
「外村〜〜〜!!」
遠くから聴きなれた声。
声のした方角を見ると、さつきが走ってくる。
「なんだよ寝坊か?」
「はあはあ…真中と東城さんは?」
「ついさっき行ったよ」
「くやし〜〜い!!真中を一発ぶん殴ってやろうと思ったのに…」
「なんだよそれ?」
「退け物にされたあたしの怒りよ!あたしだって真中のこと好きなのに〜〜!!」
この長崎行きの真意は、昨日の時点で外村からさつきに伝わっている。
さつきが怒るのも無理はない。
「もう諦めろよ。真中も北大路には『気持ちに応えられない』っつってんだろ?それにお前みたいないい女が真中ベッタリなのは勿体無いぜ」
「やだ〜〜〜!!絶対諦めないから!!!」
「でもどうすんだよ?もう行っちまったから止めようが無いぜ?」
「決まってるでしょ!どっちを選ぶか知らないけど、とにかく奪い返すのよ!!」
「ま、マジで?」
さすがの外村も今のさつきの勢いにはたじたじである。
「あたしはねえ、初めての相手は真中だって決めてんだからね!真中もあたしを抱けば絶対メロメロになるんだから!!」
「で、でもよお、真中がどっちかとエッチしちゃったらどうすんだよ?」
「それはそれで好都合よ!そっちの方が真中にあたしの魅力をより分かってもらえるんだからね!」
「お前…ある意味大人だな」
さつきは一切強がってなどいなかった。
澄んだ笑顔が、さつきの自信を表している。
外村はただただ感心するのみだった。
「でもそうなると西野さんを選んだほうが好都合ね。あの貧弱ボディにあたしが負けるわけないも〜ん。グフフフフ…」
朝っぱらから嫌な笑いをするさつき。
(真中が…羨ましい…)
朝っぱらから落ちこむ外村だった。
そして約4時間後。
淳平と綾は長崎空港発のバスに乗り込んでいた。
「ここから長崎駅まで約50分ね」
綾は時刻表を確認する。
「で、そっからさらに2時間か。まだまだかかるな」
淳平がそう言うとほぼ同時に、バスはゆっくりと動き出した。
バスは空港島と本土を結ぶ約1キロの連絡橋を渡る。
「へえ、一つの島が空港なんだ」
「ここが世界初の海上空港なんだって」
「くわしいな。さすが東城」
「せっかくだから、長崎の事をいろいろ調べたの」
「俺なんかなんにもやって無いよ。知ってるのはさつきの母親の実家があるってことくらい」
「あ、それあたし知らない」
「さつきの転校騒ぎがあったろ?あの時に聞いたんだよ」
「そういえばそんな事もあったね!」
バスの中で楽しく会話をする二人。
長い連絡橋を渡る間、バスは多くの車とすれ違う。
1台のタクシーとすれ違った事など、淳平と綾は気にも留めていなかった。
そのタクシーは空港のタクシー乗り場に止まり、まず年輩の女性が降りた。
そしてその女性に手を引っ張られてタクシーから降りたのは、
「さ、西野さん」
なんとつかさだった。
「お昼過ぎには向こうに着くから。そこでご両親も待っていらっしゃるわ」
「…」
「西野さん、しっかりして!」
女性はつかさの両肩を掴んで励ます。
「はい…」
力の無い返事。
つかさは虚ろな目を浮かべている。
その心は、『絶望』という闇に覆われていた。
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