R[ever free]17 - takaci  様


第17話  舞い散る雪の中で・・・


埃がもうもうと舞い上がり、崩れた天井の小さな破片が飛んで来た。


「うわっ!?」


つかさを抱きかかえながら、安全な場所まで後ずさりする淳平。


やがて埃が消え、視界が開けていく。





先ほどまで淳平らの居た場所は、1メートル以上の高さの瓦礫で埋め尽くされていた。


そしてその下には、こずえの身体が・・・





「そんな・・・ そんな・・・ ううっ・・・ 」


泣き崩れるつかさ。





(こずえちゃん・・・間に合わないのが分かって・・・俺たちだけ逃がしてくれたのか・・・)


(俺は・・・結局こずえちゃんを・・・救えなかった・・・)


腕にはこずえの身体の感触がまだ残っている。


そしてそれは、もう二度と帰ってこない。




「ちくちょう・・・ちくしょう・・・」


淳平は己の無力さ、ふがいなさをいやというほど感じていた。





(こずえちゃん・・・なんで笑ってたんだよ・・・)


(今は助かっても・・・もう逃げ道はないんだ・・・)


(こずえちゃんの言ってた階段も板で塞がれてるんだから・・・)





「えっ・・・」


一瞬、我が目を疑った。


「そんな・・・こんな事が・・・」





ちょうど淳平の真横に、階段を塞ぐ板があった。


だがそれは建物全体に響く揺れのせいで倒れており、奥に隠れていた階段がぽっかりと姿を現していた。





「つかさ!!階段がある!!逃げるぞ!!」


淳平はつかさの腕を引っ張り上げようとした。


「そんな・・・でも彼女が・・・」


つかさは涙を流しながらこずえの居たあたりの瓦礫を指差す。


「気持ちは分かるけど・・・もうダメだ!!」


「そんな!! まだ生きてるかもしれないのよ!! あたし行けないよ!!」


「こずえちゃんの気持ちも考えろよ!! 彼女は俺と、つかさと、つかさのお腹の子を助けるために犠牲になってくれたんだ!!」


「あたしと・・・お腹の子・・・」


「こずえちゃんの遺志に報いるんだ!!生き延びるんだ!!」


必死になってつかさに訴える淳平。


両目から涙を流しながら・・・





「・・・うん・・・」


大きく頷くつかさ。





「じゃあ、行くぞ!!」


淳平はつかさの手を取り、階段へ向かった。





通路を出る際、瓦礫の山に目をやる。


(こずえちゃん・・・すまない・・・)


(でも必ず・・・生き抜いて見せるから!!)


心の中で瓦礫の中に居るこずえに別れを告げ、暗い階段を降りて行った。










幸い階段の周りの壁はまだ崩れておらず、周辺の構造もしっかりしているのか、振動も少なかった。


僅かな光しかなくほぼ真っ暗に近い階段を懸命に駆け降りていく二人。


「はあっ、はあっ・・・」


「はあっはあっはあっ・・・」


二人の荒い息使いが暗い階段内に反響する。










(光が・・・見えた!!)





淳平の眼は外から差し込む光を捉えた。


同時に周辺も明るくなり、緊張感が和らぐ。










長い階段をようやく降り切った。


そして扉の鍵を開け、一気に開く。










(雪!?)


扉を開けると、外は雪が舞っていた。











外に出た途端、地響きが大きくなる。


「ここから出来るだけ離れるぞ!!もう少しだ!!頑張れ!!」


力強くつかさの手を引っ張って行く淳平。


つかさも懸命に走った。










二人が外に出て間もなく、建物の崩落が始まった。





轟音を立てながら、徐々に崩れていく。





そして走る二人の後ろから崩落による膨大な量の埃が迫ってくる。





「あの物陰まで・・・頑張れ!!」


淳平は目の前にある小さな小屋の影を目指した。





「はあっはあっ・・・つかさ早く!!伏せて!!」


まずつかさの身体を物陰に送り込む。


そしてその上から覆い被さった。


「きゃっ!!」





「埃が来る!!目を閉じて!!」


淳平がそう言うのと同時に、あたりは埃で真っ白になった。


「ぐうっ・・・」


埃と共に砂利や瓦礫の破片が淳平の身体に降り注いでくる。


埃の嵐の中、淳平は身を挺してつかさを・・・身重の若き妻を守っていた。










目を閉じていても分かる。


辺りを覆う真っ白な埃の存在。


それは細かな破片と共に淳平の背中に降り積もっていく。










やがてしばらくすると、崩落による轟音と地鳴りが収まった。


雪によって湿度が高い事もあり、埃も急速に収まっていく。










うっすらと眼を開ける淳平。


(雪・・・いやこれは・・・)


