R[ever free]10 - takaci 様
第10話 不安、そして・・・
3箇所で起こった同時爆破テロから2週間ほどが過ぎた。
泉坂市を中心とした周辺は物々しい雰囲気に包まれ、空気が痛く感じるほどだ。
マスコミは連日この事件を取り上げ、国家レベルでの犯人探しの状況を克明に伝えている。
それと同時に、犠牲者に関しても数多く報道されていた。
あの日だけで1000人を軽く超える死者が出た。
その悲しみは・・・計り知れない。
淳平はつかさと二人で、物々しい雰囲気の泉坂を離れとある田舎町に来ていた。
泉坂から遠く離れたこの場所にも、犠牲者が眠っていた。
線香の香りが漂う和室に、真新しい祭壇。
チーン・・・
静かな部屋に鐘の音が鳴り響く・・・
(唯、来るのが遅くなってゴメンな・・・)
最高の笑顔でVサインをする唯の写真に向け、淳平は静かに手を合わせた。
「おじさん、おばさん、唯の葬儀に出てやれなくてすいませんでした」
淳平は唯の両親に深々と頭を下げる。
「いや、こんな遠いところまで・・・唯の為に来てくれて・・・感謝してる・・・」
唯の父は去年の夏休みに会った時のような威厳は無く、すっかりしおれている。
唯の母もまた、父ほどではないが表情は暗い。
突然、最愛の娘を奪われた悲しみ。
淳平にもその辛さがひしひしと伝わっていた。
「西野さん、本当にありがとうございます。唯の為にわざわざ・・・」
唯の母は目頭を抑えながら淳平の隣に座るつかさに向けて頭を下げた。
「い、いえそんな・・・唯ちゃんはあたしの後輩だし、あたしも唯ちゃんから元気をもらったりして・・・だからどうしても・・・お別れの挨拶がしたかったんです・・・」
「・・・あなたのご両親の事はお聞きしています・・・本当になんと言っていいやら・・・」
「いえそんな・・・あたしは・・・ あたし・・・は・・・ 」
つかさの瞳から涙が溢れる。
「つかさ・・・」
「うぅ・・・ うっ・・・ 」
優しく抱き寄せられ、つかさは淳平の肩を涙で濡らしていく。
「うっ・・・ うう・・・ 」
「ぐっ・・・ 唯・・・ 」
つかさに釣られたのか、唯の両親も揃って泣き出す。
部屋全体が大きな悲しみに包まれた。
(何で・・・なんでこんな事に・・・)
淳平は泣かなかった。
悲しみもあるが、それ以上に自分の大切な人たちを悲しませた『犯人』に対する怒りが沸きあがっていた。
2箇所の試験会場については参加者名簿があり、比較的早く犠牲者の名前が明らかになった。
だが不特定多数の人物がいた百貨店の犠牲者はなかなか分からず、報道は夜になってからだった。
あの日の深夜、
淳平とつかさはテレビで報道された名前を見て、犠牲者が収容されている施設へと向かった。
既に多くの犠牲者が収容され、その家族や親しい人物が悲しみの涙を流していた。
その場所で・・・
「おとうさん・・・ おかあさん・・・
「うっ・・・ うわああああああ・・・・・」
つかさは変わり果てた姿となった両親にしがみ付き、泣いた・・・
父の仕事が予定より早く終わり、夫婦揃って百貨店を訪れて際に悲劇に巻き込まれたようだ。
そして遺品の中には、買ったばかりの鞄が・・・
「これ・・・あたしの欲しかった・・・高くてなかなか買えなくって・・・」
見えない恐怖に震える娘を元気付けるためのプレゼントだったのだろう。
「これのために・・・あたしのために・・・ そんな・・・ そんな・・・ 」
やや焦げた鞄には、両親の『愛娘への愛』がぎっしりと詰っていた。
つかさは鞄を抱え、それを痛いほど感じ、
また・・・泣き続けた・・・
翌朝になると、瓦礫の中から多くの犠牲者が発見された。
その中には、
西園寺めぐみ
北原沙恵
東尾繭子
そして
南戸 唯
当日、この百貨店ではとある若手写真家の個展が開かれていた。
美形で若い女性に大人気の写真家であり、しかもその日はサイン会も予定されていた。
写真家目当てに若い女性が大挙して押し寄せていた。
そして、めぐみと繭子がこの写真家のファンで、理恵と唯も付いて行ったようだった。
どうやら唯は百貨店内にある高級レストランのランチに釣られたそうだ。
にぎやかな女の子4人だ。さぞかし騒がしかったに違いない。
だが、そんな楽しい時間も一瞬にして悲劇に変わった。
若く元気な可愛い女の子たちの命が、
一瞬にして、奪われた・・・
唯の家を出た淳平とつかさは、のどかな道をとぼとぼと歩き、やや離れた駅を目指す。
「どう、おじさん夫婦の家は?」
「うん。良くしてもらってるよ・・・」
「そう・・・か・・・」
つかさは笑顔を淳平に向けたが、それが本心でない事は淳平も気付いていた。
今まで住んでいた家はまだそのまま残っているが、つかさ一人で住むには広すぎる。
それにまだつかさを狙った犯人は捕まっていない。
警察の勧めもあり、つかさは今、父親の兄に当たる叔父の家に身を寄せている。
