R[ever free]14 - takaci 様
第14話 衝撃のイヴ
「坊ちゃま、全ての準備、完了しました」
廃工場の中に張りのある老執事の声が響く。
「分かった。では真中が来るまでの間、もう少し頼む」
「はい。それと坊ちゃま・・・」
「ん?」
「坊ちゃまは『真中様をご案内したらすぐ警察に通報せよ』と仰られましたが、すぐではなく30分後に最寄の所轄に行くつもりでおりますので・・・」
いつもどおりの礼儀正しいしゃべり方。
いつもどおりの張りのある声。
ずっと天地に尽くしてきた老人の『最期の忠誠』だった。
執事の『心遣い』は、天地に僅かに残っていた『人の心』にじんと響く。
「爺・・・すまない・・・」
心の底から自然と出た言葉だった。
「では、ご武運を・・・」
執事は天地に背を向け、このフロアを後にする。
(こんな僕のわがままに付き合わせて、本当にすまないと思ってる・・・)
(しかも最期の最期まで気を遣わせて・・・本当に申し訳ない・・・)
(だが爺の心に応えるためにも、必ず真中をこの手で仕留める!!)
「ふっ・・・最初からこうしてれば良かったんだ・・・」
「じゃなければ・・・ここまでの犠牲を生む事も無かったんだ・・・」
「綾さんも・・・失わずに済んだのにな・・・」
「僕は・・・世界一愚かな男だ・・・」
一方、その頃淳平は、
役場の硬いソファに腰掛け、胸を高鳴らせていた。
側には同じようなつかさの姿。
二人手を重ねあわせ、じっと『その時』を待つ。
「真中さん」
窓口から年配の女性事務員が淳平らの名を呼ぶ。
「は、はい・・・」
緊張のあまり声が上ずる淳平。
つかさと手を取り合いながら、ゆっくりと窓口へ・・・
「・・・確かに受理しました。おめでとうございます!」
事務員は笑顔で二人を祝福する。
「淳平くん!!」
「つかさ!!」
手を取り、見つめあう二人・・・
2004年12月24日
真中淳平
妻 つかさ
18歳の若い夫妻がこの瞬間に誕生した。
「あなたたち、本当におめでとう」
淳平の母は涙交じりの声で二人に祝福の言葉を贈る。
「お母さん、淳平くん、これから・・・よろしくお願いします」
つかさもまた、感涙で声が詰まっている。
そんなつかさを淳平は温かい目でじっと見つめていた。
真中淳平、人生至福の時だった。
(ふーっ、さぶい・・・)
外は灰色の雲が空を覆っており、寒さと合わせて今にも雪が降り出しそうな気配である。
(これからは、しっかりしないとな)
(もう、ひとりじゃないんだ)
(もう、子供じゃないんだ)
結婚した事により、まだ未青年の淳平も『成人並みの権利』が与えられる。
もう、独立した『ひとりの大人』なのだ。
強い寒さも手伝って、淳平は身と心をぐっと引き締めた。
「でも良かったあ。念願のイヴ入籍が出来て」
「えっ、学校に言われたんじゃ・・・」
「それももちろんだけど、あくまで『出来れば』って話で強制じゃないんだ。まあ当然だけどね」
「つかさちゃん前に『出来れば24日に入籍できたらいいな』って言ってて、それに状況が重なったからあたしとつかさちゃんで一芝居打ったのよ」
「なっ!?」
母の言葉で淳平は大きく驚き、表情が変わる。
こんな大事な事を騙されてはさすがの淳平でも文句の一つや二つは言いたくなる。
事実その言葉が今にも出そうになった。
だが、
「何よその顔は!?これでつかさちゃんが正式に家族の一員になったってのに嬉しくないの!?」
「い、いやそんなわけじゃ・・・」
「淳平くんゴメンね。でもあたし昨日婚姻届を書いてるときには『もう気付いてるんだ』って思ってたんだけど・・・」
「い、いやまあ・・・薄々は・・・」
「まあ!じゃあ淳平は全てを分かってて何も言わずに書いたのね!!あなたがそんな大きな心を持ってたなんてお母さん嬉しいわ!!」
叱り付けたかと思えば、今度は大袈裟に褒め上げる淳平母。
「そうなんだあ!!やっぱり淳平くんって優しいね!!こんな素敵な人の奥様になれてあたしとっても幸せ!!」
それに続くつかさ。
淳平・・・完全に沈黙。
力も勢いも完全に女性陣が勝っている。
淳平一人の力ではどうしようもない。
(はあ・・・この先ずっと自分の意見を言えずに、尻に敷かれて行くのかなあ・・・)
昨夜と同じく、将来に一抹・・・いやかなりの不安を覚える淳平だった。
「じゃあ今夜のお祝いパーティー用の買出し、これから行くわよ!」