あたり一面真っ白の世界。


崩落によって発生した埃が積もり、まるで雪国に来たと錯覚しそうになるほどだった。





「つかさ、大丈夫?」


「うん・・・」


「髪に埃が・・・」


「淳平くんも凄いよ。髪も、背中も・・・」


互いに身体に降り積もった埃を払い落とし、立ち上がって逃げ出してきた建物に目を向ける。










「うわっ・・・」





そこは完全に崩れ落ち、瓦礫の山になっていた。










(こずえちゃん・・・本当にゴメン・・・そして、ありがとう・・・)










(これで・・・終わったんだよな・・・)










(全て・・・終わったんだ・・・)










脱力感に包まれる淳平だった。






























「つかさ、本当に大丈夫か?」


「うん。しばらくこうしてれば大丈夫だよ。いずれ痛みも治まるから・・・」


「でも・・・」


「心配しないで。あたしの体の事は、あたしが一番良く分かってるから。お腹の子は、絶対に守るから・・・」


か弱い声で元気さはあまり感じられないが、それでもつかさは淳平に笑顔を見せた。





無事脱出し、緊張の解けたつかさに再び痛みが訪れていた。


淳平は助けを呼ぶため携帯を取り出そうとしたが、どこかに落としてしまったようで携帯は見つからない。


そこで近くに助けを呼びに行こうとしたのだが、つかさがそれを制した。


『お願い、側にいて。 それにここに居れば誰かがきっと来てくれるよ・・・』





淳平はつかさの身体を抱きしめ、手を握ってずっと励まし続けている。










「みんな・・・死んじゃったね・・・」


「つかさ?」


「外村くん・・・大草くん・・・それに向井さん・・・結婚をお祝いしてくれた・・・みんな・・・」





(つかさ・・・天地の話を聞いてたのか・・・)





「あたしの・・・せいなのかな?」


「なっ・・・なんでそうなるんだよ!?」


つかさらしくない弱気の発言に戸惑う淳平。


「あたしが淳平くんと付き合ったから・・・東城さんが悲しんで、それが天地くんの暴走に繋がった。淳平くんが東城さんを選んでれば・・・あたしが潔く身を引けばこんなことには・・・」


「そんな事言うなよ!!つかさのせいなんて・・・絶対無い!!」


「でも・・・」


「みんなの死は、天地の心の弱さが原因だよ。いくらなんでも俺とつかさを殺して東城の気を惹こうだなんて・・・まともな考えじゃないよ」


「それに、そんな弱気でどうするんだよ!!もうみんな居ないから、俺たち二人でどんな辛い事も乗り越えていかなきゃならないんだよ。子供が生まれたら、子育てでもっと大変になる。確かに辛いけど、落ち込んでられないよ!!」


「みんな死んじゃったけど、俺たちは生き残った。だからこそ生きなきゃならないんだ!!」





「俺と、つかさと、お腹の子」





「俺たち3人は、死んでいったみんなの分まで生きるんだ!!」





淳平は強い意思を込めた力強い言葉と視線でつかさを励ました。





そしてその励ましは、つかさの涙腺を緩ませる。





「淳平くん・・・」


涙で声を詰まらせながら、夫にぎゅっと抱きつく。


淳平もまた、妻の抱擁に応えた。





「つかさ・・・ずっとずっと生きていこうな・・・」


「うん・・・」


ちらつく雪の中で熱い抱擁を交わす若き夫妻。


互いに、永久の愛を確かめ合っていた。





































パアン!!








































「ぐうっ!?」


突然、淳平の左肩に激痛が走った。


「淳平くん?」


「ぐっ・・・あっく・・・」


左肩を押さえながら、その場に倒れこむ淳平。


「淳平くん!? 淳平くん!!」


つかさは突然の事態に戸惑いながらも必死になって淳平に呼びかける。





方を押さえる右手に、ぬるっとした感触を感じ取った。


手を離して見ると、自身の鮮血がべっとりと付いている。





(何で・・・こんな事に・・・)





