R[ever free]13 - takaci  様


第13話       狂走


12月23日夜


テロを起こした過激派集団が捕まってから数日が経った。


マスコミは連日この件を伝えており、事件の真相が次第に明らかになっていく。





天地は自室で新聞を広げ、記事に目を通していた。


「頭は弱い奴らだったが、プロとしての自覚は持ってたようだな・・・」


捜査は急速に進んでいるが、それでも警察の手は天地まで辿り着いていない。





―クライアントの秘密は守る―


プロとしての『絶対条件』を過激派集団は頑なに守っていた。





「しかし、奴らからは大丈夫でも他のルートからばれる可能性もある」


「それに・・・あいつをこのままにしていいのか?」


「僕が苦しみから抜け出せない中、あいつは結婚で幸せの絶頂・・・」


「綾さんだって・・・西野くんと幸せになった今のあいつは見たくないはずだ・・・」





新聞を持つ天地の手が震え出した。


「先ほどの正太郎くんの懸案もある。やはり・・・」





「もう僕が・・・直接手を下すしかない・・・」










ビーッ


机の上のアラームが天地を呼ぶ。


「なんだ?」


[坊ちゃま、お友達の方がお見えです]


低く落ち着いた執事の声がスピーカーから発せられる。


「友達?誰だ?」


天地に心当たりはない。


[外村様と、大草様という方ですが・・・]


(外村と大草・・・)


天地の顔が険しくなる。


(なぜこの二人が・・・正太郎くんが呼んでいたのか?)


(もしそうだとしたら・・・やるしかない)


(・・・これ以上手を下したくは無かったが・・・仕方がないか・・・)





「分かった。通してくれ」


そう伝えると、引き出しを開けて中に忍ばせてある『牙』の存在を確かめた。










しばらく後、





「失礼しま〜す」


外村が笑顔で部屋に入ってきた。





続いて大草。


こちらはやや緊張した顔つきである。





「こんな時間に何の用だ?また何か緊急の頼み事か?」


うわべの笑顔を繕って二人を迎える天地。


「いや頼みごとじゃなくって・・・実は東城の弟からここに来るようにって言われてな」


「正太郎くんか?彼なら隣の部屋にいるぞ」


天地が表情を変えずにそう伝えると、





「えっ?もういるの?」


驚く外村。


「ああ、彼は『友人が来てから話をしたい』と言ってたが、まさか君たちだったとはな・・・」


天地も驚く『フリ』をした。





「ここか?」


大草が隣の部屋に通じるドアのノブに手を掛けた。





「ああ」


天地は返事をしながら引き出しを静かに開き、二人に見えないように『牙』を手にする。










大草はノブを引き、扉を開けた。





すると・・・















ドサッ










扉が開くと同時に





血まみれの正太郎が倒れ込んで来た。





もはや生命の鼓動は無い。









「うわああああああ!!!!!」


「どおああああああ!!!!!」


驚愕の叫び声を上げる二人。


一瞬、正太郎に対し全ての意識が集中する。










天地にはそれで十分だった。














バスッ!!





バスッ!!





バスッ!!





バスッ!!





バスッ!!





サイレンサーの付けられた銃口から火が吹く。










「ぐうっ!?」


「があっ!?」


外村、大草、ふたり揃って部屋に敷かれた高級な絨毯の上に崩れ落ちた。















「う・・・ぐっ・・・」


大草は完全に急所を突かれ、すぐに息絶えた。















「ぐぅっ・・・あ・・・あま・・・ち・・・」


外村はまだ息があった。











「とっさに避けたか。と言う事はやはり・・・僕を警戒していたのかな?」


「模試が・・・中止になったとき・・・お前の・・・嫌な・・・笑みが・・・見えたんだ・・・」


「なるほど」


天地はその時と同じ笑みを外村に見せる。





「でもなぜ・・・お前が・・・こんな・・・」


「冥土の土産だ。これを読みたまえ」


倒れる外村の顔に一枚のコピーを落とした。


「これが、正太郎くんを殺した動機さ」


「な・・・に・・・」


外村は血がべっとりと付いた右手でコピーを持ち、書かれている文面に目を通す。










やがてその表情は、





驚きと悲しみで歪んでいった。










「そん・・・な・・・    東城・・・・   が・・・   」


「綾さん・・・お姉さんの名誉を守るために僕を殺しに来たみたいだが・・・どうやら弟のほうは綾さんほど賢くないようだな。あれでは逆に名誉を傷つけかねん」





「東城が・・・   美鈴・・・   を・・・   」


「お前なら分かるだろ。綾さん直筆の日記のコピーさ」





「そん・・・    な・・・    」


「これで綾さんの秘密をお前も知った。もう生かしては置けない」


「なっ・・・」





外村の表情は驚きから恐怖へと変わっていく。










そんな外村に天地は銃口を向けた。





「苦しませて済まなかった。安らかに眠ってくれ・・・」










バスッ!!