だがそこはだいぶ離れており、通学だけでも2時間は掛かる。
それにより、鶴屋でのバイトは出来なくなってしまった。
それに加え、つかさは叔父夫婦に歓迎されていなかった。
いくら姪とはいえ、命を狙われている人間が身近にいるのは決して良い気分ではない。
つかさの両親の葬儀の際、叔父夫婦のひそひそ話を淳平は偶然聞いてしまったのだ。
だが、つかさには言えない。
(こんなこと言ったら、つかさをますます苦しめるだけだ)
(つかさ、かなり気疲れしてるみたいだな。相当居心地悪いんだろうなあ・・・)
(出来ればずっと側に付いていてやりたいけど、それは無理だ・・・)
(でもそれ以外に出来る事はある。とにかくつかさを楽にしてあげないと・・・)
深い悲しみのせいだろうか、つかさは恋人にまで心を閉ざし一人で苦しんでいる。
その姿は淳平の愛情をさらに高めさせていた。
泉坂に戻り、幾日が過ぎた。
戻ってからしばらくはよく会ったり電話で話したりもしたが、
つかさが携帯を解約してしまい、一気に会う機会が減ってしまった。
バイトが出来なくなり、しかも肩身の狭い居候の身なので携帯が使えなくなったのだ。
[叔父さんに迷惑掛けれないから・・・連絡はあたしからするね]
つかさは叔父の家の住所はおろか、電話番号も知らせてくれない。
淳平はつかさとの距離が一気に離れていくように感じていた。
淳平は焦った。
会いたくても会えない。
どうしても会いたい。
そんな想いがどんどん募っていく。
桜学の前で待ったりもした。
だがそんな日に限ってつかさは登校していない。
他の生徒に話を聞くと、つかさは学校でも独りぼっちになっているとの事だ。
トモコを失い、親しかった友人もテロの犠牲になってしまった。
しかも命を狙われている危険な子。
つかさには誰も寄り付かず、学校でも一人寂しい日々を送っていた。
(つかさ・・・なんで教えてくれないんだよ・・・)
(俺は・・・つかさの恋人だろ?)
(つかさにはいろいろ助けてもらった。だから今度は俺がつかさを助けたいんだ)
(それとも・・・もう俺の助けは要らないのか?)
(俺はもう・・・つかさにとって必要の無い存在なのか?)
遂にはつかさとの関係に淳平は疑問を抱き始めていた。
泉坂高校でも桜海学園でもテロで多くの生徒を失った。
だが一番被害が大きかったのは『泉進ゼミナール』かもしれない。
淳平とこずえを含め、生存者は僅かに4人。
この学年のクラスは閉鎖に追い込まれた。
他の二人は別の塾に移っていったが、淳平とこずえの二人は塾通いをやめた。
淳平は綾がいたから、こずえは男性恐怖症克服のために始めた塾である。
二人ともきっかけや目的は既に無くなり、塾にこだわる必要も無い。
これで二人は疎遠に・・・
・・・ならなかった。
放課後、市営の図書館で揃って勉強するのが日課になり、進密度はむしろ深まっていた。
そしてこずえにも淳平の疑問は十分に伝わっている。
「西野さん、まだ連絡無いんですか?」
「ああ・・・これでもう2週間以上になるな・・・」
淳平の声は暗い。
「西野さん、何で会おうとしないのかな?真中さんに会うのがそんなに気まずいとは思えないけど・・・」
「俺は・・・待つよ」
「えっ?」
「つかさは必ず・・・また笑顔で俺に会ってくれるって・・・信じてる」
「親が死んだんだ。何かしらの事情があるんだと・・・思う。だから・・・」
「俺は・・・つかさからの連絡を待つよ」
「真中さん・・・」
「あっゴメンな中断させちゃって。さあ勉強勉強!」
気合を入れて参考書に目をやる淳平。
(真中さん・・・無理してる。本当は辛いはずなのに・・・)
空元気で振舞う淳平の姿はこずえの心をちくりと痛ませる。
(あたしったら何やってるのよ!こんな時こそ・・・真中さんと仲良くなれるチャンスなのに・・・)
(でも・・・無理だろうな・・・)
(真中さんと西野さん・・・お互いを信頼しあってるもん・・・)
(あたしの入り込む余地なんて・・・)
つかさが離れている今の状況でも・・・いや今の状況だからこそ、こずえは『二人の絆』を強く感じていた。
『信じる』と言った淳平だが、疑問が完全に消えたわけではない。
そう言わないと、より疑問や不安が大きくなってしまう。
(早く会いたい・・・早く連絡くれよ・・・)
そう願うものの、連絡は来ない。
しばらく・・・いやかなりの時間、淳平の苦悩は続いた。
そして時は流れ、クリスマスムードが漂い始める12月初旬、
ようやくつかさから連絡が来た。
待ち合わせ場所の公園。
淳平は落ち着かず、そわそわしている。
一ヶ月以上ぶりに会う嬉しさもあるが、同時に不安も大きかった。
[大事な話があるの・・・]
久しぶりの電話で聞いたややトーンの低い声を思い出すたび、胸が不安で苦しくなる。
(大事な話って、もしかしてやっぱり・・・)
(い、いやそんな事あるわけない!!ちゃんとつかさを信じろよ俺!!)
