「幸せのかたち」11 - takaci 様
「おじさん、今更そんなカッコしなくても…」
淳平と唯の父は、再び唯のアパートまで戻ってきた。
唯の部屋の手前で、「怪しい男」スタイルの戻る唯の父。
「ま、まずは唯の様子が見たくてな。私だと分かると緊張して普段の姿を見せないかもしれん…」
「その恰好の方が余計緊張しますよ!」
「そ、そうかな?」
どうやら唯の父は、自らが置かれた状況に対応しきれず、やや思考能力を欠いているようだ。
「はあ…」
そんな姿にため息をつく淳平。
(これから面倒な事になりそうだな…)
そんな事を考えながら、淳平は唯の部屋の前で立ち止まる。
(ん?)
扉が半開きの状態になっている事に気づいた。
(危ないなあ…女の1人暮らしなんだからもっときちんとしろよな)
淳平は呆れながら扉を開ける。
そこから中にいる唯に向かって声を掛けるつもりだった。
だが…
(あれ?)
予想に反して、部屋は暗い。
(なんだよあいつ、開けっぱなしで出てったのか?)
そのまま目線を下げると、
(こ、これは!!!)
見なれない大きな靴。
明らかに男物だ。
しかも…
〔あ… あ… 〕
奥から微かに漏れてくる、唯の喘ぎ声。
これだけの状況が揃えば、いくら鈍感な淳平でも察しはついた。
(この先で、唯が見知らぬ男とヤってんのか!)
高鳴る動悸。
顔がカーット熱くなる。
唯の父も今の状況を理解したようだ。
あわてて中に入ろうとするが、淳平がそれを制した。
〔真中くん!?〕
〔おじさんはここに居てください!俺が行きますんで、男がこっちに逃げてきたらお願いします!〕
狼狽する唯の父に対し、淳平はやや落ちついていた。
淳平は数少ない特技である『非常事態対応モード』を発動させていた。
見知らぬ男が強引に扉をこじ開けて唯に襲いかかっているとしたら、下手に飛びこんだ場合に唯が人質にされる恐れがある。
唯が男を連れこんでいたにしても、唯の父が今の状態で行ったらただ事では済まない。
そう考えた淳平は唯の父を玄関に残し、自分がゆっくりと音を立てないようにして奥に進む事にした。
万が一のことを考え、玄関にあった傘を手に取る。
(何もないよりはマシだ)
静かに、ゆっくりと足を進める淳平。
だんだんと、唯の喘ぎ声がはっきりと聞こえるようになる。
(今まさに、『ヤッてる』んだな…)
緊張と、ある種の期待で淳平の鼓動はどんどん高鳴っていく。
狭いキッチンを通り抜け、部屋の入り口にたどり着いた。
喉がカラカラに乾き息苦しくもなるが、とにかく音を立てないように息を潜め、ガマンする。
そして、そっと中を覗き込んだ。
真っ暗ではなく、豆球のぼんやりした明かりに照らされた部屋。
その隅に置かれたベッドに二つの人影を確認した。
黒のブリーフを身に纏ったガッチリとした男の身体と、
その下に見え隠れする下着1枚の女の身体。
「あっ あっ あっ あっ あっ…」
そこから漏れる唯の喘ぎ声。
(ゆ、唯がこんな声を出すのか!けどこの男は一体何を…)
淳平はじっと目を凝らすと、
(あの野郎!唯のあんな所に!!!)
その目は、唯の下着の中でうごめく男の手を捕らえる。
かわいい妹(ではないのだが)の大事な部分が、見知らぬ男の手で汚されている。
この瞬間、淳平の理性は吹っ飛んだ。
男に飛びかかろうとして、足に力を入れる。
だが、
こんな時に、
綾のお株を奪うようなドジ発生(淳平も結構ドジではあるが…)。
床にあった雑誌か何かだろう。それに足を乗せてしまいバランスを崩すと、
「うわっ!?」
ドシーン!!!