外村の額に穴が開き、血が少しずつ流れ出す。




















ビーッ


天地は机の上の呼び鈴を押す。


しばらくして、執事が部屋に入ってきた。


「坊ちゃま・・・」


執事の表情に驚きは無い。


だが、とても哀しい表情を浮かべている。





「爺・・・僕の最後の頼みだ・・・」





「分かりました・・・早急に手配いたします・・・」





「すまない・・・」





執事は老人とは思えない素早い動きで3人の遺体を片付けた。





「では、真中様にご連絡いたします」


「頼む・・・」


「はっ。では失礼いたします」


何事も無かったかのように部屋を出て行く執事。










天地はカーテンを開け、星が見えない夜空を見上げた。


腕には、先ほど正太郎が持ってきた『綾の日記』を抱えている。


空を見上げる瞳は、悲しみの光を放っていた。





(綾さん、あなたは最初から僕を疑っていたんですね。あなたに北大路くん達のことを話したのは、あなたが逝ってしまった直前だった)


(それより前に疑っていたから・・・それをこの日記に記したんですね)


(やはりあなたは、僕の理想の人だ。 賢くて、優しくて、全てを見通せるすばらしい女性・・・)


(僕は、側にいるだけで心が癒された・・・)





(そんなあなたを・・・僕が・・・)


日記を抱える腕が震えていた。





(僕は愚かな男だ。悲しみをこんな形でしか消せないなんて・・・)





(でも、もうここまで来たら引き返せない・・・)










瞳から悲しみの光が消えていく。





輝きを失い、全ての光を吸い込んでしまうかのような真っ暗の瞳になった。





腕の震えも、止まった。





そして人の心も・・・止まった・・・















「真中・・・僕は・・・」










「お前を・・・殺す!!」











































そしてほぼ同時刻の真中家。





「つかさちゃん、手はずどおり行くわよ!」


「はい、お母さん!!」


キッチンでなにやら怪しげな会話を交わす淳平の母とつかさ。





「ただいま〜〜」


玄関から聞こえるのは淳平の呑気な声。





「つかさちゃん、作戦開始!!」


「はいっ!!」


つかさが元気良く飛び出していく。










「淳平く〜〜ん!!」


「つかさ、ようやく今日就職先が決まったよ!!」


「ごめんなさあい!!妊娠してるのが学校にばれちゃったよお!!」


「ええっ!?」


淳平が用意した『喜びの知らせ』も、つかさの『まずい知らせ』によって淳平の笑顔は一気に吹っ飛んだ。





「あたしが産婦人科から出てくるのを学校の先生が見てたみたいで、それでばれちゃったの」


「お、桜学ってそういうの厳しいんじゃ・・・」


「うん。即効で退学になっちゃう。せっかくここまで来たのに・・・卒業間近なのに・・・」


顔を覆うつかさ。





「な、何とかならないの?なんなら俺が掛け合っても!!」


つかさを桜学に行かせたのは亡くなったつかさの両親だ。





―つかさを無事卒業させなければ、両親に顔向けできない―


淳平はそう考えていた。





「うん、あのね・・・書類に署名してくれれば何とか退学は避けられるんだけど・・・」


「えっ、マジでそれだけでいいの?」


思わぬ展開に淳平はやや拍子抜け。


「うん・・・」


「それで済むならすぐ書くよ!!その書類って持ってる!?」


「ホント!?」


つかさの瞳が輝く。


「ああ!!」


「ありがとう!!じゃあこっち来て!!」


つかさは元気良く淳平の手を引っ張って行く。





そして淳平はダイニングのテーブルに座らされ、


「はい!これお願いします!」


つかさが目の前に書類を差し出した。










「つ、つかさ・・・こ、これって・・・」





威勢の良かった淳平も固まる。





「学校は『もうすぐ卒業だし、きちんと手続きすれば特別に認めてあげる』って。だから・・・」


「でもこれはちょっとなあ。その、まだ時期が早いって言うか・・・」


書類を前に、躊躇する淳平。





「淳平!この期に及んで何ぐだぐだ言ってんのよ!!」


そこに淳平の母の援護射撃が放たれた。


「か、母さん、でも・・・」


「でもじゃない!!もとはと言えばあんたの責任でしょ!?時期なんてくだらない事気にしないで男らしくびしっと書きなさい!!それにあんたはつかさちゃんを退学させたいの!!」





「うっ・・・」





「予定よりだいぶ早くなっちゃったけど、淳平くんお願い!!」


つかさも手を合わせて淳平に頼み込む。










真中家では圧倒的勢力を誇る女性陣。


その二人からの直接攻撃を淳平一人で太刀打ち出来るわけが無い。





こうなっては、もう屈するしかないのだ。










(はあ・・・卒業してからにしたかったけど・・・仕方ないか・・・)


(でもつかさ・・・言葉の割にはあまり緊迫感が感じられない・・・)





(本当に・・・退学になるのか?)


そんな疑問を抱き始めたが、それを口にしたら集中砲火を浴びるのは必至。










「分かった。書くよ」


「ホント!!淳平くんありがと〜〜〜!!!」


つかさの瞳がぱっと輝いた。





(やっぱ言葉が軽いなあ・・・)


(でも・・・仕方ないよなあ・・・)


(俺って今後こうやって流されて・・・やがては尻に敷かれていくのかなあ・・・)





淳平は将来の自分にやや不安を抱きながら、目の前の『婚姻届』に名前を書き始めた。


NEXT