R[ever free]7 - takaci  様


第7話     悲しみが生んだ狂気


最初はぎこちないものでも、回を重ねると自然と出来るようになるものである。


(でもこんなのは・・・上手くなりたくなかった・・・)


淳平はそう思いながら、綾が眠る立派な祭壇の前で慣れた手つきで焼香をした。





綾の葬儀は盛大なものだった。


父親が会社を経営している事もあり、美鈴やさつきのときと比べて大人の参列者も多かった。


それに加え、泉坂高校の同級生の姿や、こずえや舞といった塾の友人の姿もある。


「うう・・・綾ちゃあん・・・」


「東城さん・・・なんで死んじゃったのお・・・」


みんな泣いていた。





(東城・・・)


祭壇に掲げられた写真の綾は、微笑みながら澄んだ瞳で皆を見つめている。


その写真に向け、手を合わせる淳平。


軽く閉じた目じりから、うっすらと涙が浮かび上がっていた。










「真中・・・」


祭壇の前から離れると、外村が声をかけてきた。


「お前、大丈夫か?」


「俺はまだいいよ。けどつかさがな・・・」










綾がふたりを突き飛ばした瞬間、鉛の弾が綾の心臓を貫いた。


(また、あたしが狙われた・・・)


(東城さんが・・・あたしの身代わりに・・・)


罪悪感に加え、今までとは比べ物にならないほどの大きな恐怖がつかさに襲い掛かっていた。


車に轢かれるのも十分に怖いが、今回は遠距離からの狙撃である。


ショックと恐怖で身体は大きく震え、しばらくの間は一人では動けないほどだった。










「で、つかさちゃん今は?」


「家にいるはずだよ。怖くて外に出られないんだ。でも『今日はどうしても行きたい』って言ってたから来るかも・・・」


「付いてやらなくていいのかよ!?」


「そのつもりだったけど『行けるかどうか分からない。あたしは気にしないで』って言われて・・・」










「帰れえ!!てめえは来るんじゃねえよお!!!」










「「ん?」」


弔問の受付から激しい声が淳平らの耳に届いた。


(この声、東城の弟?)


以前、校門で殴りかかってきた美男子の顔が思い浮かぶ。


「おい、あそこにいるのって唯ちゃんと・・・つかさちゃん?」


「えっ!?」


外村の言葉どおり、受付には唯とつかさの姿がある。


「帰れえ!!二度と来るなあ!!!」


激高した正太郎はつかさを思いっきり突き飛ばした。


「きゃっ!!」


「つかさ!!」


淳平は血相を変え、つかさのもとへ駆けて行く。










「西野先輩!!」


今にも泣き出しそうな顔でつかさに寄り添う唯。


「つかさ!大丈夫か!?」


淳平は唯の反対側から倒れたつかさの上体を支える。


「淳平くん・・・だ、大丈夫・・・平気・・・」


そう答えるつかさの顔はとても悲しく、そして落ち込んでいた。





「てめえ!!女の子に何てことするんだ!!」


外村が激しく怒り、正太郎に詰め寄る。


「こいつのせいで姉ちゃんは死んだ!!こいつが姉ちゃんを殺したんだ!!」


「おい、言っていい事と悪い事があるぞ!!」


この言葉で淳平も怒りが爆発。外村と同じように詰め寄る。


だが年上の男二人が相手でも正太郎は引かない。


「うるせえ!!狙われてんの分かってんのにフラフラ出歩くこいつが悪いんだ!!」





「こいつが殺されれば良かったんだ!!」





「こいつが死ねばいいんだ!!!」





倒れるつかさを指差し、容赦ない言葉を浴びせる正太郎。










さすがの淳平も切れた。


いや、切れないほうがおかしい。





「この野郎!!!」


怒りの拳を正太郎に向けて放った。










が・・・











パシッ










(えっ!?)










「霊前で騒ぎを起こすんじゃない」


日暮が腕を掴み、やや悲しげな顔で淳平を見下ろしていた。





「ひ、日暮さん・・・」


日暮の思わぬ登場に淳平は驚きでそれ以上言葉が出ない。





「こいつは俺に任せろ」


日暮はそう言って正太郎の腕を掴み、強引に引っ張っていく。


「ちょっ・・・龍一さん何すんすか!?」


「うるせえ!!黙って付いてこい!!」





淳平はあっけに取られながらただ消えていく二人の背中を見ているだけだった。


(ど、どういう事なんだ?あの二人が知り合い??)