派手な音が響き渡った。
「どおうわあああ!?な、なんだあ!?」
派手に驚く男の声。
「この声!あっ!淳平じゃない!?」
当たり前だが、唯も驚いている。
それでも一瞬聞こえた声と、薄明かりの中で倒れている人影で淳平を識別できたのはさすがだ。
「唯!お前なにやってんだよ!?」
「何ってその…それよりなんで勝手に入ってくるのよ!?」
「扉が開いててしかもあんな声が聞こえりゃ心配で入ってくるのが普通だ!」
ようやく起きあがる淳平。
「お、お兄さんスミマセ〜〜〜〜ン!!!!!」
突然、男が淳平に向けて土下座をした。
予想外の事で驚く淳平。
(だ、誰だこいつ?そういえばこの声どっかで聞いた事あるような…)
「高木さんは悪くないよお!」
「高木? ってお前サッカー部の高木か!?」
「スンマセン!何卒お許しを〜〜〜!!!」
淳平に対し、ただただ額を床にこすり付ける高木だった。
その後淳平は、明かりの点けられた部屋の中央部で服を着た唯、高木と向かい合って座った。
二人の口から淳平に対し、必死の説明がなされていた。
少し前、服を着ている二人に気づかれぬよう、淳平は唯の父に状況説明をしたが、
「すまない、君が話を聴いてくれないか?私が行くと娘が傷つくだろうし、私自身も押さえられるかどうか分からん」
そう話した唯の父はアパートの外で待機している。
「…つまり、この事は高木ではなく、唯が誘った。そういうことか?」
説明を聞き終えた淳平は、厳しい口調で唯に尋ねる。
「うん…」
淳平の問いかけに対し、恥ずかしそうに頷く唯。
「でも、高木がここに来たのは大草に言われたからだろ?高木と大草がツルんでやった事なんじゃないのか!?」
淳平は高木を睨みつけた。
「確かにそう思われても仕方ないし、大草はそのつもりだったかもしれない。でも、俺はマジで知らなかったんだ。唯ちゃんが大草に告った事も、大草が唯ちゃんを振った事も」
高木は真剣な眼差しで淳平の目を見て話す。
「ぐっ…」
その眼差しに押されて言葉が出ない淳平。
「それに、俺はただ唯ちゃんを励ますだけのつもりだったんだ。抱く気はなかった」
「ふざけんなあ!じゃあさっきのアレななんなんだよ!?」
淳平の口調が荒くなる。
「この唯ちゃんから申し出てくれたんだぞ!男として断れるわけないだろ!『据え膳食わぬは男の恥』だ!!」
「じゃあなんだよ!たとえ唯と付き合ったとしてもお前は他の女の子が申し出ればその子を抱くのかよ!?」
「それは違う!それは今までの話だ!俺は唯ちゃんを大切に守っていく!!」
「俺は唯ちゃんが好きなんだ!!!」
高木は自らの想いを派手にぶち撒けた。
「そりゃあ、俺は今までいろんな女と遊んできたし、抱いた女の数もそれなりにいる。自分で言うのもなんだけど俺って結構もてると思うし、だからこそ『据え膳…』の考えを持ってたんだ。いい加減な男と思われても仕方ねえ。でも…」
「でも…なんだよ?」
うつむく高木に問い掛ける淳平。
「前にも言ったけど、唯ちゃんは俺のど真ん中なんだ!俺の理想の子だ!離したくないんだ!!ずっとそばに居たいんだ!!」
「だから俺は唯ちゃんを守る!唯ちゃんを傷つけないようにする!唯ちゃんを大切にする!」
「唯ちゃんを…幸せにしてみせる!!!」
さすがスポーツマンと言うべきか、自らの想いを熱く語る高木。
唯は、そんな木をやや潤んだ目でじっと見つめている。
(唯、その目は…)
淳平は唯にも本心を問いただすつもりだったが、
木を見つめる唯の眼差しを見て、その気は無くなった。
(理由はどうあれ、唯は本気だ。高木も…本気だと思う。でもだからって簡単に認める訳には…)
(でもどうすりゃいいんだ?外に居る親父さんに来てもらうわけにもいかないし…)
(親父さんには酷だけど、こうするしか無いよなあ…)
淳平は悩んだ末、ある事を思いついた。
「二人とも本気なら、それを見せなきゃダメだぞ」
「本気を見せるって、どういう事だよ?」
「そうだよ。淳平いきなり何言い出すの?」
「あのな…」
「…」
淳平は不安な表情を見せる二人に自分の提案を話した。
そして、
淳平と木は唯のアパートを後にした。
(あれ?どこ行った…)
木はそのまま帰ったが、淳平はあたりをきょろきょろ見まわす。
(あ、あんなところに)
アパートの隅に立っている唯の父を見つけ、近づいていった。
「聞こえたよ。高木という男の告白が」
「そ、そうですか…」
「まあ、私はああいう熱い男は嫌いではないがな…」
唯の父は木が歩いていった方角を見つめる。
「あと、あの二人なんですが…」
「それも聞こえたよ」
「す、スンマセン。勝手に決めちゃいまして…」
「いや、君の提案は…正しいと…思う…」
頭を下げる淳平に対し、唯の父はどもりながらも気遣いをする。
『二人揃って、唯の親父さんに会いに行け』
淳平が木と唯にした提案である。
唯は猛反対したが、木はすんなりと受け入れた。
『俺は唯ちゃんと堂々と付き合いたいし、それにそうすればあんたの顔も立つんだろ?』
『唯の親父さんは厳しいぜ。一発二発殴られる覚悟はしておけよ』
『唯ちゃんと付き合えるならそんなの屁でもねえよ!でもあんまり理不尽な事言ったら俺も殴るからな』
木と淳平はそんな会話を交わし、唯も木の熱意に押されて同意した。
この二人はそれで良いのだが…
「で、二人はいつ来るのかね?」
「その…今度の週末ですから…二日後には…」
「で、唯は私の…浮気の事は知っていたかね?」
「いや、知らなかったと思います。もし知ってたら話題に出てくるはずですし…」
「そうだな…」
辛そうな口調で話す唯の父。
二日後、木と唯は揃って唯の実家に行く。
その時、唯の父は家に居なければならないのだ。
現在、激高する唯の母がいる家に…
「じゃあ、私は失礼する。真中くんいろいろありがとう」
「い、今からですか?」
「今なら夜行列車に間に合う。早く戻ってあの二人を迎える準備をしておかないとな」
「あの、俺がこんな事言うのも何ですけど…大丈夫…ですか?」
しばらく間が開く。
「何とか…するさ。私も男だ。それにあの木という男にみっともない所を見せる訳にはいかんからな」
「は、はあ…」
「では真中くん。唯の事、これからもよろしく頼む」
「お、お気を付けて…」
淳平は駅に向かって歩いていく唯の父の背中を見送った。
とても、とても寂しそうな後姿だった。
「やっぱ、『据え膳』は食べない方が良いような…」
そう考える淳平だった。
NEXT