「はい、お母さん!!」
「あ、ごめん。俺これからちょっと用事あるんだ」
「用事ぃ!?」
淳平母は不満げな表情を息子に向ける。
「それって昨日の電話?確か天地くんの・・・」
「ああ、天地に呼ばれてるんだ。なんか『渡したいものがある』って・・・」
「じゃあさっさと行って来なさい!それが終わったらすぐに合流するのよ!身重の奥さんに重たい荷物持たせる気!?」
「分かってる分かってる!!じゃあ行って来るよ!!」
淳平は手を上げ二人に笑顔でそう言うと、背を向けて駆けて行った。
「あっ淳平くん・・・」
思わず呼び止めようとしたつかさだが、もう淳平の背中はかなり離れており小さな声は届かない。
(なんだろう・・・なんかものすごく不安・・・)
(もう・・・淳平くんに・・・会えなくなるような・・・)
(ヤダ、何でそんな風に思うんだろ。そんな事あるわけ無いのに・・・)
(しばらくしたら・・・またあの笑顔が見れるに決まってるのに・・・)
つかさは心に芽生えた『嫌な予感』を必死に払拭しようとするが、むしろどんどん大きくなっていく。
それが表情に表れていた。
「つかさちゃん、どうしたの?」
心配そうにつかさを見つめる淳平母。
「あれっ、西野さん?」
「えっ・・・あっ!?」
呼ばれて振り向くと、厚いコートを着たこずえがきょとんとした表情でつかさを見つめていた。
「では、こちらでございます」
淳平は廃工場のとあるフロアへと天地家の執事に案内されていた。
天地が指定した場所は、とある工場の門だった。
だが稼動はしていない。
「経営破たんした工場をうちどもの会社で買い取りまして、他の施設へと転用を計画中でございます」
広大な敷地内を歩きながら品のいい老執事が説明してくれた。
敷地内の建物はどれも古く、痛みが激しい。
その中でも痛みが最も激しく見えるが、とても大きな建物の中で天地は待っていた。
フロアに明かりは無く、小さな窓から差し込む光のみでかなり暗い。
広いフロアの中心に立つ天地の姿を、淳平の目はぼんやりと捉えていた。
「では、私はこれにて・・・」
執事は淳平に背を向け、フロアを出て行く。
硬い革靴の足音が次第に小さくなっていった。
「天地、こんなところに呼び出していったい何の用だ?」
暗いシルエットの天地に尋ねる淳平。
「朝から用事があったんだってな?」
天地の声はいつも通りの落ち着いたトーンだ。
「ああ。役所に行って入籍してきたんだ」
「入籍?」
「ああ。これで正式につかさと結婚したんだ。この後もつかさとお袋の買い物の付き添いさ」
「そう・・・か・・・」
天地がそう言った後、しばらく沈黙が続いた。
(さすがの天地も、やっぱ驚いたか?)
(でも、俺とつかさの事は学校でも結構有名になってた。だから天地の知らないはずは・・・)
じっと天地のシルエットに目を凝らす淳平。
「確か・・・西野くんだったな。君の彼女・・・つまり、奥さんは」
「ああ」
「最期の最期まで罪作りな男だ。若い妻を悲しませるとは・・・」
シルエットがゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「俺はつかさを悲しませたりしねえよ!!」
「悲しませるさ。結婚初日から未亡人になるんだからな!!」
シルエットだった姿が僅かな光に晒されはっきりと表情が伺える。
表情と共に、黒く不気味に光る瞳の輝き・・・
(何だあの目は・・・す、すげえ憎しみが込められてるみたいだ・・・)
(それに未亡人って・・・し、しかも手に持ってるのは・・・)
天地は淳平に対し、
黒光する銃口を向けていた。
「あ、天地・・・悪い冗談はよせよ。それってつまり、お前が俺を殺すってことか?俺をビビらせてどうすんの?それってモデルガンなんだろ?」
パアン!!
「うわっ!?」
淳平の足元に軽い衝撃が走る。
薄汚れた固い床に、鉛の弾がめり込んでいた。
「ほ、本物・・・」
強大な驚きと恐怖が淳平に襲い掛かる。
(まずい、天地の奴・・・目がマジだ!!)
ドォオオオオン!!!
「こ、今度はなんだあ!?」
大きな音と共に、床全体が激しく揺れる。
「安心したまえ、君がここに来た通路を塞いだだけさ」
「なっ!?」
「これで君はもう逃げられない。心置きなくここで死んでくれたまえ」
ゆっくりと迫る天地。
淳平は身も心も追い込まれていく・・・
NEXT