(そういえば直前に・・・乾いた音が・・・)





(俺・・・撃たれたのか・・・)





激痛の中で、淳平はゆっくりと自分の現在の状況を整理する。










(音は・・・背中のほうから聞こえた・・・)





(いったい誰が・・・)





顔を上げ、音のした方へ目線を向ける。




















「そん・・・な・・・   何で・・・奴が・・・」





驚きの色を見せる淳平の瞳には、





傷つきながらも銃口をこちらに向ける天地の姿が映っていた。










「天地くん・・・」


青ざめるつかさの顔。


突然訪れた危機に加え、今の天地の姿がそうさせていた。





額が割れ、流れ出る鮮血が方目を塞いでいる。





そして、肘から先の左腕が無い。





そんな状態にもかかわらず、不敵な笑みを浮かべている。


誰もが、身の毛のよだつような旋律が走る姿だった。















「天地・・・お前・・・生きてたのか・・・」





「真中、お前を殺すまでは、僕は死ねないんだ!ははははは!!!!!」





不気味な高ら笑いが響き渡る。





(ちきしょう、派手に笑いやがって・・・)


(でもそんな事より、今は逃げなきゃ!!)


身体を動かそうとして力を入れようとするが、





「ぐうっ!?」


左肩の強烈な痛みがそれを阻んだ。


「淳平くん!! しっかりして!! 淳平くん!!  うっ・・・」


必死に淳平を励ましていたつかさも、突然苦痛の表情を浮かべて淳平の上に倒れこんだ。


「つかさ!?」










「はっはっは!! どうやら夫婦揃って命運尽きたようだな!!」


「あの崩落から逃げ出せたのには驚いたが・・・ここまで良くあがいたものだ。褒めてやるよ」





「あがいたのは・・・てめえだろうが・・・」





「何を言ってるのか良く聞こえんが、まあいい。夫婦揃って送ってやるよ・・・」


天地は拳銃をしまい、肩に掛けていたマシンガンを二人に向けた。





(あれは・・・こずえちゃんが叩き落して、奴と一緒に穴に落とした・・・)





「弾は残り少ないが、お前ら夫婦を殺すには十分さ!!」


銃口は不気味な光を放っている。










(ちくしょう!!動けよ俺の身体!!)


逃げようと身体を動かそうとするが、その度に強烈な肩の痛みに阻まれる。





(こずえちゃんは腹を撃たれても動いたんだ!!俺も動ける!!)





(動けええ!!!!!)


痛みに耐えて懸命に動かそうとするも・・・





身体は言う事を聞かない。










痛みもあるが、危機が去ったと思い緊張の糸が切れていたのが大きかった。





いったん切れた糸は、そう簡単に張りを戻せない。










「死ねえええええええ!!!!!!」


天地は勝ち誇った顔で淳平らを見下ろしながら、引き金に力を込める。










(もう時間がない!せめてつかさだけでも・・・!!)





(頼むから動いてくれええええ!!!!!)





淳平の上に折り重なっている妻を守るべく、最後の力を振り絞る。










だが、










身体はピクリとも動かなかった。















(ちっくしょおおおおお!!!!!)





観念し、硬く目を閉じる淳平。

























その瞬間、周りの空気が動いた。










(えっ!?)










驚いて眼を開けると、それまではなかった『影』が淳平の前に出来ていた。




















(そ、そんな・・・ダメだ!!)




















(天地!!やめろおおお!!!!!)






























バババババババババババッ!!!!!




















淳平の願いとは裏腹に、軽やかな発射音が鳴り響く。










それと同時にいくつもの鉛の弾が淳平の周りに着弾する。




















だが、淳平には当たらない。




















『影』が、淳平を守っていた。

























弾が切れたのだろう。発射音は数秒で終わった。










あたりに一瞬の静寂が訪れる。






























淳平は、ずっと『影』を見つめていた。

























そしてそれは、ゆっくりと淳平に向かってくる。






























ドサッ・・・








































「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

























突然、狂ったかのような大きな叫び声をあげる淳平。








































その腕には・・・
















































華奢な身体にいくつもの『鮮血の花』を咲かせたつかさを抱きかかえていた。


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