『別れ話』
この嫌な予想を淳平は必死になって振り払おうとする。
(と、とにかく最初が肝心だ。明るく元気に迎えてあげるんだ)
(そ、それにつかさの事だ。以前のような明るい声で俺に呼びかけてくれるはずだ)
(そ、それならたぶん大丈夫だ。最初が暗くなければ・・・)
「淳平くん・・・」
(えっ?)
トーンの低い声で名前を呼ばれ振り向くと、
「ゴメンね。忙しい時期に呼び出して・・・」
うつむき、表情の暗いつかさの姿。
そこには久しぶりの再開を喜ぶ雰囲気は無い。
何か重苦しい空気に包まれている。
(やっぱり・・・別れ話なのか?)
2年前のクリスマス前・・・
あの辛い記憶が再び蘇る。
公園のベンチに腰掛けても、空気は変わらない。
「どう?叔父さんの家には慣れた?」
「うん、良くしてもらってるから・・・」
「そう・・・か・・・」
会話が続かない二人。
淳平には話したい事が山ほどあるのだが、空気に負けて言葉が出てこない。
「で・・・大事な話って?」
結局淳平のほうから切り出してしまった。
言った後『しまった!』と思ったがもう遅い。
「うん・・・」
つかさは頷くのみで、その先の言葉が出てこない。
長い沈黙が続く。
どんどん重くなる空気。
そして・・・
(もう・・・ダメだ!)
淳平の心に限界が訪れた。
「つかさ!俺が悪かったなら謝る!だから別れるなんて言わないでくれ!!」
淳平は突然つかさに対し頭を深々と下げて懇願する。
「えっ?ちょ、ちょっと・・・」
淳平の思わぬただ戸惑い、目をパチクリさせるつかさ。
「つかさの気に入らないところは直す!つかさに相応しい男になるようもっと努力する!!だから考え直してくれ!!!」
「じゅ、淳平くん・・・いったい何のこと?」
「えっ・・・だからその・・・大事な話って別れ話じゃないの?」
淳平は恐る恐る顔を上げ、つかさの表情を窺う。
「・・・違うよ・・・」
戸惑ったままの表情でつかさはぼそっとつぶやいた。
「ホント!? ホントにホント!? 別れ話じゃないの!?」
「あたしの・・・淳平くんへの想いは変わらない。離れてても忘れたことは一度も無いよ」
「はあ〜〜〜〜・・・よかったあ〜〜〜〜〜!!」
緊張がほぐれた淳平の顔は一気に緩み、思わず天を見上げる。
(別れ話じゃなかったんだ。これからもつかさと居られるんだ!!)
心の底からほっとする。
「ゴメンね・・・なんか余計な心配させちゃったみたいだね・・・」
「いいっていいって!! で、話って何?」
(別れ話じゃなかったらもう何でもどんと来いだ!!)
心から不安が消えた淳平は上機嫌でつかさに尋ねる。
「うん・・・じゃあ言うね・・・」
つかさは一旦、大きく息をついた。
そしてベンチにきちんと座りなおし、姿勢を正して正面を見る。
(いったい何なんだろ?少し顔が赤くなってるけど・・・)
そんなつかさの横顔を淳平は余裕の笑顔でじっと見つめる。
「・・・出来ちゃったの・・・」
「出来たって、何が?」
「だからその・・・あたしのおなかの中に・・・あたしと・・・淳平くんの・・・」
やや頬が赤いつかさは自身の下腹部をじっと見つめ、そこを両手で軽く押さえた。
淳平は、
余裕の表情のまま、
完全に固まっていた。
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