「あっ、つかさちゃん!?」


「えっ・・・あっ!?」


外村の言葉で振り向くと、出口に向かって駈けて行くつかさの背中が見えた。





淳平も追おうとするが、


「じゅんぺ〜〜!!何で東城さん死んじゃったのお!?何でみんな死んじゃうのよお!?」


唯が泣きながらまとわり付き、身動きが取れない。


「ちょっ・・・唯!?」


「俺がつかさちゃんを追うから、お前は唯ちゃんに付いてろ」


「そ、外村すまん・・・頼む」


つかさの後を外村が追っていく。











「ごめんなさいね。正太郎の暴言、あたしからも謝るわ」


「えっ・・・あっ、確か東城のいとこの・・・」


唯を何とかして引き離そうとする淳平に、悲しみに満ちた表情の遥が声をかけてきた。





































そして数日後、淳平は外村に連れられとある雑居ビルの階段を登っていた。


「・・・それであの後どうなったんだ?」


「東城の弟は日暮さんにこてんぱんにやられたって。東城の従兄弟の遥さんに教えてもらったよ」


「その従兄弟の遥さんって人とケーキ職人の日暮が恋人なんだって?」


「俺もそれ聞いたときはびっくりした。まさかあの二人が・・・」


「でも日暮とつかさちゃんって結婚話が出てたじゃないか?」


「あれはケーキ屋のばあさんが勝手に先走って、日暮さんもばあさんの機嫌損ねないために多少そのふりをしただけなんだって。日暮さんにはその気は全く無かったってさ」


「お前、それ聞いてちょっとほっとしただろ?」


「ちょっとじゃなくってかなりだな」


二人はそんな話をしながら、雑居ビルの屋上に出た。





7階建て雑居ビルの屋上。


雰囲気は泉坂高校の屋上と良く似ており、高い分だけ見晴らしがいいくらいである。


良く晴れ渡り風も心地よいが、二人の表情は一気に険しくなった。


「あの辺りだな・・・」


外村は眼下に広がる泉坂の街の一角を指差した。


「・・・何がなんだか分かんねえな。おまけに遠すぎて霞んでるし・・・」


「この手すりからあそこまで直線距離で約950メートル。超遠距離狙撃だ」





外村が現在手をかけている手すりの位置から弾丸が発射され、


淳平が目を凝らして見ている先にある約1キロ離れた鶴屋の手前で、










綾が倒れた。











「こんな所から・・・狙えるものなのか?」


実際の距離を目の当たりにした淳平はただ驚愕している。


「プロの殺し屋でしかも超一流。国家元首を狙える奴らなら、って言うレベルだな」


「そんな・・・」


言葉が出ない淳平。














ビュウウウウウウ・・・















強い風が屋上に吹き付ける。










風が収まると、再び外村が口を開いた。





「警察・・・つうか国も必死だ。とてもじゃないけど野放しにはしておけない犯人だからな。目の色を変えて捜査している」


「東城の家にも・・・警察が捜査してるんだよな・・・」


そう話す淳平の声はとても暗い。


「東城はお前らを助けた。弾が飛んで来る事を知ってたんだ。だから犯人の手がかりを掴んでいたか、もしくは・・・東城が依頼したか・・・」


「おい外村、いくらなんでもそれは!!」


「まあつかさちゃんだけならともかく、美鈴や北大路たちまで殺す動機が東城には無い。だから可能性は低いけどな」


「東城につかさを殺す動機なんてねえって!!じゃなきゃあの時俺たちのところへ駆け付けたりしねえよ!!」


「だな。でも何らかの手がかりを掴んでいたのは間違いない。でもそれが何なのかはもう分からない。今頃東城の家を探しても、たぶん犯人には繋がらないだろうな」





「何でつかさが・・・狙われなきゃならないんだよ・・・」


「それを調べるのも大事だけど、今まで以上につかさちゃんを守らないとヤバイぜ。こんな所から狙える奴らを俺たちがまともに相手するのは無理だだけど、でも出来る限りの事はしないとな・・・」


「ああ・・・」


淳平の拳にぎゅっと力が入った。
















(東城・・・いったい何を知ってたんだ?)










(出来るのなら教えて欲しいけど、それが無理なら・・・せめて祈ってて欲しい)










(こんな事、頼める立場じゃないのは分かってるよ。でもあえて頼みたい)










(東城・・・俺たちを守ってくれ・・・)










そう祈りながら空を見上げる淳平の目は、深い悲しみに満ちていた。







































「ああ・・・今度こそきちんとした仕事をしろ。これだけの金を払うんだ。失敗は許さん」





「・・・真中が来なかったらだと?ふん、まあいい。奴には死んでほしいが今回はそこまで求めない」





「・・・ああそうだ・・・ああ。お前らの名前を歴史に刻んでやれ!」





ピッ





暗く静かな部屋に携帯のボタン音が響く。


天地は夜の自室で『殺し屋』との通話を終えた。


「ふん、こいつら腕はいいが頭はバカだな。こんな依頼を本当に引き受けるとは・・・だから2度も失敗するんだ」


頼りない依頼先に呆れ返りながら、天地は机の引き出しから写真を取り出した。





「綾さん・・・」





制服姿で優しく微笑む綾の写真。


その上に天地の涙がぽたりと落ちた。










「まさかこんな結末になってしまうとは・・・悔やんでも悔やみきれない・・・」










「だからこれは・・・僕からの償いだよ」










「綾さんが一人で逝ってはいけない。太古の帝のように多くの下僕を引き連れて逝くこそ、綾さんにはふさわしい・・・」










「だから僕が送ってあげるよ・・・」










「多くの魂を・・・綾さんに捧げよう・・・」










「それなら綾さんも寂しくないだろ?たとえ地獄でも多くの下僕がいれば綾さんは辛くない」










「そうだ。下僕の中に真中も入るはずだ。綾さんを苦しめたあいつに・・・名実共に地獄の苦しみを味あわせればいい!!」










「綾さん待っててくれ・・・もうすぐ・・・もうすぐだからね・・・」
















「ふはは・・・はははははははははは!!!!!!」















暗い部屋に不気味な天地の笑い声が鳴り響く。















悲しみと憎しみに満ちた瞳の輝きは、夜の闇以上に暗かった。


